第7話 月見酒 (3)
「それと、もうひとつ」
國充はそう言うと目を閉じた。
「?」
「お前が
「ん、あ? ああ」
生返事をしながら、臣人の意識は遡った。あの時へ。あの時のバーンは確かにひどかった。何を考えているのかわからない。どこか計り知れない。感情がまったく表に出ない。それがまったく欠落してしまった状態。
今以上に自分という『殻』に閉じこもっていた。今と同じように退魔行を請け負って仕事をしていた。が、その元凶たる怨霊、悪霊に情けなど一切無い。
調伏や浄化という手段をとることなく、力任せに消滅させていった。
「感じぬか? 臣人」
「何を?」
過去の想いから現実に引き戻された。自分の身体から魂が抜けだし、戻ってきたような感覚だった。微妙な表情をしている臣人を尻目に國充は話を続けた。
「この山そのものを包み込んでいる“気”を」
そう言われて初めて臣人も目を閉じて、意識を広げた。感覚のチャンネルを変える。
意識を自分の内から、外に向けてみる。
「すごい…!」
思わず臣人は声をあげた。目を開いて、國充を見た。何かが彼らを包んでいた。何か温かいものが。山の頂上を中心に“気”が波のように広がってきていた。
それが寺のある中腹にまでゆっくりゆっくり波打つように降りてきている。まるで音もなく山が歌っているかのようだ。目を凝らしてみると空気がキラキラしている。
そんな錯覚に襲われるほど風が優しかった。
その風が揺らす木々のざわめきが、この温かい“気”を歓ぶ声に聞こえていた。
「これがバーンの“気”やと!?」
驚きを隠せなかった。信じられなかった。普段のバーンがその身にまとっている“気”からは考えられなかった。
「夕方から御山はずっとこうじゃ。ここに寺を開いてからずっと育てながら張った“樹”の結界に反響して、こんなふうに感じるんじゃろうが。まるで潮騒のようじゃ」
「それにしても」
「驚いたのか?彼がこんなに心をひらく機会なぞ、なかなかないじゃろうて。まるですべてを慈しむ御仏のようじゃ。常々頑なに閉じておるからのぉ」
臣人はそれでも信じられないといった様子だった。この山の自然を、動物を、
植物を慈しむように広がっていく彼の“気”は今までにない温かさに満ちていた。
これほどの“気”を感じたことは、一度もなかった。これを受けているとこちらまでぽかぽかと身も心も温かくなるような。かつて経験したことのないほど力強く、やさしい“気”だった。これがバーンの本当の『心』なのだと知った。
國充は、片目をつぶったまま臣人を見た。
「自己の内面にのみ目が向いておると、そういうことになる。物事の本質を見抜く力が失われる。このように目の前に『答え』があるのにそれに気づかぬ」
口の端だけを上げて笑っていた。
「常に内と外におのが目を向ける事じゃ。冷静にな」
「じいさん、」
臣人は申し訳なさそうな顔をした。
今まで國充に意味もなく反抗していたことを少し後悔した。
そんな臣人の様子を知ってか知らずか、國充はこう続けた。
「あやつもずいぶん変わった。その変化の一端を担ったのは紛れもないお前自身よ。」
「!?」
(わいが!?)
「ふぁっはっはっは」と、高らかに笑うとこうも付け加えた。
「今日の酒は格別じゃった。」
白いあごひげを手でさすっていた。
「何と言っても孫と飲んだのだからな。」
それっきり國充は口を閉じた。臣人はちょっと顔を赤らめながら、頭をかいていた。
そして、二人はいつまでも月のない星空を見上げていた。
すべてはルーンの導きのままに…
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