第13話
ミゲルを逃がしてしまった。
クソと舌打ちした。
そばで見ていたクロエがそっと近づく。
「あいつと戦うのなら、ぜひ私たちも協力したい」
「協力…したいだと?」
振り向いた。
クロエはまじまじな顔でミゲル(あいつ)がしたことを怒りを覚えていると伝えた。
「そうです。私もアイツを許せません。いくら妖精とはいえ、殺してしまうなんてあんまりな話です」
悲し気な顔も見せている。
「君は…いったい何者なんだ」
胸に手を置き、クロエは静かに答えた。
「私の名はクロエ・アルキリア。〈ウィッチウィザード〉に勤め、派遣された調査員です。ドーンとアリス選手を始末するため、遠路はるばるここまで来ました。ふたつの事件を解決するだけでしたが、予想外の収穫(トラブル)が次から次へと置きまして…」
「待ってウィッチウィザードってなに? それに収穫? 調査員? いったい…なんの話をしているんだ!?」
聞きなれない言葉が飛び交い、混乱する。
ルノが言いたいことをクロエはわかり切っている様子だったが、あえてそのことを告げずに先ほど会場から拝借したものをルノに手渡す。
「順に説明しましょう。まずは、杖を」
イーリス町の賞品だったものだ。一位になった者にしか与えられない賞品がなぜクロエがもっているのかルノは訊かずにはいられなかった。
「待ってくれ。なぜ師匠の杖を!? そもそも賞品だったはずだ! まさか、君が盗んだのか!?」
クロエは頭を左右に振った。
「盗んではいません。取り戻したのです」
「取り戻した?」
「はい。これはもともと〈ウィッチウィザード〉で保管されていた七つの秘密道具のひとつです。天命を揺るがす力を秘めた邪神の一部だったもの。オーガスティン先生が管理を任されて持っていった物です」
懐かしそうに杖を眺めていた。
オーガスティン先生…クロエの先生だった人だ。とても大切な人だったが、長引く戦争の果て、先生は杖を持っていったきり帰っては来なかった。
オーガスティン先生が輝いていたあの頃の思い出を振り返っていた。
「――この杖はあなたが持つべきものです。先生が手紙で教えてくれました。そして、この杖は能力を失っている。おそらく、ミゲルが奪ったんだと推測しています」
杖を無理やりルノに託した。
杖を握るなりルノは師匠のことを思い浮かべていた。
記憶を。師匠の記憶を。杖の記憶を取り戻すべく念じた。
が、記憶がこみ上げてこない。
(おかしいな…)
物を掴めば見えていたはずの記憶が見えない。
いくら踏ん張っても見えてこない。
おそらく原因は――
「やはり。妖精を失ったため、能力も失ってしまったのですね」
「それはどういう…」
「能力も魔法もすべて妖精から力を譲ってもらっていました。妖精が死したいま、ルノは能力も魔法も失っています。つまり、今まで使えた能力や魔法含めてすべて失ってしまったということです」
愕然とした。
まさか!? んなバカな話はあるか! ルノは魔法を唱えた。
「レベル1〈着地地点(テレポート)〉!」
パッと手を広げ、サークルを作るが、見えない。サークルどころか、その場所へ転移するエフェクトも現れない。
「んな! レベル6〈時間停止(タイムストップ)〉! レベル2〈時の呼び鈴(タイムベル)〉! レベル7〈終わりゆく時間(クロノスティル)〉! レベル8〈封じられし時の境界(ジャッチメントオブタイム)〉! レベル5〈時の聖地と境界(ジャッチメントログ)〉! ………!!」
馬鹿な…不発だと…!? 体内からマナが動いているのはわかる。心臓から血液が送られているのと同じ感覚はしている。なのに、魔法が一時も発動できない。
青ざめる。クロノがいなくなったいま、魔法の理は崩壊をもって消失してしまったんだ。
「お分かりいただきましたか。妖精は魔法を操作するのに必要不可欠な存在です。今のあなたは、それができない。すなわち〈魔法使いではなくなった〉ということです」
「嘘だろ……」
膝が地面に着く。
手のひらを地面に着く。
クロノを失い悲しみの雨が降る前に魔法も失い、どん底へ落下した気分だ。師匠も失い、生きる気力も失いかける。
「…妖精を取り戻す方法はあります」
顔を上げる。
「私たち〈ウィッチウィザード〉組織にくれば、すべてがわかります。私がわざわざ迎えに来たのは所長(リーダー)からスカウトするように頼まれたからです」
クロエが手を差し伸べた。
「ルノ・クロノア、私たちの仲間(メンバー)に加えます。どうか、敵対組織〈ヴィッチバレンス〉を阻止するべく、手を貸してください。この組織は世界中の人々から妖精を取り上げ、支配しようとしているのです!」
ルノは失った悲しみを心にしまい込み、クロエの手を取った。もう一度クロノ・スティアと会うために、ルノは迷うことなく〈ウィッチウィザード〉に入ることを選んだ。
――2カ月後、物語は〈ウィッチウィザード〉編に進む。第二章~精霊の箱舟~へ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます