モテ期。

 それからの一、二週間、沢井とのやり取りが続いた。


 私が高野とのメールのやり取りで気になった点を相談すると、沢井が分析して答えてくれる。

 そんな中、もっと詳しい話を聞きたいから、二人で飲みに行こうと誘われた。前から行きたかったという候補の店の名も二つ書いてある。沢井の仕事が落ち着いたら、具体的に日程を決めようということになった。


 ずいぶん熱心に世話を焼いてくれるんだなぁと、私は呑気に構えていた。これも大山のおかげで、ありがたいことだと。


 大山からは、無事に帰国したというメールが来た。

 心配だったのは、その中に「ずっと体調が悪い、頭が痛い」と書いてあったことだ。「何かよくないことが起こる時にこうなることが多いから、俺も気をつけるけど、真奈絵ちゃんも気をつけて」とのことだ。


 イヤな予感がした。この前言ってくれたが帳消しになるようなことじゃなきゃいいけど……。


 この予感が違う意味で当たったのかどうかわからないけれど、それからほどなくして、沢井から連絡が来なくなった。しばらくすると、SNSからも消えていた。

 慌てて大山にメールで何かあったのかと問い合わせたのだけど、大山からも返事は来なかった。


 この二人も、私が引き寄せて、何らかの事情で消えていった縁ということになるのか。何か得体の知れないものがうごめいている気がして、少しこわかった。



 三月になるとすぐ、馬場とまたドライブデートをした。

 気持ちは高野にあったけれど、先のことはまだ何とも言えない状態。だから、この段階で馬場を切るつもりはなかった。


 でも、デートはまったく盛り上がらなかった。やっぱり彼は、私の話にほとんどリアクションを返してくれないし、メールではいろいろ話してくれるのだけど、会うと自分からは話さない。

 私は、彼の別れた妻のことを思った。結婚しても、彼はこういう感じだったのだろうか。だったら、あまり楽しくなかったのではないか。少なくとも、彼は相手のことをあまり気づかえないか、気持ちはあっても表せないオトコなのだろう。


 馬場の運転する車に揺られながら、この先もしばらくは様子見でいこうと考えていた。彼が断って来ない限りメールを続けて、誘われた時に都合が合えば会う。そんな感じで。


 その日の帰り。

 買い物をしたいからと家の近くのスーパーマーケットまで送ってもらうと、馬場が「また、会ってもらえますよね」と訊いてきた。

「あ、はい」と即答すると、「北沢さんのこと、正式に考えていいかな」と言う。


「正式? っていうのは?」

 少し戸惑って訊くと、「このまま続けて、うまくいくようだったら、その……いっしょになるっていう……」と言った。


 こういうことだけは、積極的に言うんだなと思った。

 いずれにしても、「うまくいくようだったら」と言ってるのだ。うまくいかなかったら、いっしょにならない。それならいいだろうと思って、「そうですね」と頷いた。



 妙な引き寄せは、その後も続いた。


 まず、大学の同級生の独身オトコから、かなり久しぶりに飲みに誘われた。彼とは研究室も同じで、そこそこ仲も良かった。名を福地という。

 金曜の夜、仕事のあとに隣町から出向いてくれた福地と、積もる話や知りうる限りの同級生の近況を教え合って、あっという間に楽しい時間が過ぎていく。

 福地は最近、車を買い替えたとかで、今度ドライブに行こうと言われた。断る理由もなかったので、誘いにのった。


 桜前線が近づいたころ、すでに咲いているところがあると福地が言ってきたので、私たちはさっそく第一回目のドライブに出かけた。

 気心の知れてる福地に、これまでの婚活歴や、高野と馬場の話などを聞いてもらった。彼のいいところは、女子並みにコミュニケーション能力が高いことだった。聞き上手のリアクション上手で、馬場もこうだったらどんなにいいかと思ってしまう。


 私たちは、今後も月一でドライブをしようと約束した。



 時は着々と進み、いよいよ高野と野球を見に行く日が近づいたある日の昼休み、私は例によって、香織さんの会社にランチでお邪魔していた。


 福地の話をすると、香織さんは感心したように言った。

「真奈絵ちゃん、ほんとに持ち駒が多いのねぇ」


 私は慌てて訂正した。

「いやいや、これは違いますよ。福地くんとは学生の時から、お互いに好みじゃないってことは確認済みなので」

「でも、仲いいんでしょう? そこでくっついちゃったら楽なのに」

「今さらないですよ〜。昔っから、お互いの恋愛相談する仲ですからね。向こうの好みも知ってて……。全然、私は当てはまってないってわかってるし、私も細身のオトコはイマイチですもん」


 香織さんは、「そぅなの?」となおも残念そうな顔をしていたけれど、男女間にも友情が成立すると私は信じている。

「それよりも、今年は本当に古い縁から新しい縁まで、いろいろ引き寄せまくってて、それがちょっとこわいって話です」


 いつものように手作りのお弁当を食べ終わると、香織さんは蓋を戻しながら思案するように言った。

「それって……モテ期とは違うのかしらね」

「う〜ん、どうなんでしょう。そう言われれば、そんな気もするけど、でも、引き寄せてるのが私と結婚したいって思ってくれてる人たちかと言うと、そうでもないんですよね。逆に、ありがたくない縁もあったし」


 香織さんが、急に思いついたように言った。

「そういえばね、別の会社にいた時の先輩が言ってたんだけど、その人も結婚した年はすごかったんだって。いっぺんに三人くらいから言い寄られて、自分はその中から一番いいと思った人を選んで、それですんなり行けたんだって」


 誰にでもモテ期はあると言うけれど、自分のそれはとうの昔に終わったような気もしている。


 香織さんはおもしろそうに続けた。

「私にもそういう時が来るから、絶対に機を逃しちゃ駄目よって、その人に言われたんだけどねぇ。来なかったのよね、私には」

「香織さん! これからかもしれないじゃないですか。だから、婚活は続けといた方がいいですってば」


 香織さんはウフフと笑って、「来たとしても、もういらないわ。私、今のままでいいかなって、本当に思ってるんだもの」と相変わらずつれない。

「真奈絵ちゃんこそ、機を逃さないでね。今の流れがそうかもしれないんだから」


 もちろん、今の私は臨戦態勢だ。言われるまでもなく、逃すはずはないと思っていた。

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