第8話 無くしたマント

「ようやく寝れたぜ」

大きな街を後にして、暫く進んだ小さな村で、やっとの事で宿と食事にありつけた。

「ありがとな!」

「こちらこそ有難う御座います。

これで本物のパフォーマンスができめす」

世話になった村には奇術師を名乗る一人の男がおり、その者が村を占拠していた。しかし奇術がヤラセだと解り、それをグレイトマンがバラし暴いた事で解放された。

「行こうぜブラスター」「ワン!」

犬の餌まで分けて貰い、満足万歳だ。


ここから一人と一匹は再び歩き出し、結構な距離を進む事になるのだが、次なる場所はとある街。そこには幾人もの英雄が住むという、街といってもこじんまりとした所だが密度は充分、特にグレイトマンにとっては濃い場所となり得るだろう。良くも悪くも己の存在を確認する良い機会となる。

「ダメだ腹ってのはすぐ減るな、全く持たんぞオイ」

「ワンワン!」「また飯を探すか」

街には人影が一つとして無く、しかし視線だけが鋭く感覚として存在する。

「いくか?」「..あぁ、迎え討とう」

「誰もいないのか。

コックだけでもいてくくれりゃ..」


「覚悟っ...!!

名も知らない客人よ!」「うおっ!」

陰から現れ突進の末馬乗り体制、マウント取りでタコ殴り。力一杯殴打されている筈が痛みはそれ程酷くなく、不意を打つには乏しく足りない腕力を誇っていた。

「やめろっ、急に何しやがる!?」

「やはり駄目か、くそぉっ‼︎」

悔しがる顔を見て驚嘆した、見覚えの確証のある人物であったからだ。

「お前..ナイトレイか?」

「...お前は、グレイト!?」

かつての戦友、多くの戦闘を共にした正義の味方同士だった。

「なんでこんなところに!?」

「お前こそ、何してんだ。

..しかもそんなもん被ってよ」

以前は着用していなかった巻グソの被り物、これ程おちゃらけた男では無かった筈だが時間というのは人を変えるものだ。

「..生きていて何よりだ。

私達の現状はこのザマだ、情け無い」

「何があった?」

グレイトの問い掛けに対し、ナイトレイはゆっくりと口を開け、応えた。

「奴等に物理的な戦闘力を奪われ別れたあの日、私達は更に追い込まれ侵食された。」

グレイトの住んでいた村は住人のほぼがヒーローで構成され、住処というよりは基地に近かった。他所の救援信号や助けを求める声を聞きつけるとそこから出動する。そういったシステムの為、ヒーローの跡を追跡すれば村の位置が容易に特定できてしまう。それを行なったのがよりによってあのコンプライアンスだとは、運が無いにも程がある。


「奴等は常に監視を続け、各々のバトルスタイルにまで規制を掛けた。その結果がこれだ」

「くそったれが...!」

世界を救っていた英雄達は今、定期的に訪れる子供に笑われる娯楽の一つと化していた。

「ナイトレイか、懐かしいな。

..今の私の名はウンコマン、安易な仕様で子供を笑わせる、そんな恥ずべき存在に成り果てた」

「変わるもんだな」「不本意だがな」

当時は甲冑を身に纏い、遠距離から細かな隙を射抜く弓の名手だった。それが今や見る影も無く、大人の笑顔は長らく目にしていない。

「他の連中もそんな具合か。

そうだな..ヘル・キラー、ヘル・キラーは今どうしてる?」

「..ヘル・キラーは今、柔らかな服に変え、マシュマロちゃんと呼ばれている。」

「あのヘル・キラーが!?」

スタッズのジャケットを身に纏い、モーニングスターたったひとつで一組織を壊滅させた脅威のダークヒーローが甘いスイーツ戦士、砂糖の国からやってきた魔法使いマシュマロちゃんになっているなど、何処の誰が想像できるだろうか?


