第24話「神殿」
エラマを後にした俺らは、地図を片手に草原を西へ進んでいた。暖かくなってきたのもあり、少し強い風も心地よく感じた。風が吹くたびに一斉に同じ方向へなびく草花は見ていて心が和む。
「ねぇセトくん? 神殿には今日中につくよね?」
俺らの先頭を歩いていたカイコがこちらを振り返る。
俺たちは今、ニニーシェア様の神殿を目指していた。カイコの魔導石を貰うためだ。
「そうだな。多分行けるはずだ」
カイコは嬉しそうに笑うと、再び前を向いて歩きだした。自分の魔導石を持つのがよほど嬉しいのか、大きく両手を振り、鼻歌を歌っていた。
俺も早く魔導石を所持しなければ。それで魔法を使えるようになれば、いくらか役に立つだろう。
一つ不安なのは、魔導石を手にしたところでセンスがなければ使えないとニカが言っていた事だ。どうしてもというのなら魔導師からの指導を受けるべきだとも言っていた。
「……そういえばさ」
俺はその時に抱いた疑問を思い出して、声を出した。
「ニカが魔導師がどうとか言ってたよな? あれって魔法使いとは違うのか?」
俺の隣を歩いていたレグナが少し首を傾げる。
「魔導師、は魔法教える仕事。魔法使い、は魔法使う仕事」
「それだけ?」
それだと、あまりにそのまま過ぎないだろうか。
「多分」
レグナが自信なさげに耳を伏せる。
「魔法で生計を立てている人を魔法使いって呼んでるんだよ」
俺の後ろを歩いていたミツバチが、ため息混じりに口を挟んでくる。俺は振り返って聞いた。
「じゃあ、魔導師も魔法使いってことか?」
「うん」
ならばつまり、職種、職業の違いのようなものだろう。
「んー?」
レグナが困った顔をしていた。首を傾けたまま唸っている。
「魔法を使う仕事をしている人のことを、全部、まとめて、魔法使いって呼んでるんだって」
身振り手振りも交えてレグナにゆっくり説明すると、うんうん、と真剣な顔で頷く。
「その魔法使いの中から、さらに、細かく分けた呼び方が、魔導師」
「へー! そうなんだ。知らなかった」
「……この説明で合ってる?」
不安になってミツバチに聞くと、ミツバチは眉をひそめたものの、何も言わずに頷いた。
「ねぇみんな! あの建物! あれじゃないかな!?」
突然叫んだカイコの方を見ると、指さしていた先に、白い建物が見えた。光が反射しているのか建物全体がキラキラとしている。
途中、ウィララ派であるレグナはニニーシェア様の神殿には入れないと言うので、道中に生えていたルカの木のそばで、ミツバチと共に待っていることになった。
俺は、どの神様も信仰していないので神殿に入っても問題ない、らしい。ならば、とカイコと共に中に入ることにした。一人にするのはなるべく避けたい。
建物を前にすると、その建物は、見た目にはっきりと分かるほど異様だった。なぜなら、この建物には継ぎ目という継ぎ目が一切存在していない。壁から屋根に切り替わる部分ですら繋がっている。それどころか、窓枠も柱も、全てだ。まるで、一つの巨大な石から建物丸ごと彫刻したかのような作りをしていた。
見た目はどちらかといえば、ゴシック様式の教会に近い。シンメトリーな外観、槍のように尖った屋根に、たくさんの大きなアーチ型の窓。中央の入り口には天蓋形のひさしがあり、その両端を2本の柱が支えていた。建物全体がつるつるとした白い石のような物でできており、光の加減でうっすら緑がかる。
「イーラちゃんから貰った貝殻みたい。キレーだね!」
カイコがひさしの柱の周りをぐるぐると走り回る。
「凄いな……。こんなものどうやって……」
