9話 密室殺人事件との戦い

「例の密室殺人事件の一分でがんばるってあれうまくいった?」

 晩ご飯の食卓で、Kの母が一連の出来事について水を向けてきた。Kの父も「そう、それ」といった風情で息の合ったあいづちでうんうんとうなずいた。

「えっと、移動時間とか考えて三十秒でしようってなっておじいちゃんから見取り図もらって被害者の家の一回外から見たけどすごい豪邸だったよ近所の人と話したりしてそれ参考にしながら消防の人が梶なんとかさんだったかな梶本ちがうなカジカジ梶谷さんかなロボさんの知り合いなんだけどその人も手伝ってくれて訓練用の階段でかいやつ置いて二階作って最初ロボさんがやったけどダメでえーと三十秒なんてぜんぜんダメで一分超えてどんぐらいだったのかなまあそれはおぼえてないけどなんかロボさんの上司みたいな人が来てそうだ毎年メロンくれる人だったよその人警察の人だったんだねぜんぜん知らなかったけどでその人が腰やってそれはなんでかっていうとセントルイスああえっとセントルイスってダミー人形でほら車の衝突テストとかで車に載せるやつ六十キロぐらいだったかなあなんか高齢者モデルとかでうんそうそう殺害されたヒョンなんとかって人がけっこう歳いってる人だったはずでそれに合わせてそういうの用意してくれたんだって消防の人が梶谷さんがあとその上司の人いたけどなんか体操してたイメージしかないけどそれでまあダミー人形をメロンくれるおじさんが持ち上げたら腰やったみたいでその場に倒れてこんな感じで(Kはおもむろにフローリングに転がり、刑部の所作を再現して見せた)それでまあもうけっこうがんばったしいいんじゃないのって感じになりかけたところで消防? レスキューの? エース? って人が来て今年の出初式の写真が市報に載ってたらしいんだけど顔と図体はインパクトあったけど名前なんだったかなその人湿布持ってきてくれてロキソニンテープとかいうの貼ったら効いたらしくて結局メロンのおじさんは大丈夫になるんだけどそのレスキューの人これがもうすごかったあ携帯で撮っとけばよかったそのとき時間計ってたから携帯のストップウォッチ機能でうん三十秒以内かどうかってあそういえば三十秒超えたらレスキューの人切腹するとかいってたっけ消防の上司の人が剣道の高段者らしくって介錯? 首はね? なんかそういうのできるっていっててまあそれはともかくとしてレスキュー? レンジャー? の人なんか地面をつーって動いてアルデンテだっけまあなんかそういう速さでうーんどういう原理なのかは知らないけどまあなんか動くの実際見たからねなんかのトリックだったのかもしんないけどそれで階段を駆け上がってああつーって動くのは途中までだったけどねあんまり速い動きじゃなかったしだーんって飛び跳ねて階段のてっぺんでそれで確実にセントルイスくんにとどめを刺してバックブリーカーだっけよく知らないけどまあなんかそういう技使ってそういえばロボさんも始める前にプロレスかなんかの技セントルイスにかけてたっけ背広でよくやるなってそうしたら走り抜けてレンジャーの人そのまま帰宅したうん三十秒は切ってああそうそうそれがね二十七秒ジャストぴったりでこの数字っていうのが走り出す前にレスキューのその人が宣言してた数字だったもんだからええーこんなぴったりなことあるんだーってみんなけっこう感動してともかく一件落着だったかな」

ということを、Kは晩ご飯で口を動かすあいまあいまにのんべりと語った。Kの父と母は途中途中に「ほいでほいで」的な合いの手を入れつつも、おおよそどういうことがあったのかを理解した。

「なんにせよ目的を果たせたのならよかったじゃない。有意義な休日だったってわけで。お父さんもそう思うでしょ」

 けらけらするKの母の一方で、Kの父は若干釈然としないところがあるらしい。

「うんまあ、Kが抱えていたいくつかの問題を解決したっていうのは確かだろうけど、それはそれとして、レスキューの人、だれさんだったっけ、その人がつーって動いたのはどうしてなんだろうね」

