第10話 自由な規制区域
情報屋と別れて数百歩、新たな拳を携えてヒーローグレイトはブラスターと共に行く。
「なかなか良さそうだなコレ。
どこかで試し撃ちをしてぇところだが嫌な奴はいねぇかな。」
英雄らしからぬチンピラ紛いの言動を平然とこなすも生憎周囲に人がおらずなんとかヒーローとしての印象は崩れずに留まった。
「偶に鳴るこの音はなんだ?」
接触や角度によって鉄から漏れるノイズのような雑音が、適度に鼓膜を阻害する。
「こう、横に強めにやると..」
『ジジ..こえる...聞こえる?』
「ん?
この声..あのガキか!」
変わらずノイズ混じりだが、声が聞こえる。慌てて録音したような、そんな乱れた音声だった。
『なんとか聞こえるよね?
これはまぁ..ちょっとしたボイスチャットだと思ってよ』
「ボイスチャット..なんだそりゃ?」
伝わるとは限らない。
疎い若者グレイトマン。
『そこから先は連中の縄張りがチラホラしてる。街や村は組織の人達が占めているし、騒ぎ立てれば直ぐに連絡がいく。普通なら困り者だけど、お兄ちゃんにとっては良い事かもね。』
「都合が良いな、攻め入らなくても寄ってくる訳か」
『ワンちゃんの首輪にはお姉さんがくれた地図のデータが入ってる。比較的安全で先へ進める場所に辿り着くと思うけど、それでも絶対危険な目に合うと思う』
「気にすんな、強い味方が右腕に居るからよ」
『最後にお兄ちゃん、言うべきではないけど敢えて言う。絶対に死なないでね、無理はしないで』
「..ああ、お前こそ愉しく生きろ。
んなこと言っても録音か、意味は無ぇとは思うがな。」
深くも浅い別れを告げて、アシスト通りに道を行く。
「ブラスター走れ!」「ワンワン!」
シェルタータウン・コンプラ予備施設
「おいここは天国か?」
「天国じゃねぇ俺らのシマだ!」
無人の酒屋でジョッキを傾ける白スーツの男達、街を己の部屋のように扱い寛ぎ狂う。
「それにしても運が良いよな本当によ
部下の人数が多すぎて建物に入らねぇからって追い出されてこんな楽園が手に入るなんてよ!」
「元の住人はどこにいるんだ?」
「なんだ忘れたのかよ、一人残らず畑の肥料にしただろうが。生意気な連中は消し潰して無かった事にするのが一番だよな!」
「まったくそうだ!
世の中気に入らねぇものは規制するかもみ消すかだな、便利なもんだ‼︎」
陽の光の元浴びるように酒と戯れ豪遊するバイキングの宴上に、一人の男がやって来る。
「ふうっ...」
「あぁん、誰だテメェ?」
「まさか客じゃねぇよなぁ!」
「飲ます酒なんざ一滴もねぇぜ!?」
「……」
何も言わず立ち竦み、太陽の逆光で顔もロクに見えないでいる。
「何の用だ?
...なんとか言えってんだ..ぶっ!」
「なんだ?」
酒飲み一人が床に崩れる。直前に黒いシルエットが少し触れたようにも見えたが錯覚に過ぎない感覚。
「へぇ、なかなかの威力だ..」
「テメェ何しやがった!!」
「見えなかったか?
