港町 エラマ

第15話「魔導石」

 川に辿り着いた俺達は、その場で少し休憩していくことにした。いくらもう川についたとはいえ、イーラは、慣れない陸上での行動で、体力を消耗しているだろうと思ってだ。


 俺はみんなの様子を確認した。レグナはカイコの髪を結いながら鼻歌を歌っていて、ミツバチは地図を眺めて難しい顔をしている。イーラは川の流れに身を任せては、上流に向かって泳ぐ、を繰り返している。


 俺は、何もすることがなくて暇をしている。とりあえず、カナに水でも飲ませようと思い、立ち上がって、カナの手綱を引く。そして、川岸まで連れていった。すると、のびのびと、楽しそうに泳いでいたイーラがこちらに近寄ってきた。そして、弾んだような声で言った。


「このまま川沿いに歩いてエラマまで行くんでしょ?」


「そうですね。買い物もしたいし」


「何を買うの?」


 俺はなんとなく振り返ってレグナを見た。レグナはハーフアップに結ったカイコの髪に真っ赤なリボンをつけてやっていた。それは、カイコの黒髪によく映えていると思う。俺は二人を見つめながら、少し考えて答えた。


「食料とか、旅に必要なものですかね」


 リボンをつけてもらっているカイコが頭を動かさないように目線だけこちらに送る。そして、目が合うなり言った。


「セトくん、クッキー買ってー」


「……クッキー? エラマに売ってるのか?」


「売ってるよ! いい?」


「余裕があったらな」


 正直なところ、今すぐ必要ないものは後回しにしたいが、少しぐらいなら買ってやりたいという気持ちもある。もちろん、値段にもよるので、とりあえず、約束はしないでおく。


「ありますよーに!」


 と、カイコはニヤリとした。


 イーラの方を向き直すと、優しげに微笑んで言った。


「それで、エラマに行ったあとは、どこに行くの?」


「まだ決めてないです。とりあえずは北上ですね。……イーラは?」


 イーラは少し唸ってから背泳ぎを始めると、言った。


「まずは神殿に行かなきゃね」


「神殿って?」


 何も考えずに聞くと、イーラは体を捻って俺をじっと見てから答えた。


「ネククル様の神殿よ。お祈りに行くの。魔導石を貰いに」


 魔導石とはなんだろう。語感から魔法に関係があるようにも思える。もしかしたら、その石を持つことによって、魔法を扱いやすくなったりするのかもしれない。


 あれこれ考えていると、レグナとカイコが俺の隣に並んだ。


「セトくんは神様のこと、知らないの?」


 そう聞かれて、恥ずかしくはなったものの、素直に答えることにした。


「知らない。ずっと奴隷やってたから、世間のことに疎くて……」


「神様、4人いる」


 と、レグナが指を4本立てて俺に向けた。


「それはなんとなく……ウィララ様? は良く聞くなぁって思ってたけど」


「ウィララ様、獣神」


 と、レグナ。そのあとにイーラが声を出す。


「ネククル様は勇魚神よ。豊漁の神様なの」


「あとの2柱は、ニニーシェア様と、ツツナ様。ニニーシェア様は山神。ツツナ様は竜神」


 いつの間にか近くに居たミツバチがため息混じりに言う。


「どの神様を信仰するかで、使える魔法が違うよ!」


 と、カイコが言った。俺はそれを聞いて、レグナを見た。


「……確か、レグナはウィララ様を信仰してるんだよな?」


 毒ヘビのククイの時にそう呟いていた。


「うん。体が治るの。早く。それで、強くもなる」


「体が治る? 回復の魔法なのか?」


「そう。だから、毒平気だった」


 そうか、ならばあの時のレグナの言動にも納得がいく。


 その後、その場にいる全員がかわるがわるに神様について、魔法について教えてくれた。だが、専門用語が飛び交い、理解に苦しんでいると、ミツバチがあれこれ補足してくれたので、なんとか理解できた。


