Episode01 突如、幻影Ⅱ

「吸血鬼か……そこまではわかんない」

 そう聞かれたあかねは考える仕草を見せたけれど、何もそれを証明できるような証拠を思い出せなかったようだ。軽く頭を横に振った。

 逆に悠慧はそれらしい噂を聞いたことはある。イギリスに、口に石や金幣を噛んでいる遺骨が発掘されたとのことだ。

「まあ、それもそっか。狼男女がいても、その天敵のヴァンパイアもいるとも限らないし。ていうか二つ同時に現れたら、それはそれで泣くべきか笑うべきか。殺しあってる隙間に早足でとんずらするのが得策なんだよね」

「でも、なんで人狼と吸血鬼が天敵か知っている?」

 悠慧が自分の空想を言い出した途端、あかねはまるで感電したかのように身体がビクッと震える。どうやら悠慧の空想が彼女の中にある何かをオンにしてしまったようだ。

「なんだ。武者震いか」

「違うよ。そんなわけないでしょう……面白いこというね」

 おかしなことに聞こえたか、あかねはくすくすと笑いながら否定した。

「面白くはないと思うけど。んん……そんで? なんで?」

 さっきのような失敗を繰り返さないように悠慧は問う。元といえば彼自身がそそった興味だし、話もさせないのは理不尽すぎる。

「両者とも、闇の生き物なんだけど、どちらも手ごわくて。それに、両者とも矜持を持ってて、人狼は自分たちの姿や剛勇さに誇りがあって、吸血鬼が魔法だけ頼って勝つことと、日に当たれば消えることに、気に入らないし。吸血鬼は自分たちを高貴な種族と思い込んでいて、逆に人狼たちのぞんざいさを卑しめてるの」

「……ほぉ……あれだな。どちらも自分について考えすぎだな。弱い犬ほどよく吠えるわな」

「だから人狼と吸血鬼は仲悪いんだよ。今でもその両者についての都市伝説が飛び回ってるよ」

「どんなものがか?」

「昔は人狼たちが勢力の大きさで優位を立っていたから、吸血鬼は戦うのを避けてたんだけど、今じゃ町が拡大して住処を失った人狼がピンチなの」

「んじゃ吸血鬼が有利ってことか?」

 悠慧はこういうのを信じていないつもりだけど、それなのになぜかすごく不安を感じる。

 人狼は鶏や豚を食べる。吸血鬼は人間を食べる。非常に不快な気分になった悠慧は吸血鬼の下方修正を心の中で強く求める。

「ううん……」

 あかねは何げなく瞼を閉じて、二、三回頭を左右に振った。そのさえ、なんとなく漂う女の子の匂いに不本意にもぞくっとした。

 知り合って二年も経つのに、まだこんなことに影響されるのか……恐ろしい。

 表情は微塵も動かなかったが、内心は表面のように穏やかではなかった。

「そうでもないよ、吸血鬼も昔から教会や聖堂に追われ、殺されてきたから、戦うのなら彼らもただで済まされないよ」

「おぉ……」

「ということは、私たちは吸血鬼にも人狼にも脅されていないということなの?」

「いいや、喜ぶのはまだ早いよ……」

「えぇ?」

「うん?」

 人差し指を立ててあかねは薄暗い表情で睨んでくる。まるで祭りのどこかそこらへんにある占い師の婆のように目を光らせた。足りないものはたぶん、タロットカードだけだ。

「吸血鬼は不老不死の種族でありながらも、どんな吸血鬼でも太陽光を浴びてダメージを受けないわけがない。けど、普通じゃエリクサーだろうと、銀の武器だろうと、吸血鬼を傷つけられないのよ、銀の釘で心臓を打ちつけるも一時的に動きを封じるだけ、殺せないの。どう? すごいでしょ? 怖いでしょう?!」

「ええい! なんでお前がそんなに嬉しそうだよ!?」

 自分の事を言っているようににやにやするあかねに、思わず悠慧は吐き捨てるように言葉を発した。

「ふふん」

 と笑みを零して話を続けた。

「吸血鬼は老ければ老けるほど強くなる性質を持っている。今は大抵三代に分けられるね。その一代目が一番恐ろしい。現在この世界にあるほとんどの物が一代目を傷つくことができない。ある説では、彼らは神に匹敵する力を持ってると述べている」

「それはないだろう、それほどの力があれば今ここに座ってるのは俺たち人間じゃなく吸血鬼だろう」

 どう考えても通じない説に悠慧は黙ってはいられなかった。

「うん……私もそれはさすがにありえないと思う。それに諸説あるから、これもそのうちの一つだしね。だいたい、こういう伝説は文学作品が種で、その文学作品の根拠もほかのところから来ているから、どれが本当かは分からないんだよ……」

