最後の悪あがき。

 旅行を止めるか、告白するか。


 堤の次の電話を待ちながら、私はシミュレーションに励んだ。


「私、二人で旅行、行ってほしくないなぁ」


 まずは、そう言おうと思っていた。すると、「なんで?」って話になる。そしたらもう、告白するしかないだろう。相手のペースに飲み込まれないようにしながら、うまく話を持っていけるだろうか。


 だけど、そんな心配は杞憂だった。

 電話は来なかったのだ。



 いや、正確には、電話は来たのだけど、旅行を止めるのは間に合わなかった。


 もちろん、来ないなら、自分から電話するという手もあった。けれど、ラブラブでもない……と堤が言っていたことから、もしかすると自ら旅行を取りやめる可能性だってあるかもしれないと思っていた。


 私はなんて、おめでたいのだろう。


「行ってきたよ、ディズニーランド」

 電話の向こう、にこやかな笑顔を浮かべてそうな声で、堤は言った。

「どうだった? 楽しかった?」

 また、平静を装って訊く。装うのが、どんどんうまくなっていく。

「うん。まあ、想像に任せる」


——寝たんだな。


 私にはもう、彼の声でそうだとわかってしまう。


「……というわけでさ、暇になったから、またみんなで飲みに行こう」

 話の最後に、そう堤が言った。

「俺、店予約して、あとでメールで回すから」

 清香も来るのかどうか、もう訊かなかった。



 闘いは、終わったのだろう。

 それは、悲しかった。でも、堤にまた会えることを、性懲りもなくうれしく思ってもいる。

 そんな自分が、情けなかった。


 飲み会のことを伝えるのに、千春にメールした。堤との電話の結果も淡々と伝えると、すぐに返事が来た。


「真奈絵さん、まだ終わりじゃないよ。

 寝ても結婚しなかった人、この世にゴマンといるからね。

 飲み会で、旅行のその先を止めよう!」


 自分で天然だと気づいてないけど、天然の千春。

 でも、天然を侮るなかれ。私よりずっと、メンタル強いな。


 変なところに感心しながら、飲み会に一縷の望みを託そうと決意した。

 こうなったら、最後の悪あがきだ。



 飲み会は日曜日だった。

 そんな日に限って髪型が決まらず、困り果てた私はニット帽をかぶっていった。


 私の苦肉の策を見て、「北沢さんってさ、おしゃれだよね」などと、珍しく堤が食いついてきた。

 何を今さら、呑気なこと言って……と思いつつも、内心、悪い気はしない。

 こんなふうに何かを堤に褒められたのは、初めてだった。


 久しぶりに会った山辺は、堤が清香と順調にデートを重ねていることを知らなかったらしく、そのことをしつこく詳しく聞き出そうとする。

 それは、私にとっても好都合だ。

 堤の話す様子を見ながら、機を窺って告白? いや、まずは、堤にその先、つまり結婚へ進むことを躊躇させるような話をする?


 だけど、ご想像通り。そんなチャンスはなかった。

 堤のデートの話に、いちいち大げさに羨望の声を上げる山辺のテンションが妙に高くて、入っていけない。千春が時々、困ったような弱々しい笑顔を私に送ってくる。


「それでさ、実は……」

 一通り堤の話が終わったかと思うと、山辺が間髪入れずに得意顔でみんなを見回して切り出した。

「俺、結婚することになりました!」


 やられた。

 もうそこからは、ほとんど山辺の話に終始した。どうりで、今日は最初からテンションが高かったわけだ。


「年貢、収めちゃいまーす」

 

 相手は例の女性で、すると決めたら「それなりに幸せ」なんだそうだ。


 結婚自体はうらやましいが、その女性と寝ながら、子供がほしいとか何とかで山辺が一時は別の相手を探していたことを思うと、他人事ながら複雑な気持ちにもなる。

 でも、それでもなお、私なんかよりは彼女の方が幸せなのだと感じてしまう。彼女は、粘り勝ちしたのだ。


 私の方は結局、堤に何も言えないままお開きになった。


「今度さぁ、清香さんも連れて来ればいいのに。堤さんも、そろそろ年貢収めるんでしょ!? 農家だけにね!」

 空気を読まない山辺が、自分で言って大笑いしている。いや、読もうにも、こっちの空気自体を知らないのでしょうがないのだけど。


「いや、いつも誘うんだけどね、なんか、嫌なんだって」と、堤は言いにくそうに言った。

「本当は、俺がこの飲み会に参加するのも、いい顔しないんだよね」


「えっ!? なんで!?」

 千春が驚いたように訊く。

「ん〜。わからん。でも、なんかすごく嫌な顔するんだよね」


 もしかすると堤は、清香にも、私にデートの話をする時のように、このメンバーの飲み会のことをアレコレしゃべってるのじゃないか? 清香はあとから新参者としてそこに加わるのも気が引けると感じてしまう人なのかもしれない。その気持ちは何となくわかる。


 が、一方で、少なくとも堤は私たちとこれからも会いたいと思ってるんだよね? と、そんな小さなところに必死にすがろうとしている自分が可笑しかった。

 まだ首の皮一枚つながっているのだと思い込もうとしている、懲りない私のとどめを刺すべく、堤が付け加えた。


「でさ、こうやって集まれるのも、これが最後かもなぁって思ってるんだよね」


 ぎゅーっと、胸が絞られるような心地がした。


 清香が、堤を完全に自分だけのものにしようとしている!?

 もう友だちとしてであれ、私は堤と切れてしまうのか。


 最後の悪あがきも、不発に終わりそうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る