第4話 後編

 アニメ映画「はちみつペロルと魔物の森」を見に来たはずの人々は、太いツタに絡み取られ、食虫植物のような壺状の花の中に押し込められていった。それらの花々の中心にさらに巨大な花の蕾があった。大人も子供も泣きわめき、ツタや花から逃れようともがいていた。

 まだ逃げまどっている人間もいて、その中で大部戸は怪物たちの写真をタブレットの撮影機能で収めるチャンスをうかがいながら走り回っていた。

 美織の右腕に成人男性の太ももほどの太さのツタが絡みついて、姉の詩穂が必死にほどこうとしていた。

「おねえちゃん、おねえぢゃあああああああん!」

 美織が泣いて暴れるので詩穂は余計手元がおぼつかず、とうとう彼女の胴体にもツタが伸びてきた。

「つかまって!」

 必死に姉妹はお互いの手を握ったがツタの引っ張る力はすさまじく、あっけなく二人は引き剥がされてしまった。

「はなせよっ!はなせっつってんだよ!!」

 2年3組の中では一番おしとやかだと男子から思われている詩穂でも、自分と妹の命の危機を感じたならば声を荒げるのも無理はなかった。

 未だに自分の身に起きていることが信じられないでいる美織は、「彼女のヒーロー」の名を叫んだ。

「助けてぇ!ペロルーーー!!」

 それに応えるかのように、美織を捕えていたツタに一閃が走った。解放された彼女の体をピンク色の膝丈ドレスの少女が片手で受け止めた。

「大丈夫?」

 今自分を助けてくれた少女に美織は既視感を覚えたが、何のアニメの変身ヒロインかは思い出せなかった。大きな剣を持った変身ヒロインなんて見たことがないし、「はちみつペロルシリーズ」にこんなキャラいたか心当たりもなかった。

「お姉ちゃんたちを助けに行ってくるから隠れててね。」

 ドレスの少女は美織を木陰に下ろすと、身にまとっていた羽衣を木の枝に伸ばして引っかけてターザンのように飛んで行った。「ママあれお姫様みたい!」と誰かが叫んだ。



(とは言ったものの)

 詩穂に巻き付いたツタを斬り落としつつ、「チェリーピンク」に変身したふみは考えた。この大剣でいくら薙ぎ倒しても、次から次へとツタは伸びてくる。囚われている人々に燃え移るといけないので大剣に宿る「炎の力」は使えない。文自身もツタに追われつつの作業である。羽衣を伸ばしても違うツタに巻き付いてしまったり、飛んでいる間も伸びてくるツタをかわしたり薙いだりしなければならない。

 そうこうしている内に夢の中とはいえ疲れが溜まってきて、羽衣で飛んでいる最中の文は後方から伸びてきたツタに左足を巻き取られてしまった。

「しまっ――」刹那、それに小さな影が走ったかと思うと、文の左足は自由になった。別のツタに飛び移った文が目にしたのは、一昨日出会った茶トラの仔猫――「ウルタール猫軍」将軍の曾孫・ウルルが先程のツタの断面に飛び乗るところだった。

「君一人でできると思ったのかい?」

 いつの間にか辺りを猫たちが飛び交い、ツタや壺状の花が切り裂かれていった。

「どうしてウルタール猫軍がこんなとこに!?」

「僕たちは夢の世界ドリームランドの住民、君たち人間の夢の中に入れるなんてあたりま」「ペロル!!」

 得意顔で文に説明していたウルルが、子供たちの歓声に目を丸くした。

「パパあのネコちゃんはちみつペロルそっくりだよ!」「いや本物のペロルだ!」「ペロルが助けに来てくれたんだ!」「おーい、ペーロルー!」

 子供たちは手を振ってウルルに呼びかけた。確かに彼の毛並みはペロルと同じ「はちみつ色」だ。文は吹きだしそうになるのをこらえたが、口元を押さえた手の下で頬が膨らむのをウルルは見逃さなかった。

「もう君帰れよ!あの子たち連れてって!」

「そんなこと言われても、どうやって」

「みんなこっちだ!」

 キジトラの猫が一本の樹を縦に裂き、そこから人一人通れる位の虹色に輝く空間が開いた。

大人たちは子供たちを連れてそちらに駆け込んだ。美織も「ペロルがんばれー」と声援を送りつつ詩穂に手を引かれて行った。

「せめて一枚!」

 ツタ共の勢いが収まってきたのを見計らって大部戸は「チェリーピンク」に向かいタブレットを構えたものの、それを素早く黒猫が掠め取った。

「あちょっと返して!」

 黒猫は出口まで走って行ってタブレットを放り投げ、無我夢中で追ってきた大部戸は一方通行と知らずにそこへ飛び込んだ。

「さあ君も」「まだ帰れない!」

 文は迫ってくるツタを払いながら、中心部の巨大な花の蕾に近付いて行った。追いついてきたウルルは彼女の肩に飛び乗った。

「人間が旧支配者に勝てる訳ないだろう!」

「やっぱりあれが本体ね!」

 ウルルの忠告も無視して、文はようやく蕾に辿り着くと大剣の切っ先をそれに突き付けた。

「あんたがヴルスームとやらの本体ね。斬られたくないのなら答えなさい。サイコースはどこ?」

 旧支配者ヴルスームはゆっくりとその巨大な蕾を開いた。そこには雄しべも雌しべもなく、鋸状の牙がよだれを滴らせて並んでもいなかった。おとぎ話に出てくるような華奢な体格に蝶の羽をそなえた妖精が黄金色に輝いており、細い脚が花の中心から生えていた。

「紅の乙女よ、いかにも我は協力者となりうる人間を求めて汝らの前に現れた。だがわが奴隷にそのような名を持つ者はおらん。」

「しらばっくれないで!銀髪に赤い目の魔法使いの男の人よ!あんたら旧支配者が氷の牢獄に閉じ込めてるんでしょ!」

 黄金色の妖精は優雅な仕草で口元を片手で抑え、嘲笑に全身を震わせた。

「我が領域は花々を萎えさせる氷も雪もない常春の楽園ぞ。それに氷の旧支配者の領域など汝のような人間が来られるはずがない!」

 それを聞くなり文は炎を大剣にまとわせ、ヴルスームに向かって大きく振りかぶった。が、その刃が触れるよりも先に幾本ものツタが大剣に絡みつき、そのまま持ち上げられて文の体は浮き上がった。

「なるほど、その焔......それにその刃」

 足をジタバタさせる文に、ヴルスームは初めて感心した眼差しを向けた。

「紅の乙女よ、サイコースとやらに会いたくば他の旧支配者にも気を付けることだな。もっとも深淵を覗いた時点ですでに覗き返されているがな。特に黒き者には......」

 ヴルスームは小さな口で語りかけている間に、羽を揺り動かして粉を文に振りかけた。彼女の視界はヴルスームの領域に入った時のように暗転した。



「おねえちゃん、おきてる?」

 美織に揺さぶられて目を覚ました文の視界に映ったのは、ほんのりと暗い映画館のスクリーンだった。

「どうなってるの?『はちみつペロル』は?」

「棚端君も寝てたんじゃないか。皆始まるなり眠り込んでしまったみたいでね。」

 反対側で大部戸が大欠伸したのが聞こえた。場内のあちこちで欠伸やらざわめきが聞こえる。

「なんか機器が不調起こしたとかって、そんなアナウンスがあったの。」

 そう教えてくれた詩穂と他の観客たちの頭上にアナウンスが流れていた。

「皆さま、大変ご迷惑をおかけしました。引き続き『はちみつペロルと魔物の森』をお楽しみください。」

 再び上映開始を告げるブザーが流れた。映画会社のロゴが映った。どうやらこれから始まる所らしい。

「って待ちたまえよ?この映画どれくらいの時間なんだい?」

「120分......2時間くらいね。」

「にーじーかーんー!?」

 詩穂の回答に、大部戸は青ざめた。退屈な子供向け映画の為に彼は拘束される訳だ。

 その大部戸の隣で戦いに疲れた文は、あと2時間ものんびりできると安堵した。夢の中でヴルスームから言われたことも忘れて、サイコースに何買おうかと考えを巡らせた。

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