いつ作られたのか、誰が作ったのかも分からない建物。恐らく、どうやって作ったのかすら分かっていないだろう。大昔から存在しているにも関わらず、芸術的かつ、神秘的な美しさを保っているこの建物を、神殿、神を祀る建物、と呼んだのは当然のことのように思う。
「セトくん、入ろうよ」
「これ、勝手に入ってもいいのか?」
両開きの大きな扉は木製の物だった。色褪せ、表面がところどころ剥げている。劣化などないように見える建物で唯一、時代を感じさせる見た目をしていた。
扉の前で躊躇していると、扉の片側が突然開いた。中から顔を出したのは、黒髪の子供だった。ベリーショートの髪型と中性的な顔つきのせいで、性別が分からない。胸元にニカがつけていたのと同じペンダントがあった。
「礼拝希望の方でしょうか」
「あ、えっと……礼拝というか」
「では、入信希望の方でしょうか!?」
恐らくニットラーと思われるその人は嬉しそうに叫んだ。と、同時に勢い良く外に出てきた。
黒くて丈が膝下まであるピッタリとした長い服を着ていて、同じく黒くピッタリとしたズボン、それに少し高さのついたヒール。幅の太い深緑色の紐でウエストをくくり、その紐の先を体の横でちょうちょ結びにしていた。
服装の雰囲気から、女性ではないかと思う。
「俺は付き添いで……」
「そうなのですか。でも、せっかくですから、一緒に入信されてはいかがですか?」
彼女は俺の右手を両手で包むように握ると微笑んだ。
「今はまだどの神を信仰するかお決まりでないのなら、ぜひニニーシェア様を選ばれてはいかがでしょう。ニニーシェア様は宗派替えにもとても寛容でいらっしゃいますし、もし宗派を替えたくなったとしても、呪いを貰うことはほとんどありません。何より、水は生きていく上で、なくてはならないものです。ニニーシェア様を信仰することは、必ずあなたの助けとなり、支えとなることでしょう」
柔らかな物言いではあるが、妙な威圧感に気圧されて、俺がうろたえていると、タイミング良くカイコが口を挟んだ。
「神官さん! 魔導石を貰うにはどうしたらいいですか?」
「あ、ごめんなさい。ご案内しますね。どうぞ、こちらへ」
彼女はカイコを見てニコリとすると、神殿の中へと歩いていった。俺とカイコは無言で顔を見合わせたあと、彼女の後を追った。
神殿の中は縦長の構造になっており、入ってすぐ正面には、4、5メートルはあろうかというカエルのような白い像が鎮座していた。その手前には祭壇のような物がある。
「わぁ、カエルだ!」
「お、おい、カイコ……」
カイコがカエルの像を指さして叫ぶ。神官がすぐ目の前にいるのに、明らかに神聖な物であるその像に向かって指をさすのはまずいと思い、慌ててカイコの手を抑えた。
「いいんですよ。さぁ、ニニーシェア様にご挨拶を」
「どうすればいいんですか?」
カイコがカエルの像を見上げる。
「祈りを捧げるのです。祈りは対話です。心の中で話しかけるのです」
「はーい」
「では、胸に手を当てて目を閉じてください」
カイコは頷くと、言われた通りに胸に手を添えた。
俺はカイコのすぐ後ろに立っていたのだが、神官が脇にそっと移動したのを見て、俺も音を立てないように脇へ避けた。
しんと辺りが静まりかえる。だが、1分も経つか経たないかのうちにカイコは祈るのをやめてこちらに走り寄ってきた。
少し早すぎるんじゃないかと思い、神官を横目に見たが、ニコニコとしていた。どうやら祈りの長さに決まりはないようだ。
「見て見て!」
カイコは俺に右手を見せた。その小さな手の中には、いつの間にかペンダントが握られていた。
「お祈りしてたら、手の中に出てきたの」
お祈りしてたら、『手の中に』、出てきたの?