「緑魔女エミリアは!?」

「街の受付だ」「..普通じゃねぇか」

魔術書をめくっていた指は今、多くの書類を捌いている。それ以外は何も変わりは無い。

「お前は変わりなくて何よりだ、拳は弱々しく萎んでいるだろうが。」

「..逃げた先が違うからな、お陰で寝床は見つからねぇが」

「それ程豊かではないが歓迎しよう。

飯もある、ゆっくりしていくといい」

「おや、見ない顔だな」

「新しい相棒だ。」「宜しくな」

「ワンワン!」「私の部屋へ来い。」

食事は質素なものであったが腹は満たされた。求めているのは量で無く、肌を温める温度だったようだ。スープがしっかり身に沁みた。

「そうかコンプライアンスを、相変わらず身の程を知らないなお前は。」

「救うものが極端に増えただけだ。一つ一つを救うより、元を絶った方が効率良いだろ?」

「..力を失った分知識を付けたな?」

「得るもんは得ろだ、培って困るものでもねぇ。」

「前向きだな」「いいや、諦めだよ」

グレイトマンを含めた幾人かのヒーローは別のルートの道を辿った。生死の判別は難しいが少なくとも、コンプライアンスの影響は受けてはいない。


「幸いお前には監視が付いていない、少なからずでも裏口から逃がしておいて良かった。まぁそれでも皆肝心の力は奪われているがな。」

「..あぁ、これはダメ元の提案なんだが、力を貸しちゃくれねぇか?

一緒に村を出れば、監視から逃れられるかもしれねぇ。」

「それは無理だ」「なんでだよ?」

ナイトレイか足元の木の枝を村の金属の柱に投げる。すると村中に、サイレンが鳴り響き、イカツイ機械が闊歩し始める。

「なんだアレ?」「警備システムだ」

二つの突出した目のレンズを拡張し、原因を探る。視線は倒れる木の枝を認識し、警告音を発する。

「なんだってんだっ!」「見ていろ」

「排除、排除ッ..!」

動く機械は枝を狙いレーザーを発射、枝は跡形も無く焦げ落ち溶けた。

「なんだってんだよ」

「私達がおかしな真似をすればああなる、物理的な脅しだ、奴等なりのな」

ヒーローはあくまで強力な戦力、根絶やしにしておかなければ暴動が起こる一応は恐れての対処法なのだが、確実に殺めるつもりの領域に達している。

「わかったら先に行け。

残念だが、私がしてやれる事は..」

「おい機械、返事しろコラ。」

先程とは比べ物にならない程の太さを誇る木の丸太で、システムの頭部を叩きつけ、文句を言う。

おまっ、何をしている!?」

「腕力で勝てねぇなら、他の力に頼りゃいいだろ、違うのか?」

「そういう事ではない!

何をしていると言っているんだ‼︎」

「排除!排除ッ!」


「うるせぇんだよマシン太郎!」

振りかぶって機械の頭を飛ばす。念のため露わになった内部の千切れた回線を引っ張りあげ、より故障感を強める

「平和を守る連中を隔離すんな。

お前に何が救えるってんだよなぁ?」

「排除排除排除排除...!」

「あぁなんだ?」「これはまずいぞ」

トラブルを感知し、残りの全ての器械達が一斉に集い原因を排除しに参る。グレイトは未だ丸太を抱え好戦的な態度を崩さない。

「やめておけグレイト!

危険すぎる、死にたいのか!?」

「死にたくねぇからやってんだよ、見てわかんねぇか。ホントに劣ったな」

「排除排除排除排除...!」

「消えるのはてめぇらだガラクタ!」

丸太の英雄はマントをひるがえし賊軍と戦った。どれだけ戦ったのか、感覚のみで身体を動かしていた兵士に聞いても分かりはしない事だが命があれば勝ったという事、気に留める場所はそこじゃない。肝心なのは生きている事それさえあれば勝利の証と決められる

