第6話 組織と勢力

「ヘイロク様。」「なんだ?」

真白な部屋で真白な男が大きなモニターを眺め背中で応える。

「近頃我が部下たちが大幅な減少を見せています。減っているカテゴリは、

ホラー、エロティック、バラエティと規則性は無くランダムです。」

「..そうか。」

「如何なさいましょう?」

「放っておけ、またマスメディアの連中が荒らしているのだろう。相手するだけ無駄な事だ。」

「はっ!」

焦りや慌ては一切なく、淡々と態度を変えず静かに話す。部下と思われる白スーツの男はハキハキとした返事をすると部屋を出ていった。

「...ハイエナが尚も動くか、目障りなものだ。私が赴く迄は決して無いが」

白い世界に黒は要らない。


「がはっ..」「けっ、シケてんな!」

「何も知りやがらねぇコイツ。」

「だから幹部にしようって言ったの」

「無理だろ、アッチに送った連中は皆見つかって首チョンパだからさぁ」

「じゃあどうしろってんだよ!」

「慌てる事はありません。

それが属さない者の強みですよ?」

白き者を絞り捨てるゴロツキは各々好きな格好をしている。パンク仕様やゴスロリ、パジャマに紳士服。偶然か一致かそれらは皆、黒色に統一されていいた。

「アナタは焦りが無さすぎよ」

「悪いけど..同意かな。」

「そうですか?

刻の流れなど気にした事はありませんがね。」

「紳士ぶんなよオッサン!

嘘ついてっとまた老け込むぞ!」

「真実など簡単に造れるものです。

それを構築できるのですから、嘘は誇るべき技術なのですよ」

小さな事実に虚偽を塗り、肥大した事象を造り上げれば多くの目はそれに傾く。人は最早自分を捨てている。

「いずれは落ちる組織です。

当然、根は深いですがね」

「オタクさん、まだ兵隊は残ってますわよね?」

「うん、まぁ..」

「ならやるだけやってみましょ、幹部を弄るのですわ」

「けっ!

無駄だっていったりやるって言ったりどっちなんだよ!」

「モノは試しですよ。

使いパシリなどいくらでもいるのです

無理難題などありませんよ。」

「早速仕込む?

いつでもいけると思うけど」

パジャマを着た物静かなメガネの青年がパソコンのキーボードを弾く。

「そうですね..そこそこの手練れを三、四人。それと愚羅破(ぐらは)君君も一緒に同行してくれますか」

「はぁ?

なんでオレが!?」

「腕を買っているのですよ、私には物理的な力が足りませんからね。」

「足で使いたいだけじゃねぇのか?」

「どうでしょう。

では参りましょうか、反撃開始です」

大きな山の聳える世界の北側、その山に見下げられる形でその場所は存在した。白く四角い、秩序の創設場。

「二時からの予定を教えてくれ」

「はい。

二時からは性的部門の規制強化、ホラー部門の調節会議となっております」


「また会議か、しんどいな。」

「そうですか..ならば不参加と致しますか?」

「..どういう意味だ?」

「言葉の通りです、貴方は世界に必要の無い人材ですから。」

エレベーターという移動する箱の中で息は止まる、たった数センチの刃物によって。

「がっ...」

「ふうっ、チョッ..ロ!

暑苦しい服ねこれ、着てらんないわ」

リクルートスーツを脱ぎ捨てたゆるめの格好で、短い黒髪で隠した耳元を露わにして通信を取る。

『こちら花凛、潜入成功したよ』

「了解、そのまま潜んで情報を探れ」

『了っ解!』

乱雑に通信を切ると、再度耳を髪で隠してナイフをしまう。

「ったく、命令しないで欲しいわね。

従ってるようでやんなるわ」

縛られるのを嫌い、常識を疑い、しかし嘘にも関心がないので状況の改変にも不満は無い。己が愉快であればそれでいいのだ。

「情報の保管庫はどこかしらね?

