石橋を叩いて……。
「関心ありのサインをありがとうございます。
登録しておいてこんなことを言うのはおかしいですが、
自分が誰かの関心の対象になるとはまったく思っていなかったので、
うれしい気持ちがありながら、戸惑ってもいます。
あのような愛想のない写真にもかかわらず反応してくださって、
お礼というよりも、敬意を表した方がいいかもしれませんね。
せっかく有料会員になってメールを送ることができても、
こういう時に何を話していいのかさっぱりわかりません。
申し訳ありません」
第一希望氏からのメールは愛想がないどころか、結局この先どうしたらいいのかわからないような文面だった。
「うれしい」とは書いてあるけど、「申し訳ありません」で終わっているのが何とも微妙だ。
何を話したらいいかわからないから、これで終わりってこと?
それとも、申し訳ないけど、そっちに任せますということ?
前途多難。
大歓迎で応えてくれないまでも、もうちょっとわかりやすく前向きな感触を期待していたのだけど……と、こちらもまさに、うれしさ半分、戸惑い半分で、メールの画面を見つめたまま途方に暮れた。
だけど、よく考えてみれば、あり得ないことでもなかった。
そもそも第一希望氏が県内の遠いエリアに住んでいるにもかかわらず、なぜ私の心を捉えたかと言えば、プロフィールがあまりに味も素っ気もなく、自己アピールからは程遠い感じだったからだ。たいていのオトコはいいだけ盛っていて、メールでもいい振りをして、実際会ってみたらイメージ倒れということも少なくないのだ。
なので、むしろ欠点と思われるようなことばかり書いている彼は、ある意味で目立っていて、「ずいぶん、正直な人だなぁ」と興味を引かれたのだった。
そのうえ、見た目は馬場よりもさらに好みだった。
きっと正直過ぎて、「取り繕う」ということをしない人なのだろう。
となれば、もともとダメ元で当たって砕けてなんぼの世界、こんなことで怖じ気づいてすごすごと撤退する手はない。何より、彼はわざわざ有料会員になってメッセージをくれたのだから。
そうと決まれば、押しの一手。お行儀よくていねいな返事を書いた。
まずは、職業などを含めて詳しめの自己紹介。そして、数年越しで婚活してきた中、彼のページを見て直感的に惹かれ、初めて自分からアプローチしてみたこと。
それから、相手の希望年齢として自身の十歳下から十歳上までと書かれてはいたけれど、私の方が三つ年上だったので、一応、その年齢差についてOKかどうかのお伺いも立てた。
最後に、「すぐに直接会って話をしたいけれど、そうできるほど近くに住んでいないので、まずはメールからということで、差し支えなければ直アドレスでやり取りしませんか」とも書いた。
返事は二日後に来た。
「私のプロフィールがそんなに魅力があるとは自分で思えないし、
ましてや写真はなおさらです。
それに、私の方はあなたのプロフィールを見ても、
どういう方なのか具体的にはイメージできていません。
こういう場合に、すぐにでも会いたいという感覚は私にはなく、
マッチング倶楽部を通さないやり取りも、
もう少しお互いに知り合ってからにしたいというのが正直なところです。
というわけで、こんな私の何に興味を持たれたのか教えていただければ、
少しは先に進めるかもしれないと思います。
『出会い』が目的の場で、予防線を張り過ぎとお思いでしょうけど、
私はこういうのが初めてで慣れておらず、
また、こういうサイトでつかまえた人間を
別の組織のサイトに誘導しようとする手口があることも聞いております。
そのため、いささか慎重になり過ぎているのは承知してますが、
ご面倒でもこのステップを踏ませていただけたらありがたいです」
返事が即じゃないところも引っかかったけれど、オトコにしては警戒心が強すぎるところにも引っかかった。石橋を叩いても渡らないタイプ?
けれど、私はそんな彼に、ますます興味が湧いた。
クセがありそうな人に惹かれるという自分の
この人を絶対に振り向かせたい!
半ばムキになって、そして、同時にこの状況を楽しみながら、なぜ彼に惹かれたのかをメールに
「了解しました!
私の方は、サイト経由のメールでもまったくかまいません。
見た目が好みというのは理屈ではないので説明は難しいですが、
学生時代に吹奏楽をやっていたということなので、
音楽の趣味が合うかなぁと思いました。
私も下手ながらピアノを弾く趣味があります。
また、野球観戦がお好きということで、これも共通点になります。
○○高原の風景が好きというのも、すごくわかります!
そして、そういう具体的な点以上に、
プロフィール自体がとてもおもしろかったです。
ふつうはいいことしか書かないのに、「冷たいと言われる」とか、
「何考えてるのかわからないと言われる」「あまり笑わない」とか、
ずいぶん正直だなぁと思いました。
でも、その中に少しユーモアも感じたのです。
こういう直感を、私自身、信じてるところがあります。
私は北沢と言います。
そちらはハンドルネームのままでもかまいません。
私は恋愛経験がそんなに多いわけではなく、
逆に、男の人と友だちになってしまう残念なところがありますが……。
もしよければ、気軽にまたお返事くれたらうれしいです。
もっと知り合いたいと思っています。
よろしくお願いいたします」
今度は一日後に返事が来た。
「時間をかけてお返事を書いたのですが、
途中でセッションが切れてしまっていたようで、
送信ボタンを押したら全部消えてしまいました。
もう一度元通りのことを書く気力がなくなったので、
要点だけを思い出しながら書きます。
そんなんでちょっと事務的になりますがお許しください。
まず、たくさん説明をしてくださってありがとうございます。
でも、理屈じゃないことに説明を求めても駄目なのだとわかりました。
つまり、あまり「そうなのか」と理解はできませんでした。
せっかく書いてくれたのにすみません。
私の方は、北沢さんのプロフィールを見ても、
やはりまだ掴みどころがないという印象しかないです。
ただ、これまでいただいたメールを見る限り、真面目に婚活されていて、
私へも真剣な気持ちで声を掛けてくれたのだろうとは思えました。
私に興味を向けてくれる方はとても少ないので、
この貴重な機会にのってみてもいいのかなと考えるに至りました。
私は口下手だし、流行りの話題にも疎く、
やり取りしておもしろいかどうかは保証できませんが、
それでもよろしければ、サイト外のメールやり取りに移行しましょう。
私は高野と言います。
メールアドレスは、abcd@efghi.jp です」
まずは、ここまで来た。
彼は、叩いた石橋を渡ってくれる気になったのだ。
次は、ここからどうやって顔合わせへ持っていくか——。
いや、その前に、私のイメージをちゃんとつかんでもらって、もっともっと信用してもらわなくちゃ駄目かな?
私は、久しぶりに燃えていた。
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