蛇のように賢く、鳩のように素直に① ~いい人なだけではダメ~

 蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。


【マタイによる福音書 10章16節】



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 有名な童話『シンデレラ』。

 その話を絵本で子どもに読むたびに、思ってしまうことがある。

 物語の最初で死んでしまう、シンデレラのお父さんのことである。



 優しいお父さんとお母さんに、愛情いっぱいに育てられたシンデレラ。

 しかし、まずお母さんが病気で死んでしまう。

 自分の寂しさを埋めたかったのか、母のいないシンデレラを不憫に思ったのか、お父さんは新しいお母さん(継母)を連れてくる。しかしこれは、致命的な人選ミス。

 継母には連れ子が二人おり、シンデレラには二人の姉ができるが、お父さんの目を盗んでいじめられる。で、そのうちにお父さんもまた病気で死んでしまう。

 このお父さんには、「超鈍感人間」の称号を与えよう。

(シンデレラへの陰での仕打ちに感付いていたのなら、責任から逃れたくて見て見ぬふりをしていたのなら、さらにたちが悪い)



 死ぬといっても、どこにも「ぽっくり急死した」とは書いていない。

 病床にある期間があり、看取られながら亡くなっていったはずだ。

 その時にまで、お父さんには本当に何も分からなかったのか? 騙され続けたのか? シンデレラとも、話したはずだ。最後の会話もあっただろう。

 シンデレラはシンデラで、本当のことを言わなかったのか?

 死んでいくお父さんに余計な心配はかけまい、として健気に黙ったのか?

 それとも、訴えたけどまともに取りあってもらえなかったのか——

 とにかく、どういうわけか謎のまま、継母は家のトップに立ち続け、シンデレラはなお一層の悪い立場に立たされる。父のまともな遺言は、なかったとみえる。



●人が良いだけの人間は、時として存在だけで社会の公害になる。



 多分、シンデレラのお父さんは、人柄だけは善良で、愛すべき人物だったのだろう。一応弁護すると、彼に非はない。ないが、そのただの人の良さだけ、というのが要らぬ問題を引き起こしたにすぎない。

 悪気なく、恐ろしいことになると知らないで、封印されている魔物を解き放つようなものだ。魔物は、優しい声で「ここを開けておくれ」と言う。人の良いだけの人間は、単純に可哀想と思い、考えなしに親切な行動……扉(封印)を開けてあげる、という行動をとる。その結果——

「ハハハハ! ありがとうよ、そこの人間! 礼を言うぞ」

 中から出てきたものを見て初めて、その人間は考えなしの善意がとんでもない事態を招いたことを知り、青ざめることになるのだ。



 今日の話は少々厳しめの話になるが、ご容赦願いたい。

 あなたはありのままで価値がある、という耳慣れた話からは程遠い。

 だって、人が良いというだけでも、この世知辛い世の中では貴重だというのに、それだけではアウトというのだから! こんなハードルの高い話はないかもしれない。だから、今日の話は受け止められる上級者編。

 シンデレラのお父さん以外で分かりやすい例は、学校のイジメである。

 事件になった時、学校側や担任の先生の釈明として「いじめはなかったと認識している」とか、「いじめが起きているとは全然感じなかった、分からなかった」とコメントされることがある。

 もしこれが、責任逃れや自己保身のための確信犯コメントなら、論外である。教育者の風上にもおけない。地球人プレイヤーとしては、もういっぺん出直してきな! である。

 ただ、本当に学校側や教師が「人の良いバカ」である可能性もある。



 子どもにとって災難なのは、教師が「シンデレラのお父さん」みたいな人だった場合である。

 それなら、まだ表面的に分かりやすい「厳しさ」をもって接してくる先生の方が、100倍マシである。そういう先生は、話せば分かってくれる。生徒が全力で体当たりしたら、応えてくれる。

 しかし、人が良いだけで頭の悪い(勉強という側面ではない。だって、教員免許取れる頭はあるんだから)教師にあたると、『悪気なく肩透かしを食う』。



 訴えても、「性善説」で返される。

 それはキミがそう見てるからじゃないかなぁ。キミの中で、その子を決めつけて見ていないかなぁ? その子だって、いいところは沢山あると思う。だって、キミもその子も同じ命だものね!

(こう書いてみると、正論や美しい言葉も、使いようによっては兵器になるのだ、としみじみ思う)

 あなたがそう見るから、そういう現象になる。まるでどこかで聞いたような……?

