第8話 書くために生きる、生きるために書く
そもそもどうして人は小説を書くんでしょうか。
他人のことはわかりませんが、わたしには確たる理由がありました。
プロになってお金を稼ぎたかったからでも、創作を通して伝えたいメッセージがあったからでもありません。
端的に言って、生きるためです。
「
プラトン『テアイテトス』
わたしはこの「驚異の情」に薄い子供でした。
生い立ちについて語ったとき軽く触れましたが、たいていのことは「これはそういうものだ」と受け入れてしまう癖を育ててしまったのです。
だから、「求知」がはじまらない。
自分で何かを考えることができなかった。
なので、作文が苦手でした。わたしにとってあらゆる経験はただ無意味にそこに在るだけで、理屈なんてどこにもなかったからです。経験から何かを学んだり、考えたりなんてとうていできそうもありません。
「何も存在しない。何かが存在するとしても、それは理解できない。何かが理解できるとしても、それは伝達できないだろう」
ゴルギアス
勉強にしたって、基本的に授業の内容を暗記しているだけなので、まるで理解していません。あらためて因果関係を問われると、答えに窮してしまいます。自分が何をわかってないのか、ということに対してとても鈍感なのです。
この傾向はいまでも残っていて、よっぽど注意を払わないとあらゆることが「無意味」に目の前を流れて行ってしまいます。知ってるつもりのことも、どうしてそうなるのかうまく説明できません。小説はともかくとして文章を書くのが苦手で、勉強も得意ではありません。
そんなわたしに経験に意味を見出す方法を教えてくれたのが、小説でした。
繰り返すように、わたしは勉強が苦手です。本当のことが何なのか考える能力がありせん。
でも、小説はそれでかまわなかった。
なぜなら、小説そのものが嘘だからです。嘘でももっともらしいことを書ければ、読者を引き込める。それがわたしには救いでした。
そのことに気づいてから、世界を見る目が変わりました。
わたしを取り巻く世界は無意味かもしれない。でも勝手に意味を見出すことはできる。そう思うようになったのです。たとえ間違っていても、それっぽい理屈を見出せれば、小説のネタにできる、と。
そう考えると、無意味なはずの世界もいくらか楽しくなりました。自分勝手に理屈を見つけて、物語の種とすることができたからです。自分勝手な理屈で疑問を持って、自分勝手な理屈で驚く。そういうことができるようになったのです。
※※※ ※※※
だから、そんな虚業家たちと区別するために、私は自分のことを「虚人」と名乗り、虚人としての生き方を追求していく「虚人主義者」を標榜しようと思う。
では、具体的に世間で言う虚業家と私の言う「虚人」とはどこが根本的に違うのか。簡単に言うと、世間一般の虚業家たちは自分たちの虚の部分を本音ではけっして虚とは思っておらず、むしろ実体のあるものと思い込んでいるが、私にとって虚は何もない状態、ゼロという認識をしているところだと思う。このゼロとはいかなる思考も感情も、そして身体すらも入り込めない、徹底して何もなく、何の意味もないという、人の世界から見れば非情すらも通り越した冷徹な世界なのだ。
康芳夫
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虚人。
当時はその言葉を知りませんでしたが、いま考えると、わたしの価値観を説明する言葉としてこれ以上ぴったりなものはない気がします。
尤も、こういうものの見方はまったく汎用性がなくて、創作以外のことには全く活かせません。小説以外の文章が苦手なのもそのためです。端的に言って、実用性のあることが言えない。
とにかく、わたしにとって創作とは世界を照らす光であり、道しるべでした。
創作活動を前提としてこそ、世界が意味あるものに見え、楽しむことができたのです。創作をしていなかったら、世界はきっと無味乾燥なままで、何の支えもないまま立ち腐れていくような日々を送っていたことでしょう。
だからこそ、書けなくなったときは応えました。世界に意味を見出すことさえ無意味になったような気がしました。そうなったらもう、自分には何もないのに。その虚無感で胸がいっぱいになりました。
元々、危うい生き方だという自覚はありました。創作という支えを失ったら、後に何も残らない生き方だとは。
だけど、わたしはそんな日が来ようとは考えもしなかった。あるいは考えることから目を背けた。いまの状況は、そのツケを支払わされた、ということなのでしょう。
いま、わたしの安らぎとなっているのは、意味とも言えないような、断片的な刺激だけです。
何も考えずにアニメを見て、言葉のわからない海外の動画を見る。およそインプットとは言い難く、人生はおろか創作の足しにさえならないでしょう。
今後、筆を執ることがあるかどうかはわかりません。
しかし、いまでも折に触れて創作のことを考えてしまうのも事実です。そうであればこそ、エッセイを再開したのですし、今後も自分なりに創作と携わっていければなと思います。
みなさんは何のために小説を書いているのでしょう。よかったらお聞かせください。
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