四話 藤堂正道の宣戦布告 届かぬ想いの先にあるもの その四

「?」


 何か視線を感じ、俺は周りを見渡した。

 俺達を見つめていた人物はすぐに見つかった。というか、俺達を見て、隠れるわけでもなく、じっと見つめている。

 小柄な女子で、青島の制服を着ていた。

 誰だ? 伊藤の知り合いか?

 小柄な女子はトコトコとこっちに歩いてくる。

 俺はつい身構えてしまう。


「どうしたんですか、先輩? 鳩がデザートイーグルを食ったような顔しちゃって」

「豆鉄砲な。鳥獣保護法違反に引っかかるぞ。そんなことより、あの子、伊藤の知り合いか?」

「先輩、その前に銃砲刀剣類所持等取締法とか、女の子がマニアックな銃の名前知ってる事へのツッコミがほしかったんですけど……あの子、どこかで……」


 俺はコツンと伊藤のおでこをはたく。

 ……やっぱり、ただのお調子者の後輩だ。

 さきほど感じたあたたかいものは消え去り、脱力してしまう。

 馬鹿なやりとりをしている間に、女子が俺達の元へとついてしまった。

 女子の視線は俺……というよりも、コロッケに向けられていた。

 ……おなかすいているのか?


「キミも食べるか?」


 俺は女子におずおずとコロッケを差し出した。

 女子はびっくりしたように目を丸め、俺を見つめている。くっ、やりにくいな……やはり、女の子は苦手だ。

 どうしていいのか分からず、立ち尽くしていると……。


「あ、いえ、私はいいです。食べられませんので」

「食べられない? アレルギーか何かか?」


 伊藤は肘でつついてくる。


「先輩、違います。彼女は……」

「ダイエ……いや、すまん」

「いえいえ、先輩先輩! マジボケはいいですから。アンドロイドですよ、彼女」

「はぁ?」

「HRX-12、プロトタイプのユーノといいます」


 そ、そうか。全然気づかなかった。

 おかっぱ頭の背の小さい女の子。これが目の前にいる少女に感じた感想だ。よく見ると、肌や関節がちょっとだけ人と違う。

 後輩にボケてると言われても文句言えないな。データで確認していたが、まさか、これほどとは……。

 マジマジと見つめているとユーノは俺の視線が恥ずかしいのか、もじもじとしている。伊藤が目の前に立ちふさがる。


「女の子の体をじっと見つめるなんて失礼ですよ、先輩」

「す、すまない。本当に見分けがつかないな」


 感心していると、伊藤が怒ってきた。


「もう、先輩! デリカシー!」

「いえ、嬉しいです。お父さんは私を、普通の女の子をモチーフにして作りましたから、それが認められるのは光栄です」

「お父さん?」

「はい! 私を開発してくれた主任です」


 にこにこしているユーノは本当に人間の女の子としか思えない。高度な科学は魔法と区別がつかない、まさにこのことだろう。


「お二人はもしかしてデートですか?」

「いやいやいや。違いますよ、ねえ、先輩?」

「そうだな。ユーノさんは買い物か?」

「はい! あっ、私のことは呼び捨てで結構ですよ」


 ユーノの提案を、俺は首を振って断る。


「すまない。女の子を呼び捨てにするのは抵抗がある。さんづけさせてもらえると助かる」


 ユーノは目を丸くしているが、すぐに笑顔になる。


「分かりました。私は藤堂ふじどう先輩とお呼びしてもいいですか?」

「俺を知っているのか?」

「はい。一郎さんからお噂をかねがね」


 ユーノの指摘に、俺は渋い顔になる。

 アイツ、俺のことを話しているのか。どうせ、ロクな事ではないだろう。


「悪口だろ?」

「はい。でも、お会いして分かりました。今回も一郎さんの誤解だってことが。藤堂先輩はいい人です」


 ユーノの無垢な笑みに、つい赤面してしまった。

 この子は本当にロボットなのか? 普通に人と……女の子と話をしている感覚だ。


 ちょんちょん。


 伊藤が上目遣いで背中をつっついてくる。


「……」


 伊藤が頬を膨らませているが、無視することにした。


 ちょんちょん。


「……」


 ちょんちょん。


「……」


 ちょんちょん。


「しつこいぞ」

「あがががががががが!」


 アイアンクロ―で黙らせる俺を見たユーノがおろおろしている。


「はわわ~! 藤堂先輩!」

「大丈夫だ。伊藤からかまってほしいとサインがあったからしているだけだ」

「そ、そうなのですか?」


 不安そうに上目遣いで見つめてくるユーノに、俺は諭すように優しい声で説明する。


「ああ。これが先輩後輩のコミュニケーションなんだ」

「奥が深いんですね~」


 ユーノが感嘆の声を上げる。


「全くだ」


 俺もしみじみと返事をする。コミュニケーションとは奥が深い。人間でさえ、分からないときがあるのだから。

 俺とユーノの間に和やかな雰囲気が包み込む。ほのぼのとしていると、


「ちが~~~~っう! 違うから! いたいけな女の子に嘘を教えないでください!」


 手を放すと伊藤は懲りずに蹴りをいれようとする。

 そう何度も当たるかよ。

 伊藤の蹴りをかわし、デコピンをカウンターで伊藤のおでこに叩き込む。

 伊藤はのけぞり、大袈裟おおげさに痛がっている。


「買い物なら場所は分かるか? 分からないなら案内するが」

「いえ、大丈夫です。それに何を買うのかまだ決めてませんので」

「決めてない?」

「はい、プレゼントを買いにきました。一郎さんに受け取っていただきたくて」


 ユーノの発言に、俺達は少し困った顔になる。ユーノは無邪気な笑顔で、嬉しそうに話してくれる。


「私、一郎さんにはいつもお世話になっていて、恩返しがしたいんです。お父さんに相談したら、プレゼントしてみたらって助言をいただきまして」


 嬉しそうに話すユーノに、俺はかずにはいられなかった。ユーノを傷つけるかもしれないと分かっていても……。


「それでいいのか? 押水の周りには沢山の女子がいるぞ。ユーノさんも彼のこと好きなんだろ?」


 ユーノは笑顔で頷く。


「はい。でも、みなさん、本当にいい人達なんです。私はロボットですし、恋愛ができません。だから、みなさんが一郎さんと仲良くなって欲しいと思っています。一郎さんに教えていただいた優しさに、私は恩返しがしたいんです。だから、プレゼントを贈りたいんです」


 ユーノの気持ちを知り、これ以上追求できなかった。できるはずもなかった。

 もどかしい気持ちを抑え、俺は言葉を振り絞るようにつぶやいた。


「そっか、喜んでもらえるといいな」

「はい! では失礼します!」


 ユーノは俺達にお辞儀して、笑顔で去っていった。




「凄いですね、彼女」

「ああ」


 凄すぎてこっちがへこんでしまった。ユーノが立ち去った後、俺達はその場から動けなかった。彼女の愛にどう反応していいのか分からなかったからだ。

 あんな愛もあるのか。人以上の、人でないからこそ思いやれるのだろうか。

 もしかすると、彼女こそが一番理解できているのかも知れない。人の愛を。

 俺には理解できない……。


「……い……ぱい……せん……ぱい……先輩!」

「ん? ああ」


 伊藤の声に我に返る。伊藤は心配そうに俺の顔を見つめていることに気づき、心配ないと頭を左右に振る。今は次の事を考えよう。

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