第9話 漏れない情報
「つまんねぇな。」「クウゥ〜ン..」
歩けど歩けど更地の砂道乾いた喉のレントゲンのような色気の無い床が脚を眺める。
「迷いようが無いってのも困りものだぜ。なぁブラスター?」
「ワン..ワオン。」
基本的に一歩道が続いている為どこかしらには辿り着くのだが、そこまでの距離が長く、遠い。場所によっては一日歩いて着かない事もある。
「ワン、ワンワン!」
「あ〜...なんだー?
なんか見えて来たのかー?」
ブラスターが吠える先に目をやると、道を完全に横幅で塞ぐ白い建物が見えた。まだ新しく、年季は余り感じられない外観。
「随分な通せんぼだな、関わらねぇと先に進めなそうだ。」
近付いて、よく見れば所々に窓がありきちんとした建物の用途を果たしているようだった。
「丁寧に入り口まで付いてるぞ、誰かの家なのか?」
疑いつつも中へ入ると皆目一番香ばしく、良い香りがした。何かを煮詰めている、そんな匂いだ。つられて歩いていくと、そこには大きな寸胴を木の棒で回している浅黒い女がいた。周囲には丸い器をもった人々が列を作り並んでいる。
「はい次」
女が器に寸胴で煮詰めた汁物を注ぐ。手渡した男は軽く会釈をし離れる。その後また後ろに並んでいた者に汁物を分け与え、またその次の者へ。
「炊き出しか、飯を配ってるんだな」
「そこ!」「..オレか?」
「他に誰がいるんだ、飯が食べたきゃ器持って並びな。」
「..これ。」
小さな男の子が器を掲げる。
「有難な、坊主」
並ぶのは時間の無駄だと思ったが腹が減っていたのも事実、グレイトはブラスターと共に素直に並んだ。
「はい、次」
待ちに待ち、己の番が来る。
「なんだよ犬連れ?
変な奴がいたもんだ。」
文句を言いつつ丁寧に汁を注ぐ。
「ここは何処だ?
誰かの家か、何の為にある?」
「後にしてくれ、あたしは今忙しいんだ。わかんない訳でもないだろ?」
話すらを聞いてくれず役目を担う。会話は後に改めてが正しい方法らしい。
「はい次」
つまらぬ役所に居る感覚と似ている。世界が支配される前は良く来ていた、ヒーローという仕事柄手続きが難しい故常連であった。
「ねぇ..大丈夫?」「ん、おぉ...」
先ほど器をくれた少年が声を掛けて来た。
「お兄ちゃん、ここの人じゃないよねどこから来たの?」
「..まぁ遠くの方だ、話を聞こうとしたんだがつっけんどんに突き返されちまった。」
「そうだね。お姉さんは自分が好きだから、差別はしないけど行動を合わせられないんだ。少し待ってあげてね」
「そうか」
「それお兄ちゃんの犬?」
「..まぁ、そうだな。」
「ちょっと触ってもいい?」
控えめだと思えば積極的、子供は分からないものだ。実を言えばグレイトマンは子供が余り得意ではない。
「可愛いなぁ」「ワンワン!」
「...うめぇな、これ。」
食事を終えたらいくつかおかれたトレーの上に空の器を乗せ、係の者が台所へ運ぶ。そしてまた他の係がそれを洗い磨きあげる。
「持ち場任せていいか?
あたしは他にやる事がある」「はい」
自由人と謳われた浅黒女が場所を移して他の作業をするという。それ程までに忙しいのか。
「さて、始めるとするか。」
「何をだ?」「あんた、さっきの!」
「ここなら質問できるよな」
「どうやって来たんだよここに。」
建物は平家だが、女が今いるこの部屋は台所の隣の部屋の床下に隠れた部屋の為初見では決して入れない部屋なのだがこの男は平然とやって来た。
「尾けて来たのか?」「まぁな」
「そんな事ばっかりやってると嫌われるよ、特に女は煩いからね。」
「そこまで人に好かれてぇか?」
「随分割り切ってんな、でなに?
