四話 藤堂正道の宣戦布告 届かぬ想いの先にあるもの その三

「なんだかやりきれないですね」


 別れ際、伊藤は近藤にHLCを続けるのかと尋ねると、


「はい。HLCは俺が作ったようなものですし、最後まで続けます。HLCは俺の高校生活の全てですから」


 近藤は迷わず即答した。

 スクールアイドルは恋愛禁止ではないようだ。だが、擬似ぎじ恋愛対象れんあいたいしょうにはなりえる。みんなのスクールアイドルなのだ。

 ヒューズのメンバーは手の届かないメディアの人間ではなく、同じ学生で実際に会えるし、話もできる、手の届くアイドルなのだ。仲良くなりやすいし、恋愛感情だってうまれやすい。


 近藤もHLCのメンバーもスクールアイドルに恋愛ほどではないが、憧れてはいただろう。

 そのスクールアイドル達を、後からやってきた一人の男に奪われてしまうのはやりきれないはずだ。それでも、近藤は一人でHLCを続けていく。

 報われない気持ちはどこへいくのか。答えを知っている者はきっと本人だけだろう。




「ねえ、あなたたちでしょ? 一郎にちょっかいだしているの」

「……」

「む、無視してるんじゃないわよ!」


 聞き込みをしていた俺達の前に、一人の女子生徒が立ち塞がった。

 ツインテールの勝ち気な目が、俺を睨みつけている。

 この女子は確か……。


「冨士山桜先輩ですよ、先輩。彼のクラスに転校してきた」


 そうだ。確かにいたな、そんな女子が。


 冨士山桜。

 押水を慕う女の子の一人で、富士山重工の創始者、冨士山一族のご息女。

 左近の話では、この学園にいる家庭用汎用アンドロイド、ユーノのお目付役として、冨士山桜は転校してきたらしい。


「何か用ですか、冨士山さん」

「しらばっくれないで! 一郎に手を出すなって言ってるの! 部外者が余計な真似しないで」


 流石は天下の冨士山重工のご息女、迫力があるし、度胸もある。だが……青島にいる不良達ほどではない。


「考慮しておきます」

「……それだけ?」

「はい」


 俺の返答がお気に召さなかったのか、冨士山は顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。


「ふ、ふざけないで! 何様のつもり!」

「別にふざけていません。部外者である貴方こそ、私達風紀委員と押水君の問題に口出しをしないでください」


 俺はそっくりそのまま、冨士山に言い返す。

 押水と冨士山の恋愛については、俺達は部外者だ。何も言うまい。だが、俺達風紀委員と押水の問題は、冨士山には関係ないはずだ。

 冨士山と俺はにらみ合うが、伊藤がその間に入ってくる。


「まあまあ、二人とも落ち着いてください。短気は損気ですよ。それより、冨士山先輩の意見を聞かせてくれませんか?」

「意見って何よ」

「このハーレム騒動についてです」


 伊藤の取り繕わない直線的な質問に、冨士山は黙り込む。

 冨士山はこの騒動の中心にいるといってもいい。当事者として、この騒動をどう感じてるのか、考えているのか、興味がある。

 くるみのように悲壮的な考えなのか、それとも……。


「別になんとも」

「はい?」

「別になんとも思っていないって言ってるの。外野がなんと言おうと私には関係ない。一郎が最後に選ぶのは私だから」


 想定外の答えだった。

 冨士山桜はこの状況を悲観するわけでもなく、逆に楽しんでいるかのように思えた。


「冨士山さん、キミは辛くないのか? 自分の想い人が女の子に囲まれている事に」

「言ったでしょ? 最後は私を選ぶって。それに、ライバルは多い方が面白いじゃない」


 余裕だな。その自信はどこからくるのだろうか?