盗むのも楽じゃないわホント」

雇われの身の花凛だが、マスメディアでは一応の情報係を任されている。管理は他の者が担っているが、ストックを補充するのは専ら彼女の役目。

「もう少し探ってみるしかなさそうねぇ..」

但し彼女は地図が読めない。


『聞こえるかー?

こちら鬼嶋だけどー』

ところ変われば役目も変わり。

「おっ、繋がった。どう?

そこのセキュリティ」

『甘々だ、話にならねぇ。

箇所さえ教えてくれりゃ監視も突破出来るし五分もありゃあ粗方の鍵も造れる。世界を牛耳る割には好き塗れだわマジでこれは。』

セキュリティ担当の鬼嶋。

あらゆる警備、設備に精通しそれを難なく突破する男。扉のロックの型を一度把握すれば、その場で見合った鍵を作成し、こじ開ける。手癖の悪さが利点となった珍しいケースである。

『取り敢えず全部の部屋の鍵造っといたけど、開けとく箇所とかあるか?』

「え..うん、言わなくてもわかると思うけど、寝床は必須だよね。」

『あぁそうね、面倒だからそれも含めて一通り開けとくわ、じゃっ。』


「通信切れた、なんなのアイツ?」

雇われ鍵師である。

「さぁてと、やりますかってか。

..油断も隙もアリアリでいこべ、敵に囲まれる心配はないんでね。」


コンプライアンス施設 ロビー

「うらぁっ!」

弾丸が頭蓋を貫く。銃声は後に響く骨の崩れる跡を隠す為に響くのだろうか

「ついてこいてめぇら!」

「勝手に騒ぐな」「てか仕切んな」

空いたエレベーターの扉から同じ顔の黒づくめが文句を垂れる。二人は常に共鳴しているかの様に連なって話す。

「何階だここは!

首領(ドン)は何処にいる!?」

「ここ3階だよ」「つか4階だろ」

4階建ての最上階に居るであろう筆頭株を狙う戦闘員は、活気だって大きくなってい訳ではなく元々の標的をボスに定めている。

「んだよ一つ下じゃねぇか!

俺は上行く、だからここはまかせたぞ殺し屋兄弟!」

「勝手に行け」「だから仕切るなよ」

雑魚処理は任せたと出てきた箱に再度乗り込み上へ上がる。その間に三階には兵が量産され満たされた。

「人多くね?」「ボスよりマシだろ」

殺し屋クドウとシドウ。

武器は少数しか所持せず、ハンドガン一丁で組織を潰した経緯から二人一つの二丁拳銃〝ダブルバレット〟の異名を持つ。

「昼飯何食う?」「中華そばだな」

腹を空かして引き金を引く。


「あった〜♪

保管庫ね、やったわ。」

銀行の金庫の様な分厚い扉にゴツい鍵のかかった見るからに機密な部屋にすんなりと辿り着く。運良く派手な装いが、彼女の目印となったようだ。

「オニくん、鍵開けてくれる?」

『はいよ。』

鬼嶋に連絡を取り、鍵のロックを外して貰い悠々と中へ侵入する。

「うっそ..今どき資料で纏めてるの?

ちらほら電子もありそうだけど、これは面倒ね。」

かさばる紙で記された情報を手に取って目に通す。フォルダとは違い、紙の媒体では持ち帰るのに限界がある。できる限り重要性を加味する為だ。

「数年前までは、こういう情報売って金にしてた事もあったわね。..今じゃお金なんて大した価値は無いものだけど。」

花凛は普通の女子大生だったが、格闘技を習っていた事もあり戦闘には長けている。愛想があまり良く無い為かバイトに受からず学費や娯楽の金を得る為に企業に侵入しては様々な媒体に情報を売っていた。潜入スキルや情報処理はそれにより培ったものである。

