Episode01 突如、幻影Ⅲ
時間はお決まりの夜、馬面で金髪の男性とビデオと撮っているカメラマンあわせて二人が細い自動車道で、すぐ後ろにある森とそこから流出した噂を紹介しているところからビデオは始まった。
言っていることはほぼあかねと変わらない。もちろん、吸血鬼じゃなく人狼について。
手短に探検の目的を説明したあと、男たちは森に潜り込んだ。その間も口を止めることはなく、どうやらジョークや無駄話を言うのも彼の売りの一つでもあるらしい。
自動車道ではまだ月明かりで難なく男を見えていたが、森の中に入ると、光がすべて遮断され、懐中電灯が唯一の光源となった。
懐中電灯で直射している場所でもところどころ見えないのに、ましてや照らされていない暗闇の中はまったく撮れていない。
木の枝が絡まりあう森の中に探検する二人。どこか劣化版のホラー映画を見る気分だ。
男は今なお筋が通っているように聞こえるでたらめを口走る。女子の二人はどうかは知らないが、悠慧はなんとなく彼の言っていること理解している。結構面白く、ちょっと皮肉な、トークショーで出てきそうなものだった。
そんな動画に対する疑いを深まりつつ、悠慧は見ていた。
動画はそう長くない、三分の二のところでようやく面白いものが現れた。
「ほら、ここ」
「……ほぉ?」
一時停止して、あかねはスマホ画面の左端を指さした。
「懐中電灯が当たってない場所なのに、何かが光ってこうやって線を引いてるの見える」
指差す先に確かに一本糸のような青い光が走っている。
「ええと、なんとなく……確かにそれ、なんかあるけど、人狼ではないだろ」
「まだ続くよ」
動画の男もその青い光に気が付いた。カメラマンを急かして、光の発生源に向かって追っていく。その時だった。
いきなりカメラは男を撮るのをやめ、かえって発狂したように回転し始めた。
多分カメラマンがうっかりカメラを落としたのだろう。
そう思いきや、次の瞬間にはカメラマンの悲鳴を聞こえた。
やっとカメラが転がり終わったと思うと、画面は運よく男を映る方に向いていた。
さっきまで自若にものを言う男は今頃尻餅をついて、何かあるように、恐怖な眼差しでこっち側を見つめる場面が映った。まるで画面に入っていないカメラの真上に見るだに恐ろしいものが立っているように。
命乞いしながら後ろへ逃げようとするシーンが動画の最後を告げた。
「ふん……」
昼だからということもあって、悠慧はあまり感情的なものを引き起こされなかった。それどころか、とても平然としていた。
さらに端的に言えば、なにがなんだかはまったく分かっていないのだ。
「人狼はどこに出たんだよ?」
「ええ!? 見えなかったの?」
「映ってもねぇもんが見えるか……」
半眼を開いて悠慧はあかねを睨みながら言った。
「あかねちゃんごめんね。正直、私も見えなかった」
さっきからずっと真剣に見ていた天音も苦笑して悠慧に同調した。
「えええ!? うそでしょ。ここだよ」
言うと、あかねは動画を少し巻き戻して、スロー再生する。
ちょうどカメラが落とされたときだった。映っていた映像があまりにも雑乱すぎて、悠慧たちは勝手にその部分を無視していた。
しかしながら、今ならはっきりとその間に発生したことを確認できる。
「おい……」
混乱の中で映っていた男にもカメラマンにも問題ない。
「……冗談じゃねぇよ」
問題はあの二人の体型と桁違いの、存在しないはずの三つ目の巨躯だった。
断片的にしか映ってなかったが、はっきり見える。あの体型は決して普通の人間が到達できるレベルではない。
さらに、その巨躯にはぴかぴかと光る濃密な黒い毛らしきものが生えている。
思ったよりずっと信用できそうだが、悠慧の脳にもっと気になることが浮かび上がってきた。
「ちょっと質問していいか?」
悠慧は顔をあげて、右手の人差し指を立った。
「どうしたの?」
「お前なんつー動体視力持ってんだよ……早すぎだろうが!」
「……どういうこと?」
あかねは目をぱちぱちさせて、悠慧に問い返した。
「だから、あんな粗い動画、どう見分けたんだって聞いてる」
「ううん……私じゃないよ。これは他の人が見つけたの」
「マジかよ……あいつはなんつー動体視力なんだよ! それに、こんな暇人って世の中にいんのかよ」
手で額を支え、悠慧は呟いた。
「とにかく、この動画は分かった。まず、この動画は信用できるってのを前提にして、それでもさ、おかしいんだよ」
「なにがなの?」
「だって、もし本当に二人が襲われたとしたら、この動画は誰が投稿したんだよ」
「なるほどね……それについては私もおかしいって思ってたから調べてみたの。動画自体はこの二人が録画しながらディレクターに送って、そちらでライブみたいな感じで配信してたらしいから、事故当時ライブを見てた人がたくさんいるし、高解像度のデータも残ってたのよ。ライブは解像度が低いから、今見せたのはデータの方ね。そしてあの二人も翌日、無事に近くの道路脇で見つけたそうだよ。データもあの二人が帰国してすぐあげたものなの」
「へぇ……道路で、ね」
なんか納得したくない気持ちが山々だが、それでも現実を見つめる必要は悠慧にはある。
もし、これが再生回数稼ぎのための偽動画じゃなければ、あの人狼はかなり高い知能を持っているはずだ。
野生動物なら何の合図も出さないカメラマンじゃなく、懐中電灯を持って光を放出する男を先に発見し、攻撃すると考えるのが自然だろう。光源によって、もはや運を要素の一つとして考える必要性はなくなった。