「へぇえ。なるほど、オカルトと言っても結構理系なんだ」

 あかねがずっとそういうのに夢中になっているから、悠慧はてっきり何でも信じ込むタイプと思っていたが、見たところそうでもなさそうだ。

「当たり前でしょ! 私だってそういう胡散臭いのは嫌いだし、無責任に嘘つくやつなんかは大嫌いだからね」

「ほぉお、合点……」

「もっと現実的なものが聞きたいなら……確かに吸血鬼についてそういうありそうな話も聞いたことがあるけど……」

「……えぇ、どうぞ」

 今度は悠慧が何か興味を誘われたかのように、片眉を少々上げた。

「吸血鬼は人間の血がないと生きていけないじゃない」

「神に匹敵するんじゃなかったのか?」

 耐えられずに薄笑いを浮かべながらこんな言葉を吐き出す悠慧、そんな彼はどこか得意げであった。

「もう……それはもういいよ。だから私もありえないって思ってるって」

「分かった分かった。冗談だって」

「……それでね、その話によると、今でも吸血鬼は人間の街とかに潜んでるって! 密かに人間を襲ったりするとか、血液倉庫を盗んだりするとか。それと……そう――」

 額から汗が滲み出ているような気がして、悠慧は手の甲でなんとなく拭いてみたが、本当は何もなかった。

 なんだか凄く不気味だ。心臓が激しく脈を打つ。そのたびに不安に似て非なるものが脳に染み渡る。さっきまでもこんな話をしていたが、こんな症状は出なかった。現実的という言葉が無意識に潜り込んで、効果を発揮しているのか?

 なんだ? おっかしいな、この感覚……既視感のような、薄気味悪い。どこかで聞いたことがあるのはありえねぇ……でもなんでだ? 知ってる気がする……

 余計に考えないように一度瞼を強く閉じ、それから天音の方へ視線を向けた。左手で制服の右袖を掴み、きょとんとしている顔で話を聞いている。彼女は単純にこの話に魅されたのか? それとも悠慧と同じ感覚があるからか?

「――人間を飼って、その人間を食べ物にするとかの話も」

「そ、そうなんだ……なんか怖いね」

 天音は思わず息を飲むが、自然な振る舞いを装い、強いて強張った笑顔を作る。心もとない雰囲気を丸出しにしながらだけれど。

「あぁ……怖えぇよ。怖いでしょ、いや、普通に」

「泉くん……怖いんだ」

「は?」

 悠慧宛の挑発にも似た疑問に、脳が理解する前に口は言葉を吐き出す。

「そっかそっか。怖いのか」

 小さな声で呟くと、ピンク色の唇を微かに開き、その動作からちょっぴり笑いをこぼす。

「いや別に」

 悠慧はもちろん雄弁する。

「でもさっき怖いって、言ったじゃない?」

「言ってない言ってない」

 頭を左右にぶんぶん振る。

 あかねは視線を天音に向けると、天音は「私もなんか、ええっと……聞いた気がする」と気まずそうに呟いた。

「何かの聞き間違いかなあ……ははは……」

 悠慧は依然としてそのプライドを不撓不屈に守りきろうとする。

「そんなに心配しないでいいよ。さっきも言ったでしょう? 文学作品だって。私もこれだけは、噂以外本当の証拠になるものを何も知らないから。まあ、じゃあ、吸血鬼はここまでにしよう。例の本題入ろう」

 仕方なくあかねは一応落ち着かせるように説明して、話題を本命に戻そうと軽い調子で言い放つ。

 それで本題の人狼が頭からすっぽりと抜け落ちた悠慧はそのことを思い出した。

 つまり、吸血鬼以外の話は本当って言いたいのか……? でもなんで遺骨のことを言わなかったんだ? 単に証拠として見ていないってこと? ていうか人狼の話もあったな、すっかり忘れてた。

 本題に入るなどをあかねは言ったとたん、机のフックに掛けているカバンに手を突っ込んだ。

「……あかねちゃん?」

「……どうした?」

「さっき動画って言ったじゃない?」

「こいつっ……まさか」

「これがその動画なの」

 案の定、カバンから出てきた手に握られているのはスマートフォンであった。

「えぇ……ダメだよ、昼休みでスマホ使っちゃ」

「真面目なのは嫌なの! いいから、これ見て」

 天音の忠告を全く気にせず、動画を見るよう急かした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る