瀬戸際の駆け引き。
それからしばらくして、また堤から電話があった。
私が先日の野菜とお米のお礼を言ったあとは、もちろんデートの報告だ。
「あいつさぁ」
もう、アイツ呼ばわりになったの!? と、また心がザワザワする。
「来月、誕生日なんだよ。それで、毎年、俺が一年の農作業のご褒美に行ってる旅行に、いっしょに連れて行こうかなと思ってるんだよね」
私の心臓は、杭を打ち込まれたように一瞬悲鳴を上げた。
「へ、へぇ。それはいいね。どこに行くの?」
堤は笑いながら答えた。
「それがさぁ、あいつ、まだディズニーランドに行ったことないらしいんだよ。で、行きたいって言うから、二泊三日くらいで行こうかなと」
泊まりがけか……。
旅行なんだから、当たり前だ。だけど、「
つまり、お泊まりってヤツだ。えっちな響きしかない。
「ふぅ〜ん。ディズニーランドなんて、いかにもラブラブデートって感じで、いいんじゃない」
平静を装って答えると、堤はため息まじりにこう言った。
「いやぁ、それが、そうでもないんだよ」
私は色めき立った。
「ラブラブじゃないってこと!?」
声には出さず、内心で叫んだ。
「あのさ、堤さん、好きでつき合ってるんでしょ? だったら……」
「いや、俺は、前にも言ったけど、タイプ的には彼女の連れのナースの子がよかったんだよ。それ、あいつにも言ったら、笑ってたけど」
笑ってた? 何ですか? その余裕は!?
「でもさ、俺はその子には相手にされなかったからさ」
「てか、だから、どういうこと? 清香さんのこと、タイプじゃなくても、好きになったんでしょ?」
「タイプじゃないけど、性格がいい。すごくすごーく、いい子なんだよね」
わけがわからない。なぜ、はっきり答えないのだ!?
「だから、好きなんでしょ!?」
「ん〜。どうかな……」
その電話のあと、私はモヤモヤを何とかしたくて、千春に電話した。
「真奈絵さん、それ、おかしい! 絶対におかしいよ!!」
千春は、語気を荒げて断言した。
「そんなに?」
「だって、悩み相談ってわけでもないんでしょ!?」
悩み相談? 確かにこれまで、報告はされるけど、相談はされたことない。
「うん、どうしたらいいか? みたいな感じではなくて、ただボヤいてたっていうか……」
「うん、もう私は確信したよ。真奈絵さん、それはね、真奈絵さんに止めてほしいんだよ。絶対そう。じゃなきゃ、そんな思わせぶりなふうに言わないよ」
「止めるって、何を?」
「旅行を、じゃない? だって、旅行って、もう行っちゃったらヤバいでしょ。いい年の男女で、何度もデートしてて、そんで次は旅行だって言ったら、それはもう、そういうことでしょ!?」
「そ、そうだね。既成事実できちゃうよね」
「そしてさ、そもそもの出会いの目的がアレなわけだから、そこまで行ったら、たぶん次は結婚でしょ? 旅行でよっぽど何かない限りは」
「それは、やだ」
そうだ、私だって漠然とわかってはいたのだ。たぶん、認めたくなかっただけだ。
それを、千春が全部言葉にしてしまった。
「つまり、旅行を止めるってことは、イコール結婚を止める、ってことにもなるんじゃない!?」
なるほど。おっしゃるとおりだ。旅行と聞いて衝撃を受けたのは、やはり「その先は結婚へまっしぐら」なイメージがあったからだ。
「真奈絵さん、次に電話が来たら、絶対に止めて。わかった? たぶん、堤さんも止めてほしいから言ってるんだからね」
私自身、そこまで自惚れた考えはなかったけれど、千春は、堤がしょっちゅう電話をしてきて、しかもデート報告するってことは、少なくとも「真奈絵さんにまったく気持ちがないわけじゃない気がしてきた」そうで、清香とのことを私に話して、私の反応を窺っているのではないか、とのことだ。
「あのね、でも、清香さんといっしょにいた子がタイプってのはよく言ってるけど、私のことをどうこう言ったこと一度もないよ?」
「真奈絵さん、これはね、堤さん、駆け引きしてるんだよ。自分からは出て来ないで、真奈絵さんの出方を見てるんだね、きっと」
面倒くさいなぁと思う。私はストレートに来てくれる、わかりやすい人が好きだ。もちろん、自分の方も相手を好きな場合に限るけど。
「旅行を止めるのって、なんて言えばいいの? 意外と言い方難しいよね? 行かないでって、唐突に言うの?」
「う〜ん、そうだね。この際、自分も堤さんが好きだって、ハッキリ言っちゃえば!?」
好きだと告白するか? 旅行を止めるか?
片や勇気が要ってなかなか言えないことと、片や言い方が難しいこと。
まるで、究極の選択だ。でも、どうにかしないと、完全な敗退が決まる。
次に堤から電話が来たら、私はそのどっちかを選んで実行する。という作戦を授けられたところで、千春との電話を終えた。
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