 だから、相手を糾弾するのは簡単だけど、それでは知恵がない。心を開くことによって、相手も心を開く。そのほうが、双方が傷付け合うことなく、解決できるじゃない!



 ……実は、これこそが知恵がない意見である。

 シンデレラのお父さんと同じである。

 対応だけ見てると、確かに「いい人だからできる対応」である。

 相手をもっと信じよう。いいところもある。責めて解決するより前にできることがある——。

 聞こえはいいが、ただの逃げである。要するに、手を汚したくないのである。

 もっとひどい場合は、自分の選択ミスを認めたくないのである。

 私は想像してしまう。シンデレラのお父さんが亡くなまでの娘との会話の中で、これを言ったのではないか?と。スピリチュアルによくある考え方みたく、お前の心が鏡となって外を映し出しているとか。だから、お前から心を開いてみたらどうだ、とか。もうちょっと長い目で見てやれ、とか。

 現代のいじめでは、親や教師がそう言っている間に死んでしまうことがある。

 そうなって初めて、現実の厳しさを知る。戦いから逃げたことを一生後悔することになる。



●覚悟のない、甘い『性善説』は、大やけどのもと。



 いい人、に限って心のうちに甘っちょろい「性善説」を持っている。

 間違っているとまでは言わないが、あなたの精神ステージによっては、余計なお荷物になる。

「性善説」を所持したままで害のないのは、本当に腹の据わった人物だけである。なぜなら、それを信じた結果何が起こっても、逃げないで責任を取る覚悟があるからである。

 それがないやつが、人を信じ世界を信じて、いざ財産や仕事、子どもの命を奪われた時に一転して大泣きし、世を恨む。かわいさ余って憎さ100倍という現象は、精神ステージの幼い者に起きる特有の現象である。

 被害が自分に返ってくるならまだいい。

 シンデレラの例やイジメの例のように、他人を巻きこむ場合が一番厄介である。

 その人は、むやみに人を責めないことで、自分が先に変わることで相手も変わると信じることで、いい人であり続けることができる。それは、いい人で在りたいと思う人にとって最大の誘惑である。悪いことを見て即悪いと指摘することを躊躇するこの人種は、人の良い迷惑人間。

 


 確かに、人生の主人公であるあなたが変われば、相手も変化するという側面はある。でも、現実とはそんな1+1=2みたいにスッキリとはいかない。

 相手が変化する前に、殺されるとかいうひどい結果の方が時間的に先に起こってしまうこともある。時間が、相手の変化を待ってくれない時もあるのだ。

 それを忘れた悠長な人種が、「何でもかんでも性善説野郎」である。



 だから、応急処置も必要だということ。

 虐待などは、親は子を大事にするはずだと信じて、説教しただけで信じて放っておきますか?

 緊急に保護し、とりあえず親子を引き離す措置だって取る。

 それは、人を信じるとか信じないとか以前の問題なのである。

 そこをはき違えている、一見いい人スピリチュアリストが、未だに多い。

 シンデレラの場合は、まさにそうだった。いじめの問題も、甘ったるい人間論以前に子どもを守らないといけない。それを下手に格好つけるから、結果もっとひどいことになる。



 イエス・キリストは言った。

『蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。』

 これは、「人がいいだけじゃダメだよ」と言っている。

 善良なだけではいいように人につけ込まれ利用される。

 それどころか、知恵がなく人が良いだけの人物は、無自覚に他者を傷付ける。窮地に追いやる。

 だから、もっと奥深い意味合いにおいて「人の役に立ちたい」のなら、善良な人柄にさらにプラスして「賢くなれ」と言っているのである。素直な心、できるだけ正確に状況を把握する知恵。その両方があって、初めてバランスが取れる。

 


 ただ悟っただけの人が、多大な迷惑を人にかけることがある。

 それは、悟りに酔いしれて、地の視点がおろそかになり、脇が甘くなっているからだ。だから、覚者と思われるような人が、社会的ミスをしたりする。

 人を見誤ることもある。だから、そこに知恵が必要だ。

 それは、悟りと同時にセットでついてくるというムシのいい話はない。

 パフェと同じで別腹。ちゃんと別口で、獲得する必要がある。

 そういう点では、日々勉強である。悟りは悟りで、それ以上何も付け足す必要はない。ただ、地で生きる上では、個として生きるための余分な知恵は必要なのだ。

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