第4話
渓の間に作られた決闘場。広さは2キロほどの広さだ。中心に塔があり、そこに審判が二人の様子を観察し、その動向に目を光らせていた。
岩場ばかりの決闘上は足が悪く、ちょっとした石に躓きそうになる。
『あぶなーい』
クロノに手を取り合い、間一髪つまずくことなく態勢を立て直した。
クロノに感謝しつつ、相手の動向に目をむく。
「炎の魔法。レベル3〈火球の宴(ファイアボール・ロンド)〉」
四方から火球が出現し、ルノに向かって振ってきた。
『あぶない!』
避けるかのようにルノもすかさず魔法を使って避けた。
「時の魔法。レベル1〈着地地点(テレポート)〉」
サークルを展開させる。オレンジ色に発光するサークルは相手には見えていない特殊な魔法による模様だ。サークルを定めた場所へ一瞬にして飛ぶ魔法。
この魔法を使用後、相手は一瞬だけ隙を見せてくれる。
「!? どこにいった!?」
「いまだ! 時の魔法。レベル2〈時の呼び鈴(タイムベル)〉」
すかさず魔法を放つ。
ロンの周りにベルが囲むようにして現れた。
ロンは魔法を仕掛けられると気づいていたのか、指先を地面に付き、円を描いた。
「炎の魔法。レベル5〈炎柱陣(フレイムデトネイター)〉」
ロンを中心に炎の柱が立ち上った。ベルを一瞬でかき消すほどの火力。炎の柱が出現したことにより空気が一気に縮みこみ、それを吹っ切れたかのようにルノを背後へと吹き飛ばした。
「がぁっ!」
『ルノ! 起きて、まだ倒れている時間じゃないよ』
慌ててクロノが駆け寄ってくるが、体が起き上がらない。背中を打ったのかもしれない。痛みがじわじわと背中から広がっていく。起き上がろうとする全身を杭で打たれたかのような痛みを感じる。
「ルノ、君の魔法は賞賛に値する。時の魔法…聞いたことがない属性だ。君は選ばれた人と言うことは実際に戦ってみて、痛いほど痛感した。けど、俺の炎の前ではいくら、君が強がろうと勝てない。それが現実だ」
指を向けられる。
圧倒的な戦闘の経験が違う。
伊達にダンジョンをその若さでクリアした人は違う。
「ぼくは、負けられないんだ。この恩を返すため、絶対に君に勝って帰らないといけない。」
「俺も同じさ。君に勝たないと俺は破門の身さ」
二人の勝ち方と目標はそれぞれ違う。譲れない部分は一緒だ。でも違う。ルノは師匠のため、勝つことを選んでいる。ロンは親父に捨てられないために勝とうとしている。
この二人の勝敗を決めるのは次の一手ですべてが決まる。
二人はそう確信していた。
「決着付けよう」
「ああ、俺にとって強力な魔法で」
ロンは距離をとった。
背中の痛みはない。クロノが回復魔法で治療してくれたおかげだ。あの会話のさなか、クロノが回復してくれているのをロンも知っていたようだ。だから、あえて長く話し、そして近づいた。
本来なら距離をとっての接触は魔法使いはしない。自らの隙を作らないため距離をとる。それが一般的な戦い方だ。
唱えたのは同じだった。言葉が重なりあうかのように二人は息ピッタリで呪文を唱えた。
「炎の魔法。レベル6〈四角い炎の絶望(デス・フレイム・ゾーン)〉」
「時の魔法。レベル6〈時間停止(タイムストップ)〉」
空気が熱い熱したかのように濃い霧となって辺りを立ち込める。白い霧はやがて一つの箱へと姿を変えた。
ルノを囲むようにして展開した赤い炎の壁、天井、床。六面を熱した鉄板のような壁が徐々にルノを取り囲むように近づいてきていた。
「これは…!?」
空気が熱しられているのが分かる。空気がないみたいに肺の中へと吸収できない。むしろ、熱した空気を吸い込むと喉が焼かれたような痛みを感じた。
「がはぁっ! …いきが…」
胸が苦しい手を胸に抑え込み、倒れる。
意識がもうろうとする中、外の世界では何が起きているのか思考が回らない。
目蓋が閉じた暗闇の中、一人ぼっちだった。
体育すわりで俯いている。嘆き悲しむかのようにルノは泣いていた。
『起きて、ルノ…』
その声は…クロノ・スティア。
やさしいその声は甘く切ないものだった。
『師匠に恩を返すんでしょ』
目をこすり、顔を上げた。
クロノがいつも以上に輝いているのが見える。
暗闇に閉ざされたこの世界で、一人ぼっちだったルノを白く明るい太陽のようなクロノが手を伸ばしている。
『あなたはまだ、このままでは終われない。そうでしょ…?』
涙をぬぐい捨て、ルノは立ち上がった。
自分はこのままでは終われない。そう思い立った。涙を流していた弱い自分はいない。
『新たな可能性がルノ・クロノアにはある。いまこそ発して――』
過去を振り返るかのように走馬灯が流れた。師匠と話してから、ここまでの道のり、そして未来へとつながる世界。
ルノは手を伸ばしていた。
クロノと手を触れたとき、光がひとつになった。
『ルノ・クロノア。新たな能力を覚醒した。名は〈未来視(ビジョン)〉。命に危険なことは事前に先を見通すことができる。これは、あなたにしか得られない最後の希望!』
目蓋を開いた。
ロノが長話している。
周囲を見渡すと、すぐそばでクロノが治療している姿があった。
(時間が…戻ったのか…?)
