DelicacY DeaD

アリエッティ

第1話 偽善の娯楽

かつて世界には、『表現の自由』という許された概念があった。

己の言葉、振る舞いで世界観を表し、解放されたエンターテイメントが其処彼処に点在していた。

しかし世界は、いつしか悪影響だという枷を付けられるようになり、様々な自己の表現は柔和で、限られたものに制限されてしまった。

自由な表現者を閉じ込めた牢獄の名は

「コンプライアンス」

突如現れた理不尽な者共が、次々と奇抜な表現を破壊、抑制していったのだ

それによって自発的な表現をする者は極端に減り、決められた枠でもがく事に喜びを見出していく様になった。


衰退し、活路を他に模索する世界。

誰しもが組織に迎合するようになった奴隷の様なその景色の中で、諦めず、屈する事なく我を通さんとする英雄達が一握りだが存在した。

「時代遅れと笑ってやがれ。」

恐れを知らず攻め入る者達、歴史に残された唯一の救世主(メシア)なり。


「この村も廃れてんな。」

古びた立て看板。かつて大賑わいだった村の酒屋も、今では人の気配すら無く隙間風を吹かしている。

「コメディバット村か、愉快な名前だなオイ」

村の住人は家に篭り、窓から見える定位置で独り言を何やら口を動かしている。自分だけが楽しめる独り言を呟いているのだ。

「前来たときは露天商が声上げて笑ってモノ売ってたのにな、常に大繁盛でよ。」

今では見る影も無く、殺風景だ。呆れて溜息を吐きつつ、以前の祭り場であった酒屋に足を運んでみる事にした。

「邪魔するぜ。」

木の扉が音を立て開き招き入れる。

「いらっしゃい。お客とはまた珍しいね、こんなつまらない村に。」

卑屈な店主、表情もモヤがかかり眉一つ動かない無愛想ぶり。

「まぁそう言うなって、前にも来た事あるだろ。覚えてねぇか?」

「……覚えてないな、何か飲むか?」

少し考えて、思い出すのを放棄した。

「オレだよオレ、グレイトマンだ。

マントにコスチュームなんて出で立ちで忘れてるなんて事あるか?」

「...何年か前までは、随分と似たような格好の奴等が来てた。今じゃとんと見なくなったけどな。アンタくらいだろ、希望を捨てちゃいないのはな」

メニューの無いその店は、決まってぬるめのミルクを差し出す。酔いたい夜など存在しないし、客が来ないので、文句を言う者は一人としていない。


「いつからだ?

ここがこうなったのは。」

「アイツらが来てからだ、何処だって同じときからだろ。」

「言わずもがな..ってところだな。」

この村も昔は笑顔の絶えない場所だった。皆が騒ぎ、賑わっていた。

「面白い連中が対決をやりあって、負けた方は罰ゲーム。わさび寿司を頬張ったり、顔にパイを塗りたくったりな周りはそれを見てゲラゲラ笑ってた」

資金が集まれば専用の装置を作り、ヌルヌルの坂道を登ったりもしていた。


「だがそれも奴等に規制を掛けられ悪影響だと廃止させられた。他のも全部だ。それから村の住人は座って喋るだけになった。それも伝わらない話ばっかりだ!」

地蔵のように唯座り、面白くも無い話を箱庭で繰り返す。まるでひな壇に座る人形だ。

「そうか、そのせいで客は減り勢いは無くなった。金もねぇからでかい事が出来ないんだな。」

「まぁそんなとこだ」

柔らかさは、研いだ刃物を錆びさせる鋭く穿った一筋は、硬いものを切る為にこそあるものだ。

「一応聞いとくが、必要だと思うか?

コンプライアンスの連中はよ」

「..そんなもの、要る訳が無い。

だがそれで納得している奴がいる。その時点で、言葉を発する意味は無い」

時代を諦めた、店主の、顔つきはそれを物語っていた。

「また来るぜ。金、ここに置いとくからよ」

「いらねぇよそんなもん。」

「とっとけ、少なくでも足しにゃなる筈だ」

「..ちっ、客の言う事だ。素直にきいといてやるよ」

ぶっきらぼうに手で囲み、懐へ忍ばせる。最早来客の新鮮味など、何処かへ消えて無くなっていた。

「ふぅっ、ミルクの味はまぁまぁだったぜ。」

「てめぇやりやがったなぁ?」

「ひぃ〜すみません!

