第5話
相談内容はこうだ。
カルヴァン家の一人娘である、ロザリー嬢には婚約者がいた。
『獅子』の称号を持つ貴族ではなかったが、両親ともども仲の良い関係で、ロザリーの高等学園の卒業を待ち、結婚しようとしていたという。
婚約者との関係も良好で、騎士学園に通う好青年なのだそうだ。
しかしである。
先日、突然の婚約破棄。
それも、カルヴァン家から。
当然、ロザリーは父親に意見するが、父は話しを聞き入れず泣く泣く婚約を破棄。
それでも、彼とロザリーの想いは変わらず、ロザリーも彼の事を信じて疑わなかった。
両親の了承がなくとも、昨今、結婚できるようにと法律が変更されている影響も大きい。
しかし、ロザリーの父親は勝手に次の婚約を娘に結ばせようとしてきたのだという。
「それが!この!まるまると太った、見るからに子悪党の、ゼルセール様です」
バン!と音を立てながら、壁にゼルセールの写真を貼る。
「うわっ!きも!」
グランが引く。
「お嬢様、きも!ではなく、気持ち悪すぎて反吐がでる顔ね。ですよ」
アルがグランの言動を正すが、正されてはいない。
しかしながら、グランの発言も頷ける。
彼は既に、結婚している身であり、かつ、ロザリー嬢よりも20も年上なのだから。
「『獅子』もちではないのに、何故、この男に自分の可愛い娘を、しかも第二夫人という立場で捧げるのかしらね。人って、本当、落ちると落ちるところまで落ちるわ」
「で?カルヴァン家だけでは、ないのよね?」
そうなのである。
残念ながら、このゼルセールの餌食になった御令嬢はまだいるらしい。
『獅子』もちのカルヴァン家だから、この『まほうや』に相談にきたのだが、調べた所、どうやら餌食になってしまった御令嬢は、数多くいる。
今回の相談により新たな嫁ぎ先のゼルセールに関して調べた所、所々で怪しい噂が出てきたのだ。
両親のいない御令嬢や、借金のかたに売られていった御令嬢など。
このゼルセールの家がある土地の近隣の街では、年頃の若い女性が姿を消す事件が多発している。
ロザリー嬢はその事件の事は知らないまま相談に来たのだが、裏の『まほうや』稼業の方では話題になっていた案件だったのだ。
「戦争で儲けたにしては、規模が大きいのが気になるわね。まぁ単純に簡単に儲けられるとしたら…」
「魔石。でしょうね」
「そうね」
魔力を少しでも持つ、魔物や、人、植物、動物は、魔石を身に宿している。
それを具現化できるのは「石喰い」だけであるのだが、実はとある魔術を使用するとその具現化がほんの少しではあるのだが、可能になるのだ。
人命転換
人の命で持って、魔石を取り出す魔術である。
犠牲になる人の命は、若いか、もしくは心が成熟している者ほど、綺麗な魔石が取り出せる。
魔石にその人の心が反映されるからだ。
若ければ若いほど、石が澄んでいる事が多い。
だが、若いだけでは綺麗な石にはならず、ほぼ同じ色の石が出来上がる。
一番綺麗な色を作り出すのは、思春期にあたる年齢の者に多いと言われている。
複雑で、沢山の色が混じり合う事で、複雑で神秘的な石になる。
不安定な思春期の心情がそのまま石にも反映されるというわけだ。
そして、石喰いが取り出す際の魔石は、大きく、更に命を奪う訳ではなく、魔力のみを取り出せるが、この魔術は人2人で一つの、しかもほんの小さな魔石が生み出されるという非効率なものである為、滅多に利用はされない。
魔石は高額で取引されるモノではあるが、人命を二人も奪ってまでは。という事である。
「でも、なんでこのロザリー嬢が狙われたのかしらね。そもそも、人命転換の秘法を利用して魔石を生み出し利益を出しているなら、別にロザリー嬢じゃなくても今まで通り、事件性にもならない者を攫って来ればいい話よね」
調べた財政状態は確かに酷いものだったし、借金のかたにとられるというのもうなずけるのだが…。
