第11話 後の祭りの後片付け

「氷山?

そんなものの近くに構えてたのか。」

「見えるだけな、白くてデカイ山だから氷山って呼んでんだよ。基地はそこの下の土地にあったんだ」

「でそれがブッ壊れたのか。」

「らしいな、俺たちそれより前にここまで来たから詳しい詳細は知らないけど派手にやられたらしいぜ」

「そうか..。」

知りたいのはそこじゃない、その後。

向こう側に何があるのか。


「行ったことはねぇけど別の世界が広がっているらしい。」

「別の世界?」

「なんでも人がいないとか、自然の野生に支配され常識の無い環境。そういう所に身を置いた方が自由に動けると思ったんだろうな。」

「人のいない環境か...」

意図は分からない、たが新居を構えるという事はそもそも元の住処に思い入れが無いという事。割り切りが早いというか用意周到というか、己を回避させる術には長けている。ズルくて性格の悪い権力者に共通する事だ。

「元の場所はどうなってる?

更地になってんのか」

「よくわからねぇけど、前にも何度か拠点を変える事があったな。そん時は元の施設はやっぱり壊されて、瓦礫撤去や環境整備なんかして痕跡削除してたっけ、今頃も同じ事してんじゃないのか?」


コンプラ施設跡地

瓦礫は半分程度消え、建物の痕跡が未だ残っている。

「ったく、なんだってオレがこんな所いるんだぁ?」

白き領域にそぐわない黒い風防の男、かつて施設の破壊に加担した者。

その中の一人。

「ジジイの奴も人使い荒いんだよ、ブッ壊れた瓦礫の中にまだ情報が埋まってるかもしれねぇから取ってこいなんてよ。そりゃ他の奴の仕事だろ!?」

戦闘担当にとって探索は地獄の極み、愉しいなんて感覚は微塵も無い。

「痛ってぇ、歩くだけで脚に瓦礫が刺さりやがる。さっさと撤去しろってんだ。」

文句を言いながらも瓦礫を弾き探索を続けるも情報などは出てこない。偶に消し炭と化したなんらかの物質や金属が出てくるも情報源にはならず。

「うん?

..こりゃあ飯か、パンの類だな。」

黒く焦げた食料が散らばって捨ててある。形は崩れているのだが、所々不自然なものがあり〝後に崩した様な跡のあるもの〟がちらほらと転がっている

「こりゃあ..歯型か?

んなワケねぇよな、こんなもん食う奴なんて何処探しても...」

「っぺ..!」「うおっ‼︎」

潤いを帯びた焦げが跳んで地面にはね落ちる。

「なんだ?

濡れてんじゃねぇか、唾液か?」

「マズイ、マズイぞ..マズイマズイ」

「..テメェか、成る程な。

納得したぜ、お前のエサだったのか」

屈強な巨躯に理性を持たぬ態度、爆風に呑まれて尚空腹を満たそうとする執念は最早脱帽の極み。

「レンジの火力じゃ足りなかったってかよ、欲張るな食いしん坊が」

「お前..見たことアルゾ、確か名前は..グラハッ...!」

「..名前覚えてんのか、意外に利口じゃねぇか。」

「お前も食わせろぉ‼︎」

「オレまで飯に見えんのか、食ってみやがれよ。嚙み切れんならなぁっ!」

キャベツとレタスどころか、ハンバーグとグラハの区別も付いていない大食漢にはスタイルは要らず、ステゴロのみで相対す。

「うがぁっ!」

荒ぶる右の腕を弾き、左を防ぎガラ空きの腹に拳を一撃。怯み身体が揺れるとすかさず顔を掴み顎に膝打ちかっ飛ばす。

「っぱぁっ..!」

「美味いだろ?

結構評判いいんだぜ。」

地に突っ伏し、ヨダレをダラダラと垂らすあられもない無様な姿で息を切らす。その様はまさに空腹を表していた

「ったく、舐めんなよ。

一度見りゃ動きくらいわかるってんだ考えなしに攻めてきやがって」


「ウ...」「何だまだ起きんのか?」

「喰、ワセロ..糧にナレ...‼︎」

「随分不細工になったな、少し殴り過ぎたか?」

背中や関節から、太い触手が多数蠢く自我は完全に失われ、瞳孔は開き白目を剥き出しにしている。

「あれだけの火に塗れて生きてたワケが分かったぜ。喰われてるのはてめぇの方だったんだな!」

コンプライアンスには科学班なるものがかつて存在した。応用性の薄さから直ぐに解散に至ったがそこで得たものもある、強化型寄生虫だ。依存性の高い寄生虫を実験台とし、様々な刺激や遺伝子を与え力を強める。それを更に何者かに寄生させ兵器として利用する算段だったが結局虫が強くなり過ぎてしまい寄生対処が無くなった為眠らせて、液を満たした保存容器に保管しておいた。

「あのジジイ、まさか最初(ハナ)っからこいつを始末させる為にオレを呼んだのか、やってくれやがる..!」

久々の外で身体まで手にしたのだからさぞ機嫌が良い事だろう。

「クワセ..ロ!!」

「あぁ!?うるせぇんだよ!