 Kは「さあ」と首を傾げた。Kの母は「世の中いろいろあるからね」とあまり深追いしないようであった。レスキューの人が動いた理由がわからなければ、だれさんだったかもKはよくおぼえていなかった。ヒグマ田レス・キュー太郎なんて名前だったら印象に残っておぼえられたのになあ、と世のめぐりあわせの難しさを嘆いた。

「お母さんたちは隣町の役場に絵手紙見にいってね――」

 Kの話が一段落したところで、今度はKの母が自身の一日を語った。

「お母さんお父さんと隣町の役場に行ってさお父さんの運転で絵手紙見に行きに知ってる人のも載ってるらしいからそうそうサダケン会のお母さんは出さなかったけどねんふんひお父さんこの豚汁いい味出てる(Kの父、まんざらでもなさげな顔をする)隣町の役場ってほら市民グラウンドの裏のKも行ったことあるっていやグラウンドの方だけど小さいころあそこでやってたお祭り見に行ったでしょおぼえてないまあそれはともかく絵手紙知ってる人のも何枚かあってまあ全員サダケン会の人じゃないけどいろいろ派閥? 流派? 絵手紙の先生も世の中いろいろいるわけだしグループ同士で仲悪いとかそういうのはないけどそのアスパラ道の駅で売ってた安かったびっくりした(Kの父、アスパラガスに含まれるアスパラギン酸は疲労回復に効くから、と合いの手を入れる)こんだけでヨンキュッパ混んでた混んでたお金使わないでいいからね道の駅は」

 猛烈な勢いで発話していたKの母は、切り替え式のスイッチでも入ったかのように、唐突に「お湯沸かそ」とつぶやきながら立ち上がり、いそいそと台所へと向かった。彼女は蒸留酒は季節を問わずお湯割りで飲むたちであり、なんやかや酒精と食料を摂取した挙句、それがしきたりででもあるかのように焼酎だかウイスキーだかでだらだらとした仕上げにかかったのであるからしかたがない。

「お父さんも隣町の役場って行ったことなかったけどね――」

 自然な流れとして、不在となったKの母の話のあとをKの父が継いだ。Kの父は思考の半分か三分の一ぐらいでは吉村がつーと動いた仕組みについて考えていたが、大筋では今日の出来事について我が子に語り掛けつつも、自らの行為に至るぬところはなかったか、過ぎたところはなかったかと自省するような態度であった。

「お父さんはあんまり絵手紙とか興味なかったんだけど、いや、実際目の当たりにしてみると違うねやっぱり。ばーって貼り出してなかなか見ごたえあった」

「そうなんだ」

「植物のモチーフが多かったかな絵手紙、花とか野菜とかナスあったかな。ナスはナスニンが含まれてるし。キャベツもあったこれはキャベジン」

「ビタミンU」

「そうそう、美肌効果と整腸作用。パパイヤはなかったかなあったらパパインだったんだけど。まあお父さんはあんまり絵心ない方だし、何描いてもりんごかきゅうりになっちゃうけどね、ハハハ」

 Kは焼いた肉を咀嚼しながら返答代わりにほえほえと頭を少し上下させてみせた。それからKの父は、吉村が動いた状況をもう少し詳しく聞きたがり、そうこうしているといくらかの乾き物を片手にKの母が食卓に戻ってきて、本日の出来事の残りをはにゃほにゃとしゃべりつくした。その内容はKらの身内でなければさして興味もわかないような平穏で平凡な話であったが、ともあれ、Kら一家はお互いが有意義な一日を過ごしたような気がすることを確認したのである。


 連休が終わり、Kにも現実と向き合う日々が来た。昼休み前の最後の授業で、物理をやっていた。授業名とは裏腹に、物理の担当教師は「波動がどう」とか「粒子がこう」とか全く目に見えない物理的ではないものばかり語るので、物理というからには石で殴ったりそういう学問であろうと想定していたKは、初回からいままでずっとこの授業に乗り気になれないところがあった。