「そもそも、もしロザリー嬢を贄にする気なら、婚約などせずに借金のかたという理由で侍女にでもなんでも出来た気がするんですけど」
「シルベスター黒いわね」
「…土地が欲しかった。という事も考えられはしますが…」
そういえば・・と、アルが資料を見ながら目を細め、更に目を見張る。
そして、地図と資料を交互に見つめた。
「あら?カルヴァン家は土地もちの『獅子』なの?」
「いえ、本来であれば領地のもたない『獅子』のはずなのですが」
確かにカルヴァン家は底辺の貴族であるにも関わらず、土地を持っている。
持ってはいるが、大戦の影響と土地の整備の問題で、土地の権利が複雑に絡み合い、一見しただけでは、カルヴァン家が土地を持っているとは分からない仕様になっている。
資料を順番に、アルとシルベスターで順を追って並べていく。
グランは静かにその様子を眺めていた。
そして、アルが順に白い手袋をはめた形の良い指で、順に地図に丸を書いていく。
売られた日と転売された者の名前も同時に記入し、最後にアルはとある国の最果てである、とある地方の北部をトンとたたいた。
『アルカザイル』
グランとアルが低い声で同時にその北部の地方の名を呟く。
アルの指が示した場所は、先の大戦で一番被害が出た場所だったと言われ、現在もそのままの状態で放置され、人など住める様な状態でないと聞く。
「アルカザイル…石喰いの…墓場」
そう、そうなのね。
とグランが低く呟いた。
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本来、石喰いは血族によって産まれる。
突発的に石喰いの能力を持って生まれるわけではない。
戦争が起こり、王の采配の失敗の所為で長期化する事が目に見えてわかる頃、その頃『石喰い』とはまだ呼ばれていなかった、稀有な血の一族にも要請がかかる。
その頃の石喰いの能力もちは、『獅子』の称号の上位を占めていた為、国の上位貴族であれば持ち得ていた高貴な能力の代名詞でもあった。
そもそも、人に見えない魔力の元となる石を食べる事から別名石喰いと名付けられた彼らは、その本来の魔力の多さから優秀な人材を輩出していた。
魔石を食べる事もある彼らは、その他の者とは違い、整った容姿といつまでたっても衰えない若さで人々を魅了する高貴な一族であった。
しかし、状況は一変する。
長引く戦争を終わらせようと、当時の王が人質を取り、石喰いの一族たちを戦争へと駈りだす。
更には、石喰い達のお蔭で戦争が優勢になってきたと知った王は、最前線へと石喰い達を送り込んでいく。
その最後の戦場となった場所が『アルカザイル』である。
魔石を食する事で他の者よりは、飲まず食わずとも息長られる事も出来る彼らだが、人は人で不死身ではない。
更には、食する魔石の質。
石喰いの能力による虐殺により、奪える魔石はもとより、己の魔石すらもが滅びの色へと染まっていく現状で助かる者などいなかったと言われている。
そして、もっと悪いことは起こる。
戦争に勝利を収めたこの国の王は、戦争に勝利をもたらせた『石喰い』を恐れたのである。
アルカザイルに石喰い達だけではなく、人質として城の地下に籠城させられていた石喰い達の虐殺が、同国民の手によって行われたと言われ、その後、高貴な一族を『石喰い』と蔑む呼び名が横行する。
『石喰い』は、死を呼ぶ不吉な存在。そして戦争により滅ぼされた哀れな一族として人々の脳裏に刻まれたのだ。
都市伝説の様なものかしらね。と、以前グレンが笑って言っていた。
石喰いの同志たちが私たちの他にいるのなら、会ってみたいわね。と寂しそうに。
その、アルカザイルに何があるというのか。
シルベスターは今までにない暗い表情をした二人を見ながら目を伏せた。
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