何か聞きたいことあるんだよね」
早く済ませてくれと言わんばかりの場の温め方、インストールしたアプリをすぐショートカットに入れるタイプだ
「ここは何だ、宿か?飯屋か?」
「どっちでもないよ。
ここは情報機関、といっても殆どあちらさんにもってかれてるから大した情報扱ってないけど。
Winpadeo(ウィンパディオ)って言うんだよ」
情報機関ウィンパディオ、通称ウィパ
〝知らない事ならここで教えて貰え〟
と子供は親に言われて育つと言われる程にかつては多くの情報を扱う期間であった。
「コンプライアンスに取られたか」
「..そ、数ヶ月前にいきなり入ってきて情報をブン盗っていった。『これは俺たちのもんだ』ってね。」
今や立場は逆転し、要らない情報をこちらが分けて貰い使用するという分かりやすい屈服状態に陥っている。
「迷惑なものさ、情報を扱う連中が情報にとられられて扱われてるんだから世話ないよね。どうすりゃいい」
「..俺なら、力になれるかも知れねぇぜ。」
「アンタが?」
「ああ、俺はコンプライアンスを潰す為に旅をしている。奴等のいる場所から情報をとり戻せれば、前みたいに上手くいくかも知れねぇぞ。」
「コンプライアンスを潰すなんて、今時こんなバカがまだいたなんてね。それに単身乗り込むなんて本気かい」
「ああ、だが場所がわからねぇ。」
「場所も分からないのに旅を続けていたのか無謀な奴だ、とんだ勇者だね」
皮肉混じりの言葉を飛ばし、部屋の棚を漁り始めた。引き出しという引き出しを開け、紙を取り出しては目を通して戻し、目を通して戻すの繰り返し。それらをやり続け、何度目かに手に取った書類のときに総ての作業を止めた
「あった!」
「急になんだよ」「はいこれ。」
手渡されたのは質素な地図。電車の路線図のように細い線のみで描かれ、絵はなく文字のみで場所を示している。
「見にくいこれは一体なんだ」
「地図だよ、世界のルートが一本道なのは知ってるだろ?
これはどの道を辿れば何処に進むか書いてある。」
所々に点在する街や村にある出口から延びる道を辿ると、ずっと一本の道が続き次なる街や村へと行き着く。そうして様々なルートに沿って進んでいくと一旦はみな同じ所に辿り着く、それがこの場所ウィンパディオ。
「進んできた軌跡は一度ここでリセットされて二段階目に入る。今まではどの道を行っても着く場所があったけどここからは違う。道を誤れば末路は狂う、野望も夢もそこで終わりだ。」
雑に書かれたこの地図が、どれほど重要なものなのかたった今理解した。
「これを俺にくれるのか?」
「生憎だけど、そんくらいしか使える情報が無くってさ。アンタが上手くやってくれれば情報も増えるんだろ?
だったら使いなよ、存分にさ。」
救いが無いと知りながら、みな何処かで救済を求めてる。見ず知らずのブッ飛び野郎でも、救ってくれるのならば頭を下げる。プライドで命は救われない、バカに頭を下げても生きたいと宣う下品な奴が生き残る。そこまでしてまで生きたいと思えるのならばの話ではあるが...。
「ここはここで住みやすそうだがな」
「冗談やめなよ、こんなとこ人が住むような場所じゃない、広いだけのつまらないところさ。」
「小せぇガキは笑っていたぜ?」
「あの子は特別利口だからね、辛さを笑顔で補える。だけど殆どの奴はそうはいかない。単純な話、人に支配されて笑えるか、って話だよ」
窮屈な瞬間を愉しめる程、高尚では無いようだ。
「ぶっちゃけた話するとね、嫌な奴にも情報与えてたんだよアタシら。」
「マスメディアの連中か?」
「おや、知ってんだ。
当然良い噂なんて無い連中だけどね、必ず礼はくれた。飯とか酒とか、消耗するものばっかりだけどね」
「.....。」
随分と赤裸々にモノを言う。情報を扱う者が、伝える事に線引きをしない訳も無い。よく見ると手元に小さな筒と器がある。男に隠れて一人でしっぽりかましていたようだ。
「酒か..」
「だけど奴等もとんとウチに来なくなった。くらい香りのするヤツは切り替えが早いからね。あっちで勝手に潰しあってくれればいいんだけどそうもいかないみたいだね。」
「わかんのか?
組織の内部の事情がよ」
「わからない、だけどなんとなく知ってるよ。奴等は争う事はあっても潰れない。物理的な力が極端に強いからね野良の分マスコミの方が自由かもしれないけど勢力はコンプラの方が上、結局はどっちもどっちって訳だね。」
「やっぱり強ぇのか...」
「アンタもヒーローなんだろ?