「……というわけで速度によって時間が変わります。以上」

 途中からKはうつらうつらしていたが、教師の授業終わりの声で正気に戻った。ノートには眠気に耐えて板書しようとしたふにゃふにゃした筆跡が残っていた。

「さっきの物理、わかった?」

 昼休み、出席番号の都合で座席が近くだったためになし崩し的につるんでいる生徒や、同じ中学出身だった生徒とか、人がいるところになんとなく寄ってくる生徒などがぼんやりと集まって、昼ご飯を食べていた。

 連休が明けたこともあり、ぼちぼち学生の本分にでも目覚めてみようかと殊勝な気持ちを抱きかけたが、どっこい、授業では何を話しているのかあんまり理解できなかった。Kが飯時の話題として授業についての感想を聞くと、みなみな待ってましたとばかりに口を開いた。

「ぜんぜんわからん。まだロンゴロンゴ語の方がわかりそうな感じがする」

「あれがわかるってんなら、いま、ここにはいないね」

「今日は先生が何いってるのかわからんことがわかった」

 これは自分だけだろうか、と不安な気持ちを抱いていた新入生らは、雁首そろえて我先に「わからん」と力強く断言し、しこうして、一同おおいに安堵したのであった。教室内のほかのグループの生徒らも、Kたちの会話に無言ながらも完全に同意しているようであり、クラスメイトたちとの固い絆を感じた。いまこの瞬間、この教室に隕石が落ちてきたとしても、こいつらといっしょならば実に屈託なく逝ける、とまで信じられた。

 それから、連休中に何やったという月並みな話題になり、部活やサークルがなんちゃらとか、どこそこに遊びにいってかんちゃらとか、畑のあぜを歩いていると突然強い光に包まれてアブダクションにあって休みがつぶれたとか、やはりおしなべて月並みな内容ばかりが陳述されのであった。

 Kは消防署でいろいろあったことを話そうかと思ったが、しかしそれを話すには決田邸殺人事件の背景を説明する必要があり、そのほかロボとか吉村とかのことを考慮すれば、これを気の利いた感じでコンパクトに話すのはいかにも骨が折れそうで気が進まなかった。

「知ってるおじさんがぎっくり腰なった」

「へー、あわれ」

「わびさびだ」

 結局、Kはそんなことをいった。それがKら若人の人生の埋め草になったのであれば、刑部の腰も浮かばれるというものである。

 そのとき、突然にKの思考に鋭敏な感覚が突き刺さった。ほんの一瞬、Kの動きは食事に混ざった砂でも噛んだように止まった。連休中の平和な道の駅の駐車場で感じた、決田ヒョンヒョ郎の存在を知らせる感覚である。前回よりも激しさ増しているようで、この調子でいけば夏休みが始まるころにはすっかり正気を失ってしまうのではないかとすら思えた。

「あと道の駅でお金持ちの親を殺した例の人殺し見かけた」

「あの変な服着てるやつ。何してたそいつ」

「牛串食べてた。あとイワシ食べた、あ、それはうちの家の話だけど」

 ヒョンヒョ郎がかかわる事象を暴露したことで、ちょっと気が楽になった。とはいえ、Kの頭の中ではなおも随意では制御でない思考の奔流が暴れていた。


「ちょっと用、思い出した」

 Kの本能がヒョンヒョ郎が近くにいることを知らせていた。と同時に、その存在、その罪を白日の下にさらすことを能力は持ち主に迫っていた。その力にあらがえず、Kは本能のおもむくままに行動することを選択することを決めた。

 Kの本能は、標的が学内にいることを知らせていた。Kは一人でその場所に向かうつもりだった。用の内容を説明することがややこしそうであるし、Kの特に根拠のないあやふやとした山勘的直感に従って行動することを明らかにすることがどうにも気恥ずかしく感じられた。

 Kはヒョンヒョ郎容疑者の捜索というきわめて個人的な用件にクラスメイトらが食いついてこないよう、なるたけさりげなくもつまらなくありふれてくだらない口調と態度を心掛けて椅子から立ち上がった。まだペンキが乾く様をじーっと眺めている方がたのしいよ、といわんばかりの空気を全身からただよわせた。

