第2話 異世界難民ですがなにか

「……名前は?」

「ジルベルト・ティタノ・アステリオンです。

 ついでに、さっきお爺さんにゴッ太郎と変な名前つけられてしまいました」


 僕に対する取調べは、燦燦さんさんと太陽の光の降り注ぐ駐車場で行われることになりました。

 ええ、体が大きすぎて取調室はおろか警察署と言う建物は窮屈すぎたんですよ。


 ちなみに取り調べの担当は先ほどの勇者の夏美さんで、今は普通の服に着替えてます。


 なぜ勇者が警察の代わりをしているかと言うと、まず異世界の存在は警察の担当から外れるので対応ができないという事。

 次に、万が一僕が暴れだしたときに取り押さえる事ができるのは勇者だけだろうとのことらしいですね。


 暴力をふるう予定はありませんが、とりあえずお手数をお掛けしています。


 あと、僕も全裸を脱出する事ができました!

 大きな布一枚だけ腰に巻く事ができただけですけどね。


 本当は服がほしいところだけど、残念ながら僕の体に合う服をすぐには用意できないそうです。

 そんなわけで、大事なところ意外は全部裸のまま。

 胸に残るビンタのあとが丸見えで、ちょっぴり恥ずかしいです……。


「……年齢は?」

「えっと、この世界の基準だとわからないですが、僕たちの基準だと26歳です」


「……職業は?」

「魔王城の公務員で、大魔王様の領内にある施設の維持管理を主に担当してました。

 ダンジョンを管理する便宜上、一応は魔王の資格も持ってます」


「……特技は?」

「ダンジョンに関わる全ての物の修復と、住宅管理システム作成、あとはクリーチャーの創造といったダンジョン業務全般です」


「……好みの女性は?」

「胸が大きくて白地に黒ぶちの……黙秘します!!

 それ、事情聴取に関係ないでしょ?」


 危ない。 あやうく関係の無いところまで聞き出されるところでした。

 そんな僕の動揺をよそに、夏美さんはしれっと次の話題にはいってゆきます。

 意外といい性格してますね夏美さん。


「とりあえず細かい事項は後で聞くとして、まず貴方には異世界難民法が適用されます」


「なんですか、それ?」


 いきなり飛び出してきた言葉に、僕は反射的に質問を返しました。

 すると、夏美さんは真面目な表情でこの世界の法律について話始めたのです。


「貴方のように、魔術で無理やり連れてこられた人の生活を保護する法案ですよ。

 まず、貴方を召喚した山田氏には執行猶予付きの懲役15年。

 同時に貴方への扶養義務と慰謝料が発生します。

 ただ、できれば早めに日本の社会に適合し、自立できるようになってください。

 山田氏が高齢なので。

 ポックリ逝ってしまうと、そこであなたの生活費が途切れます」


「……え、もしかしてしばらくあのボケ老人のところで生活するんですか?」


 さすがにそれは不安しかないです。

 扶養されるというより、むしろ僕が介護しなきゃいけないのは目に見えていますからね。


「流石にそれは無理だと判断できるので、補足事項に従い貴方は別の場所で生活してもらいます」


 その言葉に思わずホッと溜息が漏れました。

 何もわからない異世界で素性もよくわからない危険な老人の介護をしながら生活とか、ハード過ぎます。


「さしあたって名前に関しては保護責任を明確にする意味もこめて召喚者の苗字をつけるのがこちらの慣習ですが、どうされますか?

 慣習だと、召喚の時に漬けられた名前がファーストネームになりますから、ゴッ太郎・ジルベルト・ティタノ・アステリオン・山田になるのかしら?

 日本風だと苗字が先に来て、ミドルネームが無くてファーストネームが最後に来るから、山田ゴッ太郎さんですね」


「……なんか、すごく嫌ですね、それ。

 特にファーストネーム!」


 しかめっ面にやった僕がおかしかったのか、夏美さんはクスクスと口元を隠して笑います。

 取り調べ中なのに緊迫感がないのは、僕の顔に迫力が無いからでしょうか。

 大魔王様からもよくそれでからかわれるんですよね。

 まぁ、美女に強い口調で詰問されるような趣味はちょっとだけしか無いので、こちらのほうが楽でよいのですが。


「……笑いごとじゃないですよ。

 ほんと、困ってるんですから。

 まぁ、呼び名に関しては特に気にしないことにしますが……できればジルベルトと呼んでください。

 そっちのほうが慣れているので」


 できるだけ早くこの世界に溶け込むためにも、こちら側の苗字はあったほうが便利かもしれませんからね。

 ゴッ太郎という名前については忘却の彼方に押しやりましょう。


「この国では、よほど親しくない限りファーストネームでは呼び合わないんですよ、ヤマダさん。

 細かい説明を始めましょうか。

 資料もありますけど、日本語は読めます?」


「あ、はい。 なぜかわかるようです」


 夏美さんの差し出した資料には見たことの無い複雑な文字が書かれていましたが、なぜか意味が理解できます。


「言語情報を術式に組み込んでいたようですね。

 ボケているくせに妙に腕がいいというか、なんというか……」


 机の上に肘をついて溜息をつく夏美さんですが、そこに関しては同感です。

 これだけすごい魔術が使えるなら、他にいくらでも尊敬される方法はあったでしょうに。


 それから一時間ほど事情聴取がつづき、ようやく解放されたのですが……。


「問題は住むところよね。

 背の高さはだいたい四メートルちょっとかしら?

 その体だと、普通の住居には住めないわね」


 この世界の人の身長はだいたい僕の腰にも届かないようですからね。

 そんな事になるだろうとは思ってましたよ。


「あのー、元の世界には戻れないのでしょうか?」


「悪いけど、この世界では喚起魔術に関しては研究が禁止されているの。

 送還魔術については多少研究があると聞いているけど、まだ成功したという事例は無いわね」


「……そうですか」


 ある程度予想はしてましたが、実際にそう言われると厳しいものがありますね。


「とりあえずウチの経理に掛け合って倉庫を借りてもらっているから。

 そこに必要な品を持ち込んで生活してもらうことになるわ」


「助かります」


 そして僕はトラックという乗り物の荷台に載せられ、ブルーシートというスベスベした布をかぶせられて外に連れ出されました。


 やがて風に海の匂いが混じりはじめ、それからしばらくしてのこと。

 ふいにトラックが止まりました。

 激しい息遣いのような振動も聞こえなくなり、運転席の開く音が聞こえます。


「ヤマダさん、つきましたよ?」

 ガバリと音を立ててブルーシートが剥がされると、そこにあったのは……見渡す限りの青い海。

 そして、波止場にある大きな倉庫でした。


「うわぁ、すごく綺麗な場所ですね」

 今日は天気もよく、波はキラキラと輝いてまるで宝石を見渡す限り敷き詰めたようです。

 遠くからは同じミノタロウスの遠吠えのような音が響き、真っ白な船が行き交い、空にはミャアミャアとかわった鳴き声をした鳥たちが大きく翼を広げて飛んでいます。


 なんか、こう、感動するというか……。


「ブモオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」

 こみ上げる衝動に身を任せて遠くの声に返事を返すと、横にいた夏美さんと警察官の方々が一斉に耳を押えてうずくまってしまいました。

 あ……なんかやっちゃいましたか?


「ヤマダさん、あれは船の警笛ですよ。

 まねして吼えないでください」

「あ、すいません」


 しょっぱなからちょっと失敗してしまいましたが、気を取り直して建物の中に入りましょう。

 今日からここが僕の家になるようです。

 

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