四話 藤堂正道の宣戦布告 届かぬ想いの先にあるもの その五

 俺達は再び商店街をぶらぶらと歩く。目的の人物に会うためだ。確かここらへんにいると聞いてきたんだが……。

 伊藤が不思議そうに俺に尋ねてきた。


「結局どこに向かっているんですか?」

「ああ、ここらでたむろっていると目撃情報があるんだが」

「もしかして、あの人達ですか?」


 伊藤の視線の先に、二人の女子生徒がいた。一人は楽しそうに、もう一人はけだるそうにしている。


「ねえ~、カラオケいこうよ~」

「やだよ。春美、マイク握ったら放さないだろ? 付き合わされる身にもなってくれ」


 秋庭あきば春美と本庄ゆずき。

 秋庭春美はツーサイドアップに整った顔立ちとスタイルは、見惚みとれてしまうほどの美人だ。

 本庄ゆずきは黒髪ロングのストレートで、モデル顔負けの顔とスタイルの持ち主だ。感情を表に出さないクールな性格は、大人の女性を思わせる雰囲気がある。

 押水に告白した女の子達。

 押水は相変わらず曖昧な態度を崩さない為、告白すらなかったような空気になっている。


 二人もこっちに気づく。

 俺は二人に向かって歩き出す。


「ちょ、ちょっと、先輩! 何をするつもりですか?」

「言っただろ。ワビを入れると」


 西神に言われるまでもなく、二人には謝っておきたかった。迷惑を掛けたことは謝罪をしておきたかった。

 俺は二人の前に立つ。

 秋庭先輩は少し怯えながらも俺を睨みつけている。

 本庄先輩は落ち着いた表情でただ、冷たい視線を俺に向けていた。


「あ、あなたね? 一郎君を困らせて偽のラブレター出した張本人は」


 秋庭先輩の問いに、俺は頷く。


「申し訳ございませんでした」


 俺は深く頭を下げた。言い訳も何もしない。ただ、謝罪した。隣で伊藤も頭を下げる。

 秋庭先輩の息をのむ音が聞こえる。

 本庄先輩が真っ直ぐ俺に近づき……。


 ドボドボドボ!


 冷たい。

 本庄先輩は手にしたジュースを逆さまにして、俺の頭にぶっかけた。

 俺は黙ったまま、それを甘んじて受け止めた。


「えっ、えええっ! ゆずき! 流石にそれはないでしょ!」

「春美、行動が矛盾してる。あんなに怒っていたのに、彼をかばう気?」

「いや、それはないけど……もう! ちょっと、キミ、大丈夫?」


 秋庭先輩はハンカチでふいてくれるが、俺は手でそれを制する。


「いえ、結構です、ハンカチが汚れますので。それより、二人には話を聞きたいのですが」

「話って……ちょっと、あなた!」

「……なに?」


 秋庭先輩は激昂げきこうしているが、本庄先輩はけだるそうに腕を組み、じっと睨んでくる。


「ちょっと、ゆずき! どうして、こんな人の話を! 私はまだ、許してない!」

「謝りましたが?」

「そうね」


 俺と本庄先輩の言葉に、秋庭先輩は意味が分からないとオドオドしている。

 そんな秋庭先輩に、伊藤がポンっと肩を叩く。


「気にしちゃ負けですよ、秋庭先輩」

「……どうして、私は私をめた人に慰められているの?」


 頭を抱えている秋庭先輩を余所に、俺は本庄先輩に尋ねた。


「押水君に告白したこと、どう思っていますか?」


 場の空気が凍りつく。

 失礼なことを訊いているのは分かっている。だが、どうしても、この二人から確認しておきたかった。

 二人が現状をどう思っているのか、何を考えているのか。


「どうして、そんなことを聞くの?」


 本庄先輩は不信な目で俺を睨み、こっちの考えを読もうとしている。俺は本心を話した。


「押水君はお二人の告白を無下にしました。私には彼が何を考えているのか分かりません。ですので、彼を愛しているお二人なら、何か分かると思いまして」


 俺の話に二人は苦笑している。俺のストレートな物言いに呆れているのだろう。


「彼の気持ちなんて風紀委員に関係ないと思うけど」

「押水君は別です」

「あなたね」


 不遜ふそんな態度に秋庭先輩が呆れていると、本庄先輩が急に笑い出す。クールな本庄先輩の普段見せない表情に、俺だけでなく、秋庭先輩も伊藤も驚いていた。


「フフッ、気にいった。はっきりといいたいことをしゃべるヤツは嫌いじゃない」

「ゆずき?」

「いいじゃないか。隠すようなことじゃない。といっても、私も春美も一郎の気持ちは分からないけどな」

「ゆずき……」


 本庄先輩はポケットに手を突っ込み、電柱にもたれかかる。憂いのある表情で空を見上げている。


「告白したこと、後悔してる。なんでしたんだろって」

「それは好きだから……でしょ」


 秋庭先輩の意見に本庄先輩は目を閉じ、頷く。


「そうだ。生徒会長が告白を禁止していたのに、私は……」

「待ってください。生徒会長が告白を禁止したって言いましたね? どういうことですか?」


 この情報は初耳だ。押水姉が押水への告白を禁止していただと?

