第6話

 目の前で大切な誰かが倒れた。言葉にならない声を上げている。そこ人を抱きかかえ、悲しみの涙を浮かべていた。それ以上の記憶は――得られなかった。


『ルノ!』


 ハッと目蓋を開けた。

 心配そうにのぞき込むクロノの姿があった。


『息苦しそうにもがいていたけどなにが見えたの』


 頭を片手で押さえながら体を起こした。まだ立ち眩みが続いている。


「いや…わからない」


(あれは…誰だったのだろうか…懐かしい匂い、懐かしい人、懐かしい場所……思い出せない。なぜなのだろうか、胸が痛く、悲しくなる)


 涙を浮かべながら胸を掴み、苦しそうだった。

 思い出せない誰か。名前も知らない誰かと縁があったかのような奇妙な感覚。その誰かの記憶は思い出せないが、ただ思い出せることがあった。


(とても大切な人だ)


 頭がズキズキくる。

 これ以上、思い出せない。思い出そうとすると痛くて痛くて涙が出るほど。


 ルノは頭を左右に振った。


(集中しろ! 思い出せない人を思い出そうとするな! いま、必要な情報は師匠の行方だろうがアア!!)


 立ち眩みがまだ続く中、立ち上がり外へ出た。

 空は灰色に曇っている。雨が降りそうな天気だ。


 ゴロゴロと鳴っている。雷が灰色の空の中で龍の如く暴れているようだ。


「一雨来そうだな」


 畑に倒れていた死体を家の裏庭に埋め、家畜たちも土をかぶせるなど丁寧に埋葬した。

 何者かの死体に合唱していると、雨がポツポツと降り出した。


 急いで家の中に駆け込み、傘をもってルーイン国へ向かった。



***


 ルーイン国。西に位置する小さな国。

 人口は1000人にも満たない。

 山を整地し崖のような傾斜の作られた街は外部からの侵攻を防ぐ役割を果たしていた。

 戦争を終えた現在は、観光地としてこの国は少なからず昔よりかは豊かになっていた。


『綺麗な町ね』


 ルンルンとはしゃぎながらクロノはスキップしていた。

 年頃の女の子はこうなのだろうかと思い浮かべつつ、まっすぐ伸びる道を見た。


 白い真っすぐに伸びた道は坂道で、この道を中心に建物が対するかのように並べられている。

 右側は崖、左側は大きな岩山の壁に覆われていた。

 建物は二階建てが多いが、使われている建物の数は少ない。一階も二階も窓ガラスの先は真っ暗闇で人気がしない雰囲気だった。


『対して、暗そうな町ね』


 率直な感想だ。

 建物の外観は職人技とも言えるほど装飾が派手で、建物自体がお宝のようにも見える。

 けど、人気は建物の数と比べて少なく感じた。


「町行く人の数もなんだか、旅人ばかりだ」


 通り過ぎていく人々はみな、旅人だった。遠くから来たような大きなカバンや荷物、荷車などこの国のものとは違って見えた。


「そりゃそうさ。この国はいま、観光を目的に再現した国だからな。」


 上の方から声が聞こえてきた。

 上へ視線を向けると、茶髪の小柄な男の子が建物の屋上から見下ろし、リンゴを口の中へ放り込むなり、ジャンプし地面へと着地した。


「今ここにいる人たちは”かつて暮らしていた人たちの真似事”さ。当の暮らしていた人は古い本のなかの世界だけだ」


 グイッと顔を近づける。

 はきはきとした顔立ちが特徴な少年だった。


「君たちも観光なのかい?」

「いや、ちがう」


 きっぱりと言った。


「俺は師匠の宝物を取り戻すべくこの町に来た」


 少年は呆気にとられた。

 わざわざ宝物を取り返すべくこの街まで来たのかと心の中で驚いていた。

 少年ひとりでこの街まで来るのに苦労したことか。この町に来るまでの間、険しい坂道が続いているなかで一人で歩いてきたのか。

 並大抵の目標じゃない。少年は確信した。こいつは自分の願いもかなえてくれるのではないかと。


「君、年いくつ?」


 銀色よりも白い髪色は老人にも見える。生まれついての髪色。少年は自分に近い何かを感じるが、見た目の顔立ちと容姿からその存在は信用できない。

 ルノはためらうことなくすぐに答えた。


「14」

「へー俺15」


 14…か。思っていた以上に少年よりも年下だった。

 その銀よりも白い髪色は病気かなにかだろうか。その年頃で苦労しているのだろう。


『いきなり年の数を聞くなんて失礼な人だね』


 少年の耳に舌打ちする。少年は気づいてはいない。

 妖精は相手の視界にも音にも気づくことができないし、触れることもできない。それが妖精という幻なのだから。


「君は何者だい? 人の年齢を聞いてくるぐらいだ。なにか事情がある様子だ」


 察していたようだ。


「俺はラタ。この町に生まれ、案内人として生計を立てている。いきなり年齢を聞いたのは悪かった。年上か年下かはっきりしないと対応(お好みコース)ができなかったもんでね」


「この髪、気になる?」


 ルノは自分の頭部の髪を掴み、ラタに見せた。

 その年で白いに近い銀色の髪は周りから見れば明らかに稀有の存在だ。


「この髪は生まれたころからそうだったって、師匠が言っていた。俺は本当の親を知らない。でも、師匠はこんな髪色の俺でも育ててくれた。俺は尊敬している。師匠は大好きだ。」


 嬉しそうに語る師匠の話は、長くなりそうで長くはならなかった。

 師匠の話が徐々に重くのしかかるかのように師匠がいなくなって、大事なものも盗まれて、そしてこの町に来たと。


「――俺は師匠がいなくなって寂しい。探していたものがこの町に流れ着いたことは情報屋(嘘)から知った。ここなら、師匠と大事なものがある。俺はそう信じて、ここまで来たんだ」


