荷解き、持ち物、欲しい服
ルリはラオインや人形の召使い達とともに、荷解きをする。
といっても、ほとんどはルリの部屋だった場所から運ばれてきた衣類や装身具、本に楽器、それに気に入っていた家具や絵画などだ。
ほとんど身一つでこの世界にやってきたラオインの持ち物は、まだごく僅か。
衣類にしたって、ルリでも持てるぐらい小さな箱に収まるほどしか無い。
贔屓目を抜きにしたって、ラオインは見栄えがいい。背が高くて、体格も良くて、いかにも男前といった容姿。
せっかくなら、いろんな服を着て欲しい。
まず、いかにもな紳士らしいスリーピース・スーツは絶対に必要。色違いや柄違いで何着か用意しておきたいところ。
それから、和服もだ。彼ならきっと似合うことだろう。やはり渋い銀鼠色の着流し……いやいや、袴もきっといいだろう。
あとは……昔見た、アラビアンナイトの絵本に載っていたような服も欲しくなってしまう。ああいう衣服なら、彼には真っ白が似合うはず。
お針子のアメジスティーニャには、これからいっぱい働いてもらうことになるだろう。
もともとラオインが着ていた服はかなりぼろぼろだったので、どんなデザインだったのかはよくわからない。
持ち物や装飾品もほとんどなく、腰に下げていた長い剣は、刃がひどく欠けてぼろぼろで汚れていた。ただ、懐の短剣は鞘も刃もちゃんとしていて、なにかの紋章のようなものが描かれていてきれいなものだった。
以前、彼に元の持ち物はどうするかと尋ねたら、苦々しい顔で「処分しておいてくれ」と、一言だけの返事。
「ここのカーテンの色を変えたいのですけど、ラオインは何色が好きですか?」
くいくい、と出窓のカーテンを軽く引っ張りながら軽く聞くと、落ち着いた優しい声。
「ルリの好きな色で構わない」
「……今は、ラオインの好きな色を聞いていますよ」
彼はあまりにも遠慮深いというか、人に気を使いすぎている。
そういう性質が身につく生き方をしてきたのだということが感じられて、ルリは胸が痛くなってしまう。
もっともっとわがままになってほしいと願わずにいられない。
早くいっぱい愛して甘やかして、ルリの前ではわがままになってもいいのだと教えてやらねばならないと、改めて思う。
ちらりと視線を向ければ、ラオインがテーブルや椅子を動かしていた。
しっかりとした作りの家具は、かなり重いらしい。彼はシャツのボタンを二つばかり開けて、袖もまくっている。
彼の褐色の肌が軽く汗ばんでいている様には、妙な色気があった。
…………本当にこの人は、浮いた話のひとつもなかったのかしら?
何度も考えてきたことだが、改めてこう考えずにはいられない。
本人はああいっていたが、彼に好意を向ける人はいたはずなのだ。きっと。
「でも、今は私だけのですからね」
思わず緩む口元をカーテンで隠して、ルリは誰にも聞こえないように小さく呟いた。
そうして、ガーネディゼットに花や花瓶を持って来てもらったり、アメジスティーニャに新しいカーテンやその他いろいろ縫うように指示したり、アクアシェリナとともにドレスを仕舞っているうちに、窓から溢れる光はすっかり黄昏の色になってしまった。
引っ越しや模様替えが一日で終わるとは思っていない。今日は作業はここまでにしたほうがいいだろう。まだ満足行かないとはいえ、もうこの部屋は充分使える状態なのだから。
「ラオイン、夕食の前に着替えましょう」
「あぁ、今夜はモルガシュヴェリエが特別な食事を作ってくれているのだったな」
「えぇそうです。せっかくなのできちんとした服装でいただきたいですし」
そう言いながらルリはまず、クローゼットの扉を開けて彼のスーツを見繕いはじめた。そして、何度も首を傾げることになる。
……ジャケットがこの色なら、ネクタイはどれにすればより素敵だろうか。
図書館でいろんな本を読み漁っていたが、さすがに紳士服のコーディネートまでは知識がない。今度調べておかなくては、と心に刻みつける。
考えた末に、ルリは優しい生成り色に赤やピンクの薔薇模様のある、ふんわりしたレースの美しいワンピースドレスを選んだ。裾がいつも着ているものよりもちょっと長くて、大人っぽい印象がある。そして、ドレスと同じ生地で作られているリボンを髪に飾ることにした。
ラオインはというと、黒に近い濃いグレーと白のピンストライプ柄のスーツだ。悩んだ末にネクタイは本人に選んでもらったのだが……ルリが差し出した数本のネクタイの中から、彼は一番自分側に近かった濃紺で白い水玉模様のものを希望した。
着替え終わって、ここに来てからかなり伸びた彼の髪を櫛で梳く。適当な髪紐もまだ用意できていないので、とりあえずルリが持っている紺色で無地のリボンを使うことにする。
「だいぶ、伸びてきましたよね」
きゅ。とラオインの白髪にリボンを結ぶ。
「ここでは切ったほうが礼儀にかなっているのだろうか」
「礼儀だなんて気にしなくていいです。とりあえず私は長いのも好きなので、しばらくはこのままにしておいてくださいましね」
「ふふふ……あぁ、承った」
「ルリお嬢様。ラオイン様。ディナーのお時間です。食堂までお越しください」
メイドのアクアシェリナが時間ぴったりにやってきて、そう告げる。まるで鳩時計のようだ。
「では、行こうか」
「そうね……ふふっ」
この生活で初めてのディナー。
毎日繰り返す食事。けれどこれは、とても特別で楽しい時間の始まりなのだった。
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