「用ってどんな。暇だし付き合うよ」

 しかし、クラスメイトの数名が「おや」と興味津々といった感じで食いついてきた。


 およそ学生とは暇な生き物である。中途半端な時間はあっても、それを生かせる財産や才覚を有するものは稀であって、ほとんどの学生はとかく暇である。我が身を省みてみても、よくぞあれほど暇に浸かり暇の毒にあてられて死ななかったものだと呆れもすれば感心もする。

 学生時分、退屈な授業中に「突然だれか発狂して教師に殴りかかりでもしないか」というたぐいの妄想で無聊を慰めた人は少なくないはずで、ご多分に漏れず筆者も当然そうであり、しかしながら残念なことについぞ一度たりともそんな光景に出会うこともなく馬齢を重ねていってしまった。まあせいぜい、教室に蜂が入ってきたとかで、それすら筆者の生涯において数回もないほどの頻度である。しかしそれでも蜂が入ってきて教師やクラスメイトたちがあわてふためき授業が中断したひとときには心が躍ったものだ。

 休み時間であれば自由に行動できるため多少は退屈さをしのげるとはいえ、それでも、学校という教育施設の範疇でだれに後ろ指を指されることもなく実行可能な娯楽などたかが知れている。

 したがって、学生というのはイベントに飢えている。どこまでも続く代わり映えしないのっぺりとした倦怠の日々において、ほんのわずかな突起にすら尋常ではない反応をしてしまう。

 筆者が中学生だったとき、昼休みか放課後あたりだったか記憶は定かではないが、野良犬が学校の敷地に入ってきたことがある。犬など飼ってる世帯も多いであろうに、筆者も含めそれなりの生徒がわざわざ野良犬を見物にやってきたというのだから暇というのはつくづく人間を堕落させるものである。

 しばらく野良犬は体育館の近くにあつらえられていた腹筋トレーニング用のベンチのあたりを落ち着かぬ感じでちょこちょこさまよっていたが、突如としてベンチを相手に盛り出したというのだから尋常ではない。たぶん、雌犬のにおいでも残っていたのだろう。その雄の野良犬は前脚をベンチに乗せると、腰をそういうふうに動かし始めたのである。

 この光景に、集まった暇な中学生どもが欣喜雀躍したことはいうまでもない。筆者の中学時代において、学内で発生した最大の盛り上がりはこれになる。アホくさ。

 人垣の厚みは増し、友人、知人を呼びにいずこかへ駆け出すものもいた。教室の窓から身を乗り出す生徒も続出した。退職間際の理科教師もニヤニヤしながら物見にやってきていた。

 いまにして思い返せば一連の事態は常軌を逸している。たかが犬の盛りではないか。もし仮に、いまこの瞬間に筆者の住居のすぐ前の往来で犬が激甚な交尾を始めたとしても、間違いなく私はわざわざ靴を履いて外にのこのこ出ていって、犬の交尾を間近で見ようなんてことはしない。いや、ま、普通の交尾ではなしに激甚なやつなら見にいくかもしらんが、とまれ、トイレか何かで席を立ったときに、ふと外に目をやり、偶然犬の交尾を目撃したならば、ははーん、とほんの一瞬それに意識を向けるであろうが、ただそれだけのことである。いまの私は犬の交尾の見学よりももっとやりたいこと、やらねばならぬことがたくさんある。

 だがしかし、中学生の筆者にはそんな自由も余暇もなかった。したがって、索漠とした学校生活においては、犬の盛りですら極めて珍しく得難い娯楽だったのである。馬鹿馬鹿しい。なんとみすぼらしくもいじましい境遇ではありませんか、学生は。


 Kとクラスメイトらも当然のごとく暇であり、したがって、Kのクラスメイトらが、同輩がぽろっとこぼした用とやらに過剰な興味を抱いたとしてだれが責められようか。

 クラスメイトらは、Kの用とやらにさほど深い考察を有しているわけではなく、トイレ行くとか、売店行くとか、ほかのクラスの知合いに会いに行くとか、せいぜいその程度のものだと推測していた。Kの用の内容がそれらのいずれかだとしても、一般的な社会通念と照らし合わせてみればことごとく「どうでもいい」ものであるのは断言できるが、それでも、クラスメイトらはしゃれっけ皆無の四角四面な教室でしけた面を並べているよりかはまだしも有意義であろうと期待していた。