 何を考えているんだ、押水姉は! アイツこそ、この騒動の元凶じゃないのか!


「いや、違う。キミは生徒会長を誤解している」


 本庄先輩の言い分が信じられなかった。

 俺が押水姉を誤解しているだと? 何を誤解しているというのか?

 押水姉も西神も口だけだ。信じられない。


「お言葉ですが、その根拠は?」

「身をもって知った。一郎はきっと、誰とも付き合う気がない。だから、生徒会長は告白を禁止したんだ」

「押水君が誰とも付き合う気がない?」


 意味が分からない。誰とも付き合う気がないだと? 本当に何がしたいんだ、アイツは?

 俺は何か大きな見落としをしていたのか? だとしたら、対処方法を根本的に変える必要がある。


「一郎は私達を救ってくれた。私は母の事で、春美は過去のある一件で一郎に相談し、解決してくれた。一郎を慕う女の子はほぼ悩みを解決してもらっている。理由は言えないが、一郎は救いたいんだと思う」

「誰を?」

「悩みを持つ女の子を」


 俺は笑ってしまった。女子限定かよ。

 それにしても、手当たり次第女子を救うとは救世主でも気取っているのか、アイツは。男も助けてやれよ。

 だが、今の話でいくつか不可解だった事が判明した。


 まずは押水がモテた理由。

 押水が親身になって女子の悩みを解決したから、好意を寄せられていた。西神や近藤の話の裏がとれたわけだ。

 中には興味本位や気が合ったというのもあるかもしれない。だから、本庄先輩は『ほぼ』と言ったのだ。

 もしくは、悩みを解決してもらっても、押水になびかなかっただけとも考えられるが。


 後は押水の目的。

 押水は、理由が分からないが、複数の女子を救うことを目的としている。その副作用がハーレムといったところか?

 しかし、分からん。

 複数の女子を救ってどうするつもりだ? モテたいのか? それこそ、ハーレムを作る為か?


 ダメだ。情報が足りん。もっと本庄先輩から話を聞き出したいが、無理だろう。

 押水が女子達を救う理由を、本庄先輩は話してくれなかった。ここが引き際だろう。


「貴重なお話、ありがとうございました。失礼します」


 本庄先輩と秋庭先輩に、俺はもう一度頭を下げた。二人に背を向け、ここから離れる。

 もう用は済んだ。これ以上は秋庭先輩達に関わるべきではないだろう。部外者が何を言っても、何の慰みにもならないはずだ。


「待て。私も知りたい。キミは一郎をどうする気だ?」


 本庄先輩は鋭い声で問いかける。俺はその視線から目をそらさずにはっきりと答えた。


「問題の度合どあいによります。最悪、実力行使で止めます」


 偽ることなく、正直に話す。それが目の前にいる本庄先輩達に対する礼儀だと思うから。

 あんじょう、秋庭先輩が目を吊り上げて怒鳴どなってきた。


「実力行使って、何をする気なの!」

「待て、春美」

「でも!」


 本庄先輩の言葉に渋々と従い、黙り込む秋庭先輩。本庄先輩は困ったように俺に話しかける。


「一郎はさ、私達が好きになった男なんだ。あまり手荒なまねはしないでくれ。お願いだ」


 本庄先輩の真摯な瞳に、目をそらさずに答える。


「私が言うことではないですが、今度、学校を上げてスクールアイドルを発足します。そのプロデュースをするのが押水君です。本庄先輩なら分かりますよね? 彼がもし、スクールアイドルに手を出したら、もう収拾がつかなくなる。それに生徒会長は脅迫で風紀委員長を追い出した。これ以上、見過ごせません」


 しばらく睨み合っていたが、本庄先輩は背を向け、歩き出す。


「いくぞ、春美」

「ちょ、ちょっと待ってよ、ゆずき!」


 本庄先輩の後を、秋庭先輩が追いかけていく。本庄先輩がふいに立ち止まり、振り返らずに俺に語りかけた。


「私は傍観ぼうかんさせてもらう。キミの邪魔はしないけど、これ以上話はしないから」


 秋庭先輩は、悲しそうな目で俺を見つめきた。


「私は……ごめん、分からない。でも、一郎君もゆずきも大切な人なの。だから、傷つけないで」


 二人はこの場から去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る