敗者復活。

 結論が出るまで待たせるのが悪い?


 本当に好きなら、「必ず説得するから待っていてほしい」と言うもんじゃないの?


 あの日、どうにも納得いかないながらも、私は黙って引いてきた。


 以来、言葉にしがたい妙なショックを引きずりながら、呆然と数日を過ごしている。まだちゃんと好きにはなっていないと思っていた相手から喰らった、失恋とはまた違う種類のショックだった。


 仕事も手につかない。食事をするのも、息をするのさえも馬鹿馬鹿しいと感じる。


 悲しめばいいのか、怒ればいいのか、悔しがればいいのか。

 わけがわからず、気持ちがまったく整理できなかった。


 こんな結果になるなら、幸せな思いなんてさせないでほしかった。いいだけ高いところに引き上げられて、思いっきり突き落とされたのだ。


 こんな無駄な痛みを負わされる必要が、どこにあるだろう?



 おばさんに電話すべきか迷っていると、おばさんの方から電話が来た。

 霧島から連絡が入って、ただ一言「申し訳ないけれど、縁がなかったということで」と謝られたそうだ。


「電話がすぐ切れちゃったから、詳しいことも聞けなかったんだけど、何があったの? 順調だったのに。あと一歩だったんでしょう?」

 残念そうに言うおばさんに、ざっと成り行きを説明した。すると、おばさんは「話せば何とかなりそうなのに、もったいないわねぇ。せっかくいい出会いだったのに」と言った。



 寄せては返す波のごとく、面白いようにオトコが寄って来ては離れていく。


 婚活を開始してしばらくは、襲い来る珍魚を自分で掻き分けている気分だったのが、いつの間にか私の方が振り回され、無惨に置き去りにされるというパターンの方が目立ってきてるように思えて、それも気になっていた。


 誰かが私を幸せにさせないためにずっと見張っていて、ここぞというところで邪魔をしてるんじゃないかと思っちゃうほど、話が駄目になっていく。もしかして、私にダメージを与えるためのプロジェクトでも進行してる? より苛烈な痛手を負わせて、二度と立ち上がれなくなるくらいまで叩きのめすための。


 それは冗談にしても、きっと私の人生は初めから幸せな結婚なんてない設定になっていたのだ。そして、そのことを思い知るために、わざわざこんなことをしてるのだ。諦め切れず、性懲りもなく、バカの一つ覚えみたいに。



 それから約一カ月後。

 また、おばさんから電話が来た。今日、仕事が終わってから、私に会いたいと言うので、都合のいい時間にオフィスに来てもらうことにした。


「実はね、昨日、たまたま霧島さんの会社にお邪魔したの。そうしたら、霧島さんが近づいて来て『お話があります』って言うのよ。もうビックリしたわ。幽霊かと思うくらい、痩せて青白くなっていてね」


「はぁ……」と私は話の行く先を掴みかねて、曖昧に返事をした。


「なんかねぇ、この一カ月、ずいぶん悩んでいたみたいよ。やっぱり相当好きだったのよ、あなたのこと。でも、お母さんの手前ね、どうにもできなくて……それで痩せるくらい悩んで……昨日は私の姿を見て『気づいたら声を掛けてました』って言ってたわ」


 驚いた。変な言い方だけれど、そこは痩せるくらい悩むところなのだろうか。そんなに悩むくらいなら……。


「だから、私、ちょっと話しましょって言って、仕事終わりにあらためて会ったのよ。それで、よーくわかったわ。あそこん家は、お母さんなのよ。お母さんが、息子を駄目にしてるの」


 仕事柄、おばさんはこれまでたくさんの人に会って、たくさんの人の家庭の事情やら家族の関係やらを見て来たのだろうと思う。そのおばさんに逆太鼓判を押されるくらい、霧島の母親は癖が強いということのようだ。


「話を総合するとね、結局、大事な一人息子を盗られるような気になっちゃって、駄々をこねてるってとこじゃないかと思うの。だから私も霧島さんに、同居だのなんだの、そんな親のワガママにつき合ってたら、いつまでたっても自分が幸せになれないわよって言ったのよ」


「霧島さん、お父さんが数年前に亡くなって、それもあってずいぶんお母さんをいたわってるっていうか、大事にしているような感じでしたよね。まあ、それは私もわからなくもなかったんですけど……」


 おばさんは意味ありげにひと呼吸置いて、私がご馳走した自販機のコーヒーを飲んでから言った。

「それがね、実は、お母さんが胃潰瘍を患ってるらしくてね、霧島さんはもしかしたら胃がんじゃないのかって心配してるみたい。そんなのはもう、ちゃんと検査受けて、ちゃんとやっていけばいいことなんだけどね。あそこはお母さんも保険に入ってるし」


 体調が思わしくない親を優先的に考えたってことか。と、私も宙ぶらりんなまま引きずっていた気持ちをおさめようという気になった。いつまでも、終わったことを考えていてもしかたがないのだし。


「あとね……」

 もう話は終わりかと思っていたら、またおばさんが口を開いた。

「子宮筋腫のことも引っかかったらしいの。驚いたわ。今どき、そんなことを気にする人がいたなんてね。お母さんが、早く孫、孫って言ってて、その手術の話がトドメを刺したみたいなの」


 そうだったのか。私もまさか、そこだとは思ってなかったけれど。


「それも私から、よぉーく言っておいたから。今は、筋腫のある人なんてそこら中いっぱいいて、手術で取れたなら何の問題もないことなんだって。そしたら、彼も安心してたわ。お母さんにも言ってみるって」


「は?」と、思わずおばさんを見た。


 おばさんはそんな私におかまいなく、不服そうに一人呟く。

「ほんとにねぇ、あれじゃあ駄目だわ。おそらく、なんだかんだ難癖つけて、結局は息子を結婚させたくないのよ。誰を連れて行っても、うんと言わないってヤツよ」

 

「でも……お母さんの方も会うのを楽しみにしてくれてたみたいなんですけどね……」と、私はおばさんの一人言につき合うつもりで言った。


「いやいや、そんなの最初だけ! たぶん、会ってたら、そのあとでいろいろケチつけて反対するのよ」

 そう言いながら荷物を手に持って、おばさんは思わぬ形で話を締めくくった。

「というわけで、もう一度、霧島さんがお母さんと話して、それからまた北沢さんに電話が行くことになってるから。その時はまず、私と三人で会いましょ」


 言い終わると、おばさんは満足げに席を立って、「きっと、大丈夫よ」と笑って帰って行った。


 私は慌てておばさんの後ろ姿に会釈しながら、混乱した頭で考えていた。


 ということは、つまり敗者復活があるってこと!?

 そして、誰を連れて行ってもと言わないなら、霧島のお母さんはいったい誰に孫を産んでもらうつもりなんだろう、と。

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