 コイツが言っている言葉は嘘じゃない。

 真の心で言っている。はっきりとした口ぶりは偽ろうとする口じゃない。

 試していたつもりだったが、ルノが言う大事なもののありかを一緒に探そうという気持ちが高まった。


「…師匠が好きなんだね」

「ああ、大好きさァ」

「俺も好きな奴がいた」

「それはどんな人なんだい?」

「聞いてくれるか。立ち話でもなんだし、近くの喫茶店で話しをしよう。もちろん、俺のおごりだ」


 ラタに連れていかれ、近くの喫茶店に入った。

 白い柱と壁に包まれた煉瓦造りの建築。二階建てだが、二階は半分ほど崩壊しており、一階だけ無事な状態だった。


「大丈夫なの? 崩れそうで怖いんだけど」


 二階に指を指して怯えたような声でラタに尋ねた。


「建物の劣化が激しいからね。この店も古くからあるし、金もないから建て直しも取り壊すこともできないから。まあ、大丈夫だよ。それに、ルノだって魔法使いなんだろ?」

「そうだったね」


 喫茶店に入り、冷たい紅茶とシフォンケーキをテーブルに並べられ、一対一の席に座った。お互い後ろは壁で他者の視界に入らない場所を選んだ。


「ここのケーキは俺が知る限りこの町で美味しい。なにせ王国から修行を経て、コックが自ら営んでいるぐらいだからな」


 奥の厨房で食器の音が聞こえた。

 厨房の中はここからでは見えない。


 出されたシフォンケーキを口の中に入れた。

 フワフワとした生地に中から甘いエキスが口の中に広がった。


「美味しいだろう。ここのケーキは甘い蜜を使われているんだ。おいしい」


 ルノが食べたのを見計らってラタも口にくわえた。嬉しそうに頬を膨らませ、満面な笑みを浮かべていた。



 ひと段落付き、ようやくラタの相談に入った。

 ラタは首に下げたペンダントを取り出し、蓋を開けた。


「右に写っている子がそうだ」


 白黒の写真のなかに二人の男女が写っていた。左側は幼いころのラタ。右側にいるのは少し裕福そうな服装をした女の子が仲好さそうに座っていた。


「俺の婚約者だ。名はマーガレット」


 ペンダントをじっと見つめていた。


「4年前、俺の妻になるはずだったマーガレットは殺された。」


 顔を上げたとき、ラタの表情は復讐と悲しみに満ちた険しい表情へと移り変わっていた。

 その表情から察するにマーガレットという少女に対して好きという言葉だけでは収めきれない愛がこの後、ラタから告げらるまで、重い空気は動くことはなかった。


***


 昔の話だ。

 将来結婚する約束までしていた。

 ラタとマーガレット。

 イーリス町の出身のラタは幼いころから人の噂を集めるのが趣味だった。ラタを”案内人”として呼ばれるようになったのも町長や大人たちから背中を押されたからだった。


 マーガレットは町長の娘。

 最初は二人とも合うことはなかった。


 人や風景、物に執着はなく噂だけが生きがいにしていたラタ。

 それを遠目にマーガレットはため息を吐きながらラタの生活態度を見守っていた。