..護身術ってなぁこういうときのもんだがよ、これなら暗殺術でも習っときゃ良かったぜ!」

「ウアァァッ!!」

触手の鉤爪が地を抉る。そのまま土を掘り進み、黒の点を目掛けて穿ち上がる。

「爪まで生やしやがって!

何処まで人生楽しんでんだテメェ!」

身体を低くし先端を避け、爪の腹に腕を交差し押し上げる。衝撃により爪は跳ね上がりダラリと宙を舞って暇を持て余す。

「ぺッ..!ンぺェッ!!」

「うっ、ツバ吐きやがった!

汚ねぇんだよバケモンが!」

蟲の影響で酸性を帯び、触れれば溶ける唾液を噴出するようになった。意識だけでなくモラルまで害してくるとは非常に厄介な虫公である。

「ンバアァァ..」

「なんだってんだよ、これじゃあ打撃どころか近付く事も出来やしねぇ。銃は置いて来ちまったし、どうしろってんだよぉっ!!」


「何怒ってんの?」「バカなんだよ」

「お前ら、なんでここに!?」

共鳴する二つの声、前触れも無く現れて、用が済んだらすぐ消える。

「なんでって決まってんじゃん」

「仕事だよ、仕〜事。」

クドウとシドウの殺し屋稼業は御依頼を受け付ければ即座に目標をぶっ倒します。お断りは致しませんのでご安心を、万一キャンセルのご要望がありましたらまた続けて御連絡下さい。

「でどうするよ?」「神経麻痺だな」

「きくかね。」「多分いける」

ハンドガンに弾を装填、標準をパラサイトイーターへセット。

「行くぜ?」「いつでも」

同時に射撃。

片方は右胸へ、もう片方は左脚の腱へ

「グウオォォッ‼︎」

「効いてんな」「持続して三分だな」

「テメェら何したんだよ?」

「見てわかんないの?」「麻痺弾。」

神経を麻痺させる特殊な弾薬を上半身と下半身に分けて二発ずつ、通常ならば一発で三時間は動けなくなる程協力だが怪物寄生体相手ではそうもいかずシドウが言うには三分が限度だという

「取り敢えず蟲ひっぺがそうか」

「引っ付いてても邪魔だしね」

更なる弾に付け替える。これが二人の基本スタイル、敵に合わせて色を変え合わせる。そうする事で迅速で適切な処理を行うことが可能となる。

「投弾位置」「蟲の付け根」

「選ぶ銃弾」「起爆地雷弾」


「セットオン」「ロックオンして?」

『「発射!」』

寄生する虫の根元へと、時間差で起爆する爆撃銃弾を設置。ストロークに更にストロークを掛ける。

「余った時間に毒弾チャージ」

「こっちは錯乱スタン弾」

身動きの取れない間に毒を付与して最後にダメ押しの麻痺延長。これで追加で一分程度、硬直が持続する。

「くらいなよ」「不味いけど」

見事着弾暫しの待機。

「……」「......」

「放っといていいのかよ?」

「そろそろ?」「多分。」

一、二分経過した後に時計を見ながら呟いた。するとその声に反応する様に

「ウガアァァッ!!」

「よし、来たわ」「完全ココ。」

シリンダーを入れ替えて銃口をモンスターの方へ。入っているのは小細工なしの、最愛の共通常弾。

「ロックオ〜ン..」「シュートッ!」地雷弾が起爆したのを合図に流れるように撃ち荒れる。膝を上げるよりも早く、声を上げる間も無く銃弾の雨霰。

「結構硬いなぁ」「キッツイねコレ」

虫の寄生は根深く根元を爆破し弾を注いでもがっちりと身体を吸着させている。

「ていうかやばくね」「再生してら」

損傷した箇所に細胞を集中させ傷を修復させている。放っておけば深々と傷付けた根元までもが完全に戻り、並みの武器程度じゃ太刀打ちは出来なくなるだろう。


「どうしよ」「トンズラこくか?」

「仕事はしっかりこなしやがれっ!」

「は何?」「おいおい嘘っしょ?」

修復途中の触手を引っ張り苦悶の表情を浮かべたグラハが巨躯の肩の上で説教をかます。

「ふぎぎぃっ..!!」

触手一つに纏め上げ、思い切り引っ張る。

「お前何してんの?」「よくやるな」

「いいから撃てぇ..!

