第4話

「アル―。ちょっと調べてはみたんだけど、このお嬢様ん家、少し変なんだよなー。」


金髪の頭を掻きながら、シルベスターがアルにほいっとまとめた資料を渡す。


『獅子』の称号といっても上から下まで様々だ。

今回、相談してきた貴族のお嬢様は、ただの『獅子』の称号しかもっていない家柄なので貴族と言えども平民と変わらない。


ただの『獅子』もち貴族には、故に収める土地は存在していないはずだった。



先日、『まほうや』の稼業の一つである貴族御用達の相談窓口に、憂いを秘めた目をしたお嬢様がやってきた。


お嬢様は良いお年頃らしく、魔術で有名な名門の高等学園の制服で現れた。


花の盛りの、何をやっても楽しいお年頃だというのに、カルヴァン家のお嬢様は沈んだ雰囲気を纏っていた。


『まほうや』の稼業の一つの貴族御用達の相談窓口は、週に一度、喫茶店の別館のお菓子の家の様な可愛らしい部屋で行われる。


喫茶店は締まり、グランとアルが担当する決まりだ。


勿論、紹介状がなければ相談窓口には来られない仕組みになっているから、誰もが相談できるという訳ではないし、完全予約制だ。


だが、そこは平和な昨今。


完全予約制、紹介状必須といえども、アルとも直接話せるとあって貴族の若き女性たちの間ではアルお目当ての高貴な対面お茶会。なんて日がほぼ大半を占める。


相談窓口の長であるグランはそれでいいのか?とシルベスターが聞いた所

「滅茶苦茶儲かっているから、それはそれで大変有難いし、私の仕事が減るから大歓迎よ!!」

とガッツポーズしながら仁王立ちしていた。


我が従者に一遍の悔いなし!


と言いながら、右手を天にあげていたりもしたから、グランにとっても良いことなのだと思う。

その言葉はどうかとは思うが。



或る時、シルベスター担当の日も作ろうか?と、グランから誘われたが丁重にお断りしておいた。

雑貨店の担当だけで、もうお腹はいっぱいなのに、これ以上仕事を増やされたら俺の命はない。


ましてや、色めきだっているお嬢様やお姉さま。御婦人の方々と対面で会話など、俺に出来るわけがないし、ごめんこうむりたい。


俺が対面でずっと話していたいのは、もちろん、グランだけだからだ。

雑貨屋でも、頬をほんのり赤く染めながらわざわざ俺に話しかけてくるお嬢様や奥様がいらっしゃる。


可愛いし、綺麗だとは思う。


思うがそれだけだ。


魔法屋の雑貨の話題で盛り上がったり、今流行っている世間話も勿論楽しいし、面白いと思う。

接客業に向いていると我ながら思うし、充実もしている。


だが、抱きしめたいとは思わないし、毎日声が聴きたいだとか、手を握りたいだとか、それ以上の俺の欲望が動くのはグランだけだと分かっている。


あのシルバーピンクの髪にキスをしたい。



グランの事を考えてしまわない日がない。

自分でも思うが俺はまだ子供なんだとも思う。


自分で自分の欲望がうまく抑えられないもどかしさを、現在は身体を鍛える事に費やしている。


だって考えても見てほしい。

毎日、抱きしめたい女性が目の前にいて一緒に生活もして、風呂上りの姿をさらされてみてほしい。

健全な二十歳の俺の身体がヤバい。


俺は、どうしたらいいんだ!

教えて!神様!


シルベスターの青年の悩みが、ほんの少し声に出ていたのかアルが


「神様は、そんな邪な悩みになんぞ答えている暇はないからな。」

と、渡した資料を見ながら辛辣に言う。


俺の思考がダダ漏れだ。


恥ずかしいが、アルだからいいか。


「シルベスター。青年の悩みダダ漏れの所、悪いんだがちょっといいか」


また、声が漏れていたらしい。


「カルヴァン家の財政状態もみたい」


俺はにんまりとほほ笑む。

情報は小出しにした方がいいのだ。


ほいっと第二弾の財政状態が詳細にわかる書類を渡す。


「なるほど」

少し上を見ながら考え込むのはアルの癖だ。


「シルベスターは童貞なんだな」


は?

え?


今、そんな話していましたか?


固まった俺に再び色気を帯びた神の審判の声が響く。


「童貞。なんだな?と確信をした。おめでとうシルベスター君」


何がめでたいのだ。


「実は高等学園で相当モテたらしいし、卒業後も雑貨店でシルベスター目当ての女性が沢山いたので、確認させて頂こうかと思ったが」


何の確認だ、アル。


「卒業後の君の行動と、先ほどの君の呟きで確信した」


だから、何を。


「おめでとう、シルベスター。未だ童貞の君だ、その青年の悩みは君を成長させるだろう。よかったな」


「い、いや!!ちょっ!!ちょっとまて!」


ん?反論でも?

と振り向きざまの冷たいアルの視線が突き刺さる。

いや、口元は満面の笑みだが目が怖い。

何故、童貞だとバレた。

いや、問題はそこではなく!


「ど、童貞じゃ!なっ!ないんだからなっ!!!」


顔を真っ赤にしながらシルベスターが叫ぶと同時に部屋のドアが開きグランが丁度

入って開口


「童貞じゃないの?」


と、外まで聞こえたわよと普通の顔をして入ってきた。


いや、待て。俺の尊厳はどこに。

いや、待て、そうじゃない。

俺の童貞・・・・


「いや!童貞だ!グラン!俺の童貞はグランに捧げるんだからな!!」


涙目になりながら真実の告白をするシルベスターに、満足そうに隣のアルが頷いた気がした。


頷かないで。

だろうね、って納得しないで。

俺がいたたまれない。


「…アルが」


え?


「アルがね、お嬢様の様な耳年増な女性は童貞はダメですっていうの」


はああああああ!!!??????


「だから、アルがね、私には童貞は重いんですって」


はぁぁぁぁぁぁぁあ?????

再度、言う。

「はぁぁぁあああああああ?????重くて結構!!童貞でいいじゃないですか!!誰の者でもない俺を!染めてしまえばいいじゃないですか!」


「女性の様な事をシルベスターはいうのだなぁ。面白いな、青少年の悩みと言うのは」

「いや!アルの所為だからな!!!」


「なるほど、染められるのね。私」

頬をほんのり赤らめながら顔に手を当てつつトロンとした目が潤んでいるように見えるグランが呟く。


ちょ!!


「誰に何を染められるんですかっ!グラン!俺は許しませんよ!」


「残念だったな、青年。グランは染めるよりも染められたいんだそうだ」


え!そうなの?


「もう、アルったら!」


いや、ちょっと、可愛すぎる顔やめて。グラン!

ってまって!

童貞だってやるときはヤレるからね!


おろおろしているシルベスターを後目にアルとグレンはソファーに座り、今までのやり取りなぞなかったかのように、カルヴァン家の内情を話し始めている。


「まって!置いてかないで!俺もまぜて!!!」


急いで主に心の体制を立て直し、シルベスターも仕事の顔に戻るのだった。


童貞、ダメなのか?と、一抹の不安を心に秘めながら。


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