極上の美味へ
野菜と生ハムのサラダも、ビーフコンソメスープも、それに魚料理も美味しくいただいて、今度は口直しのシャーベットが運ばれてきた。
メイドのアクアシェリナがまったく無駄のない正確な、しかし優雅な動きで、ルリとラオインの前に小さな銀スプーンに載った赤いシャーベットを置いていく。
そしてその間、料理人のモルガシュヴェリエが料理の説明をしてくれていた。
「こちらは、ストロベリーとラズベリーのシャーベットでございます。使用しているストロベリーはお屋敷の菜園で育てられたものを、収穫してすぐに新鮮なまま冷凍したものですよ。光と風をいっぱいに受けた果実ですので、ラオイン様にもご満足いただけるものと思います」
「一匙分しかないのか?」
「えぇ、こちらはあくまで口直しの品でございますので。この後メインである肉料理も控えておりますゆえ、そちらでご満足いただけるものと思っております」
いかにも陽気できさくな料理人といった風情で、モルガシュヴェリエは話を続けた。
「ですが、こちら『多少作りすぎました』ので……よろしければのちほど、入浴後のおやつとして、寝室にお持ちいたしましょうか?」
ラオインが、はっとした表情でこちらを見つめてくる。
多分……自分ひとりだけおやつつきというのが、微妙に恥ずかしくて、かなり後ろめたい、といったところなのだろう。
あぁ、彼はなんと優しくて可愛いのだろうか。
「モルガシュヴェリエ、私にも同じおやつをお願いします」
満足から来る笑顔を浮かべて、ルリは料理人召使い人形に二人分のシャーベットを頼んでおく。
その指示に人懐こそうな笑顔で承諾し、モルガシュヴェリエは次の料理の仕上げのため退室した。
「それじゃあ、溶けないうちに食べちゃいましょうか」
「あぁ。ベリーを使った氷菓か……」
そんなふうに話をしながら、二人でそれぞれに銀のスプーンを手に取る。
「……あ」
その時、彼の手元を見つめながら……思ってしまった。
――ラオインの持っているものの方が、なんだか美味しそうです。
こちらのスプーンとあちらのスプーン。実際にはまったく同じものだと、ちゃんとわかっている。
優秀な人形であるモルガシュヴェリエのことだ、これはおそらく量さえもぴったり正確に同じなのだろう。
にもかかわらず、彼の持っているものが――あまりにも美味しそうなのだ。
「ルリ?」
あまりにも凝視していたようだ。ラオインが怪訝そうな顔でこちらを見つめ返してくる。
そして、じいっと金色の瞳が一点に注がれていた。
ルリの持っている、銀のスプーン。正確にはそこに載せられた一口分のベリーのシャーベットに。
「……こういうことを言うのは、わがままな子供のようなのだが、その、あの」
ラオインは戸惑っている様子で、言葉を紡ぐ。
「……ルリの持っているものの方が、なんだが美味しそうだ」
ふわぁああっと、胸の中でベリーシャーベット色のお花が咲いた。
……もちろん比喩である。だがそれぐらいの気持ちであった。どういうことなのだろう、このありあまるほどの幸せ感は。
「それなら、こうしましょう」
無作法にあたるとわかりつつ、ルリは席を立ちラオインの傍に移動する。
「私のを差し上げますから、ラオインの分は私にくださいな」
そう言って、彼の口元に匙を持っていく。
「……あぁ、わかった」
ラオインも、ルリの口元に匙を運ぶ。
彼が、怪我のためにまだ満足に匙も持てなかった時、こうしてルリがおかゆなどを食べさせていた。だが、ルリが彼に食べさせて貰ったことはない。
まだ食べる前から、すでに優しい満足感が波になって押し寄せている。
「はい、あーんしてください」
「ふふ……ルリもな」
ぱくりと食いつくと、口の中でしゅわっと儚く氷菓は溶けていく。
とっても甘くて、ほのかに酸っぱくて、冷たいのになぜか温かいような気がして。
大切に大切に、その極上の美味を味わう。
「美味い、な」
「えぇ……そうですね。こんなに美味しいのは、きっと、私は生まれて初めてかもしれません」
一口だけしかないのに、こんなにも満たされてしまう。
あぁ、誰かと食べることは――愛する人とともに食べることは、こんなにも美味しい。
……もっと食べたい。
それを思い立ったルリは、自分が座っていた椅子をラオインのすぐ隣に移動させてしまう。
いままでは向かい合わせだったが、今この時から食事時にはこうして座ることにする。
「この距離でしたら、思う存分食べさせ合いっこができます!」
「まったく……ルリは天才なのかもしれないな。ふふ」
二人はすぐ隣で笑い合いながら、次の皿を待つ。
コース料理はまだ続くのだから。
メインディッシュである肉料理、牛フィレ肉のステーキを二人で食べて大満足のため息をつく。
そして、運ばれてきたのはデザート。
一口か二口で食べられるようなサイズの薄ピンクのマカロン二つと、食用の花が美しく載った白い皿だ。
山葡萄のジャムを挟んだマカロンは、濃い紫色と薄いピンクの取り合わせがどこまでも愛らしく、つい顔がほころんでしまう。
早速ひとつ摘んで、ラオインに差し出す。
「山葡萄を使った菓子か……」
「あら、山葡萄はお嫌いでした?」
「いや、むしろ好きだな。山城や砦に攻め込む時などは、貴重な……いや、なんでもない」
軽く首を振って話題を終わらせてから、彼はマカロンを食べる。さくり、と軽い音が響いた。
「……」
さく、さく、さくさくり。
「これは」
目を閉じて、じっくりとマカロンを味わっている。
そして、ゆっくり目を開けた。まぶたの奥から現れた金色は、まるで素直な少年のようにきらきらときらめいている。
「……これは驚いた。……たしかに山葡萄の砂糖煮なのだが、このマカロンという不思議な食感の菓子と合わさることで、こうなるのか……これは、美味い」
どうやら、馴染みの深い山葡萄が、知らない菓子に変身して新たな一面を見せられた……ということに感動していたようだ。
彼が美味しいと言ってくれるのが、ルリには嬉しい。
知っている食材も、知らない食材も、彼は美味しいと喜んでくれる。それが、とても嬉しくて誇らしい。
「ねぇねぇ。ラオイン、私も食べたいです。早く早く」
「あ、ああ。すまない」
彼が差し出してくれる薄ピンクの可愛いマカロン。
それにそっと優しく口づけるように、ルリはゆっくりと唇を近づけた。
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