じゃあ今度は見えるようにしてやる」
数分後、酒屋から笑い声は消えた。
「こんないい酒呑んでやがるのか、下っ端が生意気によ。」
鉄の拳の性能を試したところで他のギミックの仕様も気になるところ。
「あそこの酒、この腕でとってみるかワイヤーが延びるって言ってたよな」
腕を切り替え爪の付いたワイヤーをカウンターの棚に並ぶ酒瓶へと発射する鉄の爪は一度瓶を掴むも力で砕いてしまう。
「加減がムズイな、よしもう一回。」
再度ワイヤーを延ばす。
慎重に気をつけ掴んでみるが、瓶は音を立て弾けてしまう。
「やっぱしダメか..。」
「何がダメなんだ?」
一人で居る筈の酒屋で声がし振り向くと、複数の男が囲むようにして立っていた。
「これをやったのはお前か?」
顎で指す先には拳でいなした同じ格好の男達が重なって倒れている。
「..都合良いな、この街は。
次から次へと練習台が現れやがる。」
練習第二幕、開演。
「ワン、ワン!」
土を掘る犬、一心不乱に脚を動かし地面を抉る。
「ハッハッハッハッ..!」
『ジジッ..そうだ、言い忘れてた。
土に金が埋まっていると磁器が反応するようになってるんだ。財産を持て余した人々がこぞって各地に埋蔵したんだよね。..まぁお金の必要無いこの時代だと余り意味ないんだろうけど。』
伝えた頃には遅すぎる。
聞かれてもいない無意味な情報。知らない人の結婚式に出ているようだ。
「ほらオレからの奢りだ」「ぶっ!」
吹き跳ぶボトル、溢れる酒汁。顔一杯で瓶ごと受け止めご機嫌な客人。
「使い道は多様だな、便利なもんだ」
慣れてこそいないものの応用性を理解し、使用方法の模索を幾つも考えられる悦びを見出すグレイトマン。
「例えばそうだな..こいつを巻いて、引き抜けばスピンするよな!」
ワイヤーを一人に巻きつけ引く事で、コマの如く廻転を加えたトリッキーな用途を思い付く。
「んでもってもう一人に巻いてスピンさせればさながらベーゴマみてぇに」
傍にいた男に同様の仕様を施し廻転させ、前者にぶつける。摩擦による撃ち合いを望んだが弾まず、お互いに身体を打ち付け合って床に背中をうつ。
「うまくいかねぇなぁ..がっかりだ」
見れると思ったものが惜しいところで焦らされる。番組が野球に呑まれて延長していく様に似ている。
「そうだ!
フィールドを削って窪ませりゃあ丸く回るか!」
形状変化、腕を破壊系フォルムに変え工事に取り掛かる。近隣の方には少しばかりご迷惑をお掛け致します。
「よし、やんぞ」
「ふざけんなぁ!」「んだよ。」
怒り特攻してくる連中を見て咄嗟に拳を元に戻し打撃で一蹴、回るどころかのびてしまった。
「あっほら!
声上げるからやっちまったじゃん!」
結局練習は二段階に留まり、不充分に至った。
「ったく、酒持ってこい!
でもなきゃやってられるかよ。」
店の者は当然いない為己で酒を手にとって注ぐ。腕の装置に愚痴を聞く機能は無い、不便なものだ。
「ていうかブラスターどこ行った?」
「ワン。」
「うわっ、こいつリーチだ!」
「マジかよ..なんでこんな強ぇんだ」
牌を片手に国士無双を狙っていた。こちらはこちらで戦っている。下手をすれば向こうより激しく接戦だ。
「わかってるな?
負ければ飯を奢るんだ、作るんだぞ」
「わかってるけどさ、俺らはいいとして..アンタは何食べるんだ?」
「ワン」
ブラスターは胸を張って腹部を手で示す。
「骨..?」「それもアバラ!?」
「ワオォォ〜ン..。」
「こいつ、やる気だ」「食われる!」
男達は、必死に牌を動かした。
「ここは男の街なのか。
いや、単純に部下に女がいないんだな人材難のバカプライアンスめ」
酒が多分に含まれている故口が少々悪くなるが言っていることは常に思っている事、表現が雑なだけである。
「だいたいなんであんな組織の部下になんかなりやがんだろうな、他にやる事無かったのか?」
属したからには何がしかの思想があったのだろうが多ければ多いほどグレイトにとっては手間が増える。いい事など何も無い。
「まぁでも女がいないだけよしとするか。相手が野郎ばかりなら平気で殴れる、女は顔にうるさいからな。大した顔じゃ無い奴ほど主張が強くて騒ぎやすい。」
己が可愛いという事をひけらかしたくて仕方ないのだろう。可愛くなど無いし魅力など皆無なのに。
「それでブラスターはどこにいる?」
「ワン。」
「またこいつリーチかよ!」
「どこで覚えたんだこの人、犬か。」
