第2話 控えめの狂気
グレイトマンは旅を続ける。
村を後にして暫く歩き続けると、適度に広い墓地に出た。生涯を閉じる、終末の地へ。
「また不気味な場所に着いちまった」
墓というだけあってそこには独特の臭気が満ち、ジメジメと湿気を帯びた感じがした。
「死んだらこんなとこに住むのかオレは、地獄だなオイ。」
一刻も早く抜けようとぬかるんだ土を踏みしめていると、ゆらゆらと蠢く、白い装束の男が立ちはだかる。
「何だ?」「う..あぁぁぁあぁ!!」
勢いのまま男は駆け寄り、立ち止まるグレイトマンの肩を強く掴み顔をうつ伏せる。
「………」「え...?」
何か不服な様子で顔を上げ、納得がいかぬと首を傾げる。
「あ、あの〜..」「なんだ?」
「驚いて貰ってもいいですかね?」
「......あぁ!?」
男は確実に生きている。だが噂で聞けば、この墓はかなり出るという話がもっぱらで、訪れれば必ず恐怖に慄くと言われている。いわばスポットだ。
「本物の幽霊を出しゃいいだろ」
「ダメですダメです本物なんて!
そんな過激なもの見せられません。それっぽく作っていかなきゃ!」
「ここもか、ったく..。」
人が死して眠る場所にも規制が入る。
生死など最早関係は無く、安全で極端な秩序を保つという正義は、全生物をすべからく支配している。
「おい、エセ幽霊。
ここから一番近い村や街はどこにある
大きさはどうでもいい。」
「エセって、酷い事いうなぁ..。
ここから先は暫く街はありませんねぇ
小さい宿くらいならありますが」
「小さい宿?
それでいい、何処にある?」
「キラーズ通りです。
一本の道に沿って店や住宅が連なっておりましてね、ちょっとした広場みたいなものですよ。」
「キラーズ通りか..聞いた事ねぇがそれでいいか、どこにあるんだ?」
「この墓を抜けて、東にずっといった辺りです。..だけどまぁ、余りおススメは出来ません、できれば行かないほうが。」
「なんかあるのか?」「いやぁ..」
明らかにバツの悪そうな態度で拒絶する男は何度かの質問で漸く、渋々と口を開いて詳細を語った。
「あそこは手軽で非常に使いやすい場所ではあるのですが、多く人が集まる度にその殆どが死ぬのです。体は無残に斬り裂かれ、宿や店内に死体が棄てられる。あそこに行けば命は無いぞと付けられた名がキラーズ通り。悪魔が潜むと云われています。」
墓とは違う、殺人鬼の蔓延る広場。
それがキラーズ通り、物騒極まりない場所である。
「悪魔の潜む道か、面白ぇ案内してくれ。久々に良いものに会えそうだ」
「本気ですか!?
死ぬかもしれないんですよ!」
「..悪いがオレはそういうのを求めてる。危険で尖った、鋭い表現をな」
「どうなっても..知りませんよっ!」
言って聞かないワガママな奴は痛い目をみないと判らない。できる範囲の距離まで先導し、男は命知らずを案内した。
「ここまでです。これより先は嫌な香りがプンプンします!
