鳥と怪獣。

 そろそろ秋。ますます人恋しくなる季節。


 私は自分だけが置いてけぼりを喰らってるような焦りとさびしさを抱えて、半ば意地になって婚活に邁進していた。幸いと言うのか、婚活サイトでは今やひっきりなしにアプローチがある。常に複数人とメッセージのやり取りを一、二週間ほど続けて、会いたいと言われたら、よっぽどのことがない限り会うことにしていた。


 プロフィールには——価値観が似ていてフィーリングの合う方と、いつも笑い合いながら暮らしていきたい。歳を取っても、手をつないで歩ける関係でいたい——などと書いている。最近、それを元気で明るいトーンで書き直したせいか、同い年前後、年下からも声がかかるようになってきた。



 No.9さんは、一つ年下だった。何が私の心を掴んだのかと言えば、それはバード・ウォッチングだった。


 私は少し緑が多いところに行く時は、バッグに小さな双眼鏡を忍ばせて行く。きれいな鳥の声が聞こえたら、ちょっと覗いてみるのだ。コンサートなどに持って行く簡易なものだけど、ないよりはマシで、そう高い位置でなければかわいらしい鳥の姿を捉えることができる。


 No.9さんは筋金入りのウォッチャーで、本格的な装備を車に積んで、遠くまで出かけたりもしているらしい。

 いきなりバード・ウォッチングに行くのも何なので……と言う彼に、私はむしろいきなり行きたいと返事した。


 そして、ある秋の日曜日。

 わざわざ一時間ほども電車に乗って、私は郊外の駅に降り立った。No.9さんは車で来ているはずだ。

 駅前の小さなロータリーに出てキョロキョロしていると、白いバンから男性が下りてきた。


 怪獣。

 本人が言っていたとおりの怪獣顔で、思いのほか小柄だった。私より小さい。


 でも、笑顔はピカピカだった。すごくいい人なんだろうな、と思えるような。


 軽く自己紹介を済ますと、No.9さんは私を車へと促しながら言った。

「メールで言ってた自然公園、わりと近くなんですよ。途中のコンビニでお昼を買って、そこへ行くって感じでいいですか?」


 もちろん、お願いします、と私は言った。

 久しぶりに森林浴でもして、鳥の声を聞いて、かわいい姿を見て癒されたい。野生の植物を見るのも好きだ。私の心は弾んでいた。


 車中では、この時期どんな鳥が見られるか、どんな鳥が好きなのか、No.9さんが楽しそうに話してくれた。


 駐車場に車を駐めると、No.9さんはハッチを開けて、三脚と大きな双眼鏡の入ったケースを取り出した。そして、小ぶりながらちゃんとしたふうなもう一つの双眼鏡を首にかけた。

「行きましょうか」とピカピカの笑顔で言われて、私も「はい!」と笑顔を返した。


 散策路が整備されたちょっとした林の中へ入って行くと、ところどころに落葉し始めた木々があった。これなら鳥も見やすい。


 イスカがにぎやかに鳴いている。合い間に、ヒッ、ヒッというジョウビタキの地鳴きも聞こえる。お馴染みの甲高い鳴き声とともに、最初に姿を捉えられたのはゴジュウカラ。ちょこまかと忙しくエサを探している。ふくよかなアオゲラが木の幹にしがみついて首をしきりに傾けている。マヒワが上空を横切ったのが鳴き声でわかる。


 私は興奮して、No.9さんがそっと指差す方へ、次々と双眼鏡を向け続けた。

 No.9さんは鳥の声や気配がすると、まず首にかけた小さな双眼鏡で位置を確認して、しばらく鳥が動かないと見ると、大きな双眼鏡を取り付けた三脚をサッと立てて焦点を合わせる。そして、私にも見せてくれた。


 拡大された鳥の姿がレンズの中に鮮やかに浮かび上がるたびに、私は歓声を上げそうになる。

「鳥が逃げちゃいますから」と注意されて、さっきから興奮を抑えるのに必死だ。


 ヤマブドウの木には、ツグミがひっきりなしにやってくる。そこでも三脚をセットして、しばらく代わりばんこに覗いた。マミチャジナイも混じっている。


「時々ふと地面を見ると、ひょっこりコマドリがいたりして、ビックリするんですよ。警戒心が薄いと言うのか、人なつこいと言うのか、ね」


「よく、木の枝にウグイスがとまってる絵がありますけど、あれ、本当はメジロなんですよ。ウグイスって、たいてい低い藪の中にいて、あまり姿は見せないです」


 歩きながら、No.9さんは鳥のことをいろいろ教えてくれる。私はいちいち「へぇぇ」と感心しながら、楽しく拝聴した。


 四阿で遅いお昼を食べてる時も、仕事の話は一切出なかった。鳥のこと以外では、No.9さんの方から、これまでほとんど女性とつき合ったことがないといった話をされた。


「鳥を見る会に入ってるので、仲のいい女性メンバーも何人かいるにはいるんだけど。僕は見ての通りのなので、恋愛とは程遠い感じでこの歳まで来ちゃいました」


 何もそんなふうに言わなくても……。そう思ったら、なんだか悲しくなってしまった。


 視界の端で、キバシリがひょこひょこと幹を上って行くのが見えた。

「あ、かわいい」と言いながら、私は四阿を離れた。彼の言葉にどう応えていいかわからなかった。


 ふと見ると、葉に隠れるようにカラスノゴマがひっそりと咲いている。それが黄色いTシャツを着たNo.9さんと重なって、胸が詰まった。この気持ちは何だろう。


 いつまでもしゃがんで花を見ている私に、彼が声をかけてきた。

「たまに、植物を見る会と合同でウォッチングツアーをやったりするんですけど、振り返るたびに、植物の人たちとすごーく距離が開いちゃってるんですよ。あの人たち、立ち止まってはじっくり見るもんだから。僕たちは僕たちで鳥の声がする方へどんどん歩いて行っちゃうから、お互い歩調ペースが合うわけないんですよね」


 アハハ、なるほどね、と笑いながら、私は立ち上がった。振り向くと、また彼のピカピカの笑顔がそこにあった。



 暗くなる前に買い物をして帰りたいと言う私を、No.9さんが中心街まで送ってくれた。


 その夜、寝る前にサイトを開くと、帰り着いてすぐに送ってくれたのだろう、彼からのメッセージが入っていた。

 楽しかったという今日のお礼の言葉のあとに、一行付け加えられている。


「今度は水辺に水鳥を見に行きましょうか。おすすめの聖地があるんです」


 鳥は見たい。

 でも、このまま会い続けちゃいけないような気がしていた。

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