第17話 破滅..崩壊...!

「ぐふっ..なかなかやるじゃない。

乙女を平気で殴るのは頷けないケド」

「え、お前女なのか?

悪りぃ、気が付かなかった!」

シャレもモラルも通用しない。ていうかデリカシーがまるで無い。

「さて、もう一発いくか」

「随分戦いに飢えているのね、ヒーローは世界を救うんでしょ?」

「あぁ、でも救い尽くしちまったからな。今は専ら強さを求めてんだよ」

「そ、結局オトコは戦が好きなのね。

..ここに来れば、もう戦かわなくていいと思ったんだけど。」

「あなた...。」


「プラム少佐!」「はい‼︎」

かつては強い兵隊だった。鍛錬の甲斐あって少佐にまでも上り詰めたが見る顔は毎日戦に疲れた兵隊の顔。強くなって力を張れば、笑顔が増えると思ってた。しかし現状は決して変わらず、戦場の過酷さを深く身に染みた。いよいよ辛そうな隊員の顔に耐えられなくなくなってきていたある日、コンプライアンスという規制管理、新たな世界施設の試験広告を偶然目にした。

「これで、戦いが無くなると思った。みんなが笑顔で、楽しく過ごす未来が出来ると思ってた..。」

プラムは上半身を脱ぎ、懐から刃物を取り出し床に投げ、両手を広げる。


「さぁ刺しなさい!

ワタシが気を失えば、規制が解けるわアナタ達の望みを叶えなさい!!」

「..なんのつもりだ?」

「ワタシが楔になったとしても、争いは消えなかった。これで誰かが自由になれるなら、それがいいでしょ?」

「容赦しねぇぞ。」

「イイわね、流石よ」

顔色一つ変えず、ナイフを拾い懐に迫り刃を穿つ。

「らぁっ!」「ぐっ...‼︎」

数々の戦地を潜り抜けた屈強な身体もナイフのほんのひと突きでいとも簡単に崩れ落ちる。

「すごく痛いけど..流石に死ねないものね...」

「先行くぞ。」

「俺たちは結局足手まといか?」

「これから活躍すればいいでしょ」

倒れた隙を見計らい事を進める一行、密かに先へ進む。一人を除いて。


アルカディア何度目かの行き止まり

「遠距離、近距離、中距離はまだですわね。一通り試した筈でしょうけど、諦めた方が良いのでなくて?」

「......!」

「まだ向かってくるんですの?

それも懐かしい武器ね。」

初めて会った際に装備していたヨーヨー型のリーチが特徴的な武器。しかし以前とは少し異なり..。

「対処法は存じてますのよ、遠距離にはシールド展開!」

傘を広げ盾に打撃を当てがいつつも距離埋め接近で叩く。こうする事でリーチの利が減り意味をなさなくなる。

「......!」

「出ましたわ、ノコギリヨーヨー。切り刻ませはしません事よ」

ヨーヨーの周囲を覆う刃が回転し、傘を傷つけようとする。ある程度回転し斬った後、ノコはヨーヨーから外れ輪状の飛び道具として空を舞った。

「...なんですの?」

『改良されてるみたいだね、舐められてキレたんだよ』

「貴方さっきまで何してらしたの?

全然通信されなかったみたいだけど」

『ごめんごめん、今鍋に火をかけててさ。目が離せなかったんだよね』

「何戦闘の最中にクッキングに励んでますの、緊張感を持ちなさい!」

『だって戦ってないもんこっちはさ』

流石組織の食料庫、冷蔵庫は勿論の事コンロや調理台まで付いている。一端の料理は一通り作れる不自由という言葉は皆無の優れた場所だ。


『まだちょっと早いかな?

もういいかも..いや、早いな。』

「どっちでもいいわよ!

それよりこっちの調理方法教えて!」

『調理方法?

そうだな、詳しくは言うべきじゃないけど..毒を持って毒を制す、かな?』

「毒を持って毒を制す..?」

適当指南三つ星コックの気まぐれアシストが役に立つ筈も無いが一応耳に入れてみた。

「成る程、分かりましたわ。」

『...マジ?』

嘘を持ってマジを制した初の瞬間である。

「行きますわよ!」

シールドを閉じ傘を長モノのように持ち直接ヨーヨーを弾き距離を縮める。

『あーあー何してんの?

