第2話 Case:1 夢を追いかけた女性
「私ね、小説家になるのが夢なの。みんなには内緒だけど、未桜ちゃんにだけ教えるね」
「そうなんだ……! すごいすごい! わかったよ、みんなには内緒にする! それより、私天音ちゃんが書いた話読んで見たい!」
「えへへ……。しょうがないなぁ、ちょっとだけだよ? 今描いてるのは魔法が使えるのが当たり前の世界で魔法を使えない王女さまの話でね……」
そうやって、無邪気に小説を書いてたのは何年前までだろう。
今はコンペに受かるための小説を計算して何本も何本も書き続ける日々。
楽しいだけの物語を想像する日々はとっくに過ぎ去ったというのに、それでも小説家を目指す自分はバカだともちろんわかっている。
なのに、なぜ書き続けるのかというのも明白で単純。
私は小説を書くという行為の中毒になってしまっているのだ。
たとえ生み出す世界が打算と欲にまみれたものになったとしても、それ以外のことは全て邪魔なもので、必要としたくなかっただけ。まるで子供のわがままだ。
まぁ、書けるだけでいいとは言っても、売れないと、お金がないと生きてはいけない。だから、計算して、がむしゃらに物語を綴るようになった。
……いや、本当は、それだけじゃない。
はっきり言おう。私は今焦っている。
去年受けた肉体・精神異常レベル検査で、私は精神に関してなかなかの数字を叩き出してしまった。
肉体に関しては食事の用意などしてくれるお母さんのおかげで安全水準だったが、精神は本当に安楽死に引っかかるギリギリの数字で国が行なっているセラピーに参加させられたほどだ。
夢を追いかけるだけで働きもしない人間はそう認定されても無理がないということは十分理解している。
自分が異常だとみなされるのは少し寂しい気はするが、実際その異常さは自分で気がついているし、なにより安楽死できるということは素晴らしいことだ。
数は昔に比べて減ったとはいえ、今だって事件や不慮の事故は完全に無くなったわけではない。苦しんで死ぬなど恐ろしくて考えるだけ背筋が凍る。
でも、私は自分の本を出すという夢だけは諦めきれなかった。
明日の結果次第で、私は安楽死を受け入れることとなる。
今結果を待っているコンペに出した作品は、ほんの気まぐれで昔のように、自分の思うがまま綴った物語。
それが賞など取れるわけがないとわかっている。
だから私は、その結果をすぐに受け入れた。
肉体以上レベル:58 精神異常レベル:126
私の診断をした医師は悲しそうな顔をしながら言葉をかけてくる。
「申し訳ありません。あなたを救うことができませんでした。つきましてはこの書類に記載された施設で安楽死を行うこととなります」
なぜ医師が悲しそうなのかわからない。
何も思うことはない。悲しいことではない。苦しまずに死ねるのだから、どちらかといえば幸せなことだ。だから、笑った。
自分が涙を流していることに気がつかないまま。
家に帰り、ポストの中のチラシを無造作に取り出す。
それらを整理してから今日もらった書類を読んで、その後すぐ荷造りをして、施設に向かう。
——つもり、だった。
なのに、チラシに混ざって入っていたのは、出版社の名前が印字された封筒。
それも、私が今結果を待っているコンペ主催の出版社の。
震える指で封筒を、中に入っていた手紙開く。
『桜木 天音様
××コンテストにてあなたの作品が最優秀賞に選ばれました。つきましては書籍化……』
読んでいる途中で手紙を床に落としてしまう。
理解が追いつかなくて、笑うことしか、できない。
「あぁ……そう、そうなの。はは……思うがままに書いただけのあれが、賞を……しかも、最優秀賞……」
それから私はどうやってここまで来たのだろう?
呆然としたままこの施設に来て、言われるがままたくさんの書類にサインをして、もう、目の前にある薬を飲むだけで、私はこの世から排除される。
最後の最後で夢が叶って私は幸せなのだろう。
でも、やはり。
「本になって、売られているところ、みたかったなぁ」
悲しくない。幸せ。だって私は異常だから。本気でそう思っていたのに。
左目からは涙がこぼれ落ちてしまって。
覚悟を決めて薬を飲み込んだ後、薄れゆく意識の中最後に呟いたのは。
「まだ、死にたく、なかったなぁ……」
願わくば、私のような思いをする人が、現れませんように。
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