第16話「ツドリ」
エラマまでの道のりは、川沿いを歩いていった。石が多く少し歩きづらかったが、川を横断するための小舟が出ていたり、4頭引きの大型馬車とすれ違ったりと、飽きることはなかった。
特にその馬車とすれ違った時は、とても緊張した。御者は普通のリトナだったが、その馬車の周りにいた、いかにも護衛といった4人組はリトナではなかった。
その4人組は馬車を囲うようにして歩いていた。民族的な装飾品を頭や首、手首などにジャラジャラつけてはいたものの、服装は裾を絞ったズボンにカラフルな布を体に巻きつけるだけのシンプルなもの。
4人の額にはそれぞれ少しずつ長さの違う、先の尖った角が2本生えていて、黒っぽい鱗の生えた長いムチのような尻尾があった。4人は、尻尾をゆっくり左右に振りながら、少し膝を曲げて、前のめりになりながら、のしのしと、まるで恐竜みたいに歩いていたのだ。
彼らは裸足だった。少し変には思ったものの、太く長い指、湾曲した獣のような爪、足全体にびっしりと鱗が生えているのを見れば必要ないのだろうとすぐに分かった。リトナとは明らかに違う頑丈そうな足だ。
顔には鱗はなく、リトナと大差ない。ただ見慣れない白目のない目をキョロキョロさせていた。そして、俺には分からない言葉でお互いに会話をしていた。
名前は分からない種族だが、奴隷だった時に、一度だけ見たことがある。その時は物珍しさが勝っていたが、今は少し怖さもある。
横目で盗み見ていると、誰かに肩を叩かれた。振り返ると、レグナがいて、俺と同じように馬車の方を見ないようにしているのか少し目を伏せていた。
「あれはツドリ」
そう小声で教えてくれた。
すれ違ったあと、歩きながら、彼らの後ろ姿を見ようとこっそり振り返った。
すると、馬車が通ったあとに何かが落ちているのを見つけた。あの4人組の誰かが落としたのだろうか。日に照らされてキラキラ光っている。
届けようとは思ったが、少し考えて、そのまま見て見ぬふりをしようと思った。話しかけるのが怖かったからだ。相手は背もかなり高いし、何より爪という爪が鋭く、まるで猛獣みたいに見えて、近寄りがたい。下手に関わって面倒なことになっても困る。
そう思い、前を向いた。だが、再び振り返った。馬車がどんどん離れていく。もしも大事な物だったら。
その時、前世の記憶から、財布を落とした時のことを思い出した。
落としたその日は前世の俺の給料日で、ATMから全額引き落とした帰りだった。財布を落としたと気づいた時、血の気が引いて、絶望という感覚を嫌というほど味わったらしい。
結局、財布は親切な誰かが警察に届けてくれていた。奇跡的に中身も無事で、前世の俺は、拾ってくれた人の優しさが本当に身に沁みたそうだ。
俺は慌ててカナをレグナに預けると、キラキラ光るそれに駆け寄った。
それは青を基調に、鞘などに細かな装飾の施された小型のナイフだった。ところどころに宝石のような物がはめ込まれており、かなり高価そうに見える。
大事なものだったら、きっと困るだろう。
そう思い、俺は走って馬車の後を追った。すると、4人組は俺が声をかける前に、こちらを振り返り、立ち止まっていた。
「あっ、あの、これ……落としませんでしたか」
明らかに睨まれていたので、俺はすぐにナイフを見せた。すると、4人組はみるみるうちに表情を緩めて、大きな声で言った。
「おー! ありがとう」
「親切にどうもどうも」
ツドリの二人はリトナ語で喋ってくれた。その後、残りの二人が俺の知らない言葉で笑いながら会話をしていた。
ツドリ達はやけにニコニコしていてとても嬉しそうだった。想像と違った対応に、ほっと胸を撫で下ろす。
ナイフを渡そうと近寄ると、ツドリの一人がナイフを指さして言った。
「それ、あんたにあげるよ」
「えっ、いや、え、ででも」
予想外の言葉に、少しどもってしまった。そんなに大事でもなかったのだろうか。
「遠慮しておきます」
あげると言われたものの、こんな高そうな物を貰うのはさすがに気が引けた。
再びナイフを差し出すと、ツドリは笑いながら俺の肩をバンバン叩き、ナイフを突き返した。
「貰ってくれると嬉しい!」
周りのツドリも、うんうん、と頷く。意味が分からず困っていると、ナイフの落とし主らしきツドリが片手を左右に振って、大きな声で言った。
「じゃ、あんたにも幸運が訪れますように。べラード!」
そう言うと他のツドリもべラードと口にしては手を振った。慌てて手を振り返そうとしたが、ツドリ達は間もなく、先に行ってしまった馬車を小走りで追いかけていってしまった。
思いがけず手に入れたナイフを見つめていると、後ろからレグナに名前を呼ばれた。急いでみんなの元に戻ると、みんなどこか緊張した面持ちで俺を見ていた。