「くっ..。」

グレイトは気が付けばベットの上にいた。固く決して心地の良いとは言えない寝床だが、休息を取るには充分だ。

「目が覚めたか、長かったな」

「クゥ〜ン..。」「ブラスター。」

「そこから全く離れなかった、何を言ってもな。安心しろ、餌は与えておいた。」

「悪りぃな、手間かけさせた」

「..気にするな。」

頭を撫で、犬と軽く戯れながら礼を言う。ふと彼の方をみると、茶色いコスチュームを広げ、頭には例のとぐろを巻いた被り物をしている。


「ナイトレイお前!」「........」

一度は脱いだ筈の不本意を再び着る準備をしている。これは、時代の敗北を意味する行為、白旗を上げているも同然。

「そろそろ子供達が街に来る、その為の準備をしないとならない。」

「機械は破壊したぞ!?」

「だからなんだと云うのだ?」

「お前はヒーローじゃねぇのかよ。」

「..昔はな、だが今は違う。

力を奪われ守る者を失い気付いたのだ

英雄なんて大きな者に私はなれない。

お前とは住む世界が違うのだと」

「だからといって代わりがソレか?」

「そうだ。

信じ難いかもしれないが現実を受け止めろ、我々はとうにマントを捨てたのだグレイトよ。」

諦める時期が長すぎた。

自由な選択の尊厳が失われ、与えられた役割をこなす事に快楽を得るようにシフトしてしまっている。

「..わかったよ、好きにやってくれ。

オレは先に進む。だがその前に、オレもそれに参加する。」

「本気か?」

「当たり前ぇだ、ヒーローってのは本来ガキの為にあるもんだぜ。」

突然の決断、考えあっての行動か単なる思い付きか。どちらにせよヒーロー故の行動に変わりはない。

「部屋を借りるぜ?

少しじゅんびをするからよ。」

「グレイトやめておけ、子供を悦ばせるといっても勝手が違う。言うほど甘くはないものだ」


「ナイトレイよ、お前は昔から真面目な野郎だってのはわかってた」

「..それがなんだ?」

「一つだけ言っとくぜ。

テンプレに負けんな、絶対にな」

一言を残し、部屋に篭った。練習をしたりする堅実なタイプでは無い筈なのだがどうやら独自の何やらを主張したいらしい。

「私も準備を施すとしよう..。」

決められた時間に子供達はやってくる何処から連れられてくるかは分からないが、白い正装の男が先導し、街へやってきて元英雄達のショーを拝む。基本的に騒ぐ子供の脇で白い大人が冷笑し、小馬鹿にしている。最初から、賞賛するつもりのある者は一人としていないのだ。今日もしれっといつもの刻にそれは訪れた。

「みんな〜今日もお兄さんが楽しい楽しいショーを見せてくれるよー。すっごく面白いから、ぜひ楽しんでねー!

..ククッ!」

鼻ではっきりと笑われたが鼓膜を閉じて、続行する。今の役割を全力で担う

「皆さーんこんにーちは〜!

野グソお兄さんだよ〜‼︎」

「プ〜クックックッ..失礼、馬鹿馬鹿しくてね!」


「ノーグノーグノグノグッノグッ!

ノーグノーグノグノグッノグッ!

ぼーくは野グソお兄さん、兄さん!

ぼーくは野グソお兄さん〜‼︎」

間抜けな踊りとおかしな言葉、流石の慣れた振る舞いで子供達は大喜び。横で大人は涙を流して笑っている。


「みんな、ウンコはトイレでしようね

僕は道端でひねり出されちゃったんだ

とても悲しい、トイレで出して欲しかった。トイレで出して欲しかった〜」

再び間抜けなBGMそして踊り。

「ノーグノーグノグノグッノグッ!

ノーグノーグノグノグッノグッ!

ぼーくは野グソお兄さん、兄さん!

ぼーくは野グソ、お兄さん〜‼︎」

「アッハッハッハッハッハ!」

狂ったように笑い転げる子供と大人、意味合いは違えど現象は同じ。傷付く程のメンタルが既に彼には残っていない。

「今日は、僕の他にもう一人お友達が来てるんだ。おーいお友達〜‼︎」

「お友達?」

飛び入りゲストは初めての事、笑い声は当然止まり、静けさが広がる。

「シャア〜クッ‼︎」 「なっ!?」

サメの被り物、ヒレの付いた全身タイツ。しかしマントが外に延び、英雄の名残を残している。

「シャーク、オンッ!

シャーク、オンッ!

オレはシャーク、口元はシャープ!

何でもバクバク心もバクバク‼︎

元気に元気に元気に元気に元気に〜!

キャプテンシャ〜アックッ!!」


「ガーブガブガブ!

オレ様はキャプテンシャーク様だー!

何でも食べて、満腹になっちまうんだぜ〜!?」

「サメだー!」「強そー‼︎」

「アッハッハッハ!

