”いい人” なのに。

「ファイルNo.9。一つ年下(職業不明)。

・マッチング倶楽部で申し込まれた。

・趣味がバード・ウォッチングというところに興味を持った。

・自分の外見にコンプレックスあり。しきりに卑下する?

・とにかくいい人なのは間違いない! 性格も穏やかそうだった。

・デートは楽しかった→1回でお断り。

【考察】

・「バード・ウォッチングは楽しかった!」→でも、それだけ?

・いい人だけじゃダメ?

・いい人なだけに、気を持たせて彼の好意を裏切るのがこわかった?

・なぜか「悲しい気分」

・今回得たヒント:「趣味から出会う」というのはいいかも?」



 いつも以上に「?」マークを多用して婚活ノートを書きながら、そして書いたあとも、私は何度もNo.9さんのことを振り返り、しばらく真剣に考えていた。


 千春基準で言うと、No.9さんにイヤなところはなかった。私が千春なら、彼は候補として生き残ったはずだ。

 でも千春じゃない私は、自分の気持ちは抜きにして、向こうが好いてくれるからといっしょになるなんてことはやっぱりできない。そう確信した。


 デート中、彼からの明らかな好意を受け続けて、私はむしろ荷が重いと感じてしまった。ピカピカの笑顔を見るたびに、自分が同じだけのものをこの人に返せる自信がないと思ったのだ。


 そして、ずっと引っかかってることがある。それは、「悲しかった」ということだ。断る時も、会ってる間も何度も、いたたまれないような悲しい気持ちになっていた。


 こんなの初めてだ。


 ちょっと卑屈にも思える、彼の自分の見た目への謙虚過ぎる物言い、諦めのようなものが悲しかったし、もし、その言葉につられて同情心で彼に寄り添うのだとしたら、それも悲しいことだと思った。

 

 お断りのメッセージを書いて、送信ボタンを押した瞬間には、その気持ちが頂点に達した。すごく残酷なことをしたような気分で、自分のことがイヤにもなった。

 彼はまた見た目が怪獣だったから断られたのだと、相変わらずあの悲しいトーンで卑下し、傷つくだろうと思ったからだ。


 でも、私は断じて面食いじゃない。そう言われたこともない。

 今さら伝える気もないけれど、おそらく、No.9さんがトータルでタイプじゃなかったというだけのことなのだ。


 じゃあ、私のタイプって?

 これまでは、好きなタイプを訊かれたら、「特にない」「好きになった人がタイプ」などと答えてきた。実際、好きになった人もタイプ的にはバラバラだった。


 ただ、そこには「直接向かい合ってみた時に違和感がない人」という大前提がああった。


 「違和感がない人」と言うと、それって「フィーリングが合う」ってこと? って訊き返されることがある。

 使い古された言葉だけど、そんなようなことなのかなと思う。かなり直感的で、かつ漠然とした感覚なので、具体的に言葉で説明するのが難しい。


 私なりのツボがあって、何かがそこに違和感なくハマるのだ。


 そうだ、きっと私は無意識に、そこにハマるものを求めていたのだと思う。

 決して「ルックス」ではない。


 そして、No.9さんはハマらなかった。違和感があったということだ。


 誰かが「よそ行きの顔で会って何がわかる?」って言っていたけれど、そういう意味では今回初めて、食事に行くという以外のスタイルで初顔合わせをしたわけで、バード・ウォッチングデートは確かによかった。No.9さんの解説を聞きながら、鳥の姿を大きい倍率で詳細に見られて感激した。ある意味、贅沢な時間ですらあった。


 でも、その時間をくれた彼は、オトコというよりもなのだという気がした。それ以上でもそれ以下でもなく。

 少なくとも私がそうとしか捉え切れなかった。私の旺盛な妄想力を持ってしても、ほかの生活の場面での彼が見えない。だから、いっしょに暮らす図が想像できなかった。


 私が誰かに惹かれる時は、無理なくそういうものが浮かぶ。何か直感めいたものが働くのだ。


 でも、彼は本当にいい人だった。これは間違いない。

 婚活で心から「この人、いい人なんだろうなぁ」と感じたオトコはこれまでいなかった。

 なのに、そんないい人を断ってしまった。これも心に引っかかっていることの一つだ。


 つまるところ、「いい人」でもダメだったってことだ。

 それとも、いい人だったからダメなの!?


 もし彼が、たとえば会社の同僚の一人としてずっと近くにいて、自然といろんな姿を見て、人となりを少しずつ知っていけるような関係の人なら、いつか「いいな」「好きだな」という気持ちになることもあったのかもしれない。



——こんなふうに私は、自分から断った人のことを、延々と考え続けていた。


 そして、自惚れかもしれないけれど、私の思いを知る由もなく、またコンプレックスに苛まれてるだろうNo.9さんのピカピカの笑顔を思い出しては、申し訳ない気持ちになっていた。



 悶々とした気持ちを引きずったまま、季節は私が苦手な冬に突入した。

 婚活の荒海は、凍えそうにますます冷たい。

 誰か助け舟を! と、本当に叫びたい気持ちだった。



 そんな師走のある日。

 そろそろ忘年会シーズンも本格化するというころ、私は藁にもすがる思いで、出会いドットコムで知り合った黒田に会っていた。


 己の来し方を淡々と語るオトコ。

 白髪を茶色く染め、こざっぱりと身ぎれいで、お酒の席を慣れたふうに回す、十歳も年上のエリートサラリーマン。

 熱を帯びない話しぶりに、かえって自信があふれて見える。


 混み合った居酒屋の小上がりで彼に向き合いながら、私はその伊達男ぶりに圧倒され、そして、初めての感覚を抱いていた。


 きっと今回は、私の方が断られるのだろう、と。

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