「……なんだよ?」
「な、なに、話した? ……話せた?」
と、レグナ。
「怖くなかった?」
と、カイコ。ミツバチは何も言わなかったが、俺が何か言うのを待っているような感じだった。
「話せたよ。怖くもなかったし。……よく分からないけど、このナイフ、俺にくれるってさ」
そう言って貰ったナイフを見せると、カイコが両手を伸ばしてぴょんぴょんと飛んだ。
「キレー! 見せて見せて!」
ナイフをカイコに渡すと、ミツバチも物珍しそうに見つめていた。
「ほらぁ、すごいね!」
カイコがミツバチにナイフを渡すと、ミツバチは眉間にシワを寄せてぼやくように言った。
「ツドリってなんか、色々と謎なんだよな」
「そうなのか? 俺、見るのは2回目でさ、よく知らないんだけど……」
「あいつらってヘビみたいに脱皮すんだぜ、変なの!」
ミツバチはそう言うと、俺にナイフを返してさっさと歩きだしてしまった。
「ツドリをヘビって言っちゃいけないんだよ……?」
カイコが控えめな声で言うと、ミツバチは振り返りもせずにイライラした様子で言った。
「ただ、ヘビみたいにって言っただけだろ」
「みたいにもダメだよ。なんだっけ……サベツ、だから?」
ミツバチは、不満そうに唸り声をあげていた。だが、それ以降、だんまりだった。
言い返すのが面倒だったのか、言い返す言葉が思いつかなかったのかは分からないが、カイコの言葉に納得したわけじゃないのは確かだ。
俺にもミツバチの気持ちは少し分かる。変だと思うこと自体がダメだと言われても、違和を感じない術なんてあるのだろうか。そもそも変だと思ってはいけないと考えた時点で、もうそれは変だと思ってしまっているのではないのか。
俺が彼らを見たときに怖いと感じたように、差別は程度の差こそあれど、同じ種族同士でだって簡単に起こる。単純に容姿の違い、美醜だったり、生まれの違い、習慣の違い、些細な違いが差別の原因になって、いつだって俺らを悩ませる。これはとても身近で、なのに、解決の糸口すら見つかっていない厄介な問題のように思う。
心の中がどうであれ、それを態度に出さない、言わない、なるべく関わらない。俺は……、前世の、俺は、そうやって悪者にはならないようにしてきた。
それが正しい方法だったのか、生まれ変わって人権を差別される辛さを知っても、まだ分からないままだ。
ただ、勇気を出して歩み寄ってみるのも悪くないと思った。
*****
川沿いに歩いていくと、俺達は日を跨ぐことなく、港町エラマに辿り着くことができた。
町に入る前に、イーラと少し話し合った結果、俺達は、この町でイーラと別れることになった。
「本当はついていきたいんだけど、仕方ないわよね」
「また会えるといいんですけど……」
「そうよね……」
イーラは少し考え込むと、あっと声を出した。
「私、良いこと思いついたわ」
俺はイーラに何を思いついたのか聞いたが、内緒、と言うばかりで教えてくれなかった。何やら海ですることがあるらしい。
「明日の朝、海岸に来てね」
そう言って微笑んだ。
「ところで、今日はどこかに泊まるの?」
と、イーラが聞く。
「いや、さすがに宿は厳しいと思うんですよ。だから今日は川の近くで泊まろうかと思ってます」
「そう……。じゃあ明日ね」
イーラはにっこり笑って手を振り、何度か小さなジャンプをしながら海の方へ泳いでいった。
一体どんな方法があるのだろう。気にはなるが、俺達は俺達でやることをやらないと。
「……それで、知り合いがいるんだっけ」
気を取り直して、俺はミツバチに声をかけた。
「そう、町の奥に」
そう言われて、エラマを見つめる。
エラマは一言で言うと、カラフルな町だった。壁は木造だったり、煉瓦造りだったりと様々で、屋根の形も三角、丸、平坦などと色々な地域の建物を雑多に、それもぎゅうぎゅうに配置したような風景だった。
大抵、町の建物というのは少なからず統一感というものがあると思うのだが、ここにはそれはない。
そして、もう一つ違和感があった。町にはつきものの敵の侵入を防ぐ為の塀や、人の出入りを管理するような兵士の姿もなかったのだ。
不思議に思い、ミツバチに聞いてみると、いやいやながらも教えてくれた。
このエラマという町は、元々町じゃなかったらしい。エラマは河口と入江の間にあり、天然の良港として、さまざまな場所から船が寄港、停泊する内に、船乗りを相手にした屋台が出たり、商人が店を開いたりした。
「そうやって色んな人が集まって出来たのがこのエラマなんだって」
「この町は偉い人がいない珍しい町なの。エラマを侵略しようとしたら、世界中の領主を敵に回すことになるってお父さんが言ってたよ」