 ラタは噂を集めてはその噂を金で売り払う。それが良い噂でも悪い噂でも人から人に伝えられない話しをラタを通じて取引されていたのだ。


 そんなラタを付き合うように言われたのは、一つの事件からだった。

 マーガレットが愛する愛犬がある日、突然行方不明になったのだ。


 捜索するも、手掛かりはなく諦めかけたとき、ラタはどこからか犬を連れてきた。ラタに尋ねると「商人が盗んでいこうとしていたので捕まえましたら、なんとマーガレットの愛犬だったので、急いで連れてきました」と、ハーハーと息を荒げ、泥だらけの服装でここまで連れてきたのだ。


「よく、盗んだ犯人を見つけたな。ところでその犯人は?」

「はい、警備の人に渡しました。あとで、懲らしめることもできます」

「わかった。感謝する。君がいなかったら娘が泣き続ける日を過ごすところだった」


 この日を改めて、マーガレットはラタと付き合うことになった。噂好きだけでなくちゃんと人も見ている。


 現在から1年前、マーガレットは病に倒れて亡くなった。

 マーガレットは付き合ってから流行病で苦しむようになった。助け船だった医者にもすがるように生活費は慎み暮らしてきた。


 ある日、旅の商人が薬があると取引を持ち掛けられた。もちろん断った。生活する分だけの資金でせいっぱいだったからだ。

 やせ衰えたラタを見た商人は哀れみ、薬を無料でやると言ってきたが、”流行病の詐欺事件にご注意を”の新聞を見ていたため、丁重に断った。


 だが、商人は断られたことに気が立ったのか無断で薬をマーガレットに無理やり飲ませた。それに気づいたラタは止めにかかるが、商人は逃走し、マーガレットは苦しみながら亡くなった。


 愛する者を失い、流行病で町長も失い、残されたラタの心は崩れ落ちてしまった。天が悲しんでなのか恨んでいるのか三日続けての雨は、殻になった家のなかで容赦なくラタを苦しめた。

 誰もいなくなった家は広く、ラタ一人だけでは寂しいものだった。


 葬式の後、警備からある情報をもたらされた。


「――あの商人どこかで見たことがあるッと思ったら…昔、愛犬を盗んで捕まった商人にそっくりだった――」


 愕然とした。あの商人は捕まったことに腹を立て、いつか復讐の機会をうかがっていたのだ。マーガレットが病気になったと聞いた商人は復讐するべく薬だと偽り、毒を無理やり飲ませた。


 奴は初めからそうするつもりで、狙っていたのだ。


****


 現在、ここは喫茶店の中、ラタは頭を抱えながらテーブルに肘をついていた。


「愚かだった。俺はあの日、気づいてさえいれば、マーガレットは死ななかった。」

 

 表情は言葉では表せないほど険しく、怒りで表情を別人へと変わっていた。ラタは、あの日から時間が止まったままだ。怒りと苦しみと悲しみが明日への階段を上ることができない。マーガレットを死なせてしまった自分の罪に食いながら、ラタは商人を絶対今度こそ、殺してやると腹の底から決めていた。


