異世界難民ヤマダ・ジルベルトさんの、それなりに穏やかな日常

卯堂 成隆

第1話 僕、悪いミノタロウスじゃないよ?

「ふははははは! 現れたか、異世界のモンスターよ!」


 その時僕は、ほとんど何もわからないまま素っ裸で立ち尽くしていました。


 目の前には、ローブ姿の怪しい老人。

 足元には光り輝く魔法陣。

 周囲に漂うなじみのない異質の魔力。

 状況からするとどうやら、異世界に召喚されたようです。


「あ、どうも。

 ミノタロウスです」


「はぁぁ?

 貴様のどこがミノタウロスじゃ!

 特に顔!

 気の抜けたイケメン面がムカつくわい!

 牛なのは、角と尻尾……あとは脛から下も一応は牛っぽいの。

 この半端者め!」


 たぶん、目の前で怒鳴り散らしている老人が僕を召喚した張本人でしょう。

 つまり、僕のマスターと言うことになるのですが……。


「ひ、ひどい!

 たまに僕みたいな牛の因子が薄くなって生まれる奴もいるんです!

 あの、マスター?」


 突然、目の前の老人の目がうつろになり、昇天……じゃなくて焦点が合わなくなりました。

 話しかけても返事が無い。

 ただの屍のよう……じゃなくて!


「い、生きてますか!?」


「はぁ? おたくどちら様だったかのぉ?」


 返ってきたのは、まったく要領を得ない答えでした。

 うわぁ、なにこれ。


「えっと……用が無いなら、名前を付ける前に元の世界に戻してほしいのですが」


 すると、老人はカッと目を見開いて叫んだのです。


「誰がジョニー・デッドプゥルじゃ! このフリチン牛野郎め!

 初対面で人を呼び捨てにするとは態度がでかすぎじゃあぁぁぁぁ!!

 図体とナニがデカいからと言っていい気になるなよ!」


 ちなみに僕の身長は目の前の老人の倍以上。

 ミノタウロスとしてもわりと大柄なほうです。

 あと、ナニの大きさについては忘れてください。


「いや、あの……身体的なものをあげつらって罵倒するのは卑怯ではないかと。

 身動きできなくしてから殴るようなものじゃないですか!」


 そもそも、魔術で呼び出すなら、下着ぐらいは用意しておいてよほんと。

 同性の前でも素っ裸になるのはすごく恥ずかしいんですからっ!


「儂の名は山田やまだ 初元はつもと

 偉大なる魔術師にして、いずれ世界を征服するピチピチの八十一歳じゃ!!」


「いや、あなた、さっき自分の事ジョニー・デッドプールって言ったでしょ。

 しかも、ピチピチというよりピキピキって感じですよね。

 骨と皮しか無いじゃないですか、あなた!」


 ……というか、完全に会話が成立していないです。

 この爺さん、完璧に頭おかしいぞ。


「かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!

 この、無礼者め!!」


 老人がツバを飛ばしながら叫んだその時でした。


「そこまでです、邪悪な魔術師め!!」

「何奴!」


 突然の声に振り向くと、開け放たれたドアの向こうに剣を構えた可愛い女性と『妙なものけんじゅう』を構えた男たちがこちらを覗き込んでいます。

 なお、なぜかその女性の鎧は水着かと思うほど際どい代物でした。

 さらに彼女の体も、いわゆるボンキュッボンといったヤツです。


 いやいやいやいや、風呂場でも無いのに肌色面積多すぎでしょ、貴女。

 何やったらそんなメリハリがついた我侭ボディになるんですか?


 僕としてはすごく眼福なんですけどね……って、あ、やべ。

 思わずミノタウロスとしての本能が反応しそうになり、僕は股間を隠しながら慌ててそちらから目をそらします。


 情けないとか言わないでください。

 これでも健全な男子なんだから仕方がないんです。

 本能や生理現象に何の罪があるっていうんですか?


「あ、あのーところでどちらの痴女様でしょうか?」

「違います! これは仕事のために仕方なく着ているだけで……」


 僕が尋ねると、そのお姉さんは真っ赤な顔になってマントで自分の体を隠しました。

 あ、やっぱり恥ずかしいんだその恰好。


「で、どちら様でしょうか」

「ど、どうも、この地区担当の勇者で四季咲しきざき 夏美なつみともうします。

 あと、後ろの方々は警察の皆さんです。

 えー、コホン。

 一級魔術師山田やまだ初元はつもと

 第四種禁断魔術である喚起魔術使用罪で貴方を逮捕します!!」


 えーっと、察するにこの世界の治安組織かなにかでしょうか?