「ここら一体は要らないわね、燃やしても困らないわ。」

武器にならない話題、機動力を持たない記事は捨てていく。監視カメラは停止済みなので、時間は使い放題だ。

「それにしても失礼な話よね、私達にすら扱えないようにする為に情報を隔離するなんて。

記者の労力は無駄使い?」

スターが世界に多くいた時代、各媒体の記者達はこぞってスクープを探り掻き集めた。その情報の殆どは現在コンプライアンスが回収し、規制対象として閉じ込めている。

「..にしては少ないわね。

こんな部屋に収まる程度じゃ無い筈なのだけど。」


「動くな」「あら。」

扉を開けっ放しにした事でドーベルマンが匂いを追って吠えにきた。

「マスメディアの者だな?」

「女相手に数で攻めるの、組織はホントに窮屈ね。」

「動くな、お前を拘束する」

「..偉っそうに、命令しないで!」

銃を構える群生にナイフを投げる。真っ直ぐに飛ぶナイフの方向へ高く跳び上がり、着地と同時にタイミングを合わせ柄を握る。しゃがんだ体制から刃を上に向けたまま目の前の男を突き上げ、斬りつける。

「ぐあっ!」「おやすみ。」

「動くなと言った筈だ!」

一斉に銃口から銃弾が放たれる。四方より飛ぶ弾はターゲットを絞り、みんな中央へ集まってくる。咄嗟に避ければ軌道が変わり、確実に当ててくる。「それなら..こうするしかないわね」

避ける事すら困難ならば、的を移し替えればいい。丁度頃合いの標的が、足元に転がっている。

「嘘だろ..!?」「先輩を、盾に..!」

「ふぅっ、結構重いわね。

筋肉かしら?」

其処彼処に穴の空いた血塗れの男が、白い組織服を汚して床に転がっている


「何してんだよ..?

先輩が先輩がぁっ‼︎」

「大丈夫、直ぐに会えるわ。」

「へ?」

一瞬で距離を狭め、首元を掻っ斬る。

「酷いわね、これじゃ殺し専門だと思われちゃうわ。」

「うわっ!うわあぁぁっ!!」

「え、うわヤバッ..」

怒る男に気をとられ、遠くの敵に気がつかなかった。怯える男は今にも銃の引き金を引きそうだ。

「ちょっと待った、落ち着きましょ。

ね?」

「うわっ!うあぁぁぁ!!あうっ..」

「え、何?」

男は引き金を引く前にその場へ倒れてしまう。

「撃たれてるわね。」

近付いて確認してみると、何者かに頭を撃ち抜かれ、狙撃された事が解る。

「一体誰が..」「鍵くらい閉めろ」

「あ、オニくん!」「鬼嶋だっての」

セキリュティ担当雇われ鍵師の鬼嶋が、花凛の後を追って来ていた。

「情報見つけたのかよ?」

「バッチリよ、必要分だけど。」

「やっぱり頑なにナイフでたたかったんだろ」

「頑じゃないわ、好きだから使ってるのよ。銃よりずっとマシ。」

ポリシーとはまた違い、趣向や好みで武器を選んでいる。最早これで人が斬れる事が無かろうと、彼女はナイフを所持し続けるだろう。

「まぁいいわ、適度な情報手に入ったならさっさと抜けようや。マスコミさんらも充分納得するだろ」

「ちょっと荷物が多くなりそうだけどね。」

しかし彼等は忘れている。

いや、きちんと伝わっていないのか。

情報を得る事も大きな目的、だがそれはけっきょくのところ付属品に過ぎない。ゴロツキ共の本来の目的は、コンプライアンスの幹部をあぶり出し、潰すこと。これだけ中を荒らせばいくらセキリュティが故障していようと感覚で気付く。ひたりひたりと、近付いて来る。


「誰だアンタ?」「………。」

ニット帽を深く被った人相の測れない男。暗く静かで、背が低い。

「足止めのつもりかよ?」

『あ、ソイツは気をつけてね』

「なんだよそんなヤバイのかコイツ」

指示出しが自ら主張してくるとしたらおのずと絞られる。関わるべきでは無い者か、敵わぬ強者か。

「……」「何よアレ。」「ん?」

袖口から丸い紐につながれた丸い鈍器が現れる。

「ヨーヨー?」

『ヨーヨーじゃない、仕込み刀だよ』

隙間から刃を剥き出し、回転しつつしならせ飛ばす。

「丸ノコかよ!