「君のせいじゃないよ。」


 ルノは励ますが、ラタの心には響かない。


「ルノ、俺は依頼したい。魔法使いは報酬を交わせば、仕事をしてくれると思っている。奴は今、この町の町長をしている。俺を地の底へ引きずりこみ、泥水を啜る俺を見下すかのようにこの町を統治している。奴が、町長になってからこの町は観光名所として豊かになったが、階級制度の復活で町の活気は月々減っている。昔からいた人たちはみんな、今の町長を嫌うかのように出て行っている。」


 真剣な相談は胸を痛い。

 魔法使いとして頼まれている。

 冒険者と同様、資格を得た魔法使いは報酬と依頼を交わせば、仕事にありつくことができる。


 だが、それが人殺しの為だという依頼のであれば、ルノは断る気満々だった。

 話しを聞く連れ、徐々にラタの気持ちも理解できるようになる。


 なにせ、愛する者を失う苦しみは同じだ。

 ルノの師匠、ラタの妻。二人とも他者によって殺されている。

 そして、ルノに真相を言えない。

 クロノは思う。胸を殺し、心を殺してでも真実は言えない。

 ルノの師匠はあの庭(畑)で、死んでいる。あの死体もきっと師匠なのだろう。魔力を緩ませ、周囲の記憶を捏造した。


 ルノの能力は妖精クロノ・スティアの力を持って取得したもの。緩ませることも改変することもできる。真相を知るにはまだ早すぎるし、なによりもルノ自身の心が壊れてしまうから。契約したあの日、ルノの師匠と誓ったのだから。


***


『契約を変更してほしい?』

「ああ、俺の妖精はお前自身だ。クロノ・スティア。姿が偽っているだろうが、俺の妖精で間違いはない」

『妖精は多様です。他の妖精――』

「間違いないのだ。俺が使えたはずの能力がルノに引き継がれている。しかも、しゃべり方も俺が知るクロノ・スティアとそっくりだ」

『契約の変更は一度切ですよ。』

「構わない」

『変更後、あなたから妖精はいなくなります。妖精は私と一心同体となり、ルノ(この子)に憑いていきます』

「それでいい」

『私にはわからない。なぜ、そうしてでもこの子を守るのですか?』

「俺は幾多の人を殺めた罰が身体中に流れる血液に溶け込んでいる。俺の血が失ってもその罪は消えないだろう」

『詩人のつもりですか? 理解できないですね』

「理解できなくて結構。俺はいづれ、殺される日が来る。ルノはまだ俺の正体もこの世界の真実も知らない無垢の心の持ち主だ。クロノ・スティア。俺の代わりにこの子を守ってくれ。最後の時の妖精クロノ・スティアとして」


***


 全く勝手だ。

 理不尽な契約を突き合せたクロノもまた同じですが、長年一緒についてきた身です。最後の言葉としてその契約を変更しました。

 今でも思うのです。もし、契約を変更せず、妖精を連れたままだったら、あの場所で死なずに済んでいたのかもしれないのに。


「人殺しの依頼は受けらない」

「そうか、ならお宝を取り戻すことはあきらめてくれ」


 無言で席を立った。

 ルノはラタを睨みつけた。


「大事な物なんだろ? 俺も大事なものを奪われた。その気持ちは一緒のはずだ。」

「人殺しが一緒なわけない!」

「ルノ。お宝はお前自身が取り戻さないと、町長の手で横流しにされるぞ。奴は、集まった宝を売りさばくことで生計を保っている。去年の優勝者はいなかった。町長の妨害で、賞品そのものを転売されたからな」


「!?」


「わかったろ! 俺を手伝え。君は、町長の目を向ければいい。お宝も君が取り戻せばいい。俺は隙ができた町長に復讐をする。奴は生かしては置けない!」


 契約が結ばれた。

 ラタなしでは祭(試合)に出られないと脅されたからだ。


 そもそも十五歳以下の魔法使いは祭(試合)に出るには親の同行が必要不可欠。親もいない、師匠も行方不明。誰が無名のルノを推してくれる? ラタしかいない。

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