第12話

 最後の戦いの火ぶたが切られた。


 クロエ・アルキリア VS ルノ・クロノア。


 二人が見つめあう名から、審判の合図とともに試合が開始された。


 最初に行動を開始したのはクロエ選手。


「あなたが誰よりも早く行動することは前の試合でお見通しだ。」


 そう言って自分の陣地の守護像を中心に黒壁(ブラックウォール)を展開した。この魔法は、相手のマナの供給を断ち切る魔法使い殺しの魔法だ。


 いくら先を見たからと言って、守りに徹する魔法を打ち破る魔法は今のルノにはない。


「地べたへ這いつくばれ。黒魔法レベル2〈黒槍(ブラックランス)〉」


 黒い筒のようなものがクロエの手のひらに現れた。その筒を掴むと黒い槍へ姿を変えた。禍々しい黒いオーラを発する槍は圧力とも言わんばかり、重力が増したかのような強くのしかかるかのような重みをルノは真摯に受け止めていた。


 クロエが〈黒槍(ブラックランス)〉を投げると同時にルノは未来視(ビジョン)で先を見ていた。


 その未来の先は――時間停止(タイムストップ)以外で避ける方法が見当たらないものだった。


 現在に戻り、未来視(ビジョン)で見た光景そのものを実際に行動した。時間停止(タイムストップ)を使い、時間を停止させ黒槍の着地地点から離れるようにしてクロエの背後に移動した。


 時間が動くなり、槍がルノがいたところに突き刺さるなり、猛烈な瘴気を吹き上げ周囲の花や植物たちを一瞬で枯れさせる。


「植物が…!?」


 クロエがゆっくりと振り返り、その表情は見下していた。


「戦いの経験が違いすぎる。」


 クロエは次から次へと黒槍(ブラックランス)を作っては投げてくる。未来視(ビジョン)と時間停止(タイムストップ)でギリギリ回避するが、いずれマナが尽きてくることは目に見えていた。


