死人を葬ることは死人に任せろ ~一時の感情で大事なものを失うか?~

 また弟子のひとりが言った、「主よ、まず、父を葬りに行かせて下さい」。

 イエスは彼に言われた、「わたしに従ってきなさい。

 そして、その死人を葬ることは、死人に任せておくがよい」。



 マタイによる福音書 8章21~22節



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 ここも、聖書的解釈の分かれる所である。

 イエスに弟子入りするということは、今までの仕事や人間関係を捨てることを意味した。親すらも捨てることになる。

 昔、今ほどに交通が発達していなかった時代である。馬の所持は、現代で車を所持することの何倍もハードルが高かった。昔を描いた映画で農民が馬を引いて仕事をしていても、純粋に自分のものではないことがほとんどだ。だから、一般庶民の旅は「歩き」になる。

 イエスの集団は、一か所にとどまらず、気の向くまま西へ東へと、恐れずに旅して回る集団だった。遠くへ旅をしすぎると、過去いた地点に戻るのに下手したら数年かかる。自分の故郷など、またいつ通るかなど分からない。

 もしかしたら、二度と通らない可能性だってある。

 当時は今ほど警察もしっかりしておらず、山や国境には盗賊の類が当たり前のようにいた時代では、旅は命懸けとも言えた。

 そんなご時世だから、旅ばかりの人生など、大きな商売をする商隊キャラバン (もちろん用心棒付き)でもないと、怖すぎてできない時代である。イエスに弟子入りするということは、ある意味「決死隊」に志願するのにも似ていた。



 さて。そんなある日。

 ある男が、イエスに弟子入りした。

 イエス一行は、しばらくその地に逗留していたが、ある時イエスが突然思い立って「よし。明日この地を発つぞ!」と言った。そして間の悪いことに、そのタイミングで弟子入りした男の父が亡くなった、という知らせが入った。

 そこで、弟子は父の葬式をさせてください、と言ったわけだ。

 ここで、予備知識がなければ、皆どう読んでしまうか。



●葬式くらい、行かせてあげたらいいのに。冷たいなぁ。



 イエスは、『死人を葬ることは死人に任せろ』と難解なことを言って弟子を行かせない。ケチだなぁ。冷たいなぁ、イエスは。

 葬式終わるまで待ってあげられんのん?

 ちなみに、昔の中東で父親(近親者)の葬式をするというのは、日本みたいに喪主や親戚が一日二日費やせばOKというものではない。一定の弔い期間(喪中)を、そこですごさねばならない。日本みたいに短くない。数週間とか一か月である。

 イエスにどのような急ぐ事情があったのかは、今となっては分からない。一か月もの長い期間を、イエスは待っていられなかったのだろう。イエスが活躍した期間が3年(学説によればたった1年とかいう意見も)ならば、彼の一か月を奪うということが、どれほどのことか想像できますか?



 当時、今ほど交通も発達しておらず、電話もないし郵便制度もない。

 私たちは、ここを 「ちょっと用事(葬式)を済ましたら、すぐ(イエスのもとに)来ますね」というノリで読む。

 でもここはちがう。弟子志望の人間は、いつも移動ばかりで居所の定まらないイエス一団を、電車もタクシーもない時代に自分の足で、やっとのことでつかまえたと思われる。ここはもう、スッポンのようにくっついて離れるべきではない。

 もし今見送ってしまったら、次にいつつかまえられるか分からない。

 一年後か、いや下手したら四・五年後かもしれない。

 金持ちでもない一般市民なら、イエスを探し続ける旅費さえ維持できない。

 だから、貧しい者がイエスの弟子になるには、たまたまイエスがその土地に来た時に一気に攻めるしかないのだ。そのチャンスを逃さないことだ。探して回る、など一番現実的ではない。



 つまり、弟子は 「ちょっと行って後で戻るから、とりあえず葬式に行かせてくれ」という話をしているのではない。

『せっかく弟子にしていただきましたが、やはりあきらめます』と言っているのである。ここは「弟子辞めます!」とイエスに言って来てると読む。

 ちなみに余談だが、昔の中東で「父を葬りに行きますので」ということは、何かの大きな務めを体よく断るための常套文句だったらしい。

 おそらく、勉強してない牧師の教会だと、こんなことも教えてくれないだろう。ってか、知らないだろう。



 さて。この箇所のよくある解釈を挙げてみよう。

 死人とは、二通りに考えられる。

 ひとつめ。神の願いに気付いておらず、自分の都合や自分の幸せのためだけに生きている一般人。

 ふたつめ。霊的死人、生ける屍。

 つまり、人間としてしっかりと生きていない人をさす。

 では、逆に『生きている者』とは?