こんなんで斬れるのか?」

「避けてオニくん!」「あ?」

頭上に落ちるヨーヨーを寸前で躱し、難を逃れる。床に食い込むヨーヨーは尚も振動し続け、コンクリを削り壊している。

「こりゃあそこそこキツそうだな。」

「パソコンくん、コイツ何者?」

『あ、知らないんだ。

ソイツねー、コンプライアンスの三大幹部。多分かなり強いよ』

「..先にいってくれる?」

『キャミーが伝えてる筈だけど、まぁ無理か。キャミーだもんね』

仲間意識は無い。目的の為であれば、平気で人を使い捨てる。嘘も裏切りもお手のものだ。

「なんだってそんな奴がいんだよ」

「その為に呼ばれてたみたいね」

「何ぃ?」

「私達だけじゃないわ、他の子もみんなそう。きっと今頃大変よ」


「..誰だお前?」「知る訳ないよね」

「ダブルバレットの殺し屋兄弟クドウにシドウか、相手にしては申し分無いな。」

「詳しいな」「一応機密なんだけど」

白がベースカラーの中一人だけ黒の特殊防護服を着ている屈強な男。息荒く二人を捜していたようだ。

「やる気なら相手するけど」「まね」

「お前も人殺しが好きなのか?」

「違うよ頼まれただけ」「仕事だよ」

「だとしたら幸せなシゴトだな!

羨ましいぜ、ホントによ‼︎」

「バカにしてんな」「ナメてんの?」

猛進するクロサイに、二つの銃口がシャウトする。


「右から曲がるわよ」

「わかってる!」

紐で操った長いリーチと不規則な動きが鬼嶋を翻弄する。

「お前も動け!」

「邪魔なだけよ、そんな事したら。」

積極的に動くのは鬼嶋、花凛は資料の積まれた机に隠れ距離を取って指示を出す。見れば判る範囲の指示ゆえ意味こそ特にないのだが。

「あの子、ヨーヨーだけじゃなくて何か他にも隠してそうね。袖が不自然に広くてマチがあるもの」

情報分析には戦闘にも応用ができ、例えば相手の戦術を吟味し観察したりとアシストに向いている。

「そっち行ったぞー」

「もう、邪魔しないでよ。」

不意打ちには手頃なナイフが小回りが利く。そこまでの計算はしてなかったが、好みの武器が功を制した。

「あいつ..丸ノコナイフで受け止めてやがる。」

振動を刃で支えながら火花の一つ一つを視界に入れる。

「へぇ、斬れ味自体は然程でもないわね。振らせて増幅してるだけ」

「おーい、大丈夫かー?」

「ええ、平気よ。

寧ろ楽しいくらいだわ!」

振動の緩んだヨーヨーをナイフで切り落とし唯に伸びる紐を捉え、手前にぐいと引っ張り上げる。

「……!」

紐と繋がるのは小柄な身体、獲物の如く釣り上がる。

「おっかない女だ..」

「斬らせて貰うわね、少し邪魔なの」

「………。」

もう片方の袖から伸びるヨーヨーが、穿ち回転する。

「オニくん!」「わかってるよ。」

拳銃を構え標的を動くヨーヨーに定め弾を込める。


「みっけた!」

放たれた弾は丁度丸い的の中心を射抜き、振動を止めた。

「……!」「やるわね」

「鍵開けるのよりずっと楽だわ。」

伊達に雇われた訳ではない。ここまでの役割を買っていたかは知らないが。

「もう抵抗しないでね?」

ナイフが見下しブチギレる。


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