俺は口元が引きつるのを感じた。いくらこの世界が魔法の存在しているファンタジーな世界とはいえ、どういう原理なのだろう。
「これであなたもニニーシェア様の信者です。何か困ったことがあれば、各地にあるニニーシェア様の神殿を訪ねるといいでしょう」
神官はその現象を説明するわけでもなく、そう言うと、俺とカイコに礼をした。
「少ししかありませんが、パンを持っていってください」
「えっ、でも」
「遠慮なさらず、どうぞ受け取ってください。信者の方や、そのお連れ様の助けをするのは当然の行いですから」
「そうなんですか……、その、ありがとうございます」
その後、神官から手のひらサイズのパンを二つ受け取ると、神官はその場を後にしようとした。あまりにもあっさりしていたので不安になり、声をかけてしまった。
「あの、これで、終わりですか?」
と、俺が聞くと、神官は微笑んで答えた。
「ええ、これで全て終わりです」
思わずカイコを見ると、カイコも少し戸惑った様子だった。
「……戻ろうか」
「うん」
カイコが嬉しそうにペンダントを弄んでいるのを横目に見ながら、外に出ると、いつの間にか雨が降っていた。空は雲が多いものの、晴れてはいたので、恐らく天気雨、すぐに止むだろう。
「少し雨が止むのを待ってみようか」
「変なの、晴れてるのに雨なんて」
カイコはそう言うとその場にしゃがんで空をじっと眺めた。
俺も一緒に眺めていると、突然、「もし、そこの旅人さん」と誰かに声をかけられた。
声がした方を見ると、美しい女性が立っていた。緩くウェーブのかかった胸辺りまである茶髪を、耳の辺りでまとめており、木の皮のようなもので編まれた手提げのかごを持っていた。
「信者の方ですか?」
美しい女性は雨に濡れながら、ひさしの下に来ると少しだけ服の水滴を払うような動作をした。カゴの中にはさまざまな木の実が入っている。
彼女は長袖の白シャツに、コルセット、それに深緑色のロングスカートと町娘のような格好をしており、小柄。それにキレイな翠眼だった。
彼女がこちらに微笑んだのを見て、俺は慌てて答えた。
「あ、いや、その、俺は付き添いで……、この子は信者です」
カイコは女性を見上げて口をあんぐりと開けていた。
「そう。よろしくお願いしますね」
女性はしゃがんでカイコの頭を優しく撫でた。それを見ていると、彼女は少し顔を上げ、目を細めて俺を見た。ドキッとして息を呑むと、彼女はゆったりと立ち上がって、そっと服のシワを伸ばした。
「ところで、木陰にいたラコの少女とニットラーの男の子はあなた達のお仲間ですか?」
「あっ、はい、そうですね。それが何か……」
「先程、近くで奴隷を一人連れたリトナの四人組を見ましたよ。恐らくモーリーに奴隷を売りに行くのだと思います。目をつけられる前に立ち去るのが良いでしょう」
一瞬、ピリッと空気が強張ったような気がした。不安になってカイコを見ると、同じく不安そうにしているカイコと目が合った。
早く二人の元に戻ろう。
俺は彼女にお礼を言おうと前を向いた。
「わざわざ……あれ?」
「さっきの人は?」
カイコは首を左右に振りながら女性が立っていた所に立つと、辺りを見渡した。
女性は忽然と姿を消してしまっていた。
「……ええ……どこに……」
「おかしいなぁ」
カイコはひさしの下から飛び出すと、神殿の横を見たりしたが、やはりいないようだった。
「どこ行っちゃったんだろうね」
俺はもう一度辺りを見渡して彼女を探したが、どこにも見当たらない。このまま探し続けても仕方がないので、俺はカイコを呼び寄せた。
「カイコ、さっきの人のことは気になるけど、先にレグナ達の所に戻ろう」
「う、うん。そうだね」
俺はまだ気になっている様子のカイコを抱えると、レグナ達の元へと急いだ。
気づけば雨は止んでいた。
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