真っ直ぐ進んでいけば、いずれ現れると思いますよ。」
「有難うな、お前は墓に帰るのか?」
「はい。
そこしか居場所がないので..」
「そうか、なら約束しろ。
オレが生きて先へ進んだら、本物の幽霊を出せ。」
「何を言っているんですか?」
「オレはこの世からコンプライアンスによる規制を無くしたい。オレがもし生きていたら、現地からでかい花火を飛ばす。見事それが打ち上がったら、約束を守ってくれ。」
「…本気ですか?」「当たり前だ。」
彼は彼で疑問に感じていた。本来人を怖がらせる筈の幽霊が、何故出てきてはいけないのか。規制は自由を、奪っているのでは無いかと。
「..わかりましたよ。徐々にではなると思いますが、やってみます。」
「本当か、だとすりゃ感謝するぜ」
グレイトマンは軽く微笑みそう言ってマントを返し、先を行く。
「無理はしないで、下さいね。」
男も静かに手を振って、その場を後にし週末の地へ。死にに行く場所と死んだ場所、本来結び付いてはいけない場所が、小さな希望が叶う事を願い合っている。この規制の概念の下で。
キラーズ通り
一本道の道路を陣取り、民家やトレーラーを介して両サイドに二連の建物を築いている。
「ホテル..元はでかい乗り物か。上手いこと工夫したもんだな」
ドアを入り口として、宿としている。
中の広さは期待できないだろうが、一晩程度なら申し分は無いだろう。
「取り敢えず話を聞きてぇが、人がいねぇな。建物の中か?」
以前の村と似たように人気がまるで無い。そうなればしらみ潰しに店を回る他ないが、どれがどういった店かもわからない。何から何まで当てずっぽうだ。
「人気の飯屋でもありゃいいんだが」
止むを得ず、端から扉を叩く事にした
泊まれる場所であれば、丁寧に入り口にホテル、モーテルなどの文字が書かれている為判別がしやすい。が、他の箇所は目印が付いておらず、店なのか民家なのかの区別もし難い。
「チャイムの一つも付いてないたぁ、客を迎え入れるつもりはねぇな。まぁ戸を叩いても返事すらねぇが」
その後も次々と家の戸を叩き続け、無反応の連続の末、収穫は0。流石に疲労を募らせ、溜息を吐く。
「墓場の方がまだスリルがあったよ..
誰もいやしねぇじゃねぇか。」
項垂れつつ前方に目をやると、まだ調べた事の無い周囲の建物と比べると一回り程度大きい木造の民家らしき建物が見える。
「あそこならどうだ?」
近付いてみると、表面上は以前と変化は無いのだが、何かおかしな雰囲気を感じた。
「留守じゃねぇのか、入るぞ?」
僅かに扉が開いていた。施錠をせず尚且つ、誰かの入った形跡の証だ。
「静かだな。
もしかしてもぬけの殻か?」
一瞬担いだ期待を降ろす準備を始めつつ奥へと進む。中はバー形式の飯屋の様で奥に一列のレーン状のカウンターと中央に丸いテーブルが幾つも並んでいた。客もいるにはわんさかいたが、想像していたカタチとは、大きく異なる賑わいだった。
「なんだよ、こりゃあ..!」
まるで何かのフルコースかのように、店中に人が倒れ、転がっていた。生気を失い、床に血が滲んでいる。
「斬り傷や刺し傷のオンパレード..刃物で一発やられたか?」
その中に息の有る者がいないかと確認し探したが、皆こぞって眠りについていた。
「一体なんだってんだ..」
「動くな!」「うぉっ、なんだ?」
バーカウンターの内側から突然声が聞こえ、振り向くと細身の女が一人こちらに向かって猟銃を構えている。
「いきなりかまえるなそんなもん!」
「うるさい!
お前が客をやったのか‼︎」
「違ぇよ!
オレは入ってきただけだ、その頃にはもうこんなんだったよ。」
「お前..そのカッコ、ヒーローか!?
ヒーローがなんでそんな酷い事するんだ!!」
「話聞け人の!」
気が強めの赤髪の女、この店の店主だろうか?
素性も知らぬ男に銃口を突きつける程の負けん気、恐れ入るガッツだ。
「ここの店主か?」
「...最近、そうなった。
父親が殺されてな、突然だ。」
「誰に殺されたんだ?」
「知るか、お前も知っているだろ。
ここの呼び名、皆泣き寝入りさ」
頑なに銃を下ろさない女。
警戒を解いていない事があからさまに判る。
「まだ疑ってんのか?
やってないって言ってんだろ」
「完璧な情報じゃない、理解してくれというのがミエミエだ。」
「はぁ...いいか?