しかし、その「野生動物」はカメラマンの方を先に攻撃した。ということは、その「野生動物」はカメラというものを理解してると判断するしかない。
自分の存在をあらわにしたくないから、まっすぐに記録役を潰したのだ。
その後も、気絶した二人を殺すや隠匿するのではなく、道に放り投げた。そうすれば、あの二人が酷い傷を負わない限り、彼らがいくら何を述べようと、人々はその話を当時のあまりの緊張感によって、二人が空想したただの寝言としか思わない。このビデオがなければの話だったけれど……
あの「野生動物」は、動画はリアルタイムで転送されていたことまで計算に入れることができなかった。
「あの二人は事後の集……」
「ふん……面白れぇ」
あかねが話を続ける最中、悠慧は独り言をこぼす。すでに彼の耳にその話の続きは入っていない。
そうすることで外部からの侵略から自分を守るの、か……
なんといっても、もし人狼が本当に存在していて、その姿を人々の前にさらけ出すと、ゲテモノ好きだのなんだのが必ず現れるはずだ。
それに、悠慧は昔に見た映画や漫画を思い出す。こういう常識から逸れたものや科学で理解できないものが人間の前に出てくると、必ずめちゃくちゃな理由で指名手配とかを食らうパターンになって、人体実験されたり、解剖されたりする。
よりにもよって、一般人がそういう前例を知らないでだけで、このような非人道的行為は映画や漫画だけに出てくるのではなかった。今はすでに各国の決議によって解決されたが、その決議でさえ本当は一部の国がほかの国を宥めるただの隠れ蓑にすぎない。
人間という生き物はそう遠慮するたまではない、火薬から放射性物質、炭疽菌のような生物、ウイルス、神経毒、自由市場まで、思いつく限りの武器はすべて一通り開発してきた。
もし人狼という動物がいきなり公に自白すると、最低限でも軟禁や身体検査くらい避けられないだろう。
もし人狼の能力に現在の科学界では理解できない部分を有していれば、各国は何としてもそれを実験台の上に縛るだろう。
「……ないから。だから、土曜日に行こうよ」
しかし変だなぁ……よく考えてみたら、人間が入ってきたら隠れていればいいだけの話だろ。なんだってわざわざ手まで出したんだよ。余計ばれるだろ——
「——ん?」
あかねの話を全然聞いていなかったが、最後の言葉は聞き捨てにできなかった。
「えっ? ど、土曜? どこに?」
「泉君、聞いてたの?」
「あっ、ああ」
「ずっとぼさっとした顔だから、てっきり聞いてないかと思ってたよ」
「で、土曜って、まさか……」
「あの森へ行くのよ」
当たり前のことを言うように、さりげなく悠慧は告げられた。
実際のところも多数決で決まっている。
「うわあぁ、だからお前はっ! 人狼! お前は隠れてりゃよかったんだ! お前が野生な狼みたいに余計な領地意識を持ってるからこうなったんだ!」
できるだけ声を抑えようとしている意図はちゃんと伝わったが、それでも絶叫に似た文句を悠慧は連発した。
「おもしろそうだね、私も行っていいかな?」
「お前まで!? ちょ、ちょ待ちな! もう決まり? 俺の意見は? 人権は? あかねお前の部活は?」
「あんたの人権はちゃんとあるから、天音は『行っていいかな』って聞いてるんでしょ。あと、部活はオフだよ」
「そっか……オフなのか」
「泉くんは行きたくないの?」
「行きたくなくもない、けどぉ? って、つーかなんで俺まで行くことになってんだよ……行くって言った覚えはねぇぞ」
いくら悠慧にとっても見に行く価値はできたとはいえ、もうすこし緻密な計画を立てないと、行くにかかる時間と釣り合わない気がする。
「私たちと一緒に来てほしかったな」
悠慧は渋面になりつつ得と失を考えていた。
「……実は、私もちょっと悠慧に来てほしい、なんて……」
なんだか空虚な目つきで、天音は微笑みながらつぶやくと何かに気づいたようにはっと顔を上げた。
「な、なにを言ってるんだろう、私。ううん……別にいいんだよ。わがまま言ってごめんね」
そんな反応をされると、悠慧悩む果てにはまた両手で黒髪を掻き、完全にぼさぼさな状態に戻してしまった。
自分ですら自分のことが情けないと思い始めた。
「ん……ま、あそこも危険そうだし……んじゃあ、俺もいくわ。本当に人狼が出たらやばいしね」
「えっ……本当にいいの?」
「そんな……無理しなくても」
「ああ、ま。いいんだよ。行きたい……でもないけど、でも……」
強烈な視線と心配そうな視線を浴びる中で悠慧は決断した。
「行くよ」
そして頭を後ろに向いた。
賑やかな教室には小半数の生徒が残っている。でも、悠慧はどいつを見る目も無機質で無温度だった。
同時にその逆も氷のように冷たかった。
「数少ない朋友たるものの安全も気になるからね」
「……うっ!」
奇妙なうめき声の後に、思いっきり悠慧はあかねに頭を背けられた。
「はぁ?」
「バカ」
「いや、だからなんで……」
悠慧は思わず何か想像上に飛んで行ったものを掴むように手を出して、反論してしまった。
心配してやっていただけなのに、と思うも口には出さなかった。
仕方もないだろう。コミュニケーション能力を習得できていない悠慧には言えないことであるし、それも悠慧が人との接し方の一つなのだ。
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