ムズイってそれ危険だってば』

案の定丸ノコ飛び道具がキャミーを狙う。がしかし持ち前の身のこなしで難なく其れを交わし遂には相手の眼前にまで近付いた。

「ヤワな男性さん?

野蛮ですけど堪忍してね!」

鍛え挙げられた様子の無い華奢な身体に、直に打撃を与えれば致命傷を与えられる、そう考えた。

『思い切った事考えたね〜また。』

鈍い音を立て傘のボディは人のボディへ強めに響く。しかし青年が痛がる様子はまるで無い。

「どういう事ですの?

まさか失神してるのでは!」

『それは無いだろ、流石に。』

「......!」

青年が静かに服をずらし胸元を晒すと、肌の色とは異なる銀色の装衣が見える。

「それ..肉襦袢!」

『言い方古くない?

アーマーとかそんなんでいいじゃん』

「......!」「うわ!」

驚きを待たない内に不意の掌底、細い身体から繰り出す重みのある一撃が傘に響く。

「武器なしで!

なんとか傘で防いだからいいものの、この方、素手でもイケる口ね!」

『思った事すぐ口に出すんだ。

思ってたより素直な奴だね、なんか』

箱入り故に出来事が新鮮なのだ。


「え、弱くないっスか?」

あれだけ強者感を煽り、ぜぇぜぇと息を荒くして疲弊しきっているコンプラ幹部ガロス。威勢は形だけなのか?

「どうしたんだよ、全然ダメじゃねぇか。」

..部が悪い、お前は目立ち過ぎる。」

村での遣り方もそうだが彼の立ち回りは表に無い、裏での錯覚や暗殺が主流の為直接的な相手と戦うにはそぐわない。

「言い訳か、みっともねぇなぁ。」

「...本来私の相手はマスメディアだ、お前の様なパワータイプの担当では無い、自惚れるな。」

過信してマウントを取る、思想や遣り方はマスメディアとソックリだが戦い方が違う。真っ向から正々堂々、嘘もヤラセも無いスタイル。そこはやはりヒーローだ、集団圧力で人を陥れる宗教団体とはまるでワケが違う。

「するってーとアレか?

オレはお前とタイプが全然違ぇから、思うような力が充分出せねぇと。」

「そう言った筈だ、二度も聞くな。

..頭が悪いのか?」

「マウントとるな、過信して!」

「本当のことだがなんだ?」

「調子に乗るなって言ってんだ!

一旦初心にでも帰りやがれ!」

「言いたい事がわからんな、詳しく話さんと伝わらんぞ?」

「ウゼェ、昔にいたぜそういうやな奴天才ぶって理詰めにしてその後薄っすい哲学かますんだろ?

不安なのか、友達いねぇのか⁉︎」


「それは私の事か?」

背後で話すは過去の人物、昔にいた戦友の一人。

「ナイトレイ..気にすんな、お前じゃけぇよ。」

「ならば誰だ?

クリスタルブルームか?鬼笛マルか?

もしやクリムゾネスキャリアムか?」

「あ〜もう嘘だ嘘、ウ、ソ!

わかったかもう聞くな!」

本当は特定の人物として存在するが、根掘り葉掘りに耐えられず嘘として無いものとした。

「そうか、ならばお前は..嘘を付いて過去の人物を利用しその場をその場を乗り切ろうとした訳か、恥を知れ!」

「うるせぇなぁ..付いたから悪いのかよ。」

「開き直りか、何故悪びれない?

お前は嘘を付いたんだぞ、誰だか知らんがその者を利用して、嘘を付いてお前の危機回避の為の道具にされたんだぞ!」


「うるせぇなぁ!

道具にされたとか言うなよ気持ち悪りぃ、誰かは大体察せよ気付いてるだろうがお前も‼︎」

「誰だ?」

「〝誰だ?〟じゃねぇ!

面白くねぇぞとぼけやがってもよ!」

「..一体なんなのだ?」

「メンドくさそうっスね。」

結局のところ何をしに来たかといえば恐らく助っ人に参る所存だが、グレイトの様子を見ると助太刀する必要性も余り無かった為ヌルヌルと歩いて来たようだ。

「先に行け、もう僅かで最悪部なのだろう?」

「またかよ、お前さっきもおんなじ事言ってたじゃねぇか。ていうかあの野郎倒せたんだな」

「あの野郎..あのライオンもどきの事か。倒してはいない。留めを刺したのは、私だがな」

「なんだソレ?」

「先進んだ方が良いんじゃなーい?

