1人目 2年前薬を大量摂取した那賀真緒-ナガマオ-さん

第3話

「マジマジ!! 速く着替えて出てこい!!」


 そう言われている間にも扉をこれでもかと言うように強く叩いているそうさん。オノマトペにすれば、ドンドンではなくバンバンとかガンガン、ゴンゴンとか。

 大丈夫ですか? それ多所詮木の板ですよ、壊れません??



「やっと来たか。じゃあ彼処の制服着てる女子お願いな」

「え? 何すれば……」

「まず彼女の注文を私に言って。食べた後は話を真剣に聞くだけ」


 昨日の長いのはなんだったんだ、簡潔に説明できるじゃないか。

 2階から見下ろしてみると、確かに女子中高生が椅子に座っていた。彼女が着ている制服には外で転ばないと付かなさそうな汚れがある、けれど肌は白い。

 ……いじめ、だろうか。

 もしそうなら、既にもう1人のお客さん(おっさん)の近くにいる高身長のあの方は最初から私に難しいお題を出した事になるが。それとも、なんか面倒くさそうだから押し付けたとか。あれ、こんな事昨日もあったな。


「おい果夏かなぁ!! そんな所から見下ろしてないでちゃんと働けぇ!!」

「はいぃ!!」


 ……相変わらず迫力がある。声大きいな。

 とりあえず働こう。そう思い、1階へ続く階段を降りた。



「ああっと……、いらっしゃいませ」

「……はい」


 彼女からの返答はとても小さな声で。

 さっきは遠くからだったので分からなかったが、制服の汚れだけでなく、痣まである。

 嗚呼、いじめられていたんだな。そうじゃないと、この年齢でこの姿でいる理由が説明できない。


「ご、ご注文? を、お伺いしてもよろしいでしょうか」


 慣れない。バイトなんてした事がないのだ。接客業とは程遠い世界で生きてきたのだから当たり前か。


「オムライスって、ありますか?」

「かしこまりましたっ」


 少しの沈黙の後、空気に溶け出すような声で言った彼女。耳を澄まして聴き取った。

 レストランっぽい事をとりあえず言って、既にオープンキッチンで調理している想さんの所へ歩く。

 オムライス、あるだろうか。普通ならあるだろうが、なにせ此処は天界だから。よく分からない料理だってあるかもしれない。


 彼女は卵を使わずに調理していた。あのおっさんの注文だろうか。

 様子を眺めていると、数分で調理を終えた想さんがこちらに気付いた。


「注文受けたのか?」

「あ、はい、オムライス……」

。取らなかったか?」

「りょ……?」


 料理の結晶。

 そんな物があるなんて聞いてないぞ、あんなに長々とした話だったのに。冗語が多すぎじゃありませんか? それがあるなんて聞いていませんけど、と返すと、とりあえず客の机にあるチマいガラス取ってきてと言われた。


 指示通り一度戻ってみると、木製の机の上にはランチョンマットと花瓶の他に小さな正方形のガラスがあった。全然気付かなかった。そういえば今日起きてから視界に入る3人の人物以外ほぼ見ていなかったな。

 見た感じただの透明なガラスだけれど、こんな物が何かの役に経つのだろうか?


「おい、早くしないとこっちの客が料理食べ終わっちまうんだよ」

「あ、ハイ」


 大声ではない。けれど威圧感が凄い。想さんにはこういう圧のかけ方もできるみたいだ。


 これですか? と差し出すと、これで間違いない、と言わんばかりに頭を大きく縦に振り、ガラスをじっと見つめ始めた。正方形のそれには文字や絵など描かれていないはずなのに、塩ふたつまみ、ケチャップ……と呟く。一体その透明な物体は何なんですか??

 彼女が顔を上げた事を確認し、疑問文を投げかけた。


「あの、それに何か書いてあるんですか?」

「あぁ、私にしか見えないけどな。細かい字であいつが食べたいオムライスのレシピが書かれている。同じ料理でも人によって調味料の分量が違ったり、サイズが根本的に違ったりするから。次からはすぐ持ってこいよ」

「お客さんの指示通りに作らないと何かあるんですか?」

「いいや?? でも、これがあるんだったら、どうせなら一人一人の好みに合った料理を作りたいからさ。客にとっては、正真正銘のな訳だから」


 あ、優しげな声。私が此処に強制移動させられてから2回目だ。


 想さんが料理の結晶をカウンターに置くと、まるで元々無かったかのように跡形もなく消えた。不思議だ……今は、此処は天界だからという理由で納得できるが、もし地上でこんな事が起きたら信じられない。


「じゃあちょっと待ってろな、すぐ作るから」

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