ロノが自分は親に期待されている。その期待に応えられなかったら破門にされる。そう話していた。
未来が書き換わった。
先ほどまで見ていた光景は未来視(ビジョン)によるもの。つまり、いまここで未来を変えなければあの場所に逆戻りになるということだ。
「決着付けよう」
この言葉を最後に、ルノは一目散に魔法を展開した。ロノよりも早く、的確に、あの魔法を中断させるために。
「時魔法。レベル7〈終わりゆく時間(クロノスティル)〉」
手を伸ばし対象相手であるロノに向かって魔法を放った。
次の瞬間、ロノは動きを止めた。
風が固まり、周囲にいた人も虫も鳥たちも固まるかのように動きを停止した。
時間が停止する究極の魔法のひとつ。ルノの体内に備蓄してあるマナを大半失うほどの魔法。
「くっ…」
頭が立ち眩み、視界がぼやける。咳き込むうえ、呂律が回らない。足がふらふらと自由が利かない。
「ここまで…か」
倒れそうになるが、寸前のところで足で堪える。
まだ、倒れるわけにはいかない。時間が再び動き出すまでは、決して倒れないと決めているからだ。
指をパチンと弾く。
時間が緩やかに加速し、すべてが止まっていた時間が再び動き出した。
「っ……」
意識を失い。倒れた。
ルノが敗れた。悔しい表情を浮かべつつ地べたへと倒れた。
***
「っ……う、うーん…」
まぶしい光に起こされ、目が覚める。
どこか見知らぬ天井を見つめていた。
「ここは…?」
周囲を見渡すと窓から差し込む光が見えた。
どうやら、どこかの部屋にいるらしい。
体を起こそうと力を入れる。
すんなりと起き上がれた。鉛を背負った感じはしなかった。
頭を左手で押さえながら、立ち上がる。
「おや、目を覚ましたようだね」
審判の人だ。穏やかな顔で「もう平気なのかい?」と聞いていた。「大丈夫です」と答えると、そうかそうかと何度も頷いていた。
なにが起きたのか、審判に尋ねる。
――1時間前、〈終わりゆく時間(タイムスティル)〉を解除したとき、同時に二人は倒れた。審判は動揺し何が起きたのか頭が追い付かなかったほどだ。
一人は魔力切れを起こし、気絶していた。
もう一人はその魔法にやられたのか白目で倒れていた。
魔力切れを起こしていたのはルノだった。
病室に運び込まれ、審判の結果。二人を異例だが同時に合格したのだと言っていた。この勝負は「まいった」といったほうが負けなのだが、将来的に見込みがあるとお偉いさんが来ていたらしく、二人とも合格するよう言伝があったそうだ。
そのお偉いさんはどんな人物なのかは審判もわからないと言っていた。なぜなら名乗らず言伝だけで去っていったのだという。
その人にお礼を言いたいが、その前にどうして合格させたのかが気がかりだった。
「審判! ぼく納得いきません!」
あの勝負で先に倒れたのは事実ルノ方だ。お偉いさんとか言う人に勝手に合格をもらうのは魔法使いとして失礼なのではないかと思ったからだ。
「ごもっともだね」
「なら…」