死体の傷を調べたら皆刃物による斬り傷だった。オレはそんなもん持ってねぇ、それに元々ここの噂を聞いてきたんだ。正体を知る筈が無ぇだろ。」
強い警戒の眼差しを向けられたが真っ直ぐに女の目を見た。確実な潔白を、何としてでも証明したかったのだ。
「..アンタも、被害者の一人という訳か。」
「まぁそんなとこかもな」
漸く銃を下ろした、敵意の無い事を察したのだろう。
「酷いもんだな」
「瞬間を見てないだけマシな方さ。」
「見た事があるのか?」
「何度かね。その度に、どうする事も出来なくて身を隠してたけど。」
「やっぱり悲惨なもんなんだろうな」
「..昔は、そうだと聞いてるよ。
だけど今は違う。変な光に包まれて、気付いたらみんな血を流して倒れてるんだ」
「お得意のやり方か、殺しにまで手を掛けるとは反吐が出やがる。」
残酷の象徴である殺人という概念は、性描写と並んでコンプライアンスが深く介入する場所だ。それによりホラーという要素は、恐怖という主戦場を失った。
「お陰さまで解らず終いだよ。
正体どころか殺しの手口も明かされないんじゃお手上げだね」
「首謀者は丸分かりだけどな。」
皆の知らぬ所で、筒抜けの会議は行われている。
「今日もノルマはクリアだな、休んでいいぞ」
「ありがとうございます!」
ご機嫌に部屋を出て行く小さな男。
「殺しの指示ってのも変わってますよねぇ。」
「仕方ないだろ、そういう〝部門〟なのだからな。」
「コンプライアンス『殺人部』、面倒な配属になったな〜。」
「やりがいは無くはないぞ?
..しかし手間がかかるのは事実だな。もう少し程奴に殺して貰うとするか」
殺人ですら、即席の時代だ。
護身術などアテにはならない。
「へぇ〜そうかい、あの墓場から。
随分遠くから来たもんだね」
「まぁな。確かに距離はあったが、景色は何も変わらなかった。」
「見る目がないね、前から変わらないのは景色だけだっていうのにさ」
「案外作りもんかもしれないぜ?」
年は然程変わらなく見えるが古臭い話し方をする、地域的な特色だろうか。この広場で出会ったのがこの女性たった一人の為判断が出来ない。
「じゃあ何かい?
アンタはあのコンプラ共相手に旅をしてるって事か。」
「まぁそうだな」「恐れ入るね。」
「なんだってまたあの大組織相手に喧嘩売ろうって考えたのさ?」
「必要ねぇもんだからさ。」「......」
達者な彼女も、心当たりがあるのか一瞬口を止めてしまう。
「必死に考えた深いもんが、目立ちたがりやの薄情者に潰される。そんな常識がどこで正しく機能するんだろうな
何にも出来ねぇ、やりたい事は頭にわんさかあるのにな。全て規制規制...死ぬ瞬間すら光でボカして誤魔化す程だ太陽も隠れて寝込んじまうよな。」
世界は常に、曇り空。コンプライアンスが君臨するようになってからは、曇天の灰色が空を覆い続けている。太陽の色など、とうに皆覚えてはいない。
「アンタも色々、奪われたんだ。」
「..まぁ、ぼちぼちな」
「あたしの父親殺されたんだけどさ、
はっきり見たんだよね、死ぬとこ。」
「..そりゃ災難だな。」
「でもボカされなかった」「何?」
「あたしの親を殺した奴は、規制なんてされてなくて、ホンモノの殺人鬼だったんだよ」
「..そうか。」
不謹慎だが、喜んでしまった。
彼女の父が殺されたのは最近で、死ぬ瞬間をハッキリ見たということは、コンプライアンスをものともしない何者かが、過激な表現をしたという事になるからだ。
「でもよかったよ。
当然死んでほしくははかったけどさ、偽物に刺されるよりマシでしょ?」
「..気丈な女だな。」「そりゃあね」
キラーズ通りに暮らす女は、身も心もタフだった。
「忘れてた、何か一つくらい注文しねぇとな。軽めの酒を頼む」
「はいよ!」
大量の死体の山の中が募る中で、安い酒を注文する。
「そら飲め」「悪りぃな。」
グラスを口に傾け始めると、木の擦れる音が喉越しを遮り響き渡る。
「なんだ?」「客..かねぇ。」
