第4話 見られていずとも..。

グレイトマンはただ歩く。

新調されたコスチュームを身に纏い、ただ道を行く。

「道なり聞かずに出てきちまったから全然わからねぇや。どうするか?」

騒ぎに乗じて勢いで街を出たことで標の地図を無くしてしまった。勘と神経だけで何処か点在する場所に着けるだろうか。

「ワン!」「ん、犬か。」

土にまみれた床へ座り、此方を見上げて獣が吠える。

「何やってんだお前こんなとこで、野良犬か。飼い主はいねぇのか?」

「ワン!」

顔をじっと見つめ、真っ直ぐに歩みだした。偶にこっちを向いては荒い息をして舌を出す。

「付いて来いって事か?」

何を伝えたいのかははっきりとしないが、とにかく後に続けという事らしい

「遂に犬にまで頼るとはな。

人望は元々無かったが、ここまで味方がいないとは..。」

組織の規制は関係無く、もともとの素質が人を寄せ付けない。自然体で人気が無ければ手の施し様はまるで無い。


「ていうかお前どこまでいくんだ?」

「ワン!」「ワンって言われてもよ」

土を跳ねただ走る。

曲がり道や別の方角には目もくれず、延びた一本の道をひたすら攻める。

「ワンワン!」

「わかったから吠えるな。」

惰性を覚えつつ追いかけ続けていると徐々に景色が広がっていくのを感じる

道が広がり、人が多く集まる場所へ近付いていく。

「ありゃ村じゃねぇのか」

「ワンワン!」「お前の村か?」

崩れ落ちそうな木の枠を入り口として集落に近い小さな村が顔を出す。

「ワン!」

入り口付近で急停止し、道を開ける。

「でかした犬だな、利口な奴だ」

先導による助力に感謝し頭を撫でて可愛がっていると、声を聞きつけたのか村の住人達がちらほらと此方へ寄ってくる。

「お、村の連中か。」

「クゥゥ〜ン..」「どうした?」

元気に吠えていた犬が、影に隠れて怯えきっている。

「おーい、ちょっといいか?

手頃な寝床を教えて欲しいんだが」

先程の街では結局休む事はままならなかったので今度こそはと宿を求める。

「一晩だけでいいんだが泊まれる場所を知らねぇか?」

「......」

返事は無く、じっとりとした視線をただ向けられる。グレイトマンは質問を変える。

「宿がないねぇなら休憩所はねぇか?

少し休めるだけでも有難い。」

「...お前、余所者か?」

「まぁ、そういう事になるな」

「......」

村特有の仲間意識か、外からの部外者は余り招き入れたく無いようだ。恐らくどの村でも有り得る事だろうが、この村は特にその色が濃く表れていた。

「この村に何の要だ‼︎

今すぐ出ていけ外来種!」

土の上に倒れていた太い木の棒を振りかざし虫を払うようにグレイトを狙うその後ろには、同じく木の棒を握りしめた村人が連なって睨み付ける。

「何だってんだよ!?」

「クウゥゥン!」「犬、なんだ!」

コスチュームを歯で引っ張りながら再度犬が方向を示す。

「ついていけばいいんだな?」

「ワン!」「あ、待て!」

犬の疾る後ろを追い掛け、必死になって脚を動かす。

「追いかけるぞ!」

すかさず村人が後を追ってきたが、犬が突発的に建物の中へ入った事で難を逃れた。


「..はぁ助かった、皆して向こうに行きやがったぜ。」

「ワン!」「有難うな、犬。」

「扉に鍵をかけろ」「..何?」

部屋の奥から声が聞こえる。暗がりで姿は見えないが、はっきりと耳に届く

「人がいるのか..誰だ?」

「いいから閉めろ、わからないのか」

「...あぁ悪りぃ、今閉める。」

言われるがままに金属の棒を穴に入れしっかりと鍵を掛ける。

「クウゥゥン..。」

「ブラスター、また余所者を連れてきて。控えろといった筈だぞ」

「ブラスター..そいつの名前か。

よく連れて来るのか?」

「..こいつの癖でな、外を歩いてる者を見つけてはこの村に連れてくる。その度に村人は怒り狂うけどな」

「なんであんなに怒ってる?

