引き寄せ祭り。

 第二希望のオトコは、名を馬場と言った。

 が、見た目もノリも馬ではなく牛だった。のんびりした話し方で、基本的にはかなりおとなしい。

 バツイチで、実母といっしょに娘を育てている。どちらも再婚には賛成していて、応援もしてくれてるらしい。


 趣味はゴルフと、車でおいしいものを食べに遠出すること。

 というわけで、初回からドライブデートということになった。馬場が、小一時間ほど離れた街のおすすめのレストランに連れて行ってくれるという。


 車の中で、離婚の理由を話してくれた。それがあまりにな話で、私は深く同情した。というより、何やってるの!? と情けなく思ったくらいだった。


 一言で言えば、妻の浮気だ。

 家が手狭になったので、もっと大きな家に引っ越そうと物件探しをしている時に、担当してくれた不動産会社の営業マンに寝取られのだと馬場は苦々しそうに言った。


「全然、気づかなかったんですか?」と私は訊いた。

「まったく。彼女、”家” にすごくこだわりがあったから、それで熱心に通ってるんだと思ってた」


 そして今、元妻がこだわり抜いて選んだ瀟洒な家に、馬場と母親と娘が三人で住んでるわけだ。


 馬場は、その話題だけ妙に感情を込めて話してくれたのだけど、ほかの話題では表情も変えず、あまり笑ったりもしないオトコだった。


 私が何よりも一番戸惑うのは、こちらの話にほとんどリアクションしてくれないことだ。ウンともスンとも言わないことも多い。

 時々、聞いてないのかな? と心配になって、運転する横顔を窺ってみるのだけど、実際よくわからなかった。


 往復二時間ほどのドライブの間、私は場を明るくしようとひたすらしゃべった。笑ってもらおうと思って、ちょっと恥ずかしい失敗談なども披露した。それでもほとんど反応しない。

 馬場は気にしてないのかもしれないけど、自分で自分の話にウケながらしゃべった方としては、しぃーんとなった車内の空気は耐えがたいものだった。


 終始そんな態度ということは、私のことが気に入らなかったのだろう。帰りの電車の駅まで送ってくれるとなった時、私は「これでおしまい」と宣告されることを覚悟し、多少気持ちも沈んでいた。


 自分もまだ彼に対してそんなにピンとは来てないのに。


 それが不思議だった。このオトコは自分で選んだのだと思うと、何度も会ってじっくり関係を育てなくてはという気になるものなの?


 見た目に違和感がないということは、こんなに大事なことだったということ?

 さらには、私は体の大きい人といると安心感があって、居心地がいいということもあらためて確認した。そこはやはり、理屈じゃないのだ。


 駅に着くと馬場は、「また会ってもらえますか」と言った。

 思いがけない言葉にホッとした。「あ、もちろん。よろしくお願いします」と答えると、馬場もホッとしたというように、その日初めてにっこり笑った。



 一方で私は、本命の第一希望のオトコからの連絡を諦めずに待っている。


 マッチング倶楽部は、無料会員同士は「関心あり」のサインを送り合うことができるだけで、メッセージのやり取りはできない。言葉を交わしたければ、どちらかが有料会員である必要がある。

 ということで、限定された期間だけ有料会員に与えられる全機能を無料で使えるキャンペーンもあるのだけど、一度試すと、その後三カ月は無料お試しができない。この時の私は、ちょうどその資格がない状態だった。


 というわけで、私の心づもりとしては、まず彼からも「関心あり」サインが返ってくる、つまり脈があることを確認してから、自分が正規に有料会員になってメッセージを送ろうと思っていた。


 が、ここに来て、お返しが来なくても会費を払おうか……と方針転換を考え始めた。リアクションがないことで、かえって何とか振り向かせたいという闘志が沸き立ってきたと言っていい。


 そうと決めたら、あとはいつ実行するかだ。


 そして、漠然と今月中にはと考えていた一月下旬のある日、驚くようなことが起きた。あとで振り返って、まるで「引き寄せ祭り」だったなと思うような一日だった。


 まず午前中、オフィスに珍客が現れた。

 昔、よくいっしょに仕事をしていて、兄と慕うほど親しくしていた大先輩が訪ねてくれたのだ。彼はいつも私をかわいがってくれ、なにかと褒めて励まし、元気をくれる人だった。彼がいると、安心してのびのびと仕事ができたものだ。


 事実婚というのか、単なる同棲というのかわからないけれど、長いつき合いの彼女がいなければ、間違いなくオトコとして惚れていただろう。


「ここに間借りしてるって聞いたから、寄ってみた」とふらりとやって来た彼を、私は大歓迎で打ち合わせコーナーに案内し、懐かしい気持ちで小一時間も旧交を温めた。


「へぇ、婚活なんかしてるんだ」と感心したように先輩は言う。


「真奈絵ちゃんなら、きっとちゃんといい人見つかるよ」


 こんなありきたりな言い方で私に自信を持たせられる人はほかにいない。私はすっかりいい気持ちになって、本当に見つかるんだと心から信じられた。


 午後になると、一通のメールが着信した。

 小学校時代から社会に出るまで友だちだったのに、その後消息不明になっていた同級生を年末にSNSで見つけ、友だち申請をしておいた。その承認がやっと来たのだ。いま彼は海外にいて、二月に一時帰国するので会おうという連絡だった。すぐに承諾のメールを返した。


 そして夜、家に帰ると、待ちわびていたメールが届いていた。


『あなたにメッセージが届いています』


 第一希望のオトコが、有料会員となって私にコンタクトしてきたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る