 冨士山を背負った者の強みなのか。

 俺達の行動で迷惑をかけたのなら、謝るのがスジだろう。


「……すまなかったな。勝手に同情して」

「全くだわ。これからはおとなしくしてなさい」

「それは無理だ。俺達にも引けない理由がある」


 お互いにらみ合い、一歩も譲らない。

 押水の一件、どうしても気になることがある。それを確認しないことには引くに引けない。

 しばらくにらみ合いが続いていたが、冨士山が俺達に背を向けた。


「一つ忠告しておくわ。私の邪魔をしたら、ただじゃすまないわよ」


 冨士山は早々に去って行った。

 俺の隣で伊藤が小さくため息をつく。


「冨士山先輩もすごいっすけど、先輩も先輩っすね。私、ついていけないっす」


 そういいつつ、伊藤はその場でボクシングのまねごとのように拳を何度も突き出していた。

 張り合っているつもりか、それは。


「でも、意外というか、当然というか、ハーレム騒動様々ですね」

「そうだな」


 悲観的な者もいれば、楽しんでいる者もいる。ここらへんは性格の差というべきなのだろうか。

 押水は、ハーレムは受け入れられるものなのか? まだ、調べてみる必要はありそうだ。




「藤堂君、伊藤さんですね? 今、少しいい?」


 押水の調査をしている最中、また声を掛けられた。

 俺達を呼び止めたのは……。


「あっ、委員長さんですね」

「委員長と呼ばないで。西神海です。お二人に話を聞きたくて探していました」


 次のハーレム賛成派か……。

 俺は押水のクラス委員である西神の話に耳を傾ける。


「何か用か?」

「お二人が秋庭先輩と本庄先輩をたきつけて、押水君に無理矢理告白させたのは本当ですか? それと、三年の園田先輩を使って、押水君を糾弾したのも風紀委員の仕業ですか?」

「そうだ」


 俺は素直に返答する。隠しても無駄だろう。


「もう二度とあんなことをしないでください。第三者であるお二人がやっていいことではありません。どんな理由があったとしても、秋庭先輩と本庄先輩を利用したのは許せません」

「……すまない。二人には直接ワビを入れる」


 俺は西神に頭を下げた。伊藤も慌てて頭を下げる。


「どうして、私に頭を下げるのですか?」

「クラスに迷惑をかけた事への謝罪です。申し訳ございません」


 前回の作戦で多くの人に迷惑を掛けた。そのことは謝っておきたい。

 俺達の謝罪に、西神は……。


「正直、驚きました。きっと、シラを切るか、逆ギレするかと思っていました」

「一つ教えてくれないか。どうして、園田先輩が関わっていることに気づけた? 園田先輩が自白したのか?」

「いえ、演劇部の部長が風紀委員長と園田先輩の話を盗み聞きしていたらしくて……生徒会長が演劇部の部長から聞き出したと聞いています」


 なるほどな……。

 それにしても、生徒会長はかなりのやり手だな。探偵に転職した方がいいんじゃないか。

 西神にも話を聞いてみるか。

 そう思っていたら……。


「あ、あの……西神先輩はこの状況をどう思っていますか? やっぱり、私達が介入すること……許せませんか?」


 俺よりも先に伊藤が西神に問い合わせる。本当にこれでいいのかと。

 伊藤の問いに西神は……。


「そうね。いくら風紀委員の仕事でも、人様の恋愛に口出しするのはお門違い。今すぐ止めて欲しい」


 予測通りというか、優等生の見本のような答えだな。流石は委員長だ。


「今、委員長らしい優等生な回答だと思いました?」

「……」


 どうして、女はこう人の心を読みたがるんだ? プロファイリングするのが趣味なのか?


「先輩、顔に出すぎ。少しは自重してください」

「……」


 そ、そんなに顔に出ていたか?

 ポーカーフェイスのつもりだったが、一度鏡でチェックした方がいいのか?