狙いは決まって国士無双、多様に攻める事をせず、拘って打ち続ける。
「ヤツを上がらせるな。」
「わかってますよ!」
周囲には、焦りだけが募り続ける。
「..ウィスキーでも飲んでみるか。」
新たな開拓を試みて、有名所に手を掛ける。
「やっぱグラスは冷やすよな、氷はどこだ?」
おきまりのテンプレを作成するべく氷を探す。カウンター内を隈なく調べると、目立たぬ端に、金庫の如く分厚く四角い冷凍庫が。開けると中にはぎっしりと氷が敷き詰められ、一つ一つが規格外に大きくカットされていた。
「アイスピックも無ぇのにどうやってグラスの中に..待てよ、これがあるじゃねぇか。」
右腕を変化させ鋭い形状に、意図せぬの試し撃ちをここで行う事になるとは
「...よし、性能テスト及び温度変化による不具合確認だ。真面目だなオイ」
業者レベルのメンテナンスを思い付きでやるという、基礎を飛ばして発展系の問題を解いているような違和感。
「ワン。」
「嘘だろ..⁉︎」「遂にやったな。」
狙って堅実的に間を縫って打ち込んできていたブラスターが漸く国士無双を決めた。通常ならば悔やむギャラリーも賞賛し、潔く負けを認める。
「..言ってくれ、泣き顔は見られたく無い。振り向かないで、外に行け」
「ワン、ワン。」
横暴な部下の中にも良心的な戦い方をする者もいるようだ。極稀の一角のみだけだが。
「うん、こりゃあアレだな..」
こちらもこちらで色々と進展が...。
「氷じゃよくわかんねぇ」
無かった。
「まぁいいか、そこそこ性能は知れたしな。街をもうちょい調べてみっか」
グラスに注いだ酒をぐいと飲み干し店を後にする。
「ワン」「なんだいたのか、悪いな」
外に出ると入り口の前にブラスターが座っていた。主人の帰りを待つさながら忠犬の如き振る舞いを、かつていたあの小さな村でも見せる事はあっただろうか。これもある種の成長だろうか
「取り敢えず話を聞きてぇが、街人がいないんだよな。そりゃそうか、奴等の街だもんな」
敵対する輩に話を聞こうとしたところで拳が飛んでくるだけだ。何せ奴等は馬鹿な輩、口の使い方が解らない。
「根城がわかりゃ一発なんだが..」
「ワンワン!」「なんだブラスター」
足の袖を引っ張っりこっちへ来いと吠えている。彼は既に手掛かりを持っているのだ、今この瞬間犬が人を出し抜いた。
「たのもー!」「うわっ何だ!?」
誘導され、着いた家では三人の白正装男達が麻雀に耽っていた。
「賭けマンの最中ジャマして悪いが」
「賭けてねぇよ!
てか犬、お前裏切りやがったな!?」
「ワン?」
胸を張って腹を叩く。
「やめとけ、アイツまだアバラ骨諦めてねぇ。」
「お前たち、ちょっと聞きてぇ事があるんだけどよ」
「何でも聞けぇ‼︎」「何の用だぁ⁉︎」
「親切じゃねぇか..。
コンプライアンスの事についてだ、お前らいつからこの街を占拠してる?」
「いつからっ..て、え〜っと...」
「そんな事聞いてどうすんだ?」
「ぶっ殺す」「えぇ〜..。」
コンプライアンスについてコンプライアンスに聞く、効率は良いが直撃過ぎる。まるでどこかの無秩序勢力の様だ
「悪いけど俺たちは組織にあんまり興味は無くて、偶々属してたのがここだったってだけで..」
金属の拳を握り直す。
「待てってホントだよ!
寧ろ遣り方に嫌気がさしてんだ、何だって人殺してまで土地を奪わないとならねぇ。」
「お前等が手を貸して手に入れたんだろ、この街も」
「俺たちは何もしてねぇ、いつも酒屋にいるやつが威張って勝手にやったんだ。気付いた頃には皆死んでた。」
「ワン?」
「そうだよ、第一そんな感覚があったらお前と麻雀打つ前に殺してるだろ」
「みんながみんな、奴等に賛同してる訳じゃないんだよ。」
流れで参加して、おかしな方向に進む事はよくある。現状ばどんどん肥大化しつまらなくなっていく、しかし非と言葉は通らず偉い連中が勝手に決めるそれが成功しようと失敗しようと上手くいったと判断し、意見を聞かずに続行させる。
「なんかないのか、情報が探れる場所とか資料とかよ」
「資料...定期的に行われる会議、っても結局酒飲んで終わってたけどそれをやってた会合部屋の棚に施設に入りきらない情報が入ったファイルが大量にあった筈だ。」
「会合部屋、それはどこにある?」
「酒屋の向こうのデカめの家だ。
誰かが持っていってなければそこにあると思うぜ。」
「よし、案内してくれ」「え?」
金属の拳を握り直す。
「わかったよわかった!