おれもそろそろ外出たいしさー」

バウンティくんの任された役割は最奥部までの道造りと安全確認。グレイトが先に進んでくれれば、完了となり晴れて自由の身だ。

「行け、グレイト」

「..ったく、何で二度もだ!」

渋々場を預け先へ進む。これも二度目だ。

「んじゃあおれも行くっスねー」

「先へ行かなくていいのか?」

「いいっスよ、ここまでの予定だったし。それに雇われの身っスから後先がどうなろうがどうでもイイっスよ」

「さっぱりしているな」

さすらいのバウンティハンターも流れるように何処かへ消える。次に会う日は敵か、味方か?

「いいのか、流してしまっても。

あの男が偶々合わなかっただけの事、お前相手ではどうなるかわからんぞ」

「気にするな、私に隠れたり暗躍する程の個性は無い。弓を引いて射つ、それだけの男だ」

「..芸の無い奴め。」

「よく言われるな。

これで一体何度目だ?」

おびただしい程の時間が目まぐるしく素早く流れて平行に平行を繰り返している、それはもうしつこい程に。


「もー嫌ですの!

戦いたくありません!」

『なんで突然投げ出すの、さっきまで凄い戦ってたじゃんか。』

「だって傷一つ付かないんですもの、そもそも戦ってもいない方に言われたく有りませんですわ!」

『..いや、僕本来ならもうとっくに帰れる筈なんだけど、おじいちゃんに話したらいてやれってキャミーのせいだよ自覚ないと思うけど。』

「始まったわ屁理屈ですわ、はしたないわね人のせいにして」

『統計とれてんだけど、勝ち目ないよ言っとくけど。』

「......!」『来るよ』「またですの」

痴話喧嘩を気にも止めず若き逸材は殺しにかかる。鎧を着ているとは到底思えぬ速さで翻弄を繰り返す。

「ああ〜もう離れなさい!」

傘を振り回してコバエの如く取り払う

『きちんと距離とる、やっぱり優秀だね彼。』

「あっち褒めるならワタクシを褒めなさい、頑張ってるんですから!」

『頑張ってる人頑張ってるって言わないらしいよ?』


「おだまり!

イカ足牢獄乱れ撃ちですわよ!」

『あれ脚治ってる。』

「じいやの技術力ですわ!」

『何から何まで人頼みだね、君は。』

ギミックが破損し形を崩しても、一定であれば収納したのち修復プログラムが作動し、元の様に治してくれる。ぶっちゃけここに一番費用と労力が掛かっているらしい。本人は他人事のように使用しているが。

「......」

「何ボーッとしているの?

はやく避けなさい、穴が開くわよ!」

隔離されたスペースで、幾つもの脚に銃弾を撃たれている。当然鎧で弾くのだが、中には重く刺さるモノも。

「.....⁉︎」

「お気付きになられて?