 そんなことを考えていたら……。


「二人はいいコンビですね」

「「……」」


 西神に生暖かい笑みを向けられ、居心地が悪くなる。それは伊藤も同じで、目が合うとそっぽを向かれた。


「とにかく、これ以上はやめてください。お二人のやり方はきっと周りを不幸にします。現に二人、迷惑を掛けています」

「ならば、今の状況を静観しろと言うのか? 俺達風紀委員は今、追い詰められているし、誰もがキミのように今の状況を護りたいとは思っていない」


 俺と西神は睨み合う。西神は臆することなく言い放つ。


「追い詰められているのは自業自得では?」

「そうだ。押水の行動に異を唱えようとしたら、こうなった。逆に言えば、押水の邪魔をしようとすれば排除されるって事だ。生徒会の権限でな。そんなこと、許せるのか? それだけじゃない。押水は誰も選ばず、周りの女子に手を出し続けていることを認めていいのか?」


 俺の指摘に西神はため息をつく。


「押水君を悪く言っていますが、彼は多くの人を助けてくれました。私もです。あなた達風紀委員も教師も、友達も私の悩みに……きっと秋庭先輩と本庄先輩も悩みを抱えていて……それを押水君が解決してくれた。そのことに恩を感じるし、好意も持ちました。みんなは彼を悪く言いますが、私は彼をかばいます」

「そうか……」


 俺の言葉は西神には届かないだろう。俺が言っていることが正論だったとしても。

 俺だって、恩人が悪く言われれば、反抗する。これは情の問題だ。納得いく答えだ。

 押水を慕う女子を押水から引き剥がすのは不可能っぽいな。繋がりが強すぎる。

 押水自身が突拍子もない事をしない限り、彼から離れていかないだろう。

 俺は西神に背を向け、歩き出そうとしたとき。


「待って。一つだけ勘違いしてる」

「勘違い?」

「押水君の事は私達で解決する。藤堂先輩に言われなくても、私も生徒会長もこの事態を憂いています。私は押水君のそばにいられれば、それでよかった。彼の力になれたら、それでよかったの。でも、あの教室の一件で私達が見過ごしていた事に気づかされた。だから、私達で決着をつけます」


 西神の瞳と言葉には強い意志を感じる。本気で憂いているのだろう。

 だが、引き下がるわけにはいかない。


「西神さんの考えは分かりました。ですが、私達はもう部外者でも傍観者でもありません。極力迷惑をおかけしないようにしますが、彼の行動次第では実力行使で止めます」

「待ってください。どうして、関係者だと言い張るのですか? 関係ないですよね?」


 俺は西神に真っ直ぐに伝える。


「そう思っているのはあんた達だけだ。俺達風紀委員だけじゃない。押水のクラスメイトも、HLCも、押水を慕う女子の友も……みんな押水に振り回されている。はっきり言わせてもらう。いい加減、周りの声を無視するな」

「だから、私達が……」

「遅すぎます。今も被害は続いている。俺達風紀委員でなくても、きっと押水の行動に疑問を持つ者が彼に意見するだろう。その理由は分かるよな? 西神さんならよく理解できているはずだ」


 西神は黙ったまま、何も言わない。俺は続けて言葉をぶつける。


「そして、生徒会長が押水を邪魔する者を排除する。俺達のように。こんなこと、見過ごせるわけがない。俺達風紀委員も生徒会もある程度学校から権限を与えられている。だが、個人を護る為に利用していいはずがない。そんなことは全生徒への裏切り行為だ。俺も言わせてもらう。俺は俺達なりのやり方でケリをつける。問題が解決しないようならな」

「……」


 西神は何も話さない。もう、話すことはないだろう。お互いの意思を伝えたのだから。

 俺達は次の場所へ向かうことにした。




 やはり、押水の一件については様々な意見があるな。アンチ押水もいれば、押水を養護する者もいる。


 アンチ押水は押水の周りにいる者達。

 押水を養護する者は押水を慕う女子達。


 なるべくなら、当事者同士で話し合って解決して欲しいのだが、今も状況が変わらない以上、俺達がやるべきだろう。

 俺の隣を歩いていた伊藤が、憂鬱そうに俺に話しかけてきた。


「先輩、彼が周りからどう思われているのかは分かりました。先輩のことですから、人任せにしませんよね。私も力になりたいですけど、策はあるんですか? やっぱり、彼と誰かを付き合わせて、他の女の子達は諦めてもらうしかないんでしょうか?」