まぁたおかしな奴が出てきたなぁ!」

「グレイト..」

「ん〜?

お前はもしや、野グソマンだな!?」

妥協は皆無、振り切った全力の演技。伊達に現役でヒーローをやり続けてはいない。

「お前はオレの敵なのだ!

食べた後出てくるお前は食えないからな!」

「そうか、君は僕を食べられないんだね。ならばウンコはトイレでしてくれ僕が増えてしまうからね!

僕は一人で、充分だぁ〜!!」

「違ぇ無ぇ!シャア〜クッ‼︎」


「ノーグノーグノグノグッノグッ!

ノーグノーグノグノグッノグッ!」

「シャークオンッ!

シャークオンッ!」

「ぼーくは野グソ」「オレシャーク」

「食って」「出す」「食と」「出」

「野〜グソお兄さん!!」

「キャプテンシャ〜アックッ!!」

二人の英雄はやり切った。その甲斐あってか子供は大賞賛、泣いている者もちらほらと見えた。ショーは確実な大成功を収めたと言っていい。

「有難うな」「面白かったか?」

大盛況で終わったお遊戯ショーは後を引いて興奮冷めやらず、並ぶ子供達と一人一人握手をするというアイドル性を帯びたアンコールショーへと発展した。

「済まんな、無理をさせた。

だがお陰でここまで盛り上がった」

「..まぁ、気にすんな。

救うとはまた違うだろうがこれはこれでな」


「あとは..」「そうだな...」「へ?」

上から見下ろす不届き者は後に足元を掬われる、流れとしてそう決まっているらしい。

「マシュマロ、頼んだ」

「ふん..はいみんなこっちだよ〜。」

子供を離して送った後に、拳をつくるそこはヒーロー配慮の賜物。

「行くぜ?」「あぁ。」

「ちょっ、ちょっと待って..!」

抵抗虚しく拳は振られ、高い高い鼻はへし折られた。事が終わる頃には既に言葉を発せる状態に無かった。

「ふぅっ..力を奪われたってもそれなりに出来たな。」

「少し、やり過ぎたか?」

これで完全に、街への監視は無くなり自由が戻った。

「ワン!」「よし、先行くか。」

その後は少しだけ街に留まり、休んだあとに出掛ける支度をした。出発の際は、ナイトか出口で送ってくれた。

「目まぐるしいな、気が休まないだろう。」

「充分休めたさ、面白いもんも観れたしな」


「..済まないな、こんな事になってしまって。」

「なんで謝るんだ?

最高じゃねぇか。ガキが笑ってるんだぞ、そりゃ本物の証だ」

「グレイト...。」

「少なくともオレの目にはヒーローが写ってたぜ、感情論じゃねぇ。見たまんまを言ってんだ」

既に例のおちゃらけた衣装は着ていないが、棄ててはいない様子だった。思い入れがあるわけではなさそうだが直近の思い出が良すぎた為捨て切れないのだろう。

「ヒーローってのはあやふやなもんだ

所詮は偶像物、ソイツがヒーローだと思ったらヒーローだろ?」

定義はない、憧れを抱けばどんな奴でも英雄となる。身近に居るけどいないもの、存在するけどしないもの。想像の余地次第では、自分自身もなる事の出来るもの。実はそれ程簡単で安易な浅はかなものなのだ。

「..規制を、取り払ってくれ」

「言われなくてもやってやるよ。」

「私はここでもう一度子供の正義となろう。マントはとうに失くしたが、それに勝る布切れがある。」

「出来るなら、お前らの力も取り戻してやる。今更必要があるかわからねぇけどな」

「行け、グレイトマン。

お前は必ず、誰かの正義となり得る」

「ワン!」

「忠犬よ、アシストは任せた。」

「じゃあな、世話になった」

かつての知り合いと別れを済ませ先へ行く。彼が戦う相手は人でも獣でも無く概念。強大過ぎる敵ではあるがそういうものだ。英雄と呼ばれるものは何時も大きな敵と戦ってきた。無意味なものだが、倒す他無い運命にある。

「いくぞブラスター、疾れ!」

「ワンワン!アオーン!」

彼等の脚が休まる事は暫くの事無い。

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