もう二度と余計な真似は..」

「うるせぇ!」「ひいっ!」

「なんだ?」

酒屋を出るとボロ布を来た青年が、びっしりとした黒いスーツの男に足蹴にされている光景が目に入る。

「てめぇ今何をしようした?

言ってみろ!」

「そ..その小さなお金で...新しい遊びを、考えようと..」

「てめぇがか?

時代に合わせる事も出来ねぇてめぇが何を新しく作れるってんだあぁ!?」

「ひぃぃ〜!!

ごめんなさいごめんなさい〜!!」

「ちっ、くだらねぇ。」

床に突っ伏し頭を擦って許しをこう青年をあからさまな態度で見下し舌打ちをする大柄な男。

「コンプライアンス..」

「あぁ、なんだテメェ?」

「それ返せよ」「何ぃ..?」

「そいつが面白ぇ事やろうと思って貯めた金だ、返してやれよ」

「..お前その格好ヒーローか?

まだやってる奴いたんだなぁ!?」

見下すような態度、卑下する視線。正しい事をしていると思い込んでいる者の、典型的な振る舞いである。


「いいか?

もうお前らは古いんだよ、必要とされてねぇんだよ!

罰ゲーム、暴力、そんなもんはもう価値を持った表現じゃねぇんだ‼︎」

「..今お前蹴っ飛ばしてたよな?」

「今のは違ぇこいつを説得する..演出だ演出!

楽に理解して貰える為のアイデアだ」

「嘘だ、隣の街にはもっと優しく、自由な事をさせていたじゃないか!」


「あの街とこの村じゃ訳が違ぇんだ!

テメェら如きが同じ土台に立てると思うなゴミ共が!」

「そんな..」「カスが。」

分かりやすく、目立つ方ばかりを優遇し続ける。街は広いが、決して面白い催しを開かない。技術でいえば、確実に村が上に位置するのだが、言う事を聞き、分かりやすい。都合の良い街を大いに贔屓する。全く不平等だ。

「..お前、一人か?」

「だったらなんだってんだ!」

「組織に守られた奴が一人で来るたぁ良い度胸だな。この規制を受け入れない街によ」

「テメェも一人みてぇなもんだろ!

だいたいな、こんな小せぇ村大事にとっとく意味がねぇんだよ!」

「でけぇところではヘコヘコ顔色伺って、小さなとこでは威張りくさる。..テメェみてぇなのが一番嫌ぇだ!!」


「全くだ。

マトモに相手したらヘドが出るな。」

「..マスター。」

酒屋の店主が握りの良さそうなエモノを肩に掛け、声を聞きつけ現れる。

「何しに出て来やがった!!

仕返しのつもりか!?」

「俺だけじゃねぇぜ、みんなみんな..アンタらにはウンザリしてるんだ。」

家に篭っていた住人が、武器を持ちジリジリと踏みしめ歩み寄る。

「..おい、何だコリャあ...?」

「逃がさないよ..!」「うわ!離せ」

弱々しく、怯えていた青年までも男を掴んで離さない。

「俺達の怒り、思い知れ」

「..おい、嘘だろ。嘘だよな?」

腰を抜かし、すっかり震え顔の黒光りする大きな点。

「な?

規制が無いって面白いだろ、オレは余所者だけどな。」

そう言い残し、納得した顔つきで去っていった。

「待て、おい、お前ヒーローだろ!?

助けろよ、なぁ!助けてくれよ!」

聞く耳を持たない。悪人を助ける義理など無いからだ。

「おい、どっち向いてんだよ。

余所見..すんなよっ!」

「ひいっ!」「これが俺達の表現だ」

「うっ...」

その日は珍しく、物静かな村に大きな歓声が湧いたと云われている。

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