26 総合小説を超える「アーベル・ノベルティック・ユニバース」。
阿部和重の「シンセミア」を最後まで読んだので、それをエッセイに書きたいと思っていました。
破格の面白さだったと言うのもありますが、恐ろしく長かったんですよ!
去年の終わりから読み出して、終わったのが二月です。
「シンセミア」がどれくいらい長いかと言えば、阿部和重がインタビューで原稿用紙換算で一五〇〇から一六〇〇枚の間と答えていました。
文庫本にして4冊分です(文庫本2冊になっているのもあるようです)。
という訳で、「シンセミア」について語ってみたいと考えていたのですが、難しいなぁと思っています。
その理由から語らせてください。
「シンセミア」は山形県にある神町を舞台に、町と一族を描いた物語です。
そして、これが神町トリロジー(当初は神町サーガと呼ばれていました)の第一部とされていて、全部で三部作になると予告されました。
「シンセミア」の連載開始が一九九九年で刊行されたのが、二〇〇三年です。
続く第二部の「ピストルズ」が二〇一〇年に刊行。
そして、最後の第三部の「オーガ(ニ)ズム」が二〇一九年に刊行されました。
ちょうど二十年かけて神町トリロジーは書かれた訳です。
僕はまだ第一部の「シンセミア」を読んだだけなのですが、二〇一九年九月の文學界の阿部和重の(「オーガ(ニ)ズム」の刊行)特集を読んだりしました。
すると、「シンセミア」では山形の田舎町だった神町が「オーガ(ニ)ズム」では日本の首都になっているらしいのです。
え? なんで?
阿部和重のインタビュアーを務めた佐々木敦が以下のように説明しています。
――『ミステリアスセッティング』は、小型のスーツケース型核爆弾が国会議事堂地下で爆発する話で、単体で読んでももちろん面白いのですが、サーガ全体で見ると、このエピソードが神町に首都機能を移転するために一役買っている。
阿部和重作品は基本的に繋がっていて、三部作の世界を広げるスピンオフ的な役割を担っているようです。
それを阿部和重は「アーベル・ノベルティック・ユニバース」と言っていました。
明確なマーベル・シネマティック・ユニバースのパクリですね。
MCUに対してANUになるんだそうですよ。
もう絶対、阿部和重って人間として面白いよなぁ。
配偶者が小説家の川上未映子なので、いつか二人の対談本とか出してくれないかなぁ。
死ぬほど笑えると思うんですよ。
ちなみに三部作の「オーガ(ニ)ズム」の語り手は阿部和重という登場人物らしいです。
「シンセミア」の時点で実は阿部和重と名乗る人物は登場しているので、今の僕としては「オーガ(ニ)ズム」でようやくの登場を果すのかと楽しみになっています。
しかし、その「オーガ(ニ)ズム」へたどり着く為には、第二部の「ピストルズ」とスピンオフ作品らしい「ニッポニアニッポン」、「グランド・フィーナレ」、「ミステリアスセッティング」を読まねばならない訳ですね。
もちろん必ずしも読む必要はないらしく、「シンセミア」の後に「オーガ(ニ)ズム」を読んでも充分楽しめるようです。
ただ、マーベル・シネマティック・ユニバースを順番通りに見たからこそ「アベンジャーズ/エンドゲーム」の感動があったことを思うと、「オーガ(ニ)ズム」に至るまでの「アーベル・ノベルティック・ユニバース」は無視できません。
白状しますと、僕は阿部和重に憧れている部分があります。
作品を多く読んでいる訳では決してないのですが、読んでいない状態でも「あ、この人は憧れの対象だろうな」と分かってしまうくらい、阿部和重は大きな存在でした。
その一つの理由として、阿部和重と伊坂幸太郎の合作小説「キャプテンサンダーボルト」があります。
二〇一四年に刊行された後の文學界で、これまた佐々木敦が阿部和重と伊佐幸太郎にインタビューをしています。
タイトルは「文学界に雷鳴を!」とあり、合作された理由の一つに村上春樹を挙げていました。
――村上春樹さんは日本の文芸の世界でとても大きな存在で、その後進の世代のわれわれとしては、村上春樹という小説家をどう乗り越えるかという課題を否応なく引き受けているところがある。
と語ったのは阿部和重で、それに対し伊坂幸太郎は
「僕は(村上春樹よりも)下の世代の中で阿部さんなら春樹さんを超えて行けると本当に思っていて、その通りお伝えしたんです」
と応えていました。
それに対し、阿部和重が「そういうことは一緒にやっていこうよ」と言い、合作で小説を書こうという流れになったようでした。
なので、「キャプテンサンダーボルト」の根底には村上春樹をどう乗り越えるか?
という問いがあり、作中でも重要なキーワードとして出てくる病の名前は「村上病」です。
個人的に、この村上病の扱い方は非常に面白かったです。
結局、僕は村上春樹を起点とした想像力の流れが好きなだけかも知れません。
しかし、日本の小説界の上空には純文学ともエンターテイメントともいえない「村上春樹」という独自ジャンルが漂っているのも確かです。
僕は村上春樹が特別に好きという気持ちを置いても、その独自ジャンルを無視すべきではないだろうと思っています。
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