同居の壁。
それから多い時には週に一、二回、堤から電話が来るようになった。
主な話題は、清香と堤の交際の状況。ついでに付け足しのように私の婚活や仕事の様子伺いもしてくるのだけど、こっちは特に話すような変化はない。いいのか悪いのか、落ち着いたもんだった。
「どうして私にいちいち報告してくるのかなぁ」
ある日の千春との電話で、私はぼやくように言った。
「どこでごはん食べたとかさ、家に遊びに来たとかさ、どんな話したとかさ。オトコってふつう、彼女とのそういうの、いちいち人に言わないよね?」
「う〜ん、確かに。言うってことは、聞いてほしいってことなわけだよね……」と、千春も不思議そうなトーンで答える。
「なんで、私に聞いてほしい?」
「てか、堤さん、いきなりデートの話題から入るの?」
たいていそうだった。
「『元気? ——うん、堤さんは? ——元気だよ ——どうしたの? なんかあった? ——うん、この前またデートしたんだけど……』って感じ」
「う〜ん、そうか。それは、そのことを話したいから電話してくるって感じかもねぇ」
一度、例の茶話会メンバーの集まりで、仲の良い同年代の友だちが近くに住んでるようなことを言っていた。その彼とはちょくちょく会ってるようなので、聞いてほしいならそこで話せばいいのに。
私だって、心良く思っている相手のデートの話を聞くのはそれなりにつらいのだ。
「電話くれるのはすごくうれしいの。話すのも楽しいし。でも、内容がね〜」
「真奈絵さん、もしかしてそれ、すっかり気の置けない女友だちのポジションじゃない!?」
うわ。千春にそう言われて、ショックだった。
それだけは避けたかったパターンだ。最悪だ。
そうこうしてるうちに、暑さもだいぶやわらいできた。そして、いつものように堤から電話がかかってきた。
「今度さ、みんなでうちにおいでよ。自家用の野菜とか、米とか、分けてあげるから」
それはありがたい。堤にも会いたい。
千春に相談すると、車を出してくれると言う。山辺は都合が悪いとのことで、二人で郊外の堤の家へ向かった。
あえて訊かなかったけど、もしかしたら清香も来てるのかもしれない。だったら、この目で二人でいる様子がどんなか見極めてやろうと、私は腹をくくっていた。
しかし、清香は来てなかった。
「あれ〜? 今日は、清香さんは来ないの?」と、とぼけて訊いた。
「来ないよ。てか、今日来なくても、もう何回か来てるからね、今日は遠慮するって」
なんだ、その余裕は!?
気持ちがザワザワした。すでに家族公認の仲ってわけ!?
「へぇ、親にも紹介したんだ」と千春が言った。
「もうさ、俺より母ちゃんとの方が仲いいくらいだよ。俺がまだ畑から戻ってないと、勝手に上がって二人でお茶飲んでくっちゃべってるからね〜」
堤はいつもの人好きのする笑顔で無邪気に言い放った。
——負けた、と思った。
農家の人と結婚すること自体もハードルが高いと思っていたけど、実はもう一つ、私が自信が持てなかったことがある。それが、両親との同居だった。特別に何か希望を出すこともなく堤との結婚に進むのなら、おそらく、堤が住んでる実家に私も入るという形に自動的になるのだろうなと想像していた。畑の手前にある、この大きな大きなお屋敷に。
相手が農家じゃなかったとしても、結婚にあたっては、パートナーとの新たな生活に慣れるのだけで十分大変なのに、そのうえ相手の両親にも気づかいながら嫁の役割も果たすなど、私には到底できっこないと思っていた。
ましてや、最初は二人きりで新婚を楽しみたいじゃないか。
それにひきかえ清香は、農家という第一関門のみならず、両親との同居まで易々とクリアしているということなの?
何かないのか。何か、二人の間で障害になりそうなことは?
もはや私は悪魔だ。何かが起こって、二人がダメになることを望んでしまっている。
自分自身と、もしかしたら自ら招いたのかもしれないこの成り行きに、無性に腹が立った。そもそも、私が二人のキューピッドを演じてしまったところから始まっているのだ。
それが今は、悪魔になっている。何という皮肉。
堤は、私たちに自家用の野菜の収穫をやらせてくれようとして、楽しそうに準備をしている。その姿がとても遠く見えた。
結局この日は、千春は実家で野菜を漬けたいからと、多めに収穫させてもらい、私は日常で食べきれるくらいの量をもらった。お米は二人とも、五キロずつもらった。
一応、支払いするつもりで数千円を用意してきていたのだけど、堤は受け取らなかった。
「収穫が全部終わって暇になったら、またみんなで飲みに行こうよ。俺、山辺さんに連絡しておくから」
最後に堤が言った。
「オッケー。日にち、いつごろがいいかわかったら、連絡くださーい」
千春の運転で、堤家の大きな農場をあとにする。
また堤と飲みに行けることをうれしいと思ってる私がいた。
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