 とりあえず、勇者とか怖いんですけど。

 なんか名前だけですごく強そうですし。

 そういえば、ウチの親父の首を跳ねたのもどっかの勇者だったなぁ。


「勇者だと!? なにを小癪な……やれ、怪人牛男!!」


「いえ、僕は牛男じゃなくてミノタロウスですし。

 まだ名づけも契約も済んでないので、そういうの無しでお願いします」


「名前か! よかろう!

 体がゴツいから今日から貴様はゴッ太郎じゃ!!」


「適当になんて名前つけるんですか、この干物!!」


 山田老人にとんでもない名前を付けられてしまいましたが、契約がまだなので命令に強制力はありません。

 異世界で元の世界のシステムがどれだけ有効かもわかりませんが。

 そもそも僕は武闘派じゃありませんから、荒っぽい事はごめんこうむります!


「ふっ、命運尽きたわね、悪の魔術師! 覚悟なさい!!」


「何を生意気なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 かくなる上は、儂みずからが成敗してくれる!

 "人馬宮"Adnachelの導きに従い"木星の霊"Hismaelこうべをたれよ。

 我、"風の精霊"Sylphsに命ず。 天帝の投げ放つ雷霆ケラウノスとなりて……」


 山田老人の詠唱に反応し、その周囲にバチバチと音を立てて稲妻が生まれました。

 そして直視できないほどの輝きが周囲の景色を白く塗りつぶしたのです。

 うわぁ、このお爺さん、頭おかしいけど魔力は洒落になら無い!?


「いけない、雷霆らいていの魔術!? みんな、伏せて!!」


 無理だ!

 こんな威力の馬鹿でかい雷、伏せた程度じゃどうにもならないし!

 たぶん壁や床を雷が走って全員感電死する!!


 警察の皆さんが持っている『何か』からパンパンと何かを叩くような音がいくつも響きました。

 ですが、山田老人の前でバシュッと何かが弾かれただけで、まるで意味を成しません。

 予想に反してこの爺さんめちゃくちゃ強いんですが。

 僕が戦力として呼び出される意味、無かったのでは?


 とりあえず、このままではこの世界の皆さんが全滅します。

 僕がなんとかしないと……。


「くっ、か、かくなる上は……ごめんなさい!」

「きゃあっ!?」

 僕は勇者の夏美さんの上に覆いかぶさり、抱きしめたまま地面に押し倒しました。

 雷神の末裔にしてその加護を持つミノタウロスの僕ならば、自分の体を犠牲にして雷を吸収することで彼女一人ぐらいは守れるはず!


 だが、いつまでたっても衝撃がこない。

 ふと気になって振り向くと……。


 魔術の輝きを背に、ぼんやりと一人たたずむ山田老人。

 その口からこぼれた台詞は……。


「ばーさん、飯はまだかのぉ?」


 おい、爺さん!

 あんた何がしたかったんだ!?


「今だ! 取り押さえろ!!」


 それを好機と見て取ったのか、警察の皆さんが押し寄せて山田老人の身柄を確保しました。

 あ、どさくさに紛れて一発殴った。

 み、見なかったことにしよう。


 と、とりあえずなんとか助かったみたいです。


 僕は床に伏せたまま、ホッと溜息をつきました。

 その時だったのです。

 僕の体の下からおずおずと声が上がりました。


「あ、あの……そろそろ体をどけていただけないでしょうか?」

「あ……はい」

 気が付けば、素っ裸の僕と裸同然の恰好をした女性が床の上で抱き合っている状態である。

 これは色々とまずい。

 僕はいまさらながら自分の肌に密着した柔らかい感触に気づく。

 あ、ダメ! ちょっと、いま反応しちゃダメでしょマイサンっ!!


「え、えっと……これには理由が……」

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ! 痴漢! 変態っ!!」


 緊張感の薄れた現場に、女性の悲鳴とパシンと素肌を平手で叩く音が響き渡りましたた。


 ……かくして、僕は日本と言う国に呼び出された上に、怪老人の山田さんと一緒に逮捕されてしまったのです。

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