 神の願い(御心)を理解し、それに従って生きる者。

 目的意識を持ち、情熱をもってしっかりと意義ある日々を送る者。

 イエスは我々に、後者になるように呼びかけていると考える。



 じゃあ、私はここをどう読むか。



●人それぞれ、自分が本当にやりたいことをやったらいいだけだよ。



 イエスは何も、絶対に葬式に行くな、と言っているのではない。

 もしお前が、本当は私についてきたいのに、父の死という義務から泣く泣くあきらめるというのであれば、もったいないことだ。

 もちろん、生んでくれた親の葬式に出られないというのは、悲しいだろう。普通のケースなら、何を置いても優先すべきことである。

 しかし。今イエス一行と同行せず、一か月余りも葬式のためにそこにとどまれば、かなりの距離が開いてしまう。そこからイエスを追いかけると言っても、ネットも電話も郵便配達もないこの時代、イエスの現在位置を知るのは困難だ。



 イエスは、弟子の葛藤を見て取った。

 優しい者、誠実な者であればあるほど、本当はイエスについていきたくとも、人情という激しい波に飲み込まれてしまうものだ。我慢をしてしまう。

 今は、父が亡くなったという大きな悲しみが、「イエスをあきらめてでも父の葬式に参加したい」と思わせているだけで、冷静になればまた判断も変わってくることを、イエスは見抜いていた。

 イエスは、何も知っちゃいない第三者から、激しく「親の葬式にも出るなというほど、親泣かせイエス運動」などと非難されることも覚悟しながら、目の前の弟子のためにあえてきつく聞こえることを言った。

 でもそれは、分かりにくいがあふれる優しさが正体だった。

「死人は死人に任せろ」の真意は、死人という言葉のイメージで、「神の使命の価値を分からない者」に、そういうことは任せておけ的な、上から目線の話ではなく——



●人それぞれに、定められたふさわしいことがあるよ。

 それは、あなたがやりたくてしょうがない、魂からのオーダーごとだよ。

 そのことのために、義理や義務に関わることでできなかったことがあっても、胸を張れ。あなたは今、宇宙一の貢献をしているのだから、堂々とせよ。

 ちゃんと、あなたが参加しなかったところは、宇宙が配剤して埋め合わせるから。



 イエスは、葬式という行為を、使命を帯びた弟子を阻むものとして下に見たのではない。葬式は大事で、それを行う役割を担当する者も、この世界には必要だ。

 でも、イエスが弟子に問うたのは「お前は、ホントにその葬式を行うことが適材適所だと、お前の魂が叫んでいるのか? ちゃんと、自分の胸の奥深くに聞いたか?」という点だ。

 人は浅知恵から、色々と心配をする。もし、明日自分が会社を休んだら、どうなるだろう。もし、友達の誘いを断ったら、どう思われるだろう?

 大丈夫だ。あなたが会社を休んでも、寂しい話かもしれないが大して影響はない。あなたがいないなりに、会社は回っていく。友達も、「あらそう。じゃあまたの時に」と思う程度で、あなたが怖れているように恨んだり嫌ったり、とまではいかないと思うよ。

 イエスは、人が心からの選択さえしていれば、あとのことはうまく帳尻が取れると考えていた。弟子が行かなくても、それはそれで「宇宙は結局うまくいく」から、お前は迷わず初心を貫け。そしてそれが間違った選択でないことは、私が保証する!

 オマエは、長い目で見たら、オレのそばにいてこそ輝くと思う! 見込みあるよ!

 そう言ったのである。



 あなたが、北朝鮮問題に何か貢献していなくても、心配する必要はない。

 それは、それに関わることになっているシナリオの人たちに任せておけば大丈夫。

 あなたが今、原発問題の解決に参加できなくても、義務を果たしていないと苦しむ必要はない。

 魂の要請により、突き動かされるように関わろうとする者に任せておけばよい。

 あなたが今、社会を変革するためのでデモや社会運動に立ち上がれなくても、神はあなたを責めたりしない。きっとあなたには生きるためにお金が必要で、働かなくてはいけなくて、子どもたちを放っておけなくて、という事情があることだろう。

 それは、宇宙が配役を決めた、その幕に登場するキャストたちでうまく回るようになっている。

 


 結局、死人の事は死人にまかせろ、とは。

 すべてのことは、それに関わるよう召命される者達が決まっているから——

 自然のまま、素直な心の願いのままの動きで、問題なく宇宙に貢献できるから安心しろ、ということ。

 あなたがエゴ(自我)で、自分が責任を十分果たしていないのでは、とか勝手な判断を下して気に病まなくてもいい、ということをイエスは言っているのだ。

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