ズルズルと足音が近づく。確実にこちらに向かうその音は、飢えを凌ぐ為でも無く、喉を潤す為でも無い。ただ広場の噂話を、継続させる為の作業で流れる望まれない雑音にすぎなかった。
「殺す..!?」
凄まじいスピードで距離を詰め殺意剥き出しの表情でナイフを振り落とす。
反射的に動いたグレイトマンはなんとはそれを腕ごと手首を掴み受け止め阻止する。
「くっ、危ねぇな!」
「離..せ...光で、隠せない..だろ..‼︎」
ぐいぐいと力を込めて抵抗を突破しようとするも上手くいかず、奥歯を噛み締め悔しさを浮かべている。
「くうぅう..‼︎」「暴れんなぁっ!」
「他の人達もお前が殺したの?」
自由の効かない状況で、店主が問いかける。
「ああそうだ、俺が殺した..‼︎
コンプライアンスに準じて、噂を風化させないようになぁ..。」
「そんな事の為にかっ!!」
「やっぱり奴等の差し金か..。」
薄く涙を浮かべカウンターで拳を握る女に対し、限界状態のグレイトマンはアシストを請う。
「猟銃を構えろ、コイツの思い切り撃ってくれ」
「..あぁ、わかったっ!」
内側に立てかけていた銃を手に取り、額へ狙いを定める。
「なにしてる..やめろっ...!!」
「諦めろ、もう終わりだ!」
「.......」「なんだ、早く撃てよ?」
構えたまま、じっと動かず話さない。
「脅しか..馬鹿にしやがってっ..‼︎」
「おい、なんで撃たねぇ!?」
「あ、アンタ..アンタ...!!」
血相をかいて、標的を見ていた。いや、よく見ると視線は、その向こう側にあった。
「...撃たない訳じゃねぇのか。
〝撃てなかった〟んだな」
「お情け頂戴か..なら死ねっ...‼︎」
「オマエガ、シネ...!!」「へっ?」
背後から男の身体が切り裂かれる。振動する刃、本来ならば木々を伐採する工具のそれが、肉を断ち、骨を割る凶器と化している。
「あぁあぁぁあぁっ...!!」
吹き溢れる血飛沫、響く断末魔。ホンモノの、正真正銘の殺人が目の前で繰り広げられている。
「キラーズ通りの、悪魔..。」
「面白ぇ。」
息の根が完全に止まった事を確認すると、振動を止め、刃を引き抜いた。鉄の仮面に黒い防弾チョッキ、切り刻んだ男を床に打ち捨てると、背を向け歩み出す。
「待って!
アンタはあたしの父親を殺したキラーズ通りの悪魔だろ!?」
ピタリと止まり、背を向けたまま無言で立ちすくむ。後ろを向き仮面を着けている為、表情はまるで判らない。
「今まで何人殺した?
コンプライアンスの連中をどう思ってんだ?」
「......」俄然として返事は無い。
巨躯な仮面は暫くそこに留まり続け、何も言わずに歩いていった。
「いっちまった..。」
「アイツで間違いねぇのか?」
「多分そうだよ、チェーンソーの音を今でも覚えてる。」
「..そうか、だとすりゃお前のオヤジさんはヤツを生かしたぜ」
「えっ..?」
店主の父親が殺された事で、本物の悪魔は再び広場で殺しをする事が出来たキラーズ通りの伝説を、彼が護ったのだ。
「尊い犠牲だ、冥福を祈る。だが数少ない過激な文化を、規制させる事なく残す事が出来た。納得はいかないかも知れねぇが、女将の親父は名誉ある死を遂げたんだ。」
「..変わってるねアンタ。
無残に死んだ父親をここまで褒めるなんてさ、あたしは喜びようが見つからないよ」
形はどうあれ免れた、自由な形に変わりない。
「オレは先に行く。街でも村でも近くにあれば場所を教えてくれ」
「..この道を抜けた先に立派な街があるよ、そこに行くといい。」
「そうか、わかった。
お前はこれからどうすんだ?」
「あたしは、ここに暫くいてみるよ。
父親がやったように、あたしも伝説を守ってみる」
「...そうか。」
「大丈夫、死にはしないよ。
取り敢えず先ずはこの死体の山を、墓守にでも頼んで埋葬して貰おうかね」
過去の遺物は葬って、新たな気持ちで伝説に望む。この女はやはり、身も心もタフだ。
一人は生へ、もう一人は死へ真逆なりにもお互いの道を歩み始める。
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