そう、マシンガンの弾に混ざってマグナム口径弾を入れてみたのよ!」

『それ誰が入れたの?』

「……」『おい。』

しかし衝撃を受けるのみで貫通はせず少しばかり身体を驚かせた程度だ。

「ここからが勝負ですわ」

「.....。」

キラーズvsD-Iでなくて良かった。確実に延々と愛想の無い戦いになっていた

「イカ足五本拘束、他五本チャージ開始ですわよ!」

『珍しく自分の指示じゃん。』

ギミックはじいやだが。

「......!」

10本延びる足の内五つはD-Iを絞める拘束具として身体に纏わり付く。もう五本は重なり形を成し、大きな大砲を完成させ、何やらエネルギーをチャージする。

「発射!」

固定された身体に砲弾を放つ、見事ヒットも鎧は健在。中心にヒビが入り、小さな穴が空いた程度だ。

『嘘だろ..アレをモロに食らってあれだけの衝撃って。どれだけ凄いんだよあのアーマー...!』

「規格外の硬さですわね..。」

拘束は解かれ、大砲は元の脚に。

そうなれば必然的に、相手のターンに移される。

「......!」『また来るよ!』

「仕方ありませんわ、こうなればなし崩しの肉弾戦ですわね。ギミックを解除、傘形態へ!」

今こそ己の腕を振るう刻。


一対一、暗躍対飛び道具。

共に競い合う基準ではない二つ。

「..そこだ。」「違うな」

狙いは的確それを上回り立ちまわりがしなやか。ガロスはテクニカルな戦術を用い忍の如く動く。忍法とは頑なに言わないが、確実にそれの戦法の攻めを行なっている。

「風磨手裏剣..!」「範囲が広いな。」

宙(そら)を贅沢に使い偉そうに廻転する中心の穴に、十字に矢を放ち食い込ませ重みを増して床に食い込ませ廻転を止める。

「何度手間だ..!」

「格好付けただけだ、止まればいい」

無数に矢を放ち落とす事も出来た、何故こういった手法を取るのか。少し違和を感じた。

「..お前、手を抜いてないか?」

「何の事だ、私はヒーローだぞ。」

「だからこそだ、英雄だからこその余裕を感じる。」

「……」「私に暗躍は通用せんぞ?」

流石特殊幹部、専売特許はお手の物。

裏の思考は直ぐに見抜く。

「仕方が無い、隠しても無駄か。

ああそうだ、私には余裕がある。力を取り戻した他のヒーロー達が、直ぐにでもここに着く」

「救援か、小癪なものだ。」

「諦めろ。

お前に手立ては最早無い」

「後にはな、今はある。

私の相手はお前だけだ..!」

今を生きると意外にも若者思考の忍者もどきは諦めという選択を無視し、銀弓に立ち向かう。こちらの方がヒーローっぽい感じが凄くする。


ちなみに、不死身と殺人鬼は...。

「....フンッ!」「ぐばぁっ!!」

殺して死んでも尚も繰り返していた。

本日通算153回目に突入中だ。


ちなんだ上にちなみ出すと、もう一つの戦場は。

「はぁ、はぁ..はあ〜っ...!!」

『大袈裟じゃない?

そんな息切れてんの?』

「もう無理ですわ、少し休憩致しましょう。」

傘を床に置き、水筒を取り出して中の紅茶を口に含む。

「......」

『ちよっと、戦闘中だよ!

相手もきょとんとしてるからさ!』

超絶マイペース、世界が合わない事がおかしいくらいに思っている。

『そんな事やってて襲われても知らないよー、僕助けにいけないからね』

「ええ、大丈夫ですわよ。

お気になさらず。」

「.....!」

案の定隙を見せたと一歩踏み込み反撃の素振りをみせ始める。

「......?」

おかしい、攻め入る筈が身体が痺れ硬直し膝を落としてしまう。自律させるのが不可能な程弱体化しているのだ。

「やっと効き始めたようですね」

『何をしたのさ?』

鎧を着た兵士が動けぬ程の威力の弾を隠し持っていたのか、しかし鎧は砕けていない。

「大砲で開けた小さな穴、これはこの為のものですわ!」

『どゆこと?』

大口の形に目を奪われ隅の小さな脅威に気を配る事が出来なかった。

「実は彼を拘束していた脚は九本、残る一本は空いた小さな穴に毒弾を撃ち込んでいたのですわ!」

『毒をもって毒を制す、そのまんまじゃないか。』

正しくは〝毒を盛って〟だ。

「安心なさい、ギリギリ死ぬ量じゃありません事よ。数日体調は最悪だけどね、ほ〜ほっほっ!」

『嫌な女だね..影響受ける前に帰るとしようかな。』

現地集合現地解散、属さない者の鉄則である。

「聞こえているわよ、ワタクシを今すぐ迎えに来なさい。勿論出口まで先導ですわよ?」

『はいはい、最早拒否するのも面倒だよ僕は。』

彼への洗脳は既に始まっている。


もう一つの戦場

「諦めろ、何度も云うのは心許ない」

戦闘力は然程大差は無いものの、前述のダメージを受けている故負荷が重くのし掛かる。

「速さが重視のお前の戦法、スタミナ切れでは力が足りぬ。」

「本当にそうか?」

懐から三つの円盤を取り出して見せつける。

「お前、いつの間に..!?」

「力不足なら奪えばいい、簡単な事だろう?」

円盤式設置型爆弾、距離でターゲットを絞り投げるなり取り付けるなりして設置する事で、対象を爆破させる優れ物。少年に預かった残りの爆弾を全て知らぬ間に奪われた。起動した爆弾が対象を追いかけ飛び回る。

