思う人と思わぬ人。

 三月の終わり、高野と野球を見に行った。


 あまり派手に応援するのは高野のスタイルじゃないらしく、私たちはネット裏に近い席で上品に観戦した。

 帰りは居酒屋で夜ごはんを食べて、お酒も飲んだ。高野は泊まりがけで来ていた。


 正直なことを言えば、私が野球に誘ったのは口実で、メインイベントはそのあとの食事にあった。もっといろいろ話をしたかったし、そろそろこのつき合いの目的を定めたかった。もちろん、「結婚前提に、正式につき合う」というふうに。


 今のままでは、会うたびに次があるのかと不安でしかたがない。デート中も次回の約束を取り付けられるかどうかに意識が向いて、せっかく二人でいる時間をやきもきと過ごすようになってしまう。


 私は高野に惚れているので、それでもこうしていることは楽しいのだけど、高野が楽しんでいるのかどうかも、本人が言うように表情が乏しいせいもあって、ようとして窺い知れなかった。


 何より、どういうつもりで会ってくれてるんだろう?


 一番大事なところがはっきりしないことが不安だった。


 結局この日もよくわからないまま、何とかゴールデンウィークに彼の住む街へ遊びに行くという約束だけは交わせた。


 今度こそだ。今度こそはっきりさせよう。

 ほしかった保証は、また持ち越しとなった。



 四月にはまた、福地とドライブに出かけた。


 由佳子はこの年、メジャーな雑誌の連載の仕事を得て、その取材で忙しく全国を飛び回っていた。香織さんとは時々ランチをしていたけれど、由佳子に対するほど本音で何でも話せるわけではなかった。

 そこにちょうどよくはまったのが福地だ。

 自分が主体となって婚活をしてるスタンスだけはなんとか保っていたけれど、そのわりに思ったように進められていないもどかしさを福地にぶちまけ、不安や不満も聞いてもらって、かなりストレスを発散できた。



 そして、ゴールデンウィーク。

 私は高野の住む街まで電車で二時間以上かけて出かけて行った。また中学生の初デートかというようなウキウキ気分で、車中でもずっと胸の高鳴りが止むことはなかった。


 駅には高野が迎えに来てくれていた。ランチから夜ごはんまでのほぼ半日、車で観光スポットを巡る。大きな公園の散策や、縁結びの神社、そして、美術館。最終の電車の時間まで、きっちり相手をしてくれた。


 ここまでして、さすがに二人の距離がだいぶ近づいた実感はあった。けれど、だからこそじれったいのは、今回も何らの確信も得られなかったということだ。

 こうしている時間が結婚へと繋がっているのかどうか、それがさっぱりわからないのだ。


 高野は若いころはあまり恋愛に興味がなく、結婚もアラフォーになってやっと考え始めたという。つき合った経験もせいぜい一、二回で、自ら「奥手」と言ってはばからないようなところがある。

 なので、こういう時にどうすべきなのかがわからないだけなのかもしれないし、私のアプローチから始まっているので、私に任せてるつもりで受け身なのかもしれない。でも、肝心の「私をどう思っているのか」がまったく読めないことが痛かった。

 気があるとわかっていれば、私が積極的に進めればいいだけのことなのに、そこがわからないせいで、私も動けなかったのだ。


 ファイナルアンサーを急かすな。

 これは過去の恋愛の痛い経験から得た教訓だ。機が熟す前に結論を急ぐと、否定的な答えを引き出してしまう確率が上がる。相手の中に芽が出て、ある程度育つのを待つのだ。


 わかってはいたけれど、こちらの好きな気持ちが膨らみ過ぎるとパンクしてしまう。

 私はすでに、パンパンだった。



 五月にはまた、福地とドライブ。モヤモヤした気持ちを親身に聞いてくれて、近郊の観光地ではパワーストーンのアクセサリーまでプレゼントしてくれた。


「ついでに、くじ運も引き寄せて、競馬でも当てて奢ってよ」と福地が言った。

「まかせて。倍返しするから」

「それ、意味違うだろ」


 二人でいると、他愛もないことでずっと笑っていられた。福地が相手だと、私は同性といっしょの時以上に飾らずにいられて楽だった。学生時代に培った関係は本当に貴重だと思う。

 ふと、香織さんの言葉がよみがえった。確かに、トキメキはなくとも、友だちみたいな夫婦にはなれるのかもしれない。


——でも、お互いタイプじゃないしな。


 何度考えてみても、答えはそこに戻ってきてしまう。

 私たちがセックスするところなんて、どうやっても想像できない。福地だって、うんとは言わないだろう。



 その後、思いがけず、高野が出張でこちらに来ることになったと知らせてきた。

 ただの業務連絡みたいなそのメールに、「会う時間、取れますか?」と恐る恐る訊いた。結果、仕事が何時に終わるかはっきりしないけれど、夜の食事くらいはごいっしょできるかもとの返事。

 またしても、会いたいと思ってくれてるのかどうかわからないトーンだった。


 手放しでは喜べないのに、会えること自体はもちろんうれしい。何とも複雑な気持ちで、私はインターネットでよさげな居酒屋を選んでおいた。


 その日、やや遅めの時間に待ち合わせをして、私たちは食事に行った。高野はとても疲れた顔をしていて、いつにも増してテンションは低かった。

 私は場を明るくしようと、いつも通りにしゃべった。少しはくつろいだ気持ちになったのか、高野も自分の仕事が今どう面倒くさいことになっているのかを話してくれた。


 仕事が大変な時に私につき合ってくれている。このことを、素直にいい意味に取っていいのか確信が持てないのは、相変わらず、目の前にいる時の彼の態度が曖昧だからだ。

 この日も、最後は尻すぼみな感じで終わってしまった。



 馬場とはかろうじてメールを続けていた。

 彼がその日の出来事や見た映画の感想を書いて、週に一、二度送ってくる。私は機械的に、それに対する返事や自分の近況を簡単に書いて返していた。

 時々会いたいようなことを書いてくるけれど、実際、馬場以外の約束と仕事で忙しくて断っていた。優先順位が、友だちより低くなってしまっている。


 そんな状態でも、馬場はあまり意に介してないように見える。本当に牛のようにのんびりしたオトコだ。そのメンタルが、むしろうらやましいくらいだった。

「正式に」とはっきり言葉にしたせいで、安心しているのかもしれない。そして、彼にとっては、この状況も範疇なのだろう。



 高野と馬場。

 当初はどちらも私が選んだオトコだったけれど、今や、思う人に思われず、思わぬ人に思われるという、なんともおかしな状態になってしまっている。しかも、思う方のオトコに保証がないために、思わぬ方のオトコを切ることができない。

 いつまでもこんなことをしていたら、どっち付かずのまま、せっかくのいい年もあっという間に終わってしまう。もうすぐ半年になろうとしているのだ。


 六月に向けて、私は真剣に策を練ることにした。

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