「たいしたことない用だよ。パッと終わると思うし」

「そんなこといわずに、さ。かなりの私的なことならひっこむけど」

 Kはやんわりと遠慮の態度を見せたが、クラスメイトらは「みずくさいじゃないの」といった態度で返した。そう、たしかにみずくさいではないか。Kを含めてこの教室にいる全員はつい先ほど物理がわからんという気持ちで桃園の誓いもかくやとひとつになったところであり、さもあれば、だれぞの用は幸にせよ不幸にせよ、等しくみなで共有してなんの故障があろうか。

「そんならまあ、ちょっとそこまでだから」

 クラスメイトたちにほだされ、Kも別段そこまで意固地に拒絶する理由もないし、来るもの拒まずの精神で伴連れを許容したのであった。

「ほいきた。よっしゃ、行こ行こ」

 いっしょにご飯を食べていたうちの二三人が立ち上がると、「なんだみんな行くのか」といった感じで、結局そのへんに集まっていたやつらは全員が席を立った。するとそれに触発されてKとはまださほど交流のないほかのグループのやつらも「なんかあるらしい」といった感じでついていく雰囲気となり、そうすると教室に居合わせた残りの連中も「なんかみんな行くらしい」と付和雷同してきた。

 それで二十人ぐらいでぞろぞろ廊下なんざ歩いていると、その一団に出くわしたほかの生徒らは、「移動教室だったっけ」「避難訓練かなんかじゃないの」「なんか集合かかってるのなら行っとかないと怒られるかも」「野良犬がとてつもない交尾をしているのでは」などと勝手に解釈して、Kたちのあとに勝手にわらわらと寄り集まってきた。多くはKとは面識のない知らんやつばかりであったが、そも、彼ら彼女らは元の集団の中核がKであるかどうかすら全く無頓着についてきていた。

 先頭を歩くKには集団の人数など把握する由もなかったが、いつのまにかその数は百は下らないほどの行列になっていた。これぐらいまできてしまうと「なぜ並ぶかというと、並んでるから並ぶのだ」というトートロジーすら立派に成立してくる。暇人が暇人を呼び、かくして集団は意味もなく加速的に膨れ上がっていった。


「さっきの授業のとき、例のお金持ちの親殺しがちらっと視界に入った気がしたから、それを確かめようかと思って」

「そりゃあ、おもしろそうだ。来てよかった、うんうん」

 Kがヒョンヒョ郎容疑者の存在を気にした理由というのは実際のところは完全な「なんとなく」なのだが、しかしそういう動機で高校生にもなってふらふら行動していると解釈されるのもいらぬ予断と偏見を抱かせてしまうことが危惧され、常識的な理由を適当につくろっておいた。果たして、Kの身近の善良な人々はそれをすっかり信じ込んだようであり、Kに対する評価は「好奇心か警戒心がやや高めで良くも悪くも腰が軽い」程度に収まっているようであった。

「どっかこっちの方に歩いていったのが見えたけどなあ」

 ヒョンヒョ郎が歩いているところを現に見たわけではないのだが、そっちの方面にいることをKは自らの直感だけをたよりに確信していた。Kを先頭に、一団は生徒会室まで来た。集団は膨れに膨れ上がり、いまや二百人は下らない生徒が群衆を形成していた。最後尾の方では「野犬の群れが空前絶後の大交尾大会を開催しているらしい」という話題で持ちきりとなっていたが、もちろんそんなこたKのあずかり知らぬことである。

「失礼します」

 おずおずと生徒会室の引き戸を開けた。レールが小石を噛む不愉快な感触が少しした。扉の向こうに話題の人殺しがいるに違いない。だが、Kは会って何をするのかまでは特に計画を立てておらず、こんだけ人が集まってればだれかなんとかしてくれるだろうともくろんでいた。

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