「くたばれ、英雄風情。」「くっ!」


「シールダァ!」「何..!?」

設置する直前に横から現れるシールドに爆弾が設置され爆発する。盾は一切の傷は無く鋭く光り輝いている。

「いよっし、防御成功っ!」

「何者だ。」

「お前は..鉄板シールダー・ロウ!」

「久し振りだな、ナイトレイ。

俺様達だけじゃねぇ、皆力を使いに来たみたいだぜ?」

「おお..!」「なんだ、これは...?」

ロウに続いて幾人ものヒーロー、ヒーローに次ぐヒーロー。救援によって現れた、活気を戻した戦士達が今ここに集いマントを振るわせる。

「その程度の爆弾で足りるのか?」

「怯えているのか、揃いも揃って腰抜けめ。面倒だ、纏めてかかって来い」


「初めからそのつもりだ。皆のもの、

一斉にかかれぇっ!」

合意の歓声集団の英雄は、一つの大きな正義という概念になって、有り余る力を存分に発揮する。

「..私は最早、お役御免か。

グレイトマン後は任せたぞ」

顛末をかつての戦友に託し、男は再び小さな子供の英雄に戻る。

「次は自由な世界でだ。」

肩書きが無い方が、大きな事をするのに実は都合が良い。色眼鏡を相手が外してくれるからだ。

粗方の箇所が、終息を迎えようとしている。敵だったものを労う事は無いがこれ以上蔑む事も決して無い。


「...うっ..生きているのね。

..ツミなものだわ、強くなり過ぎた」

「あら、起きた?」

「アナタ..まだいたの。

...本当にアナタ?」

「他に誰に見える?」

酒を飲む妖艶な女は、以前と見違える程に輝き、色気を帯びていた。

「はい、これ貴方の分よ」

持ってる型と同じ形のワイングラスを手渡され酒を注がれる。

「自分の分だけじゃなくて、相手の分も持ってるのね。」

「客商売してるのよ?

当たり前でしょ、今は戦ってないから飲めるわよね。」

「ええ..」

グラスを傾け、豊潤な液体を口に含ませ一気に飲み干す。

「馬鹿ね..ワタシはこんなに魅力的なものに枷をかけていたのね。」

「そうね、本当にバカだったわ」

「殺してもいいのよ?」

「...さっきまでは、本気でそのつもりだったわ。だけど今は..傷をつけられないの」

空になったグラスに酒を注ぎ足し、ぐいと飲み干して後彼女は言った。

「今の貴方、すごく綺麗よ?」

「...なによ。今更気付いたの?

バカな女ね...!」

規制が、本当の意味で解けた。


アルカディア奥部広間

「ふぅ、このくらいでいいだろう。

最早戦意喪失だ」

「他の残党を潰しに行くぞ!」

正義を集団で翳すと悪意に見える事がある。しかし彼らは紛う事無き英雄達だ。

「..ふっ、行ってしまったか。馬鹿め..

生存確認をせずに置き去りにしおって情けのつもりか?」

立つ事すらもままならず、息をしているだけの状態で血を流すガロス。今までの卑怯のツケがまわったか。

「一つばかり..残しておいて良かったな。」

円盤型の爆弾を、備えて一つ取っておいた。まさか己の為に使うとは思ってもいなかっただろうが。

「密かに暗躍していた男が最後は派手に爆死か、皮肉なものだな。」

目を閉じ覚悟を決めで円盤を身体に近付ける。弔ってくれる人は一人もおらず、弔ってくれる人は..。


「クウゥゥン...」

「お前..ブラスターか?」

「ワン。」

そろりと近付き、肌に寄り添う。

「私の為に鳴いてくれるか。

..この日に限って人を連れて来ないのだな、お前は。」

通信を遮断させる為壊した首輪のヒビの痛々しさを自分の身体が超えている

「ワン、ワンワン!」

「わかった、そう吠えるな。奴になついたと思ったのだがな」

「クウゥゥン..。」

軽く頭を撫で、掌が犬を落ち着かせる

「もう何処にも行かぬ。共に歩もう、何処までもな...。」

動かなかった膝が持ち上がり身体を起こして歩かせる。そのままガロスは隠れる事なく、堂々と歩み続け犬と共に何処かへ消えた。道筋には、割れた首輪が一つ落ちていたという。