ちと異常過ぎやしねぇか」

「異常ではない、元来村とはそういうものだ。他者を嫌い、外は別世界と捉えている。仲間意識が強く臆病だからな、集団の強みを極端に過信し生きている。」

味方でないものは淘汰される。敷居を超えた存在など、受けれてはならぬものなのだ。

「私のときもそうだった」

「この村の人間じゃないのか?」

「..数年前に、この村に渡ってきた。

家の無かった私はなんとか頼み込み、目立たない形で住み始めのだ」

「受け入れたとは驚きだな。」

「いや、受け入れてはいなかった」

男の話によれば、始めは住みよく快適だったがとある時から狂いはじめたという。


「何かあったのか?」

「..村の子供達が懐き始めてな、余所者であったのに比べこんな出で立ちだ珍しく新鮮に見えたのだろうな。」

腰まで伸びた白髪に筋肉質の身体、確かに村には余りいないタイプの風貌だ

「それで、このガキ達がどうした?」

「待ってくれ、その前に養分摂取だ」

「養分摂取?」

男はそういって、蓋のついたプラスチックのボトル容器を取り出した。中には大量のカプセル薬品が貯蔵されている。

「何だソレ。」

「サプリメントだ、もう長らく食事を摂っていない。みなこれで済ます」

掌にいくつか取り出して乗せ、一気に含み、飲み込む。

「味気ねぇな。」「味などいらん」

「気にするな、ブラスターにはきちんと食べさせている」

「聞いてねぇよんな事。」

だが少し安心した。

犬を満足させる良心はあるのだと。

「ガロスだ」「急になんだ?」

「名を名乗ったんだ。

娯楽の奪われたこの世界では随分と減っただろう、そんな律儀な奴はな。」

「...そういや、そうだな」

確かに人々は名を失った。名称でエントリーする程の媒体が最早皆無だからだ。挑戦をせず、隔離され支配されるこれを平和と呼ぶのだろうか。

「で、何の話だったか。そうだ、そして懐いた子供は親共に私の話をし始めた。それにより私の名はよく知れた」


「ガキと何をしてたんだ?」

「なに、ちょっとした遊びだ。絵描きやカードといったな」

子供の話を再三聞いた親達はやがてガロスを忌み嫌い、奴の元へは行くなと忠告するようになった。

「それでも子供というのは効かない生き物でな、毎日の様に私の元へ来た」

「良い事じゃねぇか、お前がそれ程好かれてるって事だろ?」

「それを良しとしないのが大人達だ。

子供といえど手元を離れれば他人と同義となるのだよ。」

村人達は言う事を聞かない子供達に愛想を尽かし、驚きの行動に出た。

「家に子供達が入ったのを見計らい、外から一斉に火を放った。」

「何だと、それじゃあガキが燃えちまうじゃねぇかよ」

「ああそうだ、燃やす為に火をくべたのだからな。余所者の家に入り浸る輩は我が子にあらず。そういう連中だ」

肉親までも裏切れば潰す、非道な村の浅はかな掟だ。

「子供はどうなった..?」

「死んだよ。」

「皆焼けちまったのかよ..。」

「焼けてはいない」「何ぃ?」

はてなマークが多いのは、理解に乏しいからで無く、相手がおかしな事を言い過ぎるからだ。

「焼き討ちに備えてな、家の表面に防火壁を薄く貼っておいたのだ。子供は裏口から全員逃した」

「ならなんで死んでんだよ!」

「..親どもが外に待機していた。

銃の類の武器を持って裏口の辺りにこぞってな」

「親が撃ち殺したのか..!?」

「言っただろう。

そういう連中だってな」

最後の子供を撃ち終えると、村人は裏口の扉を閉め栓をした。時間が経てば中のガロスは焼け死ぬと思っていた。

「生死の確認もしないのか」

「村にとって影響が無ければ死んだも同然だ。そもそも死んだと思っているしな」

現在も死亡したものと判断されており建物も空き家扱い、誰も家には寄り付かない。

「なのに何かあると警戒して戸を閉めちまう、臆病なもんだ。」

ここに入るときもそうだった、執拗に鍵を掛けるよう促され、慌てて閉めた


「ならなんでこんな村にいつまでも住んでんだよ。さっさと家出て別の場所で暮らせばいいだろ」

「できるなら直ぐにそうしてる。

だが世間じゃ私は大悪党になってる、子供を監禁した挙句虐待をし、焼き殺した。逃げ出す者は追いかけて銃で仕留める。卑劣で残忍なモンスターだと言われてな」

「なんだその嘘、誰の仕業だよ?」

規制ではない、寧ろ肥大化した派手な表現だ。コンプライアンスのやり方とは毛色がまるで違う。

「..マスコミという連中だ」

「あの過激派集団か、またタチの悪い奴等に目ぇ付けられたな。」

〝マスコミ〟正式名称マスメディア

組織などには属さず、幾人かの集団で行動する攻撃性勢力。非人道的に情報を支配し意のままに改変し周囲の意識を操る事で的となる一個人の自由な人格を奪い、破壊する。世界や組織を陥れるというよりは、標的とした個人を殺す仕事屋のような輩だ。

「私に最早居場所など無い。

この村を牢屋とし、捕らえられているのと同じ」

「散々だな..。」

「お前は何故、旅を続ける?」

「決まってるだろ、自由を取り戻す為だ。」

「自由を取り戻すか、逞しいものだ」

ヒーローは最早淘汰され消えかけた存在。多くの正義の味方達は力を奪われ守るものすら滅ぼされた。

「オレもほぼヒーローとはいえねぇ。

見ろ、拳に力が入らねぇんだ」

パンチやキックといった技の概念は制限され、拳を主に振るっていたグレイトマンに至っては握力に枷を帯び、通常の三分の一程度の力を出すので精一杯な程弱体化した。規制を掛けた理由は悪を暴力で成敗するのは子供に間違った影響を与えるという衝撃的なものだった。

「何処にあるかわからねぇが、奴等の本拠地に乗り込んでやる。そんで全てを終わらせる、その為に脚動かしてんだよ」

決意は固く、意志は鋭く強い。

「..場所に関しては、道なりに進んで見つけるしかないが一先ずはこの村を出るべきだな。ブラスター、出口まで案内をしてやれ」

「ワン!」

「なんだよ、散々話を聞いたら邪魔者扱いか?