「……もう少し情報を集めよう。左近に確認しておきたいこともある。だが、その前にもう一組、話を聞きにいくぞ」


 俺の意見に伊藤は首をかしげる。


「もう一組?」

「そうだ。いい加減、謝罪しておきたい」




 俺達はその人物達に会う為、商店街にやってきた。

 ここらへんにいると聞いてきたんだが。


 くぅう~。


 何か小さな音が聞こえた。


「伊藤、何か食べるか?」

「も、もう! ここはスルーするか、先輩が何か多めに買ってきて、お前も食べるか? みたいな台詞せりふを言うとこでしょ! ついダジャレがでてきましたよ!」


 伊藤は真っ赤になって、俺のデリカシーのなさに文句をつけてきた。


「せっかくおごってやろうと思ったのだが」

「森山屋のコロッケとミンチカツがいいです! ゴチです!」


 指を組んでお願いする伊藤に苦笑しつつ、この前の実験のお礼をかねて御馳走することにした。

 何気にチョイスが渋い。俺も森山屋の惣菜そうざいにはお世話になっている。

 伊藤の分と自分用にいくつか購入して戻ってみると、伊藤の手にはジュースが二つ握られていた。


「せ~んぱい。お茶とコーラ、どっちがいいですか?」

「……お茶」

「はい、ど~ぞ」


 伊藤からお茶を受け取り、俺はコロッケの入った袋を伊藤に渡す。


「エヘヘっ! ゴチです! いただきます!」


 嬉しそうにコロッケを頬張る伊藤を見て、不覚にも可愛いと思ってしまった。

 ああっ、そうだ。伊藤は可愛いと思う。スタイルもいいし、自分を可愛くみせる仕草を自然に振る舞っている。

 俺も男だ。可愛い女の子に微笑まれたら、悪い気はしない。

 女の子の些細な仕草で幸せになれる男は単純な生き物だろう。だが、それが悪いこととは思わない。

 ささやかな幸せは、きっと何か大切なものを手にしたとき、感じるものだと思う。


 俺は伊藤とコンビを組むことで、忘れていたものを思い出した。誰かと一緒にいることの楽しさだ。

 気に入らないことだってある。お互い譲れないものがあって喧嘩することもある。

 だけど、それを差し置いても、伊藤とつるむと楽しいと思えてきた。

 伊藤の頑張りや悩み、無邪気な笑顔等、時間を重ねることで相手のことを知った。

 今、俺が感じているものは恋愛とは別の感情だけれども、それに似た何かであることは間違いないはず。

 だから、疑問に感じるのだ。押水の行動が。


 押水はどうなのか? このささやかな幸せに満足できないのだろうか?

 押水の周りには魅力的な女の子がたくさんいる。きっと、誰と話しても、一緒に過ごしても楽しい気持ちになれるだろう。

 その幸運を、幸せを、押水は気づけないのか? 小さな幸せではもう、満足できないほど、感覚が麻痺しているのか?

 幸せを感じるために、さらに強い刺激を求める。それがラッキースケベや他の女の子に手を出すことにつながっているのだろうか?


 押水は女子にモテる。それは男なら羨むべき事だろう。だが、俺はうらやましいと思うよりも、悲しいことだと感じてしまった。


「……先輩、どうしたんですか?」


 心配げに見つめてくる伊藤に、俺は問題ないと首を振る。伊藤を悲しませるのは一度だけで十分だ。二度目は必要ない。

 俺は伊藤の頭を優しく撫でる。伊藤はくすぐったそうに頬を赤く染め、うつむいていた。

 心の奥があたたかい。コロッケがいつも以上に美味しく感じる。

 悪くないな、こういうのも……。

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