アルカディア最奥部・通路

「成る程判りましたよ、御苦労様です

あとは己だけですか..。」

全身黒の正装を装った紳士的な老人がハンドガンを片手に廊下を散策する。

「相変わらずですね内装の趣味は、扉を開けたら部屋までが長い。彼の嫌な処です。厳重注視、用心深、自らにすら規制を掛ける必要など無いのに」

年齢不詳、詳しい素性は何も明かされず真の目的も判らない。誰に頼まれる訳でも無く情報を漁り、人を陥れ抹殺を謀るマスメディアの長。特にコンプライアンスの事は強く敵対しており、

アジトを移したと聞けば直ぐに飛んでいき、壊滅に追い込む。謂わばプロの暴力屋といったところだろうか?


「なんだコレ!

何処まで続いてやがるこの廊下!」

「それに不快なものまでついてくるとは、余程の運無しですね。」

そして不快な者は人を巻き込む。

「あ、おいアンタ!

何処まで行くんだ、てか誰だ?」

「一遍に幾つお聞きになるのです?

あなたと同じ場所ですよ、彼の部屋です。」

「なんでお前さんがそんなとこ..あ、その黒い服...マスメディアの奴か!」

「素直な感情の表現が面倒ですね。

..不本意ですがこれ以上事を荒立てたくないのでわたしについて来て頂けますか?」

予期せぬ先導。

利点はグレイトマンにしか存在せず、

彼にとっては必死のストレスストッパーだ。

ハンドガンのトリガーを一定秒間引くとスコープのような赤い線状の光が道を指し示す。

「なんだこの特殊部隊感!

〝正しい道へ導く〟的なアレか!?」

「黙っていて貰えますか?

言いたい事は分かりますが、この世に正しい道など有りませんよ。」

そもそも人間が間違っているのだから正解など導き出せる筈が無い。

「見つけました、こちらですよ。

お先にどうぞ」

「おお..有難うな。」

幾つかある扉を調べその中の一つ左の壁の右から四つ目の扉を指し示したたき、赤外線が青く点滅する。先を譲り、紳士的に振る舞う老人、争い事を好まぬタチなのかもしれない。

「漸くか、長い廊下を飽きるほど歩いて着いたこの部屋に目当ての奴が..」

部屋には敷き詰められむせ返る程の兵士達が、施設内を動いていたものとは異なり各々が独自の格好とスタイルをもって確立された、グラディエーターさながらの連中ばかり、左端の壁に組み込まれた電子版には堂々と数字で刻まれた〝100〟の文字。


「おい、ジイさんこれなんだ」

「やはりそうでしたか、ご親切に感謝致します。」

「盾にするつもりだったのか!」

「心は痛みましたが〝有難う〟と申して下さいましたので肩の荷が降りましたよ。」

「てめぇ..!」

使えるものは使う、コンプラと逆だ。

出し惜しみせず露に見せつける。

「あの数字はなんだ?」

「少し、お待ちくださいね?」

グレイトの陰に隠れつつ、右腕のみを伸ばし目についた兵士の頭を撃ち抜く

「あっ!

お前いきなり何やってんだよ!」

「見てください、分かりますか?

あそこの数字が変わっているの。」

「あホントだ、一つ数字が減っていやがる」

100を示していた数字が、99に減少している。

「つまりそういう事です。

あの数字は兵士の数、そして小さくですが奥に扉が見えますよね」

「コイツらが..鍵ってことか?」

「恐らく、残虐極まり無い。

彼等は鍵を開けるセキュリティとして倒される為だけに集められた強豪達」

遊び心溢れる人間錠前を突破しなければ固い扉は開かない。まさか娯楽の為だけに、命を摘まれるとは。


「お前ら、不満は無ぇのか?」

「何が不満だ?

寧ろ有難てぇ、俺たちは戦いが大好きだからよ!!」

「ウォォッー!!」

100人足らずの大歓声、元々こんなユニークな命だ。手元にあるか否かなど気にも留めないぶっ飛んだ感覚なのだろう。

「仕方ねぇ、ジイさん!