弱いって訳じゃ無い筈だよ。」
拳の殆どは、既に奪われてしまっている。出で立ちだけでは英雄には誰もなれない。
「俺も同じだ、周りとな。」
「..そうか、なら丁度いいかもね」
「丁度いい?」
「そうだよ、腕が鈍って仕方ないって言っていたからさ。」
「まぁ腕は鈍ってるが、それがなんだよ?」
「アンタじゃないよ、ウチの連中さ。
一人腕の良い技術者がいてね、ソイツがどうにかしてくれる筈だ」
「なんでも揃ってやがんだな。」
「まぁね、さぁ行こうか。
ついてこい!」
ウィパにいる人々の半分は元々そこに属していた者、もう半分は行き場を失い彷徨い続け辿り着いた者。その中には様々な人材がおり、料理が上手い者服飾や裁縫に長けた者、勿論普通の民間人だった者もいる。コンプライアンスに支配されてからは情報に追われる事も無くなった為こいった人々の在り場所としての役割を担う余裕も生まれた。お陰で至らない場所も補えるようにはなったが、大概の事は筆頭株であるナツミがこなしてしまう。
「利き手は右腕で合ってるよね?」
右の手首に金属の金具を当てがい、調節している。
「技術者ってお前だったかガキ助、小せぇのによくやるな」
「...よし、これならハマりそうだね。
慣れるまで金具が少し痛いけど我慢してね。」
「痛って..なんだコレ?」
拳を覆う金属が右腕にしっかりと装着される。無駄な隙間は一切なく、心地良いほどのジャストフィットを誇る。
「腕力が不足してるって言っていたから、それを補う装置だよ。機能としてはボタンが三つある。一つは形状変化、鋭くなるから硬いものとかを砕くのに使えるね。二つ目がワイヤーアーム、狙いを定めて爪が飛び出すからそれを固定して建物に飛び移ったり、単純なリーチのある攻撃もできるね。」
「三つ目は何が出来るんだ?」
「うん、三つ目はそうだな..奥の手かな。どうにもならないって時に押すべきだと思う。効果は、その時にわかるよ。」
あからさまによそよそしく、何か罰の悪いような様子だった。まるで造った事を後悔しているような、そんな振る舞いに見えた。
「あ、そうだ!
お兄ちゃんと一緒にいた可愛いワンちゃんに首輪を付けといたよ。腕の装置と連動してるから離れても音やランプで知らせてくれる。遠くに行きたいときは首輪を辿っていけばどこにでも着くと思う。」
「そんな事まで出来んのか、凄いんだなお前」
「だから言ったろ?
腕の良い技術者がいるって。」
人を見かけで判断してはいけないが、判断のつかない程に表現を見せない意外性を持つ人間が存在する。能ある鷹は爪を隠すというのはそういう事だ。本来それが普通であり、言葉として表すとすれば正しくは〝能無し鼠は歯で齧る〟だ。
「倒してきてよ、あんな人達。
必要ないんだって教えてあげて」
「初めからそのつもりだよ。
行くぞ、ブラスター」
「ワンワン!」
最早お決まりの去り際。長いは無用、用が済んだら次の場所へ。しかし礼は忘れない、特にここでの出来事は後の戦を随分と助ける要因となった事だろう。
「有難うな坊主。
機械の拳、使わせて貰うぜ」
「旅のお方、これを持っていって。」
手渡されたのは藁に入った握り飯、旅路の小腹を満たす活力。犬用の小さなものまで拵えてある。
「感謝する。
これで飯屋を探さなくて済む」
人の思いや仲間意識に耐性が無い為愛想は薄いがこれでもできる限りの礼を言っている。人に慣れる事は恐らく無いだろう。
「それじゃあオレは行くぜ。」
道に迷う事は無い。
振り向く程の知り合いもいない。
次に会うことがあるとすればそのときは、自由な表現が蔓延したとめどない世界でだ。
「行っちゃったね」
「良かったのかい?
余った最後の部品だったんだろ。」
「いいんだよ、置いておいてもガラクタだしね。ああすれば一時期は力を持った鉄屑になれるでしょ?」
「..まぁ、それもそうだけど意外だね静かにしてりゃ平和なものなのに態々喧嘩売るなんてさ、コンプライアンスなんてどデカイ勢力に。」
「ヒーローの喧嘩は目立って見えるんだよ、僕も小さい頃は憧れたよ?」
「まだ小さいだろ」「そうだけどね」
小さなものは相手にしない、というよりは目の前のものが肥大化してやってきて拳を振るうのだ。そこにいるのが決まって同じ人物で、同じ遣り方で止め続けるから同じ呼び方で名を叫ばれる。それが偶々ヒーローと広まったたけの事だ。
「がんばれ、ヒーロー。」
マントがあれば、どこでもむかう。
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