 話の中で、レグナは自分の首飾りを見せるとこう言っていた。


「首飾り、みんな一緒。ウィララ様信じてる人は」


 それを聞いて、イーラが補足してくれた。


「神様によって身につける魔導石が違うのよ」


 理解しようと精一杯で黙り込んでいたのだが、そこまで聞いて、やっと言葉にできることを見つけた、そう思った俺は、ここぞとばかりに発言した。


「なら、ワナキが耳につけていた飾りもそうなんだな? 青く光ってた」


 すると、イーラが小さく笑って答える。


「そうね。あれはネククル様の魔導石よ。私もあれを貰いに行くの」


「あの男の魔導石をイーラは使えなかったのか?」


 水に沈めたあの男の耳飾りを奪うことなどイーラには造作もないはずなのに。


「持ち主が死ぬと砕けちゃうのよ」


 イーラはフンと鼻を鳴らして、さらに言った。


「それに、あの男の身につけていた物なんか持っていたくないわ」


「セトくんは、どの魔法を使うの?」


 カイコが目を輝かせて俺の顔を覗き込んでくる。


「えーと、どうしようかな。……少し考えるよ」


「カイコね! ニニーシェア様の信者になりたいの、水の魔法が使いたいから!」


「恩恵目当てじゃダメなんだぞ」


 と、ミツバチが呆れた様子で言う。


「えー、だってみんな、魔法を使いたいから信者になるんでしょ?」


「だから、そっちはあくまでおまけなんだって」


 ミツバチの言葉を聞いて、カイコは眉間にシワを寄せるとそっぽを向いた。


「そんなの昔の人の言うことでしょ? 湖の人みたいな悪い人でも、呪われたりしてないもん」


「でも……」


 ミツバチは何か言いかけたが、口を閉じて考え込んでしまった。


「神様が自分で、信者になってくれたら良い事いっぱいあるよって言ってきたんだってお父さん言ってたし」


 カイコの言葉に少し首を傾げる。


「神様が自分でって……お告げ、みたいなことか?」


 と、聞いてみると、全員が首を左右に振った。


「神様に会った人が、言われた」


 さも当然といった顔のレグナを見つめて、また首を傾げる。


「その、会うって……どうやって? 夢の中とかか?」


「違うって、運が良ければ会えるんだよ。神様に」


 俺は少しだけ考えてから、再び聞いた。


「え、実在して……本当にいるのか?」


 と、俺が言った瞬間、その場の全員がほとんど一斉に口を開いた。


「なぁんだ! 嘘だと思ってたの? ちゃんといるよ!」


「いなかったらお祈りも、神殿も意味ないだろ」


「そうそう。それで、お供え物持って神殿でお祈りすると、魔法のコツ教えてくれたりするらしいわ」


「私もウィララ様に会ったことある」


 と、レグナが呟くやいなや、俺以外の3人がすぐにレグナの方を見て、驚いたように声を出した。


「ウィララ様、どんなだった!?」


 と、カイコとミツバチが前のめりになって聞くと、レグナは耳を伏せて、あたふたとしていたが、おずおずと答えた。


「ラ、ラコの姿に似てた。でも耳が違う。耳が少し小さい。それに尻尾が三つあった。白い髪で、小さい子供の姿」


 そう答えると、今度はイーラが前のめりになって聞いた。


「何か話した!?」


「えっと、少し……、毎日楽しい? とか、聞かれた」


「へぇー、普通ね、案外」


 まるで芸能人を見かけた見かけないの話でもしているようだ。前世の俺の感覚だと、宗教なんてものの存在は、たまに思い出しては、都合が良い時に持ち出してくる、ぐらいのものだったので、少し違和感を覚えた。