半分は仕留めろよ?

出なきゃ開かねぇからな!」

「脅しのおつもりですか?

残念ですね、わたし強いんですよ。」

「いつ死を望んだよ?

そっちの方が好都合ってもんだ!」

「一斉にかかれ!」

「ウォォォッー!!」

2対99

決して記憶に残らない且つ話題にもならないが、何やらどこかで、そんな事があったようだ。

『………』

「もしもーし..もしもーし!

あっれおかしいな、通信繋がらない。また妨害電波?」

電波の回線の調子が悪く、何時間も格闘しているが通話が出来ない。

「はぁ..まあいいか、どうせ〝アレ〟やるんだろうし。通信どころじゃ無くなるもんね〝アレ〟は、お姉さんからご飯貰いに行こっと!」

サジを投げ、箸で飯を喰らう。


「カウントは?」

「あと三名です。」「意外と早いな」

「あと2人、1..」「終ぇだっ..‼︎」

最後の一人を拳でかましうちのめす。

「ふう、これで終わりだ」

「......」「おい、どういうつもりだ」

無言で此方に銃を突き付ける、信用ならないと思っていたがやはりそうだったか。

「申し訳御座いません、一人数え間違えていました。」

銃声が擦り抜け、背後で弾の当たる生々しい音が響く。配慮に欠けモラルが無く、ドアのノックにしては音がデカすぎる。

「先に行きますよ?

用があるのならその後で。」

「......ん先導は無しかいっ‼︎」

そういえばあなた、〝利き手〟使わないんですねぇ..。」

「ん、あぁ..よく見てんなオイ。」

主軸である右腕に金属の鎧がついている為に常に左腕を振るい続けていた。その様が彼には手を抜いているようにも見えていたのか、でもこれは仕方が無い。外し方が解らないのだから。

「やはり少しストロークがありますね彼の悪い癖です。」


「知り合いなのか?

さっきから、よく知ってるような口振りだ。」

「..来る日も敵対していれば、嫌でも知る事になるでしょう。ただでさえ情報が多いのです。尚更存じ上げますよわたし達は」

「着いたぜ、今回は問題無くいけそうだ。」

「どうでしょう。

また開けたらびっくり仕様では?」

疑いを抱えつつ突き当たりの扉を開けると今度は普通に入室できた。中では高めの黒い椅子に腰をかけ、社長室の如き落ち着きを見せる優雅な部屋でゆるりとステーキを堪能する男が満足げに口元を拭っていた。


「また会いましたね、施設長さん。」

「ノックも無しか、今更どうだっていいが。今夜は客人も同行か?」

「人の表現を奪っといて己は肉で腹一杯か?

めでてぇもんだな賞賛するぜ!」

「威勢がいいな、ヒーローなど久しく見てはいないがそういえば、〝暴れ回っているヒーローがいる〟と報告を受けた事があったな、お前の事か?」

「知るか!」

軽い質問に雑回答、偉くなり過ぎた故身近にそんな経験が無く思わず顔を広げて驚嘆する。

「そんな事より、まだ足掻き続けるおつもりですか?」

部下は倒され、周囲は包囲、規制をかけた概念さえも解放され、逃げ場は残らず塞がれた状態でテリトリーに踏み込まれている。

プライバシーやデリカシーといった個人的モラルは全て壊された状態だ。

「世界は、返して貰うぞ」

「返して貰うか、いつからお前達のものになった?」

「あなたのものでもありませんよ。」

「ああそうだ、だから隠すべきなのだこの世の在り処など」

「何だ?」

支配者じみた事を言い始めた男に思わず顔を歪ませるヒーローグレイト、耳を塞いでも話し続けるのだろう。聞く以外の選択肢は無い。

「人は脅威に打ち当たるとき、どうにかして立ち向おう、打ち勝とうとするしかしそれは間違いだ。..正しくは、存在ごとかくして隠蔽し、無かった事にする!」

「何言ってんだお前?」

「真逆の発想..だからこそ厄介。」

「今でこそこんな場所で偉そうに振る舞っているが、元々は教師をしていてな、ある日クラスの一人がいじめにあっている事を知った。」


「それをどうしたんだ?」

「見て見ぬフリをして、立ち去った」

「..クソだな、お前」

「そういうものですよ、人は。」

その後相談してきた生徒を話し合いと称して教師、加害者、教育委員会の三すくみで追い込み、事実を隠した。

「正義を翳すお前は恐らく、親身になって寄り添い力になれとでも言うのだろう。しかしお前は知っているか?