案内するから威嚇すんのやめろ!」
ヒーローも人間だ。
人をアゴで使うことだってある、ましてや敵対組織なら気兼ねなくコキを使えるというものだ。
「ほら、着いたぜ」
「有難うな、手間かけさせた。」
「礼はきちんと言うんだな、起こり難い事すんなよ。」
「ワン!」
「じゃあな犬、国士無双は二度とごめんだ。」
男は再び麻雀を打ちに帰っていった。
「ここか、入るぞ」「ワン。」
扉を開けると直ぐに酒の匂いが鼻を抜け建物が酔っているようだった。
「どこでも見境無いなオイ、まぁいいか。本棚どこだ?」
アルコールの瘴気を掻い潜り部屋の隅に置かれた本棚の前へ。ぎっしりと資料が詰められ、手をつけられている様子は無かった。
「これだけの量をしらみ潰しにってのは無理があるな。効率の良い遣り方は無ぇものか」
過去に何かヒントは無いかと思い返し辿ってみると、先程の男の言葉が感覚に挟まる。
「そういや資料の事を聞いた時、ファイルって言い換えてたな」
「ワン?」
「わからねぇか?
奴等は組織の一員で、この街を奪う過程も見てた筈だ。ファイルって言い方だとここに情報の入った資料を保存するとき、持ってきたもんはみんなファイルに閉じてるものって事になる。」
元は住人のいた普通の街で、各所の街を奪うとすれば細やかな所にまで気を配っている暇は無い。かつての名残りを残しつつ、必要部分を改変させれば事足りる。
「詰められてるのは只の本で、中にちらほらファイルがある筈だ。」
幾つが本を避け、中を覗くと確かにあったファイルブック。
「みっけた、素性の悪りぃ事しやがって!」
すかさず開いて確認すると、日記のように出来事が記された紙の資料が綴じられていた。
『マスメディアの連中が攻めて来た。情報の不足に耐えられなかったようだ
お陰で施設は壊され跡形も無い。ボスは嘆きつつ拠点を変えた、山の向こうの更なる果てへ。』
「マスコミとモメたのか?
拠点を変えたって事は嘘だろ、この地図は意味無しって事じゃねぇか。」
ウィパで貰った地図に記された拠点はもう無い。ヒントとしては最後の一文〝山の向こうの更なる果て〟へ。
「今更戻る事も出来ねぇし、結局アテ無しかよ」
「クウゥ〜ン..」
肩を落としたその直後、とある考えが浮かんだ。
「..そうか、戻る量を減らせばいいんだ。」
要は戻れるところまで戻って先へ進めばいい、簡単な事だ。
「いくぞブラスター」「ワン?」
「ぐずぐすするな、キーワードは国士無双だ!」
「..ワン、ワンワン!」
情報提供にリーチをかける。
「おら、ツモだ。」
「クッソやられた!」「ミスったな」
「俺の勝ちは決まりだな。」
王手を掛けるノった男に頭を抱える悪循環プレイヤー達。
「そういえばさっきの連中平気だったのか?
まぁまぁヤバそうに見えたけど。」
「ホントだよ、よく生きて帰ったな」
「まぁ大丈夫だろ。
言っても俺もヒヤヒヤしてさ、一応部屋の入り口閉めてあるよ。これでなんかあっても簡単には入ってこれな..」
『ガガガガ..』
突如振動する工具のような音が響く。
感覚として感じる頃には、部屋の一部が破損していた。閉めきった筈の入り口の扉が。
「いっ...?」
「よう、ちょっといいか。
少し、聞きたい事があってよ」
「まっ..またですか...?」
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