 話が盛り上がっているところに割り込めないので、頭の中を整理することにする。


 少しずつだが、魔法のことが分かってきた。


 この世界には創造神様と呼ばれる存在以外に、神様が4柱いて、それぞれの神様が土、水、風、火の中から一つを司っている。


 レグナが信仰しているのは土の属性であるウィララ様で、獣神と呼ばれることもある。ウィララ様を信仰すると、回復や、身体能力の強化ができる魔法が使えるようになるらしい。(上手く扱うのは相当難しいらしいが)また、ウィララ様の信者はみんな例外なく、レグナがつけているような首飾りをしている。


 いつ出来たのか、誰が作ったのか全く分からない神殿と呼ばれる物が各地にあり、神殿によって祀っている神様が違う。


 魔法と呼んでいる力は、神様の力を分けてもらっているもので、この世界の住人は魔導石さえ手に入れられれば誰もが使える。そういうものらしい。


 この世界の宗教というのは、少し前世の俺が知っているそれとは毛色が違うようだ。少なくとも絶対に生活に欠かせないもの、らしい。


 分かったのはこのくらいだ。俺自身、神様に会った記憶があるから、神様を信じていないわけじゃなかった。(正確には前世の俺の記憶だが)だが、死後の世界で会った俺はともかく、運さえよければ地上で会うことができる神様がいるなんて少し信じがたい。実在する神様を信仰する、というのはどういう気持ちなんだろうか。


*****


 その後、もうそろそろ出発しようということになり、準備をしていると、カイコが川辺に座って、自分のカバンから鉛筆と一枚の革を半分に折ったものを取り出したのを見かけた。何かと思い見ていると、革の中には一辺を糸でまとめられた紙の束が入っており、それは、どうやら手帳のようだった。革はかなり使い込んでいるように見える。


 カイコは紙面に鉛筆を滑らせて、絵を描いている様子だった。


「何描いてるんだ?」


 声をかけると、カイコはビクッと肩を縮めた。そして、俺をちらっと見て、手を止めた。が、すぐに再び鉛筆を動かし始める。


「……好きな風景。好きって思ったらまた見たいから……」


 カイコはいつもよりずっと小さな声で呟くように答えた。カイコの手元を見つめて絵が描かれるのを見ていると、カイコはかなり絵がうまいことが分かった。前世の俺が高校生の時に描いたスケッチとは比べ物にならない。その時の絵といったら、建物は歪に曲がり、奥行きがあるのかないのか分からないようなスケッチだった。


「上手だなぁ」


 と、感心して言うとカイコは驚いた顔でこちらを見た。


「ホント?」


「うん、凄くうまいよ」


 カイコは、はにかむように笑うと、細部を細かく描き込んでいた。


「出来たら見せてくれよ」


 と、俺が言うと、カイコは大きな声で返事をした。


 次に、カナにブラシがけしてくれているレグナの所に行くと、レグナはカナの鼻先を撫でながら俺に言った。


「荷馬車、はどうする?」


「荷馬車はここに置いていこう」


「この子は?」


「カナはエラマで売ろうかと思ってるんだ」


「えー……」


 レグナが不満そうに口を尖らせる。確かに俺も少し愛着が湧いてきている。


「仕方ないだろ。ずっと世話していくのは大変だし」


「うーん……そうだね」


 レグナはカナの額を撫でながら耳を伏せた。俺もカナを撫でていると、不意にズボンの裾を引かれた。足元を見ると、ミツバチが立っている。


「どうした?」


「エラマには父さんの知り合いがいるよ」


「知り合いって?」


 と、俺が聞き返すと、ミツバチは眉間にシワを寄せて、ため息をついた。


「エラマで商人をやってんの。……あんた、ぼったくられそうだし、そこ行けば?」


「……俺、ぼったくられそう?」


 ミツバチは俺の言葉を無視すると、カイコの所に行ってしまった。


 まあ、物の価値を細かく分かっているわけじゃないし、ないとは言えない。


 そう思って、レグナの方を向くと、レグナは言った。


「ほら、セト、いい人だから」


 珍しく苦笑しているレグナの表情が少し切なかった。

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