根っこが治りかけてんだよ!!」

「やるじゃん。」「アシストナイス」

伸びきった触手の傷口を銃弾で押し広げ、後は腕力で引き千切る。

「痛ってぇっ!」

触手が身体から抜けた拍子に受け身を取っておらず、思いきり床へと叩きつけられ衝撃を伴う。

「ブオォォッ‼︎」

「うわなんか出てる。」「断面キモ」

千切られた切断面から、溶解液が溢れ出し身体を溶かし始める。手に入れた入れ物を意図せず破壊するのは酷く心苦しい事だろう。

「見てらんねぇなぁこんなもん..」

「よく見な出るよ」「発車用〜意。」

最早寄生は不可能と判断し、中の本体が全てを畳み口から這い出ようと必死に顔を出す。そして身体から完全に離れ、次の宿主を探そうと外に出たとき始めて肌に触れたのは人の皮膚でも内蔵でも無く、黒く硬く冷たい、攻撃性そのものだった。

「存分に食べなよ」「味は保証する」

「頼まれりゃ虫まで殺すのか、血も涙もありゃしねぇなったく。」

飛び散る肉片噴き荒れる溶解液、甲高い鳴き声を上げ徐々に壊され死んでいく。死体は土の一粒に混じり目立たない程にまで細かく砕かれ主張をしない「終わり..かな?」「仕事完了〜。」

派手にも呆気なく終了し、武器をしまって伸びをする。朝の準備体操のように軽快で爽やか、お手の物だ。


「んじゃあ帰るわ」「さいならー」

「ちょっと待てや!」

「何?」「追加仕事はしないよ」

「違ぇよ勝手に帰んな、まだ重要な事は聞いてねぇ。」

「重要な事?」「答えられる事?」

殺し屋に情報提供をさせるのは困難かつ無理問答。それでも聞いておかなければならない事もある。

「お前ら誰に雇われてここに来た?」

「そりゃノーコメよ」「コジジョー」

個人情報をコジジョーと略す慣れっぷりから察するに、何度も聞かれた事があるのだろう。

「隠してんじゃねぇよ知ってんぞ!

どうせあのジジイが寄越してきたんだろうが‼︎」

「寄越すって何」「助力じゃねぇし」

あくまでも雇われであって救いに来た訳では無いと、独立した行動を強く主張している。

「なんて言われてここに来た、それだけ言えクソ兄弟共!!」

「なんで根掘り葉掘りそんな..そういうん嫌で二人でやってんのにさぁ」

「クソ兄弟共っておかしくね?

嫌な兄弟が二組いるみたいじゃん」

縛られるのが嫌いで面接も行かずスーツも来たことの無い二人がキャップ帽とTシャツというラフな服装で問いただされる。面倒な世の中である。


「あぁそうだよ、ジィ様に雇われたの手ぶらでステゴロじゃキツそうだから力貸してやれってさ。ホントはダメなんだよこうやってバラすの」

「助ける気なんかそうそう無かったけど、楽しそうだからノッただけ。結局いいトコ持ってかれたけどまぁ退屈しのぎになった感じかねぇ?」

要は一人では力不足なので腕の立つお前達が始末をつけろとそういう事だ。

「あんのジジイがぁ..!

舐めたことしてくれやがるなぁオイ」

「もう帰っていい?」疲れたな」

「さっさと消えろやぁ!!」

「んだよ。」「おっかねぇねぇ〜。」

半ば強制の形で帰宅を強いられる。それを望んでいた故不満は無いが納得のいかぬ点が幾つもある。しかし相手があのグラハ、何を言っても無駄の二文字に他ならない。

「ん、そういやデカブツどこいった?

あれだけの巨体だ、すぐにゃ溶けきるワケはねぇんだが。..まさかまだ生きてるんじゃねぇだろうな。」

形跡を残さず姿を消した、知らぬ間に溶けたのか。はたまた満たない食欲を満たしに出掛けたのか、どちらにせよ手の施しようは無い。

「まぁいい、帰るとすっか!

そろそろ組織の連中が環境整備に来る頃だ、巻き込まれても面倒だしな」

男は癌となる大きな情報を破壊して、その場を後にした。

「なんだってあんなバケモノが生まれやがる?

たかが組織がそこまでやるかよ普通」

念には念をといったところだろう。押し方が間違っているが、色々な方向にこうした鋭く斬新な力を入れているのだろう。

「規制が寄生したってか?

もうちょいマシな冗談垂れやがれ!」

それは己が勝手に吐いたクソの様なジョークに過ぎない。周りは誰も悪くない。そう、誰も悪くはないのだ。

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