「でも結果は覆せない。すでに結果表は出てしまっている。ルノくん、君が何を言おうと結果を覆すことはできない。もし、覆したいのなら、再戦すればいい。魔法使いになれば魔法使い同士、戦う日々がいつか来るかもしれないから」
そう言って、審判は部屋から出て行った。
審判も認めていないという表情だった。
自分一人になった部屋で、誰かが言った。
『合格おめでとうルノ』
クロノは嬉しそうに遠くから笑っていた。
***
師匠が住む遠く離れた家で、何者かと争っていた。
師匠が杖を片手に失った右腕から血が流れていた。
「はぁはぁ 何者だ」
闇に映る。闇に姿を溶け込む。
容姿は確認できない。家の中に灯す火はすべて奴によって消し飛んだ。
「其方の命を貰い受ける」
鋭い剣先が師匠(オーガスティン)の目と鼻の先をかすめる。素早く隙が無い攻撃は熟練の剣士だったオーガスティンでも侮れなかった。
(一瞬のスキが命取り…)
闇に包まれた奴の姿を見ることはできない。
だけど暗闇の中、剣だけが妙に光ってみる。チャンスだ。剣だけ見ていれば攻撃は当たらない。
ヒュンヒュンと空を切る。
この暗闇の中、よく対象がいる位置を把握できるものだ。まるで位置をあらかじめわかっている様子だ。
「なぜ、位置がバレる。奴も見えないはず。妙だ…まさか――」
すぐさま、転移の魔法で外へ飛び込む。
すると、空は灰色に包み込まれていた。雲一つなく不気味な灰色の空だ。
「これは…!?」
「お気づきでしたか。これは吾輩の領域(フィールド)。名は〈灰色の空の下で(ディスペラ・フィールド)〉。吾輩がいる周囲の者はこの剣以外見ることはできなくなります。この空の下…すなわち屋根の下はすべて暗闇に包まれます。吾輩の眼だけがあなたを捉えることができるのですよ」
領域(フィールド)魔法(マジック)。
術者を中心とした範囲に自らのルールを元に作られた結界。自分ルールのなか、相手を縛り付ける魔法は、血がいくつかストックがあっても足りないはずだ。
「お前…何者だ? どうして発動できる!? 領域(フィールド)魔法は、いくら血のストックがあっても足りないはずだ。ましてや、屋外でも発動できる。たとえ十個のストックがあっても足りないはずだぞ!」
ご名答…と言わんばかりに奴はこう述べた。
「ご名答。しかし、あなたは見当違いしている」
「どういうことだ?」
「あなたは血のストックが足りないと言っていましたが、実は違うのですよ」
「?」
「吾輩は妖精と一心同体。つまり、この身体の主を食らい、実態を得た妖精なのですよ。」
「な!!」
「驚くでしょうね。なぜなら禁じられているからこそ。吾輩はこの者と契約を果たしたのです。我が息子同然だった子が戦場で首を狩られ殺されていた。息子はどう思っていたのでしょうね…息子は語っていたのですよ。尊敬するあたなはまるで光の戦士だ。この人と一緒についていく…と」
その瞬間すべてを思い出した。
十四年前、赤子を守るために一緒についてきてくれた兵士たちを殺した。その中に、肉親ではないが拾ってくれた人に恩を返したいと言っていた人がいた。まさか、その人の親代わりなのか?