ベラベラやって損したぜ。」

「村に留まり続ければロクな会話も出来なくなるぞ、一刻も早く出るべきだ脚を止めたくなかったらな」

冷たく突き放しているようで背中を押している。ひとえにそれは、自分自身も自由を求めているが為の助力を意味した衝動に近いエネルギーを持つ。

「ワン!」

「..結局休息はできずか、仕方ねぇ。

犬、散歩といこうじゃねぇか。」

「待ってろ、今扉を開ける」

厳つい錠を取り外し扉を開く。

目に入ってきたのは、集団に囲まれた不自由な景色。


「...何だ、こりゃあ。」

「遅かったか..!」

村人達は既にグレイトマンを忌み嫌い始末するべきだと判断を下していた。

「走れヒーロー」

「お前はどうするつもりだよ!?」

「いいから走れ!

ブラスターに着いて行くんだよ!」

幾人かの村人を身体で打ち倒しながら

何とか進める通路を作る。

「ワンワン!」「ちぃっ..!」

止むを得ず言われた通り道に沿って出口を目指す。

「終え、流すな!」「..待つのだ」

「こざかしい!

死人が何の真似だ!!」

「死ぬのはお前達だ。」「何ぃ?」

集団で動く村人達は、一度に散らばる複数の存在に目を向けられず、横槍を入れられるとそれを一先ずへし折らなければ次の獲物を狙えない。

「あのとき完全に葬っておくべきだったな。おい、着火の準備だ!」

常備している棍棒に、火を焼べる。先端についた焔がつらつらと燃えている

「懐かしいな、これが走馬灯か?

..だとすれば火薬不足だ。」

あの日に生死を確認しなかった事が後に仇として立ち憚るのだと、村人達が掘った墓穴を更に深く掘り込む。

「反逆者め、どれだけ我らの村を荒らせば気がすむのだ!」

「元々従ったつもりなどない。

こんな低脳の弱者どもなどにはな」

「なんだと貴様ぁ‼︎

もういい、焼き払え!」

火のついた棍棒が、一斉に投げられる

バックの建物もろともの範囲でガロスを燃やし尽くすつもりだ。

「集めてもたったこれだけの火力か、果たしてどこまで燃え上がるか。」

足りない分を補うように、懐から大量の爆薬を取り出し、投げる。

「ダイナマイトの束..貴様正気か!?

離れろ!身が吹っ飛ぶぞ!!」

「遅いな..お前達はいつもそうだ。」

浅暗い空に晒された村には大きな花火が上がったという。決して綺麗とはいえず寧ろ汚く、何かが弾けて消えるという、事実の音のみが響き、消えた。

「おい..!」「ワン!」

「待てってお前、あの箇所ってさっきオレ達が一緒にいた..」

「ワンッ‼︎」「..判ったよ判った!」

犬の感受性でも判断できる事に足を止めるなと、二文字の発生でも充分に伝わった。グレイトマンはただ脚を前に動かし出口を踏み越え、村を抜けた。

「はぁはぁ..これでいいんだろ?

ワン公様よ。」

「ワン、ワンワン!」

ブラスターはどこか寂しげに、花火が消えた村の空を眺めていた。

「大丈夫だ、アイツは余所者だからな

呪縛に負ける奴じゃねぇ」

「クウゥゥ〜ン..。」

「気にすんなって、お前達ずっと一緒にいたんだろ?」

「ワン。」

帰る場所は無く、主人もいない。飼われる身の忠犬は行くあてを失った。


「オレと一緒に来い」「ワン?」

突然の勧誘、獣であってもはっと動揺を浮かべる事だ。

「お前も村に初めからいた訳じゃないんだろ?

あれだけ仲間意識の強い連中だ、村の犬ならもっと可愛がられてる。」

村人の恵みを受けていれば、隠居の身であるガロスが態々食事を用意する必要はない筈だ。

「どこから来たか知らねぇがそれが遠くの街や村なら、地図が無くても旅の道標になる。だから一緒に来てくれねぇか?」

村での在り方は、ガロスが贔屓にしてくれてはいたが役割は殆ど無い。勝手な行動によるものは多少あったが必要性の無い無性なものだ。しかし今は目の前で、役割を求められている。人が己を必要している。忠犬ブラスターにとってそれはえらく光栄な事であり、希望を得たといってもいい。

「ワン、ワンワン!アォーン!」

「吠えるほど嬉しいか?

やってくれんだな、宜しく頼むぜ。

ブラスターよ!」

雄叫びは夜に映え、明かりの無い暗い夜道を轟かせる。聞いているのは主人だけ、他の耳には届かない。

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