「ここは絶対に誰のものにもならないし、所有者がいてはならない。そういう暗黙のルールがあるんだ」
「自由の町って呼ばれることもあるんだよ」
だから、守る必要がない。出入りを見張る必要もないと、二人は言うのだが、俺にはどうも納得できないことだった。
暗黙のルールなんて知らない奴には知らないまま、不安定で不確かだ。前世の俺がいたような比較的秩序のある世界で、お互いの善意で成り立つ町というのならまだ分かる。だが死体がそこらに転がっていたり、山賊がそこらにいたり、しょっちゅう土地を巡る争いが起こっているこの世界で、そんな話をされても俄には信じがたい。
少し緊張しながら町の中に入ると、人がやっと三人通れる位の狭い道いっぱいに人が歩いていた。
こんな所を馬を連れて歩くのは申し訳ない気がする。人の多さにためらって立ち止まっていると、レグナに手を握られた。いつの間にか、カイコとミツバチを片腕に乗せるようにして抱きかかえている。
「セト、大丈夫?」
レグナの言葉に頷いて、手を握り返した。
「次の角を左に曲がって」
と、ミツバチが言う。
カイコ、ミツバチを抱えているレグナに手を引かれ、連れられるようにして歩きながら、辺りを見渡してみる。
店ばかりかと思ったが、住んでいる人もそこそこいるようだった。リトナとニットラー、それにラコもいる。ツドリは見かけなかった。
胸に見たこともないシンボルをつけた一団も居た。馬を連れた人も何人が見かけて、自分だけじゃないことにホッとした。他にも、言い争いをしている人達も見かけた。それを店主がうんざりした表情でなだめている。屋台からは嗅いだこともないような香ばしい香りが流れてきていた。
屋台に並ぶ見たこともないような料理の数々を横目に、ミツバチの案内で少し歩くと、土壁のこじんまりとした四角い形の建物に辿り着いた。レグナが二人を足元に下ろす。
扉には、看板代わりだろうか、「ニカの店」と書いてある木製の小さな札が、扉の中央辺りと少し低めの位置に釘で打ち付けられていた。
俺は、軽くノックをした。だが、返事はない。少し強めにノックをしたが、またもや返事がない。不安になり、ミツバチの方を見ると、眉間にシワを寄せた。と思うと拳を握り、バンバンと叩きつけるように扉を叩いた。
「いないの!?」
ミツバチが叫ぶと、何やら中で物の落ちる音が連続して聞こえてきた。どうやら居るには居るらしい。
「ちょっと待って!! 今開けるから!!」
扉のすぐ後ろで声が聞こえた。少し高めだったが、恐らく男性の声だ。
「ごめんごめん! ちょっと寝てて……」
そう言って出てきたのは目の細い、俺の腰辺りまでの背たけしかない赤毛の少年だった。白シャツ、茶色のベスト、黒いズボン。シャツはパリッとしていて、清潔そうな見た目をしている。ピカピカの革靴が貧乏人ではないことを物語っている。
と、なれば彼はニットラーの大人だろう。子供がそんな服装をするとは思えない。
……ニットラーは大抵、年齢不詳だ。なので、雰囲気の不思議な子供を見たら、とりあえず大人扱いしておくのが無難だ。
「ん? ニーとククじゃないか。どうしたんだ? 南に行くって言ってたのに……」
赤毛の人が聞き知らぬ名前を呼ぶ。カイコとミツバチの幼名だろうか。二人は何か言うこともなかった。
「ご両親は一緒じゃないの?」
「父さんは死んだ。母さんは……行方不明なんだ」
と、ミツバチが言うと、彼は悲しそうに目を伏せた。
「そうか……それは、残念だ……。彼は良い奴だったのに」
赤毛の人は扉を大きく開けると、俺らに入るよう促した。
「それで、こちらの二人は?」
と、俺とレグナを見る。
「一緒にお母さんを探してくれてるの!」
カイコが答えると、赤毛の人は俺らをじっと見たあと、右手を差し出した。
「どうも。俺はヘビって言います」
「俺はセトです。こっちはレグナ……」
俺やレグナが挨拶をすると、ヘビはニコッとして奥に引っ込んだ。かと思ったが、すぐに振り向いて言った。
「あっ、馬は家の横に繋いでおくといいですよ」
言われた通りにカナを家の横に連れていくと、馬の手綱をかけるようなフックがあったので、そこにカナを繋いだ。
その後、家の中に入ると、中は少し薄暗く、埃っぽかった。入ってすぐに、小さなカウンターがあり、その奥の棚には革製品や、農具、食器類など、様々な物が所狭しと並べられていた。間に扉が一つ。
「それじゃあ、さっそく……、商売の話をしましょうか」
ヘビはカウンターの向こう側に行くと細い目をさらに細めてニヤリと笑った。
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