「あと少しで勝てるのに…」


 会場の上にある師匠の杖に手を指し伸ばす。

 希望があの場所にある。あと少しで届く。それなのに…圧倒的な恐怖と威圧。この化け物(クロエ)に勝つことが幻であるかのような錯覚に襲われていた。


 勝てない…勝てる気がしない。

 この化け物に勝つ見込みが思い浮かばない。勝利の映像がなにひとつ思い浮かばない。


 未来視(ビジョン)で唯一生き残れる映像だけがルノの思考を震え上がらせていた。


 すなわち負けを宣言すること。

 今のルノの魔法ではクロエ選手のあと〈黒壁(ブラックウォール)〉を突破ことは不可能だった。


 空間を移動できる程度の〈時間停止(タイムストップ)〉ではトラップやテリトリー系の魔法を打ち破ることはできない。


『まずい…このままでは…止む得ないか…』


 クロノが真っ先に動いた。


『待って!』


 両手を広げ制止するクロノ。

 止めを刺そうと槍を投げようとしていたクロエが一瞬立ち止った。


「お前は妖精か?」


 ぐっとこらえる。

 なぜクロエが見えているのかルノはわからなかった。

 師匠から妖精は見えないもの、会話は契約した本人しか聞こえないこと。そう教えられていたはずだった。


『待ってほしい』

「……質問に答えろ! ”お前は妖精か?”」


 ぐっと歯を食いしばり、クロノはルノを殺させまいと今まで黙っていたことを打ち明けた。


『契約妖精だ』

「けいやく…ようせい…だと?」


 契約妖精。

 主もしくはその上の者、友人、家族、師弟関係が次の世代に引き継がれる妖精のことだ。妖精は転生し、容姿を変えて次の世代に生まれ変わる。

 生まれ変わった妖精は次の者へと受け継がれ、受け継がせた者は妖精がいなくなる。つまり、魔法と技術を妖精に託し、次の世代へ受け継がせる儀式だ。


 この妖精、おそらくはそういう過程でルノに憑いている。


『私はどうなっていもいい。ルノをこの子をこれ以上苦しませないでほしい!』


 ルノを失うのはいや。

 それ以上にルノを目の前で消されるのはいやだった。


「できない相談だな」

『でしょうね』

「……ルノといったな。」


 ルノは顔を上げた。


「お前の師匠を殺したのは私だよ。それでも勝負を捨てる覚悟はある?」


 ルノの表情が一層険しくなった。

 心のどこかで否定していた部分をねじられたかのようなルノは殺意と悪意に満ち溢れ、「殺された? 訂正しろ! 師匠は生きている」と。


『ルノ!』


 あのちっぽけなルノの体内から噴水のごとく湧き上がってくるマナ。先ほどとは打って変るほどの爆発しきれんほどの濃いマナ。


「やればできるじゃないか。いいぜ、来いよ。黒壁(ブラックウォール)を断ち切って見せろ!」


 クロエは挑発した。

 この防壁魔法を突破して見せろと。


 マナを一か所に集中させ、新たな魔法を作る。妖精の力を含めて新たな魔法を完成させようと力をためていた。


 そのときだった。


 クロノ・スティアが大きく吹っ飛んだ。二階建てを超えるほどの大きく吹き飛ぶほどの威力だ。


「…えっ!?」


 なにが起きたのかさっぱりだった。

 いま、起きたことを冷静に言えば、クロノは突然空へ跳ね上げ、そのまま何者かに押される形で腹を打たれ、背中から飛ぶようにして飛んでいったと。


 口を大きく開け、目の前で起きたことに頭が回らない。


「クロノ…!?」


 色が少しずつカラフルに変わっていく。

 クロノが吹き飛ばされた事実を思考が追いつくと、大きな声を上げた。その声は今まで上げたこともない肌がビリビリと痺れるほどの荒い騒音だった。


 ぐっと歯を食いしばって、〈着地地点(テレポート)〉でクロノまで飛び、キャッチするなり地面に向けて再び〈着地地点(テレポート)〉で無事な場所を選んで着地した。


「クロノぉ!!」


 クロノはぐったりしている。顔は青ざめており覇気が感じられないほど弱っていた。


「いま、助けるからな!」


 クロノほど治癒魔法の心得は皆無に等しい。でも、クロノを助けたい一心でクロノを治癒に当たる。


「く…くそ!」


 マナが足りない。ルノの今のマナではクロノを治療するには到底不可能なものだった。回復速度も遅く、クロノが徐々に肌から色が抜けていくのをただじっと待つしかなかった。


 そこへクロエ以外、別の誰かがやってきた。

 あのシルエットは覚えている。どこかで見たことがある。


 あ、と声に出した。思い出した。杖の記憶に写っていた人物とそっくりだった。 


「妖精のためにそこまでするなんて、考えられませんね」


 両手を広げて、軽蔑するかのように酷い一言を発せた。


「超ウケルんですけど。俺だったらそんなクズ見捨てて新しい妖精と契約しますね。ひゃはははは!!」



 ルノは一言も動じなかった。

 いくら馬鹿にされようが、クロノは大切な友人…相棒だ。

 それに、今は回復する手でいっぱいだった。こいつを拳で原型をとどめないほどまで殴りたいと必死で抑え、クロノが少しでも回復してくれることを願い、必死で耐えていた。


「あー…反応薄いな。なら、絶望の果てを見せてやるよ」


 ホレと言わんばかりに固い何かを放り投げた。

 すぐ近くまで転がってくるボールのようなもの。

 それが何であるのかがわかると同時にルノはとうとう冷静の壁を破壊した。


「しっ師匠オーー!!?」


 首無し死体だったあの体の持ち主は師匠だった。首だけが斬り取られた師匠の表情はよっぽど残酷な終わり方を告げられたかのように険しくそして醜い化け物のような顔をして、死んでいた。


「うわぁ…うぐっ…くっく…うぅぅ…」


 信じたくなかった現実が今目の前に見せられ、ルノの精神状態は崖っぷちに立たされていた。


『大丈夫だよ、ルノ』


 ふわっと頬に触れた。冷たくなった手が触れられた。

 薄ら目蓋を開け、生気を失いかけた色合いの目の色が優しくルノに語り掛けるかのように笑っていた。


「クロノ!!」


『わたし…は、だい…じょうぶ…だか…ら』


 堪えていた涙が溢れんばかりで止まらない。

 いやだ、失いたくない。その気持ちがわんわんとあふれてくる。


 クロノの手を握り、「俺が絶対助けてやるから!!」と奮い立たせ、マナを急速に治癒魔法へと当てる。これ以上、犠牲を出したくない。クロノを守りたい。その思いだけがルノを動かし続けた。


『ねえ……おぼえて…いる…?』


 過去を蘇えるかのようにセピア色の思い出がクロノとルノの中に流れ込む。その光景はクロノと共に育んできた成長エピソードだった。


 まるで映写機のように流れ、映画館のような場所で二人で鑑賞していた。二人とも何も言わず、ただ黙ってその映写機の記憶を見ていた。


 数年間の思い出の映像を見送り、クロノは最後の一言、


『ルノ……大好き』


 感謝とお礼を兼ねて、クロノは告白した。

 妖精と契約者が結ばれることはない。恋を感じることもないはずなのに、永久的に分かれると思うと、寂しくなるのか、クロノはルノに抱きかかえ、そのぬくもりを感じつつ、眠るかのように意識が消えた。


 直後、ふわっと光の粒子となって空へと昇っていった。

 原型は光となって散っていく。

 ルノはわんわんと泣き叫び、声が枯れるほどまで天に向かってクロノの名前を叫んだ。


「クロノォーーーーー!! だめだ…ぼくを一人にしないでくれ! クロノ! クロノ! クロノおお!!」


 クロノの身体が消えてしまったとき、地べたになんども手をこするなど、クロノの行方を捜していた。


「……」


 それを見ていた、ミゲルは面白いものを見たと言わんばかりに拍手を送った。


「いやー妖精と迫真の演技。涙もらいしてしまいました」


 ミゲルの目から涙が零れ落ちた。

 殺した人が何を言っているんだ? とキっと睨みつける。


「おや、そんなに怖い顔をしないで下さいよ。すぐにあなたも逝かれますから」


「――取り消せ!」


「はい?」


 身体の芯から溶鉱炉のように高い怒りを覚える。激しい光がやがて雷と噴火をもたらし、ミゲルに向かって突進した。


「ミゲル! お前だけは許さない!」

「はっはっはあー!!」


 高らかに笑いながら、空へと逃げる。


「待てよ! 逃げるのか!?」

「いえ、お楽しみをとっておくだけですよ。では、クロエくん後を頼みましたよ」


 雲の中に逃げられ、それ以上追跡はできなかった。

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