援軍現る?
「最初はさ、俺は真奈絵ちゃんの友だちの方が好きだったんだよね」
大山が沢井に説明する。
「そうそう。で、その子は大山の友だちの方が好きだったんだよね。大山ったら、律儀に仲を取り持ってやってさ〜。いま思うと、涙ぐましいね」
大山の昔の職場の後輩だという沢井は、おもしろそうに話を聞いている。
「だったら、大山さんと真奈絵さんがくっつけばよかったのに」
「お前、先走るなよ。その前に、真奈絵ちゃんはこれまた俺の別の友だちのことが好きでさ。俺はせっせとそいつの家に遊びに行っては、部屋の中がこうなってたとか、今夜の晩ごはんはカレーらしいとか、真奈絵ちゃんに情報提供してやってたんだよ」
懐かしさに胸がキュンとなった。このへんの話は中学生時分のことで、その後、大山は遠くの街の高校へ進学した。家庭の事情で、奨学金が出るところを選んだのだ。
「それからだよね。情報提供の流れでそのままなんとなく手紙をやり取りしてて、それがけっこう続いて……」
「そうそう。で、大学卒業の直前に、俺の方から真奈絵ちゃんにプロポーズしたの。見事、撃沈されたんだけどさ」
そう言って、大山は笑いながらビールをあおった。
「だって、私、その時、大学で好きな人がいたんだもん。てか、もっと早く言ってくれたらよかったのにー」
人生はすべてタイミングだ。ちょっとずれていたら、結果は大きく違っただろうということは多々ある。運命のさじ加減で、縁も成ったり成らなかったりするのだ。
「それで、俺はこんなんなっちゃったわけ」
大山は両手の親指を自分に向けておどけて見せた。
「こんなん、ってどんなんですか?」と沢井が訊く。
「ほら、お前と同じ会社に入る前、俺、世界中放浪してたって言ったじゃん。あれはまあ、真奈絵ちゃんのせいだけじゃなかったんだけど、なんか、それまでのいろんなことを全部放り出したくなったんだよな」
「えー、そうだったの!? しばらく音沙汰なかったと思ったら、いきなり海外で撮った写真とか絵はがきとか二、三回送ってきたよね。私は、あぁ元気なんだ、よかったぁってホッとしてたんだよ? あれ、私のせいもあったってことだったのぉ!?」
プロポーズを断ったあとの手紙には、それほどショックを受けたような様子はなかった。ただ、結婚を考えなくてよくなったから、その時に決まっていた内定を蹴って別のやりたいことを探してみたい、というようなことが書かれていたのを記憶している。
「今日さ、沢井がついて来ちゃったのは……」と、大山が私に向かって言う。
「こいつ、俺と女の子の好みがピッタリでさ、昔、俺が好きだった人と会うって言ったら、見てみたいって言ったんだよ」
私は面食らった。急に居心地が悪くなる。
「お前、わかりやすいな。会ったとたん、もう気に入ってただろ」
大山が肘で沢井を小突くと、「はい。大山さんが好きになったの、すっげぇわかります」と沢井は笑って言った。
「あ、でも、こいつ妻帯者だからね」
そう私に釘を刺してから、大山は「手ぇ、出すなよ」と沢井を睨みつけた。二人ともだいぶ酔っている。
私たちは、大山の二週間の滞在期間中にもう一度、三人で飲みに行くことにした。
そして、この沢井というオトコも、私が引き寄せた一人だったのかと、あとで思うことになる。
その前にまず、私は高野と二回目のデートをした。
今回、彼は車でやって来て、郊外の大型ショッピングモールで、そこでしか買えない物を調達したいということだった。
彼がお目当ての衣類などを買ったあとは、二人でぶらぶらと歩きながら適当にテナントを冷やかして回った。目につくものについて、あーでもないこーでもないと話しながら、飽きることはなかった。
最後は大手のコーヒーチェーン店でお茶をした。ほとんど私が話し、高野は静かに相づちを打ったり、たまに感想を言ったりしながら、話を聞いてくれた。
今回は、次のデートを私から提案した。来月は野球のシーズンが始まる。ということで、いっしょに試合を見に行こうと言うと、「いいですよ」と承諾してくれた。うれしいと同時にホッとした。
大山と沢井との二回目の飲み会は、その次の週だった。
三者三様の恋愛観などを話した流れで、私は婚活してることを打ち明けた。これまではなかなかいい人がいなかったけど、いま会っている二人のうちの一人に、おそらくは片思いしているところだ、ということも。
そこに沢井が食いついてきた。
「そういうタイプはですね〜」と、いろいろアドバイスをしてくれようとする。しまいには、自分の同僚たちが時々合コンをしてるから、私を呼んでくれると言う。
私はチャンスだと思った。オトコ心を踏まえてアドバイスしてくれるのはありがたいし、もし高野や馬場とうまくいかなかったら、合コンに行ってみてもいいかもしれない。
集大成の年なんだから、使えるものは何でも使って、貪欲に行こうという気分だった。今の私は振り回される側ではなく、自らがハンターなのだ。いや、釣り人と言った方がいいかもしれないけれど。
すでに撮影旅行から帰ってるはずの年上の写真家からは何の連絡もない。もう候補から外していいだろう。高野と馬場と、プラスアルファ。これが目下の獲物だ。
大山は、沢井があれこれと私に世話を焼こうとすることに、時々、先輩っぽく口を挟んでいただけだった。が、だいたい話が終わったところで、こう言った。
「あのさ、沢井の作戦はいいとして、俺にも見させて」
「見るって、何を? まさか、高野さんに会いたいってこと!?」
訝りながら訊くと、「まさか」と大山は笑った。
「俺さ、中国に行った時に、目覚めちゃったんだよ。霊感が磨かれちゃったの。子供のころからそういう不思議な感覚はあったんだけど、日本を離れて、いろんなしがらみがなくなったら、それがますます鋭くなっちゃったんだよね」
驚いた。先日の南山さんもそうだったけれど、今の私は、こういう人たちも引き寄せちゃうってことなの!? と。
「さっきから聞いてて、ずっと感じてたんだけど、十一月くらいに何かあるね」
私は目を丸くした。
「ほんとに!?」
勝手に、高野と結婚できるという意味だと思った。
「いや、何があるのかははっきり言えないけど。それに、相手はいま言ってる人じゃないかもしれないよ」
なぁんだ、と少しトーンダウンはしたけれど、何かはあるのだ。何もないよりはいいと思いたい。
「そうだな、よくて結納くらいかな。年内は、結婚まではないと思う」
それでも十分だった。
「いい、いい! 全然いいよ。だって、結納って婚約ってことでしょ? 全然いいよ。よかったぁ、がんばってきて」
大山はさらに二、三の点を補足してくれた。
柿原さん、南山さん、そして大山。三つの信号が揃って青を灯しているのだから、こんな心強いことはない。
やっぱり今年はいい年なんだ。この上なくいい気分のまま、お開きとなった。
沢井とは引き続きSNSで連絡を取り合うことを約束し、数日後には海外へ戻るという大山には、くれぐれも気をつけてと言った。そして、また帰国することがあったら知らせてくれるよう念を押した。
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