好きの熱量。

「ファイルNo.8。通信機器販売会社社長。52歳。

・エクセレント・タイムで会った第一号。あちらからの申し込み。

・パッと見は社長らしく悪くなかった。

・イチオシの本の著者名を覚えていない!

・食事の気遣い(マナー?)が今ひとつ。

・著者名の件で急降下、一気にメッキがはがれた気がした。

・年齢のこともあって、1回でお断り。

【考察】

・最初に幻想を抱き過ぎて、ちょっとしたことで一気に幻滅してしまった。

・慌てぶりが、それまでとギャップがあり過ぎて、さらに冷めてしまった。

・たぶん、好きな人なら同じことがあっても全然平気だったと思う。

・また、同い年とか年下なら、しょうがないなぁと思えたかも。むしろ、それを指摘して笑い合えたかも。

・こういう出会い方の難しさ?」


 No.8氏との会食から帰ると、私はすぐにノートに書き込んだ。翌日には、「年が離れていて、合いそうもない」という理由をこさえて、お断りの電話も入れた。


 そこで私は、実は立花の方から彼に私を勧めて、この引き合わせが成立したのだということを知らされた。

 立花が多少は業務に取り組む気があることはわかったけれど、むしろ、そうでもしないと、会員が自発的に積極的に活動することが少ないからなのでは? という不安も出てくる。


 さておき、次だ。前進あるのみ。とにかく動き続けるのだ、と、私は自分に言い聞かせた。


 それからほどなくして、千春からお誘いのメールが来た。

 広島在住の遠距離交際の相手とは順調に進んでるらしく、その話も詳しく聞きたいと思っていた私は、二つ返事で承諾した。


 前から行きたいと思っていた、最近オープンしたばかりのパンケーキの店で私たちは会った。


「で? 交際、順調なんでしょ?」

「うん、まあ、順調と言うか、向こうのペースにのせられてる感じかなぁ」

 グレープジュースの氷をかき混ぜながら、なんてことなさそうに千春は言った。


「どうするの? 結婚相談所を通してるんだから、このまま行ったら結婚でしょ?」

「そうなるのかもね」と、千春は他人事みたいに答えた。


 かもね?


 ちょっと待って。人って、かもねって感じで結婚できるもの!?


「えっとね、千春ちゃん、それって、もう彼を好きになれたってことなの?」


 千春はさっきから片手で頬杖をついたまま、吸い口を指で塞いだストローを持ち上げては指を離し、中のジュースをグラスの中に放出して遊んでいる。

 そして、私の質問に「ふふん」と笑うようにしてから言った。


「私、真奈絵さんが堤さんを好きだって話を聞きながらずっと思ってたんだけどね、真奈絵さんが誰かを好きになった時の熱量を百とするとしたら、私の場合は……いくつくらいだと思う?」


 突然の問いかけに、私は面食らった。でも、冷静に考えて、こんな質問をするってことは、千春は予想外に低い数字を言おうとしているのだろうと思われる。

 七十? いや、それじゃあ大したことないな。五十、もしかしたら二十とか言う? まあ、ここは間を取って……


「五十……とか?」


「まさか」と、千春はいたずらっぽく笑った。

「マイナス五十だよ」


「えーーっっ!?」

 周りの客がちょっと振り向くくらいの声が出て、慌てて自分で口を塞ぐ。

「ちょっと待って、それって、私との差が百五十ってこと!?」と、私は鼻息の荒い小声で訊いた。

「うん、そう!」

 まるで、いいことのように千春の目元が笑っている。

「いやいや、それじゃあ凍っちゃうでしょ。雪の女王じゃないんだから……」と言った私の声は、なんだか怒ってるみたいになってしまった。


 千春はチューッとジュースを吸い込んでから、打ち明け話をするように少し声を低くして続けた。

「私ね、好きぃ〜って気持ちがよくわからないの。今まで、一度も恋い焦がれるとか、胸がキュンとか、ない」

「前に、すごく年上の人と結婚しそうになって、お姉さんに反対されたことがあったって言ってたじゃない? その時は? 好きだったんじゃないの?」

「うぅん、ただ、この人ならいいかなって思っただけ」


 驚いた。いや、そういうタイプの人がいるって話を聞いたことがないわけじゃない。けれど、本人の口から、しかも、そこまで隔絶された感覚として直接聞くと、どうにも信じられない気持ちだった。


「じゃあ、どうやって『いいかな』とか思うの?」

「それは、人によるよ。一緒にいて楽しいとか、お金持ちだからとか、料理がうまいとか、いろいろだよ」

「それだけ? てか、そこから『だから、好き』っていうふうになっていくもんじゃないの!?」


 千春は困ったような笑いを浮かべながら私を見て、またジュースに視線を落として言った。

「ならなかったなぁ。これからも、ならない気がする。きっと私、何か足りないのかもね」


 私はオンナ版の宇宙人にでも会ったような心地で千春を眺めた。特に悩むでもなさそうに、千春はにっこりしている。


「でもね、だから結婚相談所みたいなところって、私に向いてると思ったんだよね。だって、お互いに希望とか条件とか言って、それが合えば結婚できるわけでしょう?」

 千春のさらなる発言に、私はがんばってついて行こうとしていた。なるほど、言ってることは、筋は通っている。

「何もしないで普通に暮らしてたら、どの人が希望に合うかわからないし、もしかしたら、自分に合う人が周りにはいないかもしれないじゃない」


 こういうのを、とでも言うのだろうか。

 それはわからないが、聞いてるうちに、うらやましい気持ちすら湧いてきた。こんなにドライに割り切れるなら、どんなにか楽だろう。

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