そんな目に遭われると迷惑するんだよ我々教師や学校側は..!」

「本当にクソだお前。」

「最早人では無さそうですが、人の事は言えませんね。」

警察も教師も、都合よく事実を捻じ曲げ己の真実を作り上げる。問いただす強い意見には〝そんなつもりは無かった〟などと惚け誤魔化す。本当に怖いのは、それで本気で免れると思っている事だ。

「事実を云え、やらせは無しだ、面白くない、刺激が足りない..勝手な我儘を言うな。みんなみんな貴様らの都合だ、それを解放する事で困る者の事を少しは考えろ無能共がっ!!」


「逆ギレかよ..。」

「経験が足りない事態が生じると人は怒るようですよ?」

周囲の事は二の次、それが個人プレイなら構わぬが世界規模では訳が違う。

触れる者、観客、教え子、部下..それら総てを馬鹿にして踏ん反り返る。それがコンプライアンスの理念らしい。

「..もういい、馬鹿らしいぜこんなもん。こんなことの為に長ぇこと旅をしてたのか俺は」

「旅路というものは後から辿れば下らぬものだ。」

「屁理屈言うな、後は任せたジイさん

組織は殆ど壊滅してるし表現は取り戻せた。もう充分だろ?」

役目は果たした、用はとうに無い。

「おや、有難いはなしですね。

是非承ります、わたしは元々殺害希望ですのでね。」

トリガーを引き、ハンドガンの銃口を向ける。

「さよならです、お互い老獪はここまでにしましょう。」


「勝手に話を進めるなっ!」「⁉︎」

右の掌を翳すと一人でに銃が吹き飛び地を滑る。

「あなた、自らの身体に施しを?」

「..部下がいないから、組織は壊滅だと言っていたな。それは違う、ここにいるぞ!規制者が尚もここに!!」

化学班は応用が効かずに解体されたと思われていた。がしかし本当は、身体の改造に携わった後、力と技術で隠された。組織の今後に都合が悪いと考えたからだ。

「がしかし、もう隠蔽はさせません」

「お前に何ができる?」

「もう、成しました」「なんだと?」


「どうです、回線は?」

『バッチリ流れてるよ、勿論〝全国〟

にね。』

「お前、撮ってたのか..!?」

「なかなかやるな。さすがマスメディア、変態の極みだぜ」

「一体何処から撮っている!

カメラか、服かっ!」

「わかりませんか、今吹き飛ばしたでしょう。お忘れですか?」

「銃..か...。」

「さっき普通に撃ってなかったか?」

「ハンドガンですからねぇ、そりゃあ実弾も出ますよ。」

元の用途は残しつつ、録音機能付きの便利アイテムとなった。何故かラジオまで付いている。

「貴様、よくもやってくれたな!」

「そんなに嫌ですか。

わたしはもう慣れました」

焦燥した態度では無く極度の嫌悪、不都合を隠して処理して来た故己のモラルを害される事に酷く耐性が無い。

「これでわたしが手を下す必要も無くなりました。行きましょう、放っておいても彼はいずれ世界に殺されるでしょう。」

「くっくぅっ...‼︎」

やる事を終えたとスッと興味を失ったのかぬるりと直ぐに部屋を出てしまう

マスメディアもコンプラと同様信用ならぬ虚偽集団なのだ。

「さて、俺も行くか..と思ったが、やっぱりなんかスゲェムカつくから一発かましとくぜ..!」

「なぁっ...⁉︎」

右手をうずくまる背中に乗せてギミックを作動する。一度も起動しなかった三つ目のギミックを。

「うっ..あっ...ああぁっ!!」

「無様なもんだぜ、安心しろ。

直ぐに隠して、見えなくしてやるよ」

装備は白い光を放ち、男を巻き込み爆散する。ようやくこれで、グレイトマンの右腕は開放される。


「あのガキ、とんでもねぇもん仕込んでやがったな。おっかねぇ奴..。」

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