「この肉体の持ち主はずっと嘆き悲しんでいましたよ。息子同然に育てていた子が殺された。しかも、戦争中ではなく終戦後、あなたの手によって殺されていたって…」
握っていた杖が地面へ落下した。手が震える。剣を振るったであろうかつての左手の感覚がなくなっていく。
「この身体の持ち主は、どうしてそんなことを知っているのか…とても気になるでしょう? 実は、あの現場で生きていたのはあなたたちだけじゃない。あなたと一緒についてきていたもう一人の仲間がいた。息子の親友マーロウだ。」
マーロウ。聞いたことがある。旅をしている吟遊詩人だと。
「集合予定だった場所に現れない友を探しているところ、あなたが息子を殺している場面に遭遇したのです。マーロウはおびえ、親友を助けることができなかったことを後悔していました。マーロウはその後、流行病で死んでしまいましたが、この身体の主は最後まで憎しみの叫び声を絶え間なく喚いていましたよ」
地面に落した杖を拾うことはできなかった。
なぜなら、死んだはずの仲間やマーロウがオーガスティンを囲むように佇んでいたのだ。
「やめろ! 来るな! お前らは死んだんだぞ!」
「なにが見えているのか知りませんが…あなたが殺した者たちですよ。」
オーガスティンは慌てながら逃げようとする。あの勇敢だった男の姿はもうどこにもない。助けをこぐ弱い兵士たちのようにこの男の象徴はとうの昔に捨て去ってしまっていた
「くるなあああ!!!」
逃げ出すも自らの杖に足のつま先に当たり、こけた。
地面に倒れたとき、鼻を負ったらしく、血まみれになる。
「痛い、痛いよッ!!」
「その痛み、ずっと抱いていたのですよ。」
「よせ、よせよせよせ!!」
「さようなら。」
「うわああああ!!!」
「哀れな兵士に乾杯。さて、帰りますか。この身体の持ち主は十年前に死んでいるのですよ。この身体を動かすにもゾンビを動かしているように血が足りなくて、苦しかったのです。さてと、杖を回収し、届けますか」
苦しみながら悶えて息を引取ったオーガスティン。その身体中は自らの爪で引き裂くかのように身体中の肉と肉がえぐられ、内臓物が飛び出し、血まみれになっていた。苦しそうに悶絶した表情はかつての自分によって殺されたようなものだと奴は悟っていた。
「さてと、これで任務終了ですね。いやーしかし、立派です。オーガスティンを殺すために処刑されたマーロウを使うとは死者への冒涜なのでは?」
そこに現れたのは美少女。とんがり帽子をかぶった青髪。薄い青の瞳、真っ青のマントを身に着けた人物。
「またその格好か。相変わらず女装好きだな」
「いえいえ、これも任務のうちです。それに、男装女装は仕事の一環として割り切っていますから」
「なにが割り切るだ! とはいえ、お前のおかげで容易に侵入できた。こいつ、侵入できないように結界を多重に張り巡らされていたからなー」
「でも、侵入できた」
「お前のおかげでな『結界破りのロゼ』」
「うふふ。あなたに褒められてもうれしくはないですね。『心変身ミゲル』さん」
オーガスティンの死体を見下すかのように二人は笑っていた。
オーガスティンは生きていることはすでにこの世の裏で知り渡っていた。戦争になった現場では唯一オーガスティンの死体の痕跡はなく、報告にあった灰になった事実もなかった。
報告された手紙にはオーガスティンの筆記で書かれていた。バレないように工夫されていたが、解読者がいる仲間によって安易に見つけた。
オーガスティンは生きていてはいけない存在。
数多の命を弄び、自らの罪と言いながら行商人を襲い、食べ物や本などを奪っていた。右腕を落とすことに成功した騎士もあっけなく返り討ちにされるなど、ここ数年、奴を殺すことは不可能と思われていた。
「しかし、依頼主がこの国の王とは、終戦後は恐ろしいものです。あれだけ英雄だと言っていた本人が手のひらを返して殺すよう依頼するなんて…」
「当の本人もわかっていたのかもな。それに、依頼にあった赤子だが、年齢的に十以上は言っているだろう。こいつも探さないとな」
「難しいでしょうね。手がかりは少ないですから」
「だから、これで釣るんだよ」
オーガスティンがもっていた杖を拾い上げた。
「これを餌に誘い出す」
「あーなるほど。」
「伝説の一級品だ。これを欲しがる連中はこの世界に何千万といる。もし、その中に現れた者の中に子供が絶対に紛れ込む」
「いい考えですね。しかし、その子はオーガスティンを殺されたことにきっと激しく憎むでしょうね。」
杖を見つめながら、子供のことを思い浮かべる。
「そうだな。でも、国の命令だ。そろれに、その子を絶対守らなくてはならない」
「……ミゲル。あなたのことを思って言いますが…仕事は最優先ですよ。私情が先に出てはいけません」
「わかっている。」
苦しそうだ。まあ、そうでしょうね。
ミゲルはかつて敵国の騎士団長。敵に寝がえりの代わりにオーガスティンの監視と抹殺を依頼された。
かつてオーガスティンとともに生活し、共に騎士と歩み、戦火の中をくぐり抜けてきた。最後の戦いでオーガスティンに裏切られるまでは。
「ミゲル。帰還しましょう。オーガスティンの首を手土産に、ね」
「ああ、そうだな」
オーガスティンの首をはね、二人は国へ戻っていった。
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