カネを捨てて私に従え ~質問でない質問をするのは愚か~

 さて、一人の男がイエスに近寄って来て言った。

「先生、永遠の命を得るには、どんな善いことをすればよいのでしょうか。」

 イエスは言われた。「なぜ、善いことについて、わたしに尋ねるのか。善い方はおひとりである。もし命を得たいのなら、掟を守りなさい。」

 男が「どの掟ですか」と尋ねると、イエスは言われた。

「殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、父母を敬え、また、隣人を自分のように愛しなさい。」

 そこで、この青年は言った。

「そういうことはみな守ってきました。まだ何か欠けているでしょうか。」

 イエスは言われた。「もし完全になりたいのなら、行って持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」

 青年はこの言葉を聞き、悲しみながら立ち去った。

 たくさんの財産を持っていたからである。



 マタイによる福音書 19章16~22節



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 聖書に載っている、有名なイエスのエピソードである。

 金持ちで、品行方正(自称)な青年が、イエスを訪ねてくる。

「永遠の命を得るには、どうすればいいですか」 という質問だが——

 分かりやすく翻訳すると、青年の言いたいことはこうだ。



「私は聖書(ユダヤ教)が教える戒めくらいは、みな守っています。

 自分で言うのも何ですが、結構いい線いってると思います。

 仮にもし、これ以上に私にすべきことがあるとしたら、あえて何がありますでしょうかね?」



 実に、自信家である。

 もちろん、自分は神の戒めを守っている自信があるなどというのは、主観である。

 主観でないと、とてもそんな自信が持てるはずはない。

(実は、戒めなど守る必要はないことを知れば、問題などどこにもないと気付ける)

 もちろん、今日の聖書箇所にも、キリスト教的解釈は無数に存在する。

 いちいちそれを紹介するのも建設的でない(そもそも、あなたも興味ないだろう)ので、早速伝統や権威を無視して「好きなように」読んでみたいと思う。



 私が講演会などをしていると、一人や二人こういう方がいる。

 質疑応答の時間に、質問をされる。

 こちらは、できるだけ誠心誠意答える。

 もちろん、いくらお金を払ってくださる「お客様」であるとはいえ、好印象を持っていただくためにウソを言うわけにはいかない。嫌われたいわけではもちろんないが、こうだと思ったことは言った方がいいし、逆に隠すことは長い目で見てその人のためにならない。

 だから、正直な答えを伝える。

 でも、相手は何だか納得していない顔。

 たいていは、「……わかりました」と言って席に座るが、表情は冴えない。

 たまに、こちらの答えに 「でも……」と言ってくる方もいる。



 一口に「質問」と言っても、『分からないことや聞きたいことを聞くこと』という単純な話ではない。私は、質問にもふたつあると考えている。



 ①時宜を得た質問。魂からの問い。時間をかけて熟成され、今にもはじけそうになっている気付きのきっかけとして、生じるべくして生じたもの。



 ②質問ではない質問。実は、自分の中に答えがもうあって、単に他人に認めてほしいだけの質問。だから、本当に答えを知りたいのではなくて、自分の答えが間違っていないのだ、ということの確認をとりたいがために、他者を利用しているだけ。



 ①の質問に出会えた時。筆者は本当にうれしい。

 このために生きてるんだ! そういう充実感を与えてくれる。

 そして質問された方も、私の答えに喜んでくれる。

 もちろん、喜びの感情ばかりでもないだろうが、少なくとも「質問してよかった」と思っていただける。

 ①の質問は必ず、する方とされる方の両方に「益」をもたらす。



 ②が、この世界には掃いて捨てるほどある。

 私に寄せられる質問の半分以上は、②である。

 答える気にもならない。

 ②の問いは、私の食指を動かさない。

 要するに、「自分の正しさを確認したい」だけ。

 最初っから、要求する答えの方向性が決まっているのだ。

 質問と言うからには、相手が何を答えてもいいし、本来その人は 「自分は分からないから、謙虚にアドバイスをいただく」立場なのである。なのに失礼にも、その人は最初っから「こういう答えを言えが聞きたい」と、網を張ってかかるのを待っているのである。

 うまく網にかかればしめたもの。もし、その人が「聞きたくない」ような答えなら、もうその先生はいい、となる。また別の、「あなたの耳に耳触りのいい言葉を言ってくれる誰か」を探し始める。

 自分で答えを持ってるくせに、ただ他者に認めて欲しいがためにあえてする質問など、茶番だ。



 さて、今日の聖書のお話では、ある金持ちの青年がイエスを訪問してきている。

 金持ちであることや、聖書(当時はユダヤ教の経典のこと)に通じていることから、かなりのインテリ層であり、高度な教育を受けた知的水準の高いエリートだと思われる。その事実が、彼を自信家にしている。

 だからこそ、「私はやるべきことはやっていると自負していますが、あと何が足りないか」と言えるのだ。

 しかし。

 この青年は、本当にどうしたらいいのか全然分からなくて、心から質問してるのではない。実は、教えを乞うているようでいて、ひとつイエスに要求していることがある。もちろん、彼はそれを隠してるのだが。

 ひとつのこと以外だったら、彼は何でもイエスのアドバイスに喜んで従うつもりだった。

 このことでさえなければ、もう何でもやっちゃう!

 だから神様お願い、最後にやるべきことは、このこと以外にしてっ!

 口では自信をのぞかせたことを言いながら、内心はハラハラだったのだ。



 さすがは、マスター・イエスと言うべきか。

 イエスは、青年が一番言って欲しくないことが何か、気付いていた。

 相手が気に入らないのなら、言わないでおくこともできるが——

 残念なことにこのケースでは、その答えこそが青年に一番必要なものだった。

 だから、あえて相手が望まないその答えを伝えるしかなかった。

「行って持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。」

 


「ああああ~

 それ言っちゃうか!?

 それだけはダメ!

 そんなことするくらいなら、もう結構!」



 地雷が爆発してしまった。

 金持ちの青年が、一番聞きたくない答えが返ってきた。

 最初の、イエスと対面した時の自信と謙虚さはどこへやら……

 青年は、悲しみながら立ち去った、と聖書にある。

 この青年と、自分なりの答えをもってあえて質問してくる方との姿が、だぶる。

 もちろん、自分の意見があったら絶対に質問しちゃいけない、というわけではない。自分なりの意見がありながらも、もし冷静に判断して相手の方の意見が優れているなら、その時は素直に取り入れよう、と腹を決めている人・素直な人はいい。

 ただ、例え無意識下であっても——

「自分としてはこれは譲れないが、何とかあの先生は認めてくれないだろうか? もし認めてくれたら、安心を得ることができるんだけど」

 そういう魂胆を隠してしてくる質問が、いやらしいというのだ。



 今日の記事を通して、皆さんに一番言いたいのは——

 質問というものをする前に、自分がすでに期待している答えがあって、それを言ってもらえるのを期待しているだけなのか? 自己満足と偽りの安心のために、相手を利用しようとしているのか? それとも、本当に魂の底から出た質問で、あなたはこの一瞬に懸けているか?

 そういうことを逃げずに確認する習慣をつけていただければ、あなたのこの世ゲームの展開が、ずいぶんとスムーズになります。



 ちなみに、聖書ではこのエピソードの直前に、「子どもの話」がある。

 大勢の母親がイエスのもとに、自分の子どもの頭に手を置いて祈ってほしい、と子連れでやってくる。

 多忙芸能人のマネージャーのような弟子が、「先生は忙しんだ! シッシッ」 と追い払おうとする。

 それを、イエスはいいじゃないか、と受け入れる。

 


「子供たちを来させなさい。

 わたしのところに来るのを妨げてはならない。

 天の国はこのような者たちのものである。」



 マタイによる福音書 19章14節



 次の金持ちの青年の話と対比させて読むと、面白い。

 あえてこのふたつの話がくっついているのは、聖書を書いた著者の意図によると思われる。

 子どもは、言いたいことを言う。

 わがままであるが同時に、ある面では素直でもある。

 大人こそが、金持ちの青年のように素直じゃない。お金を捨てたくない僕を、認めてください! これでいいと言って下さい! そう正直にぶちまけたら、イエスもまた対応が違っていたかもしれない。

 しかし、青年は演技してカッコつけた。ある決まった答えを避けたいくせに、それ以外のものがきますように、という『博打(ばくち)』、つまり賭けに出たのだ。

 賭け事の常として、負けることの方が多い。

 演技して、自分を飾ってまで打って出た勝負に負けた青年は、まるでピエロ。

 望むもの(執着するもの)を捨てられなかった彼は、トボトボと金のうなる家へ帰って行った。

 そこに幸せがあるかどうかは、知らないが。



 子どものような素直な心で、魂のアンテナに従って受信、吸収できる柔軟さこそ、大金を積んでも得られない、貴重な心の姿勢であり「在り方」なのだ。

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