第3話 後編

「どいてどいてー!」

 渡り廊下に大量発生した人間大の昆虫から逃走中の団壱中学校の生徒達は、今度は走ってくるピンク色の華美なドレスの少女に驚かされた。

 彼女は刃が生徒たちに当たらないように大剣を振り回したりせずに抱え、張り上げた声のみで皆を蹴散らした。その異様な風体に皆は彼女に道を譲るものの、スマホで彼女の写真を撮る者までいた。

 昆虫騒ぎを聞きつけた新聞部の中畑も彼女――渡り廊下に向かうチェリーピンクに追い越された。

「あれ、不審者でしょうか!?」

 中畑に付いてきていた後輩もスマホを取り出した。

「分かんねぇ、とりあえず気付かれないように付いていくぞ。」

 中畑は後輩のスマホを持ってない方の手を引っ張った。

「中畑先輩、やけに落ち着いてません?」

「これで三度目だからな。」



 体育館二階の会議室は、体育の授業を受ける女子とバスケ部の女子に更衣室として使われている。

 不幸にもそこに忘れ物をして取りに来ていたテニス部の御凪佳世は、またもや人間大の昆虫に邂逅する羽目になった。

 しかも体育館入り口で取り囲まれる形で。

 彼らの狙いは恐らく彼女がボーイフレンドから貰った「ラピスラズリ」。昨夜のうちに彼女の元に戻ってきたというのに、奴らはそれを奪い返しに来たのだ。

「こここここ来ないでよ!!なんで私なのよ!?」

 ラケットが手元にあったらこいつらのイボだらけの頭をかち割ってやれるが、テニス部女子の更衣室がある棟はここからまだ遠い。

 奴らの両手はハサミであり、このままでは昨日のボーイフレンドと同じようにひどい目に遭わされるだろう。

 先にテニス部に行かせてしまった彼の名を呼び、助けを叫ぼうとした時だった。空から猫が降ってきたのは。

「シャーーーーーーーーーッ!!」

 茶トラ、キジトラ、サバトラ、黒、白、様々な柄の猫が御凪を取り巻いている昆虫たちに頭上から襲い掛かった。

「へ?」

 普段愛らしい動物たちは老いも若きも般若の形相となり、昆虫の頭の突起物をライオン程大きくもない牙で食い千切り、幼子が小さい生き物でやるように易々と硬い脚をもいだ。

 昆虫たちは彼らを振りほどこうとするものの、その攻撃のことごとくを小さく身軽な猫たちはかわし、ある者はハサミで仲間を殴り、ある者はハサミから光線を発して味方に誤射してしまった。

 ようやく渡り廊下に辿り着いたドレスの少女――「チェリーピンク」に変身した文は、この小さな生き物たちによる虐殺現場に呆気にとられた。

「何が起こってるの?」

 この猫たちは「普通の猫」なのか「魔女の使い魔」なのか、敵か味方か文は判断しかねた。

 折角行き交う人々に当たらないように抱えていた大剣は昆虫たちに切りかかれば猫ごと斬りかねない為に振るうわけにもいかず、突っ立って見ているしかなかった。

 やがてほとんどの昆虫たちが倒れ伏し、あるいは残骸となり果てると、猫たちは食らい始めた。その中でようやく耳の形が整ったぐらいの茶トラの仔猫が文に近付いた。

「ここはもう僕らに任せたまえ」

「はぁ?」

 猫が喋ったことに驚くよりも、その尊大な物言いに文はカチンと来たが、茶トラ猫の背後に倒れていた昆虫が鋏の間を光らせているのを見て顔色を変えた。

「危ない!」

 咄嗟に文は彼を抱え上げて飛びすさった。その刹那、茶トラ猫がいた場所に光線が当たり、焦げ目がついた。

 発射した昆虫に他の猫たちが群がるが、彼は今ので最後の力を振り絞ったらしく、とどめを刺すまでもなくこと切れていた。

「ウルル二等兵!油断するでない!」

 右目に古傷のある年老いて痩せた黒猫が文の足元に駆け寄った。

「申し訳ありません、ひいじい・・・いえウルソール将軍。」

 当たりを見渡すともはや昆虫たちが全滅したと見られ、文が安堵した途端、小さなざわめきが耳に入った。

「おいなんだ、あのコスプレ女!」

「演劇部の宣伝かな!?」

「猫もいるー♪」

 騒ぎが収まったので様子を見に来た数人の生徒が渡り廊下に集まり、写真を撮り始めていた。

「いかん!引き上げるぞ!」

 ウルトール将軍と呼ばれた老猫が猫とは思えない程高く飛び上がると、他の猫たちも続いた。

「君も早く!」

「え、えぇ」

 いつの間にか肩に乗った茶トラの仔猫に促され、文もその身にまとっている羽衣を螺旋状にして地面に伸ばし、飛び上がった。



 急に姿を消した猫とピンク衣装の少女を探す人々を、文と猫たちは屋上の柵ごしに見下ろした。

「はー危なかったぁ!」

 文に変身能力――銀の鍵を与えた魔女・ニグラッセは「悪い魔女として狩られないように気を付けよ」と言っていた。彼らの様子じゃ「魔女狩り」なんてしそうにないが、あまり目立たないようにしなければならない。

「お初にお目にかかる。」

 先程ジャンプした猫たちは空のかなたに消え去ったので誰もいないと思っていたが、黒い老猫が文の足元に座っていて、お辞儀するように頭を下げた。

「我々は『夢の世界』の住人『ウルタール猫軍』。人間を旧支配者から守るために参った。吾輩は総指揮官ウルソール、以後お見知りおきを。」

「はあ」

 唐突に「夢の世界」から来ただの「ウルタール猫軍」だの言われても、文にはちんぷんかんぷんだった。

「先程は我が曾孫、ウルル二等兵を救っていただき、誠に感謝申し上げる。ウルル二等兵!」

 ウルソール将軍に呼ばれてさっきからずっと文の肩に乗っていた茶トラの仔猫が飛び降りると、ウルソール将軍は仔猫の頭を前足で下げさせた。仔猫は納得できないかのような上目遣いになっていた。

「いや礼を言われるほど」と文が言おうとしたところで、白黒ブチの猫がウルソール将軍の傍にやってきた。

「将軍閣下、例の宝石店の方も作戦完了しました。」

「ふむ、ご苦労。まさか取り戻したものを再び狙いに来るとはな。」

 それを聞いて文は、件の昆虫の被害に遭い、また盗品を返してもらったのが御凪だけではないことを思い出した。

「だが全滅させられてよかった。ではこれにて失礼させていただく。」

 ウルソール将軍と白黒ブチは飛び上がると同時に姿を消してしまった。

「もうヒーローごっこはやめることだね。」

 ウルル二等兵と呼ばれた茶トラの猫はそう言うと、先の二匹に続いて飛び立った。

「は?」

 さっきまでしゃべる猫たちに困惑していた文に、怒りが沸き上がった。

 別に彼女は遊びで戦っていたわけではない。「愛する人」を捕えた化け物共を打ち倒す為のこの格好である。

 たかが仔猫